第五話 命令(コマンド)③
「ふぅ、替えの服があって助かったぁ。全裸で帰ることになるかと思ったよ」
遅れてやってきた救護班が予備の服装を何枚も用意してきており、俺はそれに着替えてミコナの傍に立った。ミコナは瓦礫に座り、凍眠室の分厚い金属の扉を開こうと頑張っているギルバードたちを休憩がてら眺めていた。
「あのぉ、ちなみになんですが、見えてないよね? ミコナさん。俺の大事なところ」
「なに馬鹿なこと言ってんの。見えたからって何なのよ?」
「めっちゃ恥ずかしい。顔見る度に思い出して冷静でいられなくなるかも」
「エルカソワカの血に塗れてたから見えなかったわ。これでいい? それよりこっちの質問に答えて。あの力、一体何なの? いくら体が頑丈とは言っても、あんな硬い甲羅を割る力があったなんて驚きだわ」
「あれな。俺もびっくりした。炎に包まれてただけに火事場の馬鹿力が発揮された、とか?」
「疑問形で返さないでよ。はぁ、あの灼熱の炎で消し炭になってないのもおかしな話だし、考えても無駄ね」
「まあそうだな。当人の俺がよく分かってないんだし。でももしかしたら、今日その秘密が明らかになるかもな。もし妹が夢で見た通り大人になってて、研究職に就いてたのなら、きっと答えを持ってるはずだ」
その時、「よし、動いた! 総員『崩壊Lv2』の力で揃えて引っ張れ!」と聞こえてきた。
ゴゴゴ、と鈍く重々しい音を鳴らし、巨大な鉄扉がゆっくりと左右に開かれる。ついに人間がコールドスリープしている凍眠室への道が開かれた。
「よし、よしっ! ついにここまで来たな! 芽衣、待ってろよ……!」
俺はすぐさま入口へ駆けつけるが、「安全を確認する。少し待て」とギルバードに止められた。彼ら碧狼隊はライフルの銃口に炎を灯し、恐る恐る中へと踏み込んでいく。
「おいギルバード、どうなんだ? ずっと閉ざされてたんだ、魔物なんているわけないだろ。もう入っていいか?」
じれったくなって踏み出したところでギルバードが姿を現した。何があったのだろう、表情は非常に険しい。
「な、なんだ……? 中はどうなってんだ?」
「ジン……どうしても中を見たいか?」
「当たり前だろ! そのためにここまで来たんだぞ?」
「一応忠告しておく。見ない方がいいと」
ギルバードは俺の目を見据えてそう言った。
嫌な予感に肌が粟立つ。微かに手が震えたが、それでも見ないわけにはいかない。ギルバードを押し退け、俺は凍眠室に駆け込んだ。
「…………嘘だろ?」
ライフルの銃口から燃え上がる炎が、ちらちらと室内を照らし出していた。
まるで棺のような機械がずらりと並んでいる。数百とか、ぱっと見では数え切れないほどの数だ。
その機械はどれもこれも、破壊し尽くされていた。中身のコールドスリープしていた人間たちは、猛吹雪みたいな寒さの室内のあちこちに転がっている。手足や首が折れて、砕けて、粉々になって――
「ジン? どうしたの? 妹さんは――、っ! ど、どういうこと? どうして荒らされてるの?」
ミコナが傍に来て呟くと、「ギルバード殿!」と一人が叫んだ。
「室内のあちこちに穴が開いております! おそらくはエルカソワカが掘ったものかと! やつは扉が開かないから居座っていたのではなく、十分な食料があったからこそ、この場を縄張りにしていたのかと思われます!」
俺は周囲を見渡し、歩き始めた。慎重に、死んでしまっている人間たちを踏まないように。凍えるほど寒いというのに汗が噴き出す。
時間をかけ、同胞たる人間たちの末路を確認する。
安らかに眠りに就いているが、胸像のように胸から下が存在しない。
逆に頭だけ食われた形跡のある死体もあった。
そして俺は床に転がる一つの小さな球体を見つけた。
女の子の首だった。
俺はしゃがみ込み、そっと指で触れた。
そして引っくり返して顔を覗き込むと――
「――――っ‼」
俺はたまらず凍眠室から飛び出し、広場に出ると膝に手を突いて思い切り息を吐いた。
「ジン! どうしたの? まさか、妹さんは……?」
すぐにミコナがやってきて、俺の背中に手を当ててくれた。
俺はそんな彼女に大丈夫だという意味を込め、手を上げてみせた。
「い、いや、別人だ。知らない子だった。それらしい姿もなかった」
「でも体が震えてるわよ?」
「そりゃさ……生きてる人間に出会えると思ってたから、あんな凄惨な光景を見ると思わなかったんだよ。ちょっと、キツい絵面だった……それでちょっと動揺しただけだ……」
「じゃあ妹さんはここではない、別のどこかにいるのかしら?」
「そうだといいんだけどな。そういえば夢で見る芽衣はどこか遠く……確か西に避難するとか言ってたような気がするな。うん、たぶんここじゃない。きっとここじゃないどこかにいるんだと思う」
