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第五話 命令(コマンド)①

 


 第五話 命令コマンド



「【指令:爪母ネイルマトリクス対象両上肢全域ダブルユーイー、即時修復】、発動! 次、【対象右下肢全域アールエルイー――超回復オーバードライブ】!」


 この時代に目覚めて三週間、今日も今日とて物資を漁りに古代遺跡(人間の施設)にやってきていた。『守護者』を相手にするのも慣れたもので、ミコナは次々と破壊していく。ギルバードたち精鋭部隊が『守護者』の注意を引き、俺がミコナに治癒魔法をかけ、ミコナが瞬時に破壊する。完璧といえる連携だった。


 ……そのはずだったのだが、その日のミコナの様子はどこかおかしかった。風の翼で飛び回るその姿はどこかふらついているように見える。

 大丈夫か? 調子悪いんじゃないだろうな?

 そう思った次の瞬間、最後の『守護者』を倒して地面に下り立ったミコナはがくりと崩れ落ちた。


「ミコナ!?」


「どうされました、ミコナ様!」


 俺たちが駆けつけると、ミコナは「ちょっと眩暈が」と言い、手を上げて大丈夫だとアピールする。だが、治癒魔法をかけたはずの右足がひび割れて血が流れ出ていた。


「なっ! どういうことだ? 俺、ちゃんと【指令】を出せてたはずだよな?」


「……っ、連日かなり無茶して戦闘を続けていたから体内のマナが枯渇したみたい……」


「治すためのリソースが尽きたってことか? おいココロン! 『魔晶石』持ってきてくれ――って、そうだ今日は一緒じゃなかったな」


「おい人間、これを使え。私が携帯していたものだ。もう一欠片しか残っていないが、応急処置には使えるだろう」


「ギル、マナなら息をすればすぐに補充できるんだから、それは大切に保管していて。トーキョードーム攻略のための大事な物資なんだから」


 ミコナの言う通り、何度か深呼吸すると足の傷がみるみるうちに治っていった。数秒もしたら完全回復し、余裕をみせるかのように立ち上がった。


「おいおい、大丈夫かよ。明日ついに東京ドームに挑むんだろ? こんなコンディションで戦えるのかよ」


「私の肉体のマナ保有量は一晩寝れば満タンになるぐらいだから、帰って休めば問題なく挑めるわ」


「そうだとしてもさ、心というか精神力というか、そういうのも擦り減るもんだろう?」


「何言ってるの。こうして三つ目の古代遺跡を解放して武器も目標量確保できたことだし、毎日魔物肉を食べてるし、元気いっぱいよ」


 ミコナはそう言うが、見ているこっちは心配でならない。治癒魔法があるから幾らでも体を壊してしまう姿は見ていて痛々しい。それに、せめて痛みだけでも俺が肩代わりできたらいいのに、ともどかしくも思う。


「じゃあせめて今日はついでの魔物討伐はなしにしろよ。寄り道厳禁、お家に直行!」


「ミコナ様、私も重ねてお願い申し上げます。トーキョードームのヌシを倒すには、あなたと人間が万全でないと叶いません。マナを最大量まで回復していただかないと作戦は遂行できませんよ」


「分かったわ。もう、二人とも心配性なんだから」


 いつもはあれやこれやと誤魔化して大物を倒しに行こうとするのだが、さすがに今日は聞き分けが良かった。何せ明日は東京ドームに乗り込む日だ。ミコナがずっと目標にしていたことだから、さすがに自身の体調の重要性は理解しているようである。ちなみに「絶対に一か月以内に攻略する」と亜人たちに約束した、その一か月が目前というわけで、俺の命が残り数日であることも覚えていて欲しいところだ。


 ARアサルトライフルやらRPGロケットランチャーといった人間時代の武器を積み終えると、俺たちは馬車に乗って帰路についた。到着するまでの時間も当然有効活用。積み込んだ武器を故障しているものと動きそうなものに選別し、手入れに精を出す。


「あ、そういやさ、弾丸はどうすんだ? これ、マガジンに入ってるのはすっかり錆びてて使えないと思うぞ? 今まで弾丸の補給ってしてたっけ?」


「ああ、この武器って金属の塊を撃ち出すものだったらしいわね。でも今は魔法の時代よ。削った『魔晶石』をマガジンに装填して、呪文を唱えながら発射――そして放たれた『魔晶石』は遠くで炸裂し、敵に近づくことなくダメージを与えられる。良い戦法でしょう?」


