第四話 魔獣化③
巨大電気ナマズに巨大黒ハゲタカ、管で血を吸おうとしてくる真っ白なチョウチョも、やはり食べるつもりらしい。それら三体の死体を凍らせて馬に引きずらせての行軍だったため、今日もまた月が淡く煌めく時間の帰還となった。
「はぁ、今日は覚えることたくさんあって大変だった……で、どうすんだ? 今日もミコナの家に泊めてもらえるの?」
「泊める、ではなく監禁、ね。でも今晩は月一のパトロールの日だから帰るのはまだ先よ」
「パトロール? そんなこともやってんのか。でも今日は大物三体も倒したんだし、何やかんやで血を流したんだからさ、お休みさせてもらったら?」
「治癒魔法のおかげで元気が有り余ってるくらいだわ。さあ街を一回りするわよ」
街全部? 正気か? 俺は宮殿から見下ろした街の広さを思い出して気が遠くなった。でも一応監視下にあるということからミコナの傍にいないといけないわけで。早く来いと急かしてくるミコナに逆らえるはずもないのだった。
街は『魔晶石』を中に閉じ込めた街灯の光で夜なのに明るい。体感午後の十一時ぐらいなのだが、この街はまだまだ眠らないらしい。
そうして街を眺めながら練り歩いていると、
「おう、ミコナちゃん! 今日もパトロールご苦労さんだね!」
「ミコナちゃーん! この前のラヴァ・ボアの肉を使った料理、すげえ評判良いんだ!」
「あっ、ちょっと旦那に一言言ってやってよ、ミコナちゃん! この人ったらいつまでも酒飲んでるんだから!」
「やあ、こんばんはミコナちゃん! 残りもんだけど、コロッケ持ってくかい?」
「うぇーいミコナちゅあーん! ヒック、あぁ、大丈夫大丈夫! 今日はほどほどにしといたから! これでも一応ミコナちゃんに言われた通り、ヒック、飲み歩く日を減らしたんだぜぇ!」
ミコナの姿を見るや否やみんな笑顔を浮かべるのだった。明るい表情で手を振っているミコナはさながらアイドルのようである。
「こんばんは、ベンさん。どう? お店の調子は」
「おう、ミコナちゃん。見ての通り今日も『Barコガラシ』は満員だよ。ミコナちゃん考案のパフェが大ヒットしてさぁ、女性客も増えたんだぜ」
「それは良かったわね。お隣のボムおじさんは元気そう?」
「ああ、ぎっくり腰も治ったみたいで、さっきここで飯食ってったよ。別れた奥さんが帰って来てくれるかもって何度も繰り返すもんだから適当にあしらっておいた」
「無事なら良かった。腰を壊したときに、もうダメだ、死んじまうんだって言うから心配してたの。この辺一帯の飲み屋でトラブルとかは?」
「ミコナちゃんがしっかり取り締まってくれるおかげで平和さ。あーただ、ここ連日ミコナちゃんが大物を仕留めたことで盛り上がってるもんだから、閉店時間過ぎても居座る客がいるんだ」
「それは参るわね。私が注意しておこうか?」
「へへ、ここは四番街だ。客が迷惑行為するなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうのさ。居座り客の注文は割高に設定してがっぽり稼がせてもらってるぜ」
本当にぐるりと街を一周し、最後に酒場に顔を出すと「ふぅ。今月も問題なし、でいいかな」とミコナは息を吐いていた。ようやくパトロールが終わるらしい。
「お疲れ様。ここで最後よ。街も寝静まる頃合いだし、私たちも帰りましょうか」
「おう、やっとか。ミコナもお疲れ様。ギルバードが住民全員ミコナのこと尊敬してる、みたいなこと言ってたけど、パトロールに同行して納得したわ。ガチで街のみんながミコナの家族なんだな。色んな人と繋がって、会えない人たちの様子も聞いて、困ってたら助けてやるんだろ? 心から尊敬するわ」
「大げさよ。したいからしてるだけで、もしかしたらどこかで押しつけがましいって思われてるかも」
「少なくとも今日言葉を交わした人たちは絶対にそんなこと思ってないって言い切れる。みんなミコナの顔を見たら嬉しそうな顔してたぞ。この街にとってミコナは宝物なんだろうな」
