第五話 命令(コマンド)②
まだ薄暗く、空が微睡んでいる時間。俺たち、総勢百人が東京ドームの前へと集まっていた。
ドームの周りを縄張りにしているらしい、三つ首の怪物が何十体とうろついており、俺たちの存在に警戒の眼差しを向けてきている。また、ボロボロのドームの外壁から赤外線のような真っ赤に光る目が覗いていた。
そして一際目を引くのが、ドームの天辺に君臨する銀色の巨大ペリカンだ。
「私たちこれまで、あの怪鳥ペリカン・ウォーデンの死角から中へと侵入し、入り組んだ室内でケルベロスを撒く、という形で攻略しようとしてきた。でも、成功したことは一度もない。ケルベロスの追跡能力が高いこと、そして最下層――凍眠室の前に居座る門番を倒せなくて、いつも瀕死の怪我を負いながら逃げ出した」
先頭で俺とともに並び立つミコナはそう言って、そよ風に揺らされた前髪を猫の手でくしくしと撫でた。それから逆立っている尻尾の毛を撫でつけ、心を落ち着かせようとしているようだ。
「でも、今日は真っ向勝負で挑む。魔道具に改造した銃火器でケルベロスその他雑魚を殲滅、そしてペリカン・ウォーデンも討つ。でも私とジン、ギルバード率いる碧狼隊は雑魚を無視して突入――接敵するごとに最低限の隊員で応戦し、私とあなたの最低二人で門番と戦う。どう? 単純な作戦でしょ?」
「ああ、おかげで覚えやすい。昨日の晩、そういや明日はどう立ち回ればいいんだ? って悩んでたんだけど、なるほどね。もう決めてあったわけだ」
「規模は違うけどいつも通りのことをするだけだからね。昨晩、すっかり伝え忘れてたって思い出したけど、まあ大丈夫かって眠っちゃった」
「いやミコナさん、そこはしっかりしていただかないと……心の準備ってものがありますでしょうが」
「今のを聞いて準備は済んだでしょ?」
「まあ、いつも通りってんなら悩む必要はないか。ギルバードの方はどうなんだ? 今回、いつもと違って人間の俺が同行するわけだけど、こうされると困る、とか、こう立ち回れ、とか意見があるなら今のうちに言っておいてくれよ?」
「碧狼隊はドーム攻略で生き残ってきた精鋭たちだ。アドリブも得意だから気にしなくていい。ただお前はミコナ様を守ることに専念しろ。『魔晶石』はちゃんと持ってきているだろうな?」
「おうよ。ほら、みんなと同じく腰に巻いてある。全部で二十個――【超修復】を二十回発動できる数だ。ミコナの体内のマナが切れてもしばらく治癒魔法は使い続けられる」
「よし、上出来だ。ならば、そろそろ始めるとしよう。『魔弾砲隊』、一班、二班、三班、前へ!」
ガラガラと車輪が回る音を鳴らしてやってくるのは、短距離弾道ミサイルを発射する兵器だ。約一か月、自衛隊の駐屯地跡から集めてきたもので、手入れと改造が施されている。
「狙いはペリカン・ウォーデン! 爆破魔法で首を落とせ! AR部隊はケルベロスに風魔法弾だ! 強風で巻き上げ、SR部隊が土魔法で生成した鉄槍で貫き殺す! もし肉弾戦となる場合は『崩壊Lv3』で即時撤退をすること! 撤退命令は各部隊のリーダーが見極めて指示を出せ! さあ、用意はいいか?」
さっとギルバードの視線が背後の百名に向けられる。魔法が存在するファンタジー要素が多いこの時代だというのに、ミサイルランチャーが構えられ、アサルトライフルやスナイパーライフルを携えた獣耳や翼を持つ亜人たちが戦いのゴングを待っている。何とも奇妙な光景だ。
でも約八百年後の地球はこれが当たり前なのだ。俺はその時代に目覚めた。
ならば受け入れて適応するまで。そもそも役割は限定的なのだ。彼らの銃火器への造詣を測ることに意味はない。人間の俺も亜人たちも与えられた役割をこなすだけだ。
「よし、では――始めェ‼」
ギルバードの命令が響くのと同時に、「【炎鬼の憤怒Lv5】、発動!」と魔導士たちが唱え、無数のミサイルが発射される。
弾頭は『魔晶石』を加工したもの。そのミサイルはペリカン・ウォーデンの前で大爆発――真っ赤な炎が吹き荒れた。