俺は自分にそう言い聞かせ、汗を拭った。かなり慎重に調べたから芽衣の姿がないのは確かだ。約八百年前に別れた時の幼い姿も、白衣を着た大人の芽衣もいなかったし、幼い芽衣が最後まで手放さなかったクマのぬいぐるみもなければ、大人の姿で脳内に現れるときにかけていた眼鏡もなかった。まさか眼鏡を魔獣が食うはずもない。だから、ここではないどこかで生きているはず。今はそう信じるしかない……。
――と、そこでジャリっと音が背後で聞こえた。
ギルバードか? と振り返ると、碧狼隊の一人が俺に向かってARを構えていた。
「は? な――ぐぁっ!?」
放たれた氷柱をもろに全身に浴び、俺は吹っ飛ばされた。
「いででででっ! な、なんだ、何で攻撃してくんだよ!?」
そいつは目をかっぴろげ、俺を見つめながら一心不乱に氷柱を撃ちこんでくる。
「何やってんの!? 今すぐ止めなさい‼」
すぐにミコナがライフルに蹴りを入れて弾き飛ばした。
するとライフルを失った男は、
「命令、遂行。バンリジンの調査と確保を実行します」
ダッ、と駆け出し、地面に転がっていた俺に覆い被さって首を絞めてきた。
「ぅ――――な、んだぁ……!?」
俺は困惑しながら男の腕を掴んで退けようとする。が、凄まじい力でビクともしない。驚くことに男の腕は爆発するように血を噴き出し、筋繊維が剥き出しになっていた。
「何をやっているんだ! 私の声が聞こえないのか!?」
駆けつけたギルバードは舌打ちをし、「許せよ!」と言って俺に覆いかぶさる男の脇腹を槍の柄で突いた。
錯乱した男はその一撃で吹っ飛ばされ、地面を転がった。が、すぐに立ち上がり、「め、命令、命令」と呟き、またまん丸の目を俺に向けてきた。しかしギルバードの一撃は相当効いたらしい。俺に向かって来ようとした途端、がくりと膝を突いて崩れ落ちた。
「おいジン、無事か?」
「あ、ああ、相変わらず無傷だよ。しかし何が起こったんだぁ? あの男、問答無用で攻撃してきたぞ? まさか俺を殺せなんて命令出してないよな?」
「ああ、私が命じたのは魔物への警戒だ。それがどうして持ち場を離れてお前を攻撃したのか……ん? これは――」
ギルバードは気を失った男の下に膝を突き、そいつの腕を調べ始めた。と思ったら「救護班! こちらへ!」と叫んだ。
「あ、はい。どうされました?」
「今のなんですか? ジンさんが攻撃されてたように見えましたけど」
駆けつけたのはココロンとカロンだった。ギルバードはすぐに答えず、辺りを見回してようやく口を開いた。
「ココロン、ディルバ殿はどこだ? 同行しているはずだろ?」
「それがその、どこかに行ってしまいまして」
「どこか?」
「ええ、声をかけたんですけど黙って元来た道を戻っていきまして」
「その直前の行動は? この男に接触していなかったか?」
「あ、はい、何をしていたのかは分からないですが、姿を消す前にその人と一緒にいました」
それを聞いたギルバードは「ミコナ様、こちらへ!」と男を手で示した。俺は呼ばれていないが、立ち上がって二人の後ろから覗き込んだ。
「分かりますか、ミコナ様。この裂けてしまった腕にうっすらとですが獣毛が生えていることが」
「ええ、確かに生えてるわね。まさか……『魔獣化』?」
「ミコナ様、もしかしたらここ最近『魔獣化』が多発していることにディルバ殿が関わっているかもしれません。思い出してみれば、『魔獣化』を発症した者を発見した時、常に彼が傍にいました。偶然、たまたまだと口にして」
「確かに、ラバおばさんが発症した時そう言っていたわね。そうだ、ホップさんの時も!」
「ココロン、カロン! ディルバ殿の行先の見当はつくか?」
「そ、そうですねえ。最近は街の外に作った研究所にこもることが多いので、もしかしたらそこかも」
「街の外に研究所? そんなものがあるだなんて聞いていないぞ」
「私たち、場所を知ってるので案内しましょうか?」
完全に蚊帳の外ではあったが、聞こえた言葉から『魔獣化』とディルバに関連があるかもしれないってことは分かった。「ジン、もっと凍眠室を探りたいだろうけど、後にしてもらえる?」とミコナに言われ、「ああ、行こう」と俺は答えた。
「ディルバは街の高名な医者だって認識はあってるか? あの人、いつから街にいるんだ?」
元来た道を駆け足で戻る途中、気になって訊ねてみると、ミコナは複雑な表情で頷いた。
「少なくとも私がママに連れられて街に来た時には住み着いていたし、住民代表として議会に参加する地位にいたわ」