ミコナは照れくさそうに前髪をいじり、「そうかな。そうだといいな」と呟いた。
そんな彼女の姿に微笑ましく思っていると、酔っ払いが二人、路地から姿を現した。彼らはギャハハ! と楽しそうに笑いあっていたが、俺の姿を見た途端、「あいつ、昼間の人間じゃねえか?」と表情を険しくした。
「おうおう、兄ちゃんよぉ。てめえどの面下げて街を闊歩してんだぁ?」
「見たところミコナちゃんが監視してるってぇところか? この野郎、忙しいミコナちゃんの手ぇ煩わせやがって!」
「え、いや、そう言われましても……」
「安心して、コルトさん、モズさん。そんなに負担になってないから、心配は無用よ。それよりすごいアルコールの臭い……ちょっと飲み過ぎたんじゃない? そろそろ家に帰りましょ」
「だぁめだ、ミコナちゃん! 人間にここで格というもの教えてやらにゃあ!」
「そうだ、亜人様にゃ叶わねえってことを体に刻み込んでやるぜ!」
酔っ払い二人は興奮して殺気立った。どうも俺に暴力を振るうつもりらしい。参ったな、逃げたらミコナに迷惑かけるし、しかしミコナの説得は通じていない。
まあ空高くから墜落して無事だったんだし、数発殴られても問題ないか? などと考えて暴力を甘んじて受けようとしていたところ、
「こるぁあ、何やってんだいあんたら! ミコナちゃんが困ってるじゃないの!」
と近くの家屋から恰幅が良く細長い耳を生やした女性が飛び出してきた。すごい迫力なもんだから酔っ払い二人だけじゃなくて俺も一緒に気圧されてしまった。
「い、いやラバさん、俺らミコナちゃんのことを思って一発かましてやろうとしてただけですよ!」
「そうだそうだ、人間に俺たち亜人の力を見せつけてやるんだ! そうすりゃあよぉ、反逆企てたりもしねえだろぉ? 俺たちゃ歴史を繰り返させないためにやってんだよ!」
「アホたれ! 人間の全員が全員悪人ってこたぁないだろう! 『神亜戦争』を始めたのは人間だが、終わらせたのもまた人間だ! 亜人の味方をしてくれた人間が現代にも残る様々な魔法を授けてくれたって学校で習わなかったのかい!?」
「そ、そりゃ知ってはいるけどよぉ、本当かどうか怪しいじゃねえか」
「本当じゃなかったらご先祖たちがそんな話を残したりしないだろう! ほら帰った帰った! ミコナちゃんにこれ以上負担かけるなら、私がお前たちの頭をかち割るよ!」
過去経験したことがあるのか、酔っ払い二人は咄嗟に頭を押さえてスタコラと走り去っていった。それを見届けて振り返ると、恰幅の良い女性はさっきとは打って変わって温厚な笑顔を浮かべていた。
「今日も精がでるね、ミコナちゃん。まぁったくあのポンコツ二人組はいくつになってもポンコツのままなんだから」
「でも普段は優しい人たちだよ。仕事もしっかり行ってるし、困ってることがあったら助けてくれるし。ただちょっと酒癖が悪いだけで」
「それが問題なんじゃないか。また二人がやらかしたら私に言いに来るんだよ。今度はケツの穴を二つにしてやるわ」
すごい恐ろしいことをさらっと言った女性は、「ああ、そうだそうだ!」と慌ただしく家の中へと戻り、バスケットを持って戻ってきた。
「今日ねぇ、パンプキンパイを作ったの。帰ってきたらミコナちゃんに渡そうと思って待ってたのよぉ」
「パンプキンパイ! ありがとう、ラバおばさん! 今は力を蓄える時期だから本当に助かるわ!」
「喜んでくれて嬉しいわ。あ、そっちのお兄さん」
「ん? 俺ですか?」
「ミコナちゃんが傍に置いてるってことは、きっとあんたは信頼できる人なんだろう。なら私はあんたを歓迎するわ。そのパイ、絶品だから食べてみて」
女性は朗らかに言って「それじゃあね、ミコナちゃん。お兄さん」と手を振り扉を閉めた。
「お、おお! 初めて街の人と交流できた! おいミコナ、ついに俺は街の人と仲良くなれたぞ!」
俺は嬉しくなって報告するのだが、ミコナは目を爛々と輝かせて涎を垂らしていた。