圧倒的衝撃、そして熱気が全身を焼く。
首は完全粉砕され、倒したかのように見えたが、
「ピィィィィィィィォォォォオオオオオ‼」
頭を失った首から警笛のような音が鳴り、グロテスクなほどぐちゃぐちゃになった翼を広げ、地面に下りてきた。そしてのたうち回り、首の切断面をまるで口であるかのように使って三つ首の怪物たちを食い始めた。
「今だ、AR部隊! 混乱しているケルベロスに撃ちこめ‼」
準備していたライフルを持った亜人たちが一斉にトリガーを引く。途端、暴風が放たれ、地面の雑草を巻き上げながらケルベロスたちを宙に巻き上げていた。
「行くわよ、ギル、ジン! 一気に駆け抜けるわ!」
走り出したミコナを追って俺たちも動き出した。ケルベロスたちがSR部隊が放った土魔法製の弾丸――鋭い槍でずたぼろにされているのを横目に突っ切り、ドームの中に突入する。
「光魔法部隊! 前へ!」
その指示に従い魔導士たちが俺たちの前に出て、「【光星の印Lv3】、発動!」と唱えた。すると魔導士たちの杖の先端に取り付けられた『魔晶石』が強烈な光を発し、広大なドーム内を照らし出した。
だというのに俺たちの目の前には真っ黒な人影が地面に映し出されている。その影はビビる俺の目の前で宙へと浮き上がり、わなわなと震えて鋭い爪を向けてきた。
「『影纏い』だ! 見えている影に実体はないがダメージは受ける! 絶対に触れられるな! 本体は客席のどこか、影になっている部分に隠れている! 魔導隊第一班、二班はここで対処を! 碧狼隊と残り三班は我々について来い!」
ギルバードを先頭に、強烈な光を浴びてなお浮かび上がる真っ黒な影の群れの中に俺たちは突っ込んだ。ギルバードとその部下たち、そしてミコナも、浮かび上がる影の一撃を器用に避けるが、「いっ!?」俺だけはモロに引っ掻かれてしまった。が、やはり肉体に損傷はない。服が切られるだけで済んだ。
俺の知識では、東京ドームは雨水貯蔵層の更に下に巨大な空間を設けられ、避難所として機能するはずだった。しかし一階壁際、最前列の観客席のすぐ下に存在した階段を下りていくのだが、一向に居住施設へと辿り着かない。階段はところどころ瓦礫に埋まっていて、ギルバードの案内に従って別の階段や、力づくで開けたのであろう穴を下りて下層へと下っていくのだが、ビーカーやらフラスコの残骸が転がる部屋ばかり現れるのだった。
「何なんだここ……俺たち東京民はさ、生活が困難になったときはここに避難するように国のトップから指示されていたんだ。でも、これは……」
「私には分からないことだけど、ジンの目には不自然に映るの?」
「だってベッドとか寝袋とか全然見当たらないだろ? ……そういや死にかける前に『国が接収した』とかって聞いたなぁ……てことは国主導でこんな施設を設けたってことか?」
そんなことを話している間にも魔物たちの襲撃があった。
デカい芋虫が路地から現れ、ヌメヌメの水球体が飛び出してきたり、炎を纏うサルが立ち塞がった。その度に隊を少しずつ分断し、凍眠室へと向かう俺たちの隊は数を減らしていった。
「……ん? ここは?」
一体何メートル下ったのか分からなくなるぐらい地下へと潜ると、俺は既視感を覚えて立ち止まってしまった。
「なんか、この巨大なガラス管……見覚えがあるような、ないような……」
「ああ、話しておいた方が良かったかもしれないわね。今私たちが辿ってきたルートは、あなたを見つけた時のルートなの。そのカプセルの中であなたは眠っていたのよ」
え? と俺はミコナに視線を向け、彼女の視線を追って割れたガラス管に視線を戻す。ガラス管の中には無数のコードが垂れ下がっており、そのどれも先端が鋭い注射針となっていた。
「あー……あんま想像したくないんだけど、これら全部俺の体にぶっ刺されてたの?」
