第六話 二人を繋ぐ隷属契約①
第六話 二人を繋ぐ隷属契約
「――お兄ちゃん。聞いて」
これで幾度目だ? また俺はカプセルの中に満たされた液体の中で漂い、大人になった芽衣を見ている。
「お兄ちゃんは今、SSSランクの権限を与えられている。というより、私がその属性を付与したと言った方が良いわね」
芽衣はガラスに手を当てると顔を近づけてきた。
「あなたは今――大統領と同じ権限が――意識が戻ればこんなところ、すぐにでも脱出できるし、人間が後世に残すことになる施設を利用でき――生きるため、上手に利用して」
「め……芽衣……?」
ドン、ドン、と鈍い音が脳を揺らしてくる。
霧がかかったような意識を必死につなぎ止め、目を開けた。
すると見えるのは血塗れのミコナの姿だった。「開け、開け!」と叫びながら扉を必死に蹴っているが『崩壊Lv3』を引き起こして全身ひび割れていた。そしてふらりと体を揺らすと、背後に倒れそうになった。
「ミコナ!? なに無茶してんだ! 【指令:対象全身――超回復】!」
俺は急いで立ち上がりミコナを受け止めると、全身に治癒魔法をかけた。意識朦朧とした様子だったが、回復が終わるとはっとするように目を見開いた。
「ジン! 良かった、起きてくれて! 私たち、どうやら閉じ込められちゃったみたい。あの扉、蹴っても殴ってもビクともしないのよ。人間時代のもののようだし、あなたの知識で何とかならない? じゃないとこのまま氷漬けよ……!」
ミコナはそう言いながら腕をさすった。俺も体が震えており、息は真っ白だ。部屋の奥の大きなモニタには室温が表示されているのだが、マイナス五十度と表示されていた。
「くそっ! あいつ――ココロンは何者なんだ? 何で人間が遺した機械を動かせるんだよ!」
「彼は三年前、カロンと一緒に移住してきたの。旅人だとか言ってたけど……今はそんなこと話してる場合じゃないわ。早く部屋を出ないと凍え死んじゃう……!」
「つっても開く方法がないんだ。これ、扉の横のガラスみたいな板をタッチパネルって言うんだけど、たぶん生体認証を行う装置なんだ」
「せーたいにんしょう?」
「あーつまりだな、特定の人間しか開かないようにする機械なんだ。当然、この施設に何の関係もない俺たちでは絶対に開かないってことで……」
そこでふと脳裏を過るものがあった。
先ほど夢の中で見た芽衣の姿、その言葉。俺には大統領クラスの権限が与えられていて、人間の施設を自由に扱えると言っていたが……。
「そんな……まさかだよな?」
俺は僅かな期待と否定の両方の感情を抱いたまま、そっとパネルに手を置いてみた。
すると、
「『SSSランク権限を確認。ロックを解除します』」
そんなアナウンスが聞こえて扉が開いた。
マジか、と驚くのは後にし、俺たちは部屋を飛び出した。そしてその場で腕をさすって走る真似をして体温を上げた。
「ジン、すごいじゃない! 何が起きたのかよく分からなかったけど、とにかく助かったわ! あなたには古代遺跡の扉を開く力があるのね!」
「そんな力はないよ。本来なら開くはずはなかったんだ。でもそれが可能で、特別な権限を持ってるっていうことは……」
「? どうしたの?」
「度々見てきた夢が現実のことだったんだなって思ってさ。もう妹は抱っこしてあげる歳じゃなくなって、俺なんかよりもずっと大人に成長して……俺を生かすために色々手を尽くしてくれたみたいだ。そして今はこの世界のどこかでコールドスリープしているのは間違いない。荒らし尽くされた東京ドームにいなかったってのは僥倖とも言える情報だけど……」