「ジン! ダッシュ! 早く帰って食べるわよ!」
「お、おい、置いてくなよ! あなた俺の監視係でしょう!?」
急ぎ追いかけて開けっ放しのミコナの家の扉をくぐると、すでに食卓には大きなパイが皿に盛られて置かれていた。
「おお、美味そう! やっとまともなもん食える!」
「ラバおばさんの料理は絶品よ。ママに連れられてこの街にやってきた後、食事を用意してくれたのがおばさんだったの。私はラバおばさんが作ってくれたご飯で育ったようなものなのよ」
ミコナは語りながら二人分の食器を用意して、ナイフをパイに刺した。
そして一センチぐらいの薄い欠片を俺の皿に置き、自分はパイが盛られた皿を引き寄せてほぼ丸々一個のパイにフォークを刺した。
「ねえ、酷くない? 俺、目覚めてから口にしたの魔物汁だけよ? なのにこれだけしか食わせてくれないの?」
「だってあなた何も食べなくても平気そうじゃない。昨日の晩だって『結構です』って言ってたでしょ」
「いやそれは魔物の肉だからで……なあ、カボチャの味が恋しいよぉ。せめて四分の一はくれよぉ」
「ええ……? うーん……じゃあ……仕方ないわね」
めっちゃ口惜しそうにしていたが、渋々と言った様子でパイを切り分けてくれた。これがまた甘くて香ばしいご馳走の匂いを放っている。ナイフとフォークで切り分けて口に放り込むと、俺は弾けるように「美味すぎる!」と声を上げた。
「ああ、このサクサクとした触感にずっしり滑らかなカボチャが身に染みる! そしてこの圧倒的なカロリー量! ずっと求めてた栄養爆弾だぁ! 八百年前に食ってたレーションがいかにまずかったのか思い知らされる……!」
「ふふん、ラバおばさんは元宮廷料理人だからね、街一番の腕と言っても過言じゃないわ。存分に味わいなさい。この後は反省会だから精をつけるといいわ」
「ん? 反省会って?」
「あなたが言ったことじゃない。もう一度戦い方について話し合おうって」
「ええ? こんだけ働いたのに今から作戦会議? もう疲れたし、明日にしよう?」
「ダメ。あなたが呪文を一つ覚えればトーキョードーム攻略が一歩近づく。だから一秒たりとも無駄にできないわ」
パイを食べ終わると、食器と例の呪文やら連携案やらが書かれた紙束を入れ替えられた。
「ほら、私が皿を洗ってるうちに十個連携案を作って!」と命じられる。
「マジでやるのかよ……しかし十個案を出せって言われてもさぁ、まだ呪文を把握し切ってないんだぞ? ……ん? ミコナ? ミコナさーん?」
キッチンで皿を洗っている彼女に声をかけるが反応がない。
と、思ったら突然彼女は膝をついて顔面を床に叩きつけた。
「お、おい、どうした!?」
慌てて駆けつけ体を揺すってみるが、反応がない。
やはり体に無理させ過ぎたのか? どこか怪我でも負ってたのか? 医者を呼ぶべきか? と忙しく思考が巡るが、
「…………………むんっ」
「ただの寝落ちかいっ」
だから監視はどうしたんだ、と心の中でツッコミつつ、さてどうしたものだろうと悩む。無理やり起こすべきか、否か。
「…………ああ、なんか懐かしいな、この感覚」
かつて妹にそうしたように寝落ちしたミコナを抱き上げると、二階に上がってベッドに寝かしつけた。
掛け布団を首元までかけてやったところ、布団の外に手が飛び出していることに気づく。
それを布団の中に入れてやろうとして、
「……ちっさい手だなぁ」
その細くて繊細な指に街の命運がかかっていることを俺は思った。この手が街の人たちを脅かす魔物を倒し、『魔獣化』の『抑制剤』を作る人間の細胞を手に入れるために危険を冒さなければならない。そのために強くなって、もっと強くなりたくて、必死に足掻いている。幾度となく血を流しながら。
「…………もう少し、頑張ってみるか」
俺は一階へ戻ると、紙束を手に取った。
もうへとへとで眠りたかったが……もう少し頑張れるよな、と俺は自分に言い聞かせた。