「ええ、そうよ。ごめんなさい、何かその管からあなたの体に何かを送り込んでいたようだけど、無理やり引っ張り出したものだからすっかり壊れてしまったわ」
俺はぶるりと身震いした。少なくとも四十本ある注射針が自分に刺さっていて、未知なる『何か』を体内に送り込まれていたなんて気持ちが悪すぎる。人間離れした頑丈な体にここで改造されたのだろうが、一体どんなものを体内に注入されたのだろうか。
「さっきも言った通り、ここに至る道は前回の攻略で開拓したルートなの。本当に偶然この部屋を発見し、私たちは邂逅を果たした。ケルベロスが大暴れして穴を開けてくれなかったら、絶対に見つけられなかったと思うわ。何せ扉なんてものがなかったんだもの」
「つまり、隠されてたってことか?」
「少なくともそう見えた。ギルも同感でしょ?」
「ええ、手に入れたマップにも描かれていませんでしたからね。それよりミコナ様、こちらへ来てください。やはりここは絶好のスポットです。一撃粉砕を狙うのなら、ここがベストですよ」
俺もミコナと一緒に奥の崩れた壁へと向かった。
瓦礫の上から顔を出してみると、地上一階と同じぐらい広大な空間が広がっていた。驚くことに電気が通っているらしく、ライトが室内を照らし出している。確か地熱発電というので半永久的に発電可能な設備が備えられているという話を聞いたことがあるので、たぶんその設備が奇跡的に生きているのだ。
「ん? あれは何だ? 亀、の甲羅……?」
円形の広場の中央にはゴツゴツとした岩山のようなものが鎮座していた。表面は六角形の模様が刻まれ、中心に赤い模様が描かれているために無数の目のように見える。
「魔獣・エルカソワカ。それがやつの名前よ」
「魔獣……あれが。『魔獣化』が進んで獣になっちまった亜人、なんだよな」
「そう。あれはエルカソワカさんという人の成れの果てなの」
「ちなみに今まで相手してきた魔物は何だったんだ?」
「あれらは野生動物の変異体。あくまでもその種としての性能しか持ち合わせない。ラヴァ・ボアだったら溶岩を吐くし、ヴァイオレット・ビーは針を撃ち出す。通常個体と同じ攻撃方法しか持ち得ない。でも……」
「その口ぶりから察するに、魔獣はそうではないんだな?」
「うん。魔獣はね、魔法を使ってくるのよ。しかもエルカソワカさんは百年前に活躍していた魔導士だったらしく、様々な魔法を巧みに操ってくる。まともに戦えた試しがないから、正直底が見えない」
「凍眠室はすぐそこなんだろ? あの亀、眠ってるみたいだし、こっそり行けば気づかれないんじゃないか?」
「無駄よ。亜人には人間の細胞を求める本能でもあるのか……とにかく理屈は分からないけど、魔獣も私たち同様に人間の細胞を求めていて、凍眠室の近くを縄張りにするの。やつらにとって人間は餌なのよ。近づこうものならすぐに気づかれる」
「え、餌? じゃ、じゃあ、ここでコールドスリ―プしてる人たちは食い荒らされたってことか?」
「そこは安心して。百年もここに居座り続けてるってことは、百年かけても凍眠室に入れなかったってこと。もしあなたの妹さんがここで眠っているのなら無事な可能性が高いわ」
「そ、そうか、それなら良かった。今一瞬心臓止まりかけたぞ……」
「でも、魔獣との戦闘は避けられない。気づかれても対処が間に合わない速さで致命的な一撃を加える。それが最善の策」
ミコナは俺の目を見つめると、「まずは【自動修復】と右足に【超回復】を」と言った。俺はそれに従い、「【指令:自動修復】、及び【対象右下肢オーバードライブ】」と唱えた。
「初撃の後、きっと大暴れするはず。ジンはここで待機して、訓練通り適切な治癒魔法を唱えて。ギルバードたちは打ち合わせ通り地上から【氷精の投槍】、【炎鬼の一撃】で注意を引いてちょうだい。一瞬でいい。一瞬気を引いてくれたら、首を落とせる」
「了解。なんやかんや俺たち負けたことないよな。うん、何とかなる気がしてきた」
「我々も準備はできております。では……参ります」