「へえ、亜人たちはそうやって使ってんのか。賢いな。そうだ、一丁俺に貸してくれない? 一人でも戦力は多い方がいいだろ?」


「ダメ。あなたは『隷属機』を握りしめて私を治癒するのが役目でしょ。それに武器を渡した途端、悪用するかもだし」


「もうそろそろ寝食共にして一か月よ? お嬢さん。いい加減ちょっとは信用してくれてもいいんじゃない?」


 するとミコナはふふっと笑い、「冗談よ」と言った。その小さな微笑みに俺は驚くのだが、次第に喜びへと変わっていった。随分と時間がかかったが、少しは打ち解けられたようだ。

 そうこう話しているうちに街に到着し、俺たちは城門に入ってすぐの広場で下りた。どうせ明日使うのだから、という理由で荷台だけ残し馬だけ厩舎に戻すのだという。

 俺は夕暮れ空に向かって思い切り伸びをし、息を吐いた。何だか気分が良くて、体はエネルギーに満ちているような感覚があった。作戦開始の夜明けまでぐっすりと眠れそうだ。


「じゃ、帰りましょうかね。ミコナ――ん? ミコナ? どうした?」


「……何か騒がしいわね。ギル、向こうで奇妙な声が聞こえない? いや、息遣い、というか……」


「確かに向こうで人が集まってなにやら騒いでいるようですし……すんすん……奇妙な匂いもしますね。いやこれは、この匂いは……」


 何か予感があったのだろう。ミコナは弾けるように駆けだした。

 何事だ? と俺とギルバードは後を追いかける。もう見慣れてしまった道を駆け抜け、路地を曲がり、人だかりへと行き当たる。


「……嘘だ……何で、おばさんが……」


 呆然と立ち尽くしているミコナの視線の先、人だかりの向こう側――家屋の入り口から動物の頭が飛び出しているのが見える。

 それが一体何なのか。ミコナやギルバードの存在に気づいた住民たちは横に退き、「ミコナちゃん、ギルバードさん、またです。また発症者が……」と語りかけてきた。

 するとディルバとその助手のココロン、カロンの姿が現れた。三人は倒れて喘いでいる動物の頭の傍で跪いていた。


 冷や汗が、ぶわっと額に浮き出す。

 この家屋には見覚えがある。パンプキンパイをご馳走してくれたラバおばさんの家だ。

 まさか、そんなわけないよな? と俺は思いながら、ミコナとギルバードとともに近づいてみた。

 苦しそうに息をしている頭部は馬そっくり。

 だが、そこから下は人の形をしていた。

『魔獣化』だ。間違いない、ラバおばさんが『魔獣化』を発症してしまったのだ。


「嘘だろ……? よりによってラバさんが発症って……。おい、ココロン! いつもみたくナイフ持ってないか⁉」


「え? あ、はい、ありますけど、一体何を?」


「確か『魔獣化』は人間の細胞を摂取することで抑制できるんだろう!? なら……ふぅ……俺の血を飲めば治るかもってことだ!」


 ココロンの手からほとんど奪うようにナイフを取り、俺は歯を食いしばり恐怖を押しのけて――思い切り腕に突き立てた。


「……っ! 何で切れねえんだよ! マジで俺の体どうなってんだ!?」


 ナイフの尖った先端を突き立てても、刃を当てて思い切り横に引いても、俺の腕はびくともしない。薄っすらと凹むだけで皮膚の一欠片も得ることができなかった。


「ディルバさんって言ったっけ? もっと鋭い刃物ないか!? メスとかそういう医療で使う特別に鋭いやつだよ!」


「無駄だ、人間よ。こうなっては最早どうすることもできん。それに運良く傍におったおかげで『抑制剤』はすでに投与してある。後のことは、もう神に祈る他ない」


 そんな、と絶句している俺の横で「運良く?」とギルバードが口を開いた。


「ディルバ殿、今、運良くと言いましたか?」


「ああ、それがどうしたというのだ」


「数週間前にも同じようなことを聞いたような気がしますが?」


「そうだったかな? それより早く救護院に運んでくれんか。適切な処置をしなければ症状が進行してしまう」


「……分かりました」


 ギルバードはどこか訝しげな表情を浮かべ、一瞬逡巡するような間を空けた後、駆けだした。救護隊員を呼びに行ったのだろう。


「ミコナ、ど、どうしよう。どうしたらいいんだ? 『抑制剤』は文字通り症状を止めるだけなんだろ? 治療薬ってもんはないのか? なあミコナ? ……ミコナ? 話聞いてる?」