「えっと、ごめんなさい。何の話かいまいち分からないのだけど、ひとまず走れるぐらいには体はあったまった? ココロンがさっき『トビトの街を制圧する』だなんて言っていたでしょ? 早く追いかけて止めないと!」
「あ、ああ、そうだな。早く行かないとだ」
ひとまず芽衣のことは心にしまい、俺たちは施設を飛び出した。ココロンが持っていた『隷属機』が機能し、ギルバードがやつの手中にあるのは確かなことだ。街を制圧するという言葉が本気かどうかは分からないが、街がとんでもない被害を受ける可能性がある。
息を切らしながら東京ドームまで戻ってくると、沢山いた亜人たちの姿は一人として見えなかった。ミコナも俺と同様に嫌な予感があったのだろう、表情がより険しくなった。
そしてしばらく走り続け、街を見渡せる丘を登り切った。
そこで見えたのは、
「う、うそ……街が燃えてる……!」
あちこちに火の手があがり、空は黒い煙が立ち込めている。街はまるで夕焼けに飲み込まれたかのように赤く染まっていた。
俺たちは再び走り出し、ようやく街に到着する。跳ね橋は下ろされ、城門は開かれており、しかし見張りはいない。街へと踏み入ってみると、不気味なほどに静かだった。木造の建物がぱちぱちと弾ける音だけが響いてくる。
「お、おい、どうなってんだ? 人っ子一人いねえぞ! 今どういう状況なんだ?」
「…………、こっち! 宮殿前の広場からたくさんの気配を感じる! 行くわよ、ジン!」
そうして燃えゆく道を駆け、俺たちは広場に辿り着いた。
そこで待ち受けていたのは、異様な光景――街の人たちが宮殿の前で膝を突き、頭を垂れている。「おい何やってんだ?」と声をかけても体を揺すっても反応はない。この感じ……奴隷モードにしてしまった時のミコナのようだ。
「――っ! ココロン、どこにいる!? ココロン‼」
「お、おい待て、ミコナ‼ 一人で行くな‼」
ミコナはとてつもない脚力で宮殿の階段を上り始め、俺はその後を追った。
ミコナはあっという間に最上階へと辿り着き、ラファエルさんのいる議会場へと突撃していった。俺は数分遅れてようやく入口へと着き、開け放たれた扉から中に飛び込む。
すぐそこで、ミコナが立ち尽くしていた。
室内は東京ドーム攻略に参加した戦士たちがずらりと壁際に整然と並んでいる。ギルバードが率いる碧狼隊の姿もあった。
その者たちが黙って見つめるのは、部屋の中央。
そこにはココロンとラファエルさんの姿があった。
ラファエルさんはギルバードに腕をねじり上げられて苦痛に顔を歪めている。そして対峙するココロンの背後には、感情のない表情で子どもの首にナイフを突き立てようとするカロンの姿がある。子どもも無表情で無防備に首を晒し、まるで斬ってくれと言わんばかりだ。
「【この時をもってカエラ・ラファエルを我が隷属下に置く】」
「こ、ココロン、あなたは一体……!? う――――‼」
一瞬、ラファエルさんが抵抗を試みる。
だが、すぐにその顔から表情が抜け落ち、
「ご命令をココロン様。今この時をもって、私はあなた様の奴隷です」
ラファエルさんもまた膝を突き、頭を垂れた。
「ママ! ママ!? あ、あぁ……ココロンッ! 一体どういうつもりだ‼」
ミコナの怒号にココロンは僅かばかり驚き、ミコナと俺の姿を見つけると「おやおやこれはどういうことか」と飄々とした様子で呟いた。
「どうして君たちがここに? うーむ、あの施設も何百年という単位で稼働していたわけだからなぁ。セキュリティに問題が生じていたか?」
「答えろココロン‼ どうしてこんなことしたの!? 街のみんなに、ママになんてことを……!」
「ふむ、どうして街を制圧したのか、と? その理由は単純明快。戦力を得るためだ。貴様ら亜人を殺し尽くして人間の世界を取り戻し、覇者として頂点に君臨するには【統治者】という最高の兵器が必要だったのだ。だからこそ街の住民を全て人質に仕立て上げたというわけだ」