ギルバードたち碧狼隊は、俺たちが話している間にアサルトライフルの弾倉からすっかり小さくなってしまった『魔晶石』のマガジンを取り出し、新しいものを詰め込んでいた。三本持ってきていたRPGの先端にも子どもくらいの大きさの『魔晶石』を取り付けてある。砲身の中にも『魔晶石』が詰め込まれており、それを使って炎魔法の爆発を引き起こし、弾頭の『魔晶石』を撃ち出せるという話だ。
ギルバードたちは瓦礫を下り、静かに地面を駆け、甲羅の前に待機する。そして【指令:氷精の投槍】、【指令:炎鬼の一撃】と呪文を唱え、『魔晶石』を氷魔法の青に、そして炎魔法を象徴する赤色に輝かせた。
「私も行くわ。一撃で甲羅を割ってやる」
ミコナはすぅ、はぁ、と一度深呼吸をした。
そして目に殺気を宿らせると、音もなく宙へと飛び上がった。
【超回復】の効果で右足は黄金に輝いている。
その足の狙いは甲羅の頂点。
これまで何度もミコナの蹴りの威力を見てきた。『守護者』をぺしゃんこにできるぐらいなのだ。亀の甲羅ぐらいなんともないだろう。
いける。一撃だ。一撃で甲羅を突き破り、心臓を貫くに違いない。
そして、ミコナは行動に移した。
「――乾坤一擲……神様、どうか私たちに力を貸して!」
その瞬間、ミコナは流星と化した。
瞬間移動と言って良いほどの速度で、必殺の右足を甲羅に突き刺す。
鼓膜が破られんばかりの轟音――魔獣は爆散して、辺り一面に土くれを巻き散らした。
……待て、土? 血とか肉片じゃない? どういうことだ?
「これは、どういうこと? 魔獣に似せた『土人形』?」
ミコナやギルバードたちは構えを解いて困惑を浮かべて答えを求め合っている。
この高い位置、俺が眠っていたカプセルがある隠し部屋だからこそ見えるものがあった。
ミコナの背後、その奥の暗がりの中に血のような真っ赤な二つの光が浮かんでいるのが見えた。
それに気づいた瞬間、俺は部屋から飛び出しミコナたちのもとへと駆けだした。
「ミコナ! ギルバード! その場から早く逃げろ! 敵は奥だッ!」
予想外のことに足を止めていた地上部隊の間を駆け抜け、ミコナのもとへ――
彼女をギルバードへと投げるように避け、両腕を目いっぱい広げた。
「――――っ‼ が、ぁ――!?」
迸る閃光。光が俺の体を突き抜ける。
文字通り雷が落ちた。脳天から足元へと衝撃が駆け抜け、視界が真っ白になり、全身が痙攣して内臓が体内で捩れた。
「ジン――ッ‼」
遠くに消えそうになっていた意識は強い引力によって引き戻された。はっとすると俺はミコナに抱えられ、宙を高速で飛んでいた。
「ミ、コナ……無事か?」
「あなたこそ大丈夫なの!? 電撃が直撃したっていうのに!」
「打撃、斬撃よりは効いたけど、どうにか無事みたいだ……」
ギルバードたちのもとに下り立つと、やつ――エルカソワカが影からその姿を現した。
でかい亀と思っていたが……実際のところは地を這いずるなめくじだ。手足や尻尾が飛び出してくるのかと思いきや、甲羅の側面にある穴から飛び出してきたのは老婆の頭『たち』だった。
「いラっしゃいなァ! エルカの魔道グ屋へようコそォ!」
「きゃっきゃっきゃ! お友ダちが遊びニ来テくれタわヨ!」
「腹ァ減ったなァ! おみゃァらの肉はどんな味カエ?」
「誰を前に魔ホウを使っテんだァ? そンナちん気な威力で殺セルわけにゃァよ!」
「アアアァァァアアッ‼ 久しブリの戦ッ‼ 燃えルねェ‼ 魔獣になっタ甲斐がアッタってものヨ‼」
全く同じ顔が五つ、俺たちを見下ろしている。
その人のようでいて狂気に落ちた眼差しに俺は凍りついてしまったのだが、ギルバードたちは違った。
「【氷精の投槍Lv5】、発射ッ‼」
無数の氷柱が発射され、同時にミコナも飛び上がった。右足の【超回復】はまだ効いている。
氷柱か、ミコナの右足か――どちらかが一番近い頭に直撃し、粉砕するように思われた。
……が、そうはならない。