「その、亜人を意図的に『魔獣化』させることってできるのか? そういう薬みたいなのがあったり何てことは?」
「そんな恐ろしいものの存在は聞いたことはないわ。でも……」
「でも……?」
「ディルバほど医療に長けていて、研究家としても名高いあの人なら、もしかしたら作ることもできるかもしれない。何せ、『抑制剤』を開発したのは彼だから」
東京ドーム攻略作戦は大成功だと言えるだろう。すっかり魔物は倒され死骸が転がっており、魔獣討伐の報せを聞いたらしく攻略に参加していた亜人たちは祝勝の声を響かせていた。
そんな中、俺たちはほとんど言葉を口にせず、地上一階へと戻り外に出た。こちらも魔物の掃討は完了したらしく、救護班が怪我人を治している姿が見えた。だがその中にディルバの姿はない。「こちらです」というココロンの案内に従い、俺たちはドームから離れていった。
「ここです。この古代遺跡、人間の時代から稼働しているらしく、僕たちはさっぱりですけど、ディルバ様は巧みに利用されていました」
丘の斜面に突き出していたコンクリートの入り口は開け放たれており、地面の奥へと階段が続いている。そして誰かが今さっき下りていったかのように湿り気を帯びた土が残っていた。
「ミコナ様、念のために警戒を」
「分かってるわ。ジン、できるだけ静かに……ね」
「りょ、了解」
俺たちは長い階段を下り、扉に行き着いた。
天井にセンサーの光が灯っており、俺たちの姿を捉えると勝手に開いた。
露わになった室内を見て、俺は思わず驚愕の声を上げそうになった。
このファンタジックな時代に似つかわしくない機械の数々――デスクトップパソコンが何台も並んでおり、奥の壁には数十台のモニタが設置され、何らかの情報を映し出していた。床にはコードが張り巡らされ、隣の部屋に続いている。
ギルバードを先頭にその部屋に近づく。
また扉があったが、すでに開かれていた。
ミコナとギルバードは頷き合うと、ギルバードは槍を構え、ミコナは手刀に風を纏わせて突入した。
「ディルバ! 逃げ場はないぞ! 両手を上げてこちらを向け!」
「一体この施設は何なの? あなたはここで何をしていたの!」
ギルバードとミコナの声が部屋に響き渡る。
ディルバはゆらりゆらりと体を揺らし、「ぁ、ぁ」と小さな声を漏らしていた。
「ついに……運用できる域に達しましたな。副作用の『魔獣化』も最低限に抑えられ、半永続的に支配できます。これで世界は、あ、あなた様のものに……」
ディルバはギルバードとミコナの言葉を無視し、誰かに語りかけるかのように言葉を紡いだ。
それからゆっくりと振り返るのだが、その目に正気は灯っていない。
それは先ほど俺を襲ってきた兵士と同じ様子で……そうだ、これ。ミコナに【命令】という言葉を使って奴隷モードにしてしまった時の様子だ。
「おい、ミコナ。これは――!」
俺は閃きを口にしようとした。
だがそれに被せて言葉を発した者がいた。
「【ギルバード、今この時を持って我が隷属下に置く】、さあ最初の【命令】だ。【伴里仁、及びミコナをこの凍眠室に閉じ込めろ】」
その声は、背後から聞こえてきた。
はっとして振り返ると、そこには感情が抜け落ちたカロンと、悪意を詰め込んだ邪悪な笑みを浮かべるココロンの姿があった。
俺はすぐにそれに気づいた。
ココロンが手に持つ金属――
『隷属機』だ。ココロンが『隷属機』を握っている。
なんでココロンが? と驚愕していると、視界が一回転した。
「ぐっ――‼」
壁に激突し、床に転がる。
だが当然のように無傷だ。一体何が起きた? と俺は立ち上がると、
「命令を遂行します。め、命令を遂行」
目の前には無感情な顔のギルバードの姿。
槍の柄で顎を打ち抜かれ、頭の中が揺れる。意識の半分が吹っ飛び、俺は立っていられずに倒れ込んだ。
必死に視線を上げると、ギルバードの氷を纏わせた十字槍の一撃を食らい、壁に吹っ飛ばされるミコナの姿が見えた。
「はっはっは! 素晴らしい! これが『隷属機』本来の機能か! 騎士団長も思いのままとは、何と愉快なことか!」
「こ、ココロン、お前……一体……何者なん、だ……?」
その俺の問いに、ココロンは顔に邪悪を張りつけたまま応じた。
「さすがに丈夫だな、亜人もどきよ。今は眠りたまえ。『トビトの街』を制圧した後、氷漬けになった君たちを解剖させてもらう。特にミコナ嬢は肉体再生機能を何度も受けた身だ。肉体に変質がないか、非常に興味がある。それでは後程、君たちが死に絶えた後に戻ってくるよ」
感情を失ったギルバード、カロンを傍に置いて、ココロンは手を振った。
俺は必死に手を伸ばすが、無情にも扉は閉められてしまった。
それとともに俺の意識も、遠ざか、り――