 ミコナは瞬きもせず『魔獣化』したラバおばさんを見つめていた。

 その表情には動揺が浮かんでいる。息は荒く、一歩、また一歩と後退していく。

 ――と、予兆もなく突然駆けだした。


「ミコナ? おい、どうしたんだ!」


 方角は今通って来た道――ミコナの脚力に敵うはずもないが、何となくどうするつもりか予想がついて俺は城門に向かった。

 するとやはりミコナがそこにおり、門番に向かって「早く下ろして! 時間がないの!」と叫んでいた。


「ミコナ! お前まさか一人で東京ドームへ向かおうってんじゃないだろうな?」


「そうよ、早く人間の細胞を持ってこないと! いっぱい摂取すれば治るかもしれないじゃない! だから早く行かないと!」


「攻略は明日の夜明けだろうが! 今単身で突っ込んでったって何にもならないだろう! お前今マナ不足なんだぞ!?」


「もう十分回復した! 治癒魔法があれば一人で何とかなる! だからあなたも一緒に来て! ラバおばさんを助けるのよ!」


「ダメだ、さっきあんなに血を流したんだぞ? 魔物だか魔獣だかで溢れてるってとこに行かせられるか!」


「うるさいっ! いいから言うこと聞いてよっ!」


「お前こそ俺の話を聞け! これはお兄ちゃんとしての命令だ!」


 つい零してしまった言葉――ミコナへの心の距離感が言葉として口から出てしまった。

 その瞬間だった。ミコナはピタリと動かなくなり、その表情から感情が抜け落ちてしまった。


「え? えっ? ミコナ? ミコナさん? ど、どうしたの?」


 目の前で手を振っても瞬きすらしない。

 と思ったら不意に背筋を伸ばし、お腹の前で手を組むと、虚無を感じる眼差しを向けてきた。


「はい、ご主人様。ご命令に従います。他に何かご要望はありませんか?」


「み、ミコナ? マジでどうしちゃったんだ?」


「ご主人様、ご命令をどうぞ」


「はあ? からかってるならやめてくれ。思わずキツい言い方しちゃったけど、俺はお前の身を案じてだなぁ……」


「ご主人様、ご命令をどうぞ。ご主人様、ご命令をどうぞ。ご主人様、ご命令をどうぞ。ご主人様、ご命令をどうぞ。ご主人様、ご命令を――」


 違う、からかうとかそういうものではない、異常事態が発生しているのだ。

 何がきっかけでこんなことになってしまったのか。考えて、「あっ」と気がついた。今日はまだ『隷属機』を預けておらず腰に提げたままだったのだ。

 まさか、こいつのせいか? こいつを通して俺の「命令」が伝わってしまったから、『神亜戦争』の時に操られていたという亜人のようになってしまったのか?

 俺は同じことを繰り返し続けるミコナを抱き上げると、全速力で宮殿へと向かった。肺が破裂しそうなほど苦しくても構わず階段を上り、ラファエルさんのいる議会場へと向かった。


「突然すみません! ミコナがこんなことになってしまって……多分俺が不用意なこと言ったせいだと思うんですけど、えーっと、どうしたらいいかわかりませんか!?」


 扉が半分開いたところに体を捩じ込み、挨拶もそこそこにラファエルさんの前へとミコナを連れていった。

 ラファエルさんは突然の大声に驚いていたようだが、ミコナの様子に気づくとすぐに立ち上がり、顔を覗き込んだ。


「バンリジンさん。私の言うことを繰り返してください。【命令コマンド撤回】と。それが解除コードです」


「こ、こまんど撤回! 撤回だ! コマンド撤回!」


 するとミコナの瞳に生命の色が灯った。

 地面に下ろしてあげると彼女はしばし呆けていた。

 だが俺がしたことを思い出したのだろう。顔を怒りに染めて、


「何で止めるのっ! 少しは信頼してたのに、何で……ッ‼」


 勢いよく手を振り上げた。

 殴られる――そう思ったのだが、ミコナはその寸前で拳を止めた。

 それからその手で俺の襟もとを掴み、顔を俺の胸に埋めた。


「なんで、おばさんが……! なんで……!」


 胸元が熱くなり、湿り気を帯びる。

 ミコナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま駆け出し、部屋から出て行ってしまった。


「…………、本当にすみません。たぶん、命令って言葉のせいであんなことになってしまったんじゃないかと。今日はまだ『隷属機』を返してなくて、それで――」


「いいえ、『隷属機』の有無は関係ありません。一度その装置で隷属契約を結んだのならば、契約を結んだ主人の【命令】には逆らえないのです。先ほどのミコナのように『奴隷モード』に陥ると一切の抵抗ができない。『神亜戦争』で操られた亜人は、その手で家族や仲間を殺させられた者もいました」