一瞬、広場を隅々まで照らし出すかのような強烈な閃光がどこかから放たれた。
すると、氷柱はまるで砂のように分解されて消滅し、ミコナの風魔法の翼と右足の【超回復】が突如として解除された。
「な――――っ!」
これは予想外なことだったらしく、ミコナは明らかな動揺を顔に浮かべ、無防備の状態でエルカソワカに近づいてしまう。
「あひゃ、アヒャ! 【炎鬼の拳Lv5】、発ドウ!」
「ミコナ‼ 【指令:対象全身――即時回復】、発動‼」
エルカソワカとほぼ同時に俺は治癒魔法を唱えていた。
次の瞬間、ミコナの目の前で地面を揺らすほどの大爆発が起こり、彼女は壁へと吹っ飛ばされてしまう。
「ミコナ様!? くそ! ジン、我々が食い止める! 早くミコナ様を助けろ!」
ギルバードたちは再びARのトリガーを引き氷柱を撃ち出すが、エルカソワカは何倍もでかい氷柱を生成し、すべてを蹴散らしてギルバードたちを襲った。
碧狼隊が衝撃で蹴散らされるのを見て躊躇ってしまったが、「早くしろ‼」とギルバードの一喝で目が覚めた。彼らはまだ動ける。ミコナを守るという意思は消えていない。俺は一直線にミコナのもとへと駆けだした。
「ミコナ、無事か!? 治癒魔法は発動したのか!?」
土埃を払い除け、瓦礫の中にミコナを見つける。俺は最悪の想像に急かされてミコナを引っ張り出した。
「はぁ、はぁ……ありがとう、ジン。治癒は効いてる。傷は瞬時に治ったわ……」
「つっても、大分血を流したみたいだな……一体、何が起きた? どうして風の翼や治癒魔法が消えたんだ?」
「分からない。解除を口にしたわけでもないのに……こんなこと初めてだわ」
「エルカソワカが何かしたって考えるのが自然だよな――っ!? やべえ……‼」
俺はミコナを抱き上げて全力でダイブした。
背後に巨大な氷柱が激突し、瓦礫を巻き上げ、俺たちに降り注いだ。
「くそっ、もう一回――‼」
止める間もなくミコナは飛び上がると、再び氷柱を生成している首へと一直線に向かった。俺は「【指令:対象右下肢、超回復】!」と慌てて治癒をかけ直すのだが、
「ムダむぅだ無駄アッハッハッハ!」
まただ。一瞬室内を照らし尽くす強烈な閃光が迸り、ミコナは体のコントロールを失ってしまった。
「【指令:対象全域――即時修復】‼ ミコナぁ!?」
治癒が発動するのと同時に、ミコナは横薙ぎのヘッドバットを食らって弾丸の如く吹き飛ばされてしまう。壁に巨大なクレーターを作って埋まっているミコナは頭でも打ったのか意識が朦朧としているようだった。
そんな彼女に狙いを定めたエルカソワカはギルバードたちを相手する頭一つを除き、残りの四つの頭全てをミコナに向けた。
一つは口元に火球を生み出し、一つは巨大な氷を生成し、一つはバチバチと電気を迸らせ、一つは金属塊を宙に生み出した。
やばい、急いで助けないと――そう思った時、俺の目に飛び込んでくるものがあった。
ミコナに狙いをつけるために身を捩ったことで、エルカソワカの背中、その中央が一瞬見えた。
幾枚もの甲羅が組み合わさっている構造で、そこだけ『魔晶石』のような透明な結晶でできていた。
二度の魔法消滅……共通しているのは光が放たれたこと。
そして見えている背中の結晶がわずかに瞬いている。魔法を消去した光と同じ色だ。まさか無関係ないわけがない。
「……や、やるか? やれんのか、俺? いや、んなこと言ってる時間はねえ、行くぞエルカソワカ‼」
俺は一つの閃きに従い、握れる大きさの瓦礫を一つ手に取ると、恐怖に抗いながらエルカソワカへと駆けだした。
甲羅に張りつき、出っ張りを伝って登っていく。
そして頂上へと到達すると、ダイヤモンドみたいな結晶の前に立った。
「正解であれよ……そぉうら‼」
思い切り瓦礫を振りかぶり、そして振り下ろす。
ガギン! と金属とも石ともつかない音が鳴り響く。
すると、今にもミコナに魔法を放とうとしていた四つの首と、ギルバードたちを相手していた首――つまり全ての頭が俺の方を向いた。