「人間の世界を、取り戻す……? こ、ココロン、あなた何者なの!?」
ミコナの声に動揺を感じたのだろう。ココロンはふっと息を噴き出し、悪意を煮詰めたような笑みを浮かべた。
「私の名前はシュナイダー・タケル・ヘルデンディード。伴里仁と同じく約八百年の時を経て目覚めた『人間』だ」
「あぁ? 俺と同じ人間? 何言ってんだお前、見た目完全に亜人じゃねえか!」
「この耳と尻尾は作り物だよ。といっても亜人の細胞を培養して造り、神経を繋いだ本物と遜色のないものだがね」
「じゃあカロンはどうなんだよ! あんたの双子の妹なんだろ!? 見た目そっくりじゃねえか!」
「この子の容姿に似せて整形を施しているからだ。彼女は初めて『魔獣化』せずに隷属化に成功した貴重なサンプル。研究対象、及び我が手駒として傍に置くため、『一緒にいてもおかしくない』と思われるように私が彼女に姿を寄せたのだ。亜人の細胞を取り込みもしたから、半亜人といったところだな」
これを聞いた瞬間、「待って!」とミコナが声をあげた。
「あなた、今なんて言ったの? 『魔獣化』せずに隷属化させた……そう言ったわよね?」
「ああ、それがどうしたのかね?」
「まさか……まさかあなたが原因なの? 『魔獣化』を発症する人が続出したのは、あなたのせいなの!?」
「恥ずかしながら、その通りだ。この時代に目覚め、亜人が地球を支配していることを知った私はすぐに『隷属機』の開発に着手したのだがね。工学は専門外だったために完璧とはいかなかった。【命令】を下すと短時間は支配できるが、どうしても『魔獣化』を引き起こし支配も解けてしまう。そして改造と試行を繰り返した結果、『魔獣化』患者が溢れてしまったというわけだ。可哀そうと思わなくもないが、おかげで運用するのに問題ないレベルの『隷属機』が完成した。犠牲になってくれた者たちには感謝しかないよ」
何がおかしいのか、ココロン……いや、シュナイダーはハッハと笑い声をあげた。
これには耐えられなかったのだろう。ミコナは地面を蹴って、
「シュナイダぁぁぁぁアアア‼」
そう叫んで襲い掛かろうとした。
だが、ミコナの前に一人が立ち塞がる。
それはラファエルさんだった。ミコナは突き出した拳を慌てて止めた。
「ま、ママ!?」
「ご主人様の敵対分子を発見。これより排除を開始します」
俺は目を疑った。ラファエルさんがミコナの首を両手で絞めたのだ。
しかもミコナの抵抗を意に介さず、宙へと持ち上げた。その凄まじい力はミコナに一切の悲鳴を上げさせることはない。
「ダメだ、ラファエルさん‼ その子はあんたの娘だろ!? 目を覚ませ、ラファエルさん‼」
その声が届いたのか。それとも意識があるのか――ラファエルさんは涙を流し、全身震わせていた。
俺は駆け出した。目の前で繰り広げられる残酷な光景を止めるために。
だが、それに反応して壁際で待機していた兵士たちが一斉に動き出し、俺に槍を突き立ててきた。
「――――っ!」
刃は俺の肌を突き破らず滑るようにして弾かれた。しかし四方から槍を繰り出されたことで監獄のように囲まれてしまい、身動きができなくなってしまった。そのせいでポケットの『隷属機』が取り出せない。
「【この時を持ってミコナを我が隷属下に置く】……ちっ、やはり隷属下の上書きは私の位ではできないようだな。ならば用はない。殺すことにしよう。さあ、次は君だ、伴里仁! いや実に興味深い!」
優雅に歩いてきたシュナイダーはもがき逃れようとする俺の前まで来ると、下からねめつけるように顔を覗き込んできた。