「マジ、か……隷属契約って、そんな重いものだったんですね……本当に申し訳ないです……あまりにも軽率でした……」


「約一か月、あなたの献身的な奉仕を見てきました。だから私は、あなたは悪人ではないと信じます。何か理由があったのでしょう? 命令という言葉を使う必要性が」


「いや、もっと適切な言葉があったかと……あいつ、妹に似てるから、つい叱りつけてしまったんです。でも、あいつは芽衣じゃなくて……はぁ、何やってんだ俺は……」


 あの、と俺はラファエルさんに訊ねようと顔を上げた。するとラファエルさんは背後の窓に向かって指を向けていた。


「ミコナなら、折れた塔の頂上にいます。辛いことや悲しいことがあった時、決まってあそこで泣くんです。ですから、もし交わしたい言葉があるのなら、あそこへ」


「あ、はい、ありがとうございます。じゃあ……行ってきます」


 俺は会釈して退室し、階段を下りて街へと戻った。

 思えばこの時代に目覚めてから単独行動は初めてのことで、何だか落ち着かない。ずっと一緒だったミコナがおらず、亜人たちの中に一人放り出されて心細くなった。

 でも、今一番辛いのはミコナだ。大好きなラバおばさんがあんなことになってしまったのだ。俺の不安感など無意味な衝動に過ぎない。

 俺は宮殿をぐるりと回って裏手にある折れたスカイツリーへと向かった。どうも物置として利用されているようで、入ってすぐの受付があるフロアは剣や槍、盾や鎧などがラックに並べられている。袋詰めにされた干し芋や干し肉などの保存食も保管されていた。


 エレベーターは当然動いておらず、扉は固く閉ざされ静まり返っていた。他に登る手段あったっけ? と奥へ進んで行くと、コンクリートが剥き出しの階段に行き着いた。中は無骨で趣がない。非常用の階段だろう。

 足音を響かせ、上り続けること数十分。最初に見上げた時は点のようだった夕焼け空が視界いっぱいに広がっていた。


「…………ミコナ」


 折れてそのままのゴツゴツとした分厚い壁の上で、彼女は膝を抱えていた。俺の声は聞こえているはずだが、応答はない。俺はそれ以上何も言わず、彼女の横に座った。空は燃えるような橙色と深い海のような藍色のグラデーションを描いており、遥か下に見える『トビトの街』を淡く照らし出すとともに影を落としている。


「……ラバおばさんはね。私にとってママと同じくらい大切な人なの」


 長い長い時間をかけて、ようやくミコナが口を開いた。


「ママが孤児だった私をこの街に連れてきてくれた。衣食住を用意してくれたし、たくさんのことを教えてくれた。でも街のみんなと絆を結んでくれたのは……ラバおばさんだった。街の隅々まで案内してくれて、たくさんの人と出会わせてくれて、おかげでこの街は私の故郷となったの……」


「そうか……もう一人のお母さんみたいなもんだな」


「あんなに元気な人が『魔獣化』を発症するなんてありえないと思ってた。でもそれはただの祈りでしかなくて……その祈りはどこにも届かなかった。頭部の『魔獣化』はね、ほとんど死んだようなものなんだ。大抵の場合、自我が崩壊して、自分が誰かも分からなくなるんだって……」


「……マジかよ。そいつは、辛いな……。でも『大抵』って言うことは、そうじゃない場合もあるんだろ?」


「『抑制剤』を投与し続ければ維持できるらしい。でも、『抑制剤』の残りはもうわずかしかない……」


「だから気持ちが急いちまったのは……うん、理解できるよ。あの、さ。さっきはごめんな。キツい言い方しちゃって、しかも意思を奪っちまった……」


「私も殴ろうとして、ごめんなさい……あれは事故だって分かってるし、私を元に戻すために大急ぎで宮殿の長い階段を登ったことも分かってる。あと感謝もしておくわ。単独でトーキョードームに突っ込んで行っても無駄死にするだけだった。さっきはパニックになって訳が分からなくなって、たぶん止めてくれなかったら本当にそうなってたと思う」