「レディの背中ニ乗ルだなンテ失礼ねェ!」
「コノふしダラめ! ドコ触っテんのサ!」
「何だァ? フシギな匂いシテんなぁ、お前サン!」
「きゃっきゃっきゃ! 痛イ痛イ! 久しブリの快感!」
「このクソだらァァァア‼ 早くソコからどけェ‼」
「う、うるせえな、耳元で叫びやがって! やっぱここ、お前の弱点なんだな? だから俺を見てんだろう?」
俺は訊ねながらも瓦礫を結晶に振り下ろし続けていた。何度も何度も全力でぶつけるのだが傷一つつかない。むしろ瓦礫の方が崩壊して小さくなっていた。
「おドれえ‼ そこを退かんカァ‼ 【土霊の人形ォォ‼】、発ドう‼」
エルカソワカがそう唱えると、甲羅の溝から泥が湧き出し、人の形になった。
その『土人形』たちは瓦礫を振り下ろし続ける俺の腕、胴体、足に絡みつき、溶けて固まり動きを封じてきた。
「だぁクソ動けねえ! あぁやばい、やばい……! ――――ぐぁ!?」
弾丸の如く発射された氷の礫が頭に直撃。視界がぶれる。
そんな俺の視界の中に無数の光が現われると、次々と爆発した。
「がっ、あっ、ぐ――ッ‼」
爆発だけでなく、連続して電撃が体を駆け巡る。目が回り、電撃によって思考が飛び飛びとなる。
「何ジャぁ? こいつ随分と頑丈ダねェ!」
「どうスル? どうスル? 何で遊んデやろうかねェ?」
「燃ヤスのが良き! 地獄ノ業火で塵一つ残サんでな!」
「きゃっきゃっきゃ! 竜巻ヨ、竜巻ヨ! ほぉらあっツいのいっちゃッテェな!」
「死死シ死に晒セェゴミ虫がァ‼ 『炎鬼の憤怒Lv10』ゥゥ‼ 発動‼」
俺の体を囲んでいた竜巻に炎が吹き込まれる。凄まじい熱波に俺はたまらず悲鳴をあげそうになるが、口の中、喉が一瞬にして焼けて声が出せない。この吹き荒れる業火の中でも肉体は形を保っているが、呼吸できないのは非常にまずい。ミコナに治癒魔法をかけてやることができず、助けを求めることができない。
「――――っ、――――ぅ、ぁ……!」
少しずつ暗くなっていく視界。
俺の意識は肉体を離れようとしていた。
幻が……芽衣が、見える。
ガラスに手を突き、俺へと語りかけていた。
「お兄ちゃんは不死身と言って差し支えな……だから、大丈夫、お兄ちゃんは……簡単に死んだりはしない」
気づくと俺は『土人形』を粉々に砕き、自由を得ていた。
業火の中で俺はほぼ無意識に拳を握り、振り上げている。
「――ぉぉぉぉぉおおおオオオオオオオオオッ‼」
そして、『可能である』、『実現できる』という確信とともに甲羅の結晶に拳を振り下ろした。
吹き荒れる業火はその衝撃破で消し飛び。
殴りつけた結晶は、バキッ、と音を鳴らし、砕け散った。
「き、貴様ァァァアア‼」
「ギャアアアア‼ 我ガ百年の結晶がァ‼」
「光ラない‼ 光らナい‼」
「【魔法消去(マジックキャンセラ―)、魔法消去】‼」
「ゴミカスめェ‼ あたいノ大切な魔道具を壊しヤガッテぇ‼」
五つの頭は再び俺を殺さんと目を光らせ、魔法を放とうとしている。
俺は思い切り息を吸うと、
「ミコナァア‼ 【指令:対象全身――超回復ッ‼」
その時、俺の横を黄金が駆け抜けた。
一秒にも満たない、ほんの一瞬のこと。
視界一杯、光の軌跡が宙に残っていた。辺り一帯、エルカソワカの肉体を巻き込んで。
そして、数秒の後――
まるで時空がずれたように空間は分断された。
「な、何事かエ? な、ナニ、ナニニ――がぱっ‼」
エルカソワカの全ての首が肉体より離れ、空中で粉みじんとなった。
同時に肉体も砂のように細かく分解され、自身の血液に溶けるかのように地面に広がる。
数秒の静寂。みな一様に呆然と立ち尽くしていた。
でもすぐに「うおおお!」「倒したぞぉ!」と声が割れんばかりに響いた。
膝に手を突き、大きく荒く息を吐く。そして宙を見上げると、ミコナも同じように肩で息をしていた。
どちらが合図した訳でもない。
俺たちは勝利を噛みしめ、お互いの手を叩いた。