「人間離れした、その柔軟性に剛性を併せ持つ頑強さ。間違いなく亜人化実験の被験者だろう。まさかこの私の前に現れるとは因果なものだ」
「あ、亜人化実験?」
「人類は二つの研究を同時に進めていた。極寒の地でも生きられるように人体を改造する技術と、そして亜人を生み出す技術だ。結果コールドスリープ技術が確立されたことで亜人化技術の研究は凍結。倫理を欠いているという理由で研究は停止させられ、人々に知られぬよう被験者は殺処分されたのだよ。しかし君は何者かによって匿われ、コールドスリープを施されたようだね。どうして君だけ生き残ったのか、どうして君だけが特別なのか。はてさて、その身体には秘密が隠されているのだろうか」
シュナイダーは腰から下げていたポシェットからメスを取り出し、躊躇なく俺の顔に突き立て、スライドする。当然のように俺の肌は切れず、シュナイダーは不満そうに鼻を鳴らした。
「あぁ解体して秘密を暴きたい! 亜人化手術を受けた人間の構造が知りたい! しかしどうにも君の体は分解できないようだ。となると君は私にとって不安分子でしかないな。このまま逃がし、どこかで『隷属機』を見つけてきたら敵になるやもしれん。といってどこかに閉じ込めておくのも危険だ。私は統一神となるため、世界を一周し征服しに行かなければならない。【命令】で見張りを立てたとしても、私が逐一指示を出さなければ出来の悪いロボットでしかないからなぁ。そこに付け込まれて脱出されることが考えられる。よって――」
シュナイダーは手を伸ばし俺のポケットから『隷属機』を取り出し、宝石でも眺めるようにうっとりとした表情を浮かべた。
「お前も殺処分だ。元々の運命を辿ってもらおう」
「くそっ、返せ! 【指示:対象右下肢――超回復】! ミコナ聞け! 【超回復】だ!」
「おいおい、母を蹴り殺させようというのかね? 何て残酷なんだ! ある意味、亜人化を施した同胞ではあるが、そんな物騒な輩とは仲良くできそうにない。残念だが、ここでお別れだ」
「馬鹿なこと言うな! 俺が不死身なのは知っているだろ!?」
目の前の男をぶん殴るために俺は必死になって体を捩った。だが、抜け出せない。そんな俺を鼻で笑ったあと、シュナイダーは「ちっちっちっ」と人差し指を揺らしてみせた。
「何事においても安全措置というものが用意される。亜人化実験において、それは目だ。亜人化に成功した者が理性を失くしたり反旗を翻した時に殺せるよう、目の耐久力を他の部位より僅かばかり下げて設計されている」
ではギルバード、こちらへ! とシュナイダーが指示を出すと、首を絞められるミコナを見つめていた彼がこちらへ歩いてくる。その顔に感情どころか忠義も存在せず、虚無が貼り付けられていた。
「う、嘘だろ? ギルバード、なあおい! こんなイカレ野郎の言いなりでいいのかよ! あんたほどの戦士が屈服するのか!?」
「無駄だ。これが人間と亜人の格の違いだ。さあギルバードよ、槍を構えよ。私のメスでは無理でも、お前の氷の刃と亜人としての膂力があれば、あの目を突き破れるはずだ」
ギルバードは「承知」と口にすると、槍に氷を纏わせ十文字槍に変化させる。
そしてその刃の先端を俺の目に定めた。
「お、おいおい、マジでやる気か? おい、ギルバード‼」
「無駄だ。ミコナともども、あの世へ行きたまえ」
待て、待ってくれ、と俺は口にしようとした。
だが、冷酷にも「殺れ」との命令が下された。
何の躊躇もなく突き出される一撃――
ずぶり、と冷たい氷が俺の目を突き破った。
深々と、脳に達するまで。
半分視界が消えたと思った次の瞬間、ぷつりと電源が落ちたかのような暗闇が目の前に広がった。