「いや、もし一人で飛んで行ってしまったとしても、俺が駆けつけてたよ。ミコナが死ぬなんてことはありえない。俺が必ず助けに行く」


「どうして? 利害が一致しているから一緒にいるだけでしょ?」


「始まりはそうだったけど、一か月近く一緒だったろ? ずっと街のみんなのために戦い続けてきた姿を見続けてきたんだ。心境の変化があって然るべきってもんさ」


「どう変わったの?」


「頑張ってるなぁ、から、頑張れぇ! って感じ」


「なにそれ? 良く分かんない」


「ミコナの頑張りが報われますように、って思ってるってこと。愛せる人がいることは幸せなことだし、そして人を愛せることはこの上なく尊い。自分ではない誰かの命を守ろうとしてるミコナが報われないなんて、あってはならないことだ……と、俺は思う」


「でも……ラバおばさんはもう、私のことを忘れてしまったかもしれない……」


「横を見てみろよ。妙に頑丈な体を持つ人間がいるだろうが。話を聞いた限りだと、まずこの時代に人間が生きてるってことは奇跡みたいなもんなんだろう? なら、また奇跡が起こったって不思議じゃない。例えば『魔獣化』を治す特効薬が見つかるとか」


「……ないよ、そんな都合の良いものなんて」


「明日、東京ドームで人間の細胞をたくさん頂戴できたら、色々と研究が捗るんじゃないか? あのディルバって医者が作ってくれるかもしれないだろ? まず蓋を開けてみなきゃ、中身は分からないってことだ」


「本当にそんなことが起こり得ると思ってる?」


「ん、まあ……正直な話、安易な期待はしていない。でも俺は諦めん。たとえミコナが挫けて動けなくなっても、代わりに俺が戦う。ミコナが諦めてしまっても、俺が意志を引き継いで前へと進んで行くよ」


「どうして? どうしてそこまでしてくれるの? 私が妹にそっくりだから?」


「これは俺の生き方の話だ。大好きな両親が雪の世界から帰還できなくて、わんわんと泣いてた妹の姿がずっと忘れられない。何でこんな小さな子が親を失わなくちゃならなかった? この子が苦しまなければならない理由はあんのか? って俺は凄まじく憤りを感じたんだ。そして……そうだな……諦めず、命を賭けて両親を探し続けるべきだったと後悔してんだ。きっと遭難して息絶えたんだろうって諦めてしまった自分を呪ってる」


「ジン……」


「あんな気持ちはもう沢山だ。だから動ける限り、背負えるものは全部背負おうって決めてんのさ。ミコナが例えもういい、やめて、と言っても俺は止まらんぞ。後悔しないように、やれることは全部やる。死ぬ寸前、ぎりぎりまで。もし死んじまったら、それはそれで妹が悲しむからな。だから、死ぬ一歩手前までやり切るんだ」


 夕日でいつもより輝いているミコナの黄金色の髪が風で揺れた。

 床に垂れ下がっていた尻尾が微かに反応し、先端が俺の方へと向く。


「あの日……トーキョードームで出会ったのがジンで良かった」


「だろ? こんなにお兄ちゃんぢから高い人はそうそういないぜ?」


「それが何なのかは分からないけど、ジンは特別な人なんだと思う。『神亜戦争』で非道の限りを尽くした人間とは全く違うんだって、今は思ってる」


「どう違うの?」


「ん、ただの一般人」


 確かにその通りなのだが、ここまで熱く語らせておいてその評価は低すぎないだろうか。

 がっかりしていると、ミコナの「ふふ」という小さな笑い声が聞こえてきた。


「ただの一般人。そして、とても善良。私のママと一緒の魂を持っている」


「お、おう、急に評価爆上げだな。さすがにラファエルさんと一緒は恐れ多いよ」


「ねえ、ジン?」


「うん? 何だ?」


「私の命、あなたに預けるわ。明日、必ずトーキョードームという箱を開きましょう」


 立ち上がったミコナの目には、覚悟が映し出されていた。今にも泣き崩れてしまいそうだった彼女はもうはおらず、自分の力で立ち上がり、大きな壁を乗り越えたような風格があった。


「……任された。ミコナの命、俺が預かる。必ず生きて目標を達成させよう」


 俺も立ち上がり、拳を突き出した。

 ミコナも小さな手を結んで、俺の拳に力強く触れた。


「明日、必ず生きて戻ろうな」


「ええ。必ずよ。全ての目標を成し遂げて、その上で生きて帰りましょう」


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