第六話 二人を繋ぐ隷属契約②
ああ、これが死なのか? 俺、ついに死んじまったのか。
ここで命果てる恐怖に襲われるも、その恐怖も徐々に消えていき、やがて何もかも考えられなくなり――
はっと我に返ると、俺は水中に浮かんでいた。
いつもの芽衣がガラス越しに話しかけてくる夢だ。
しかし、今回はいつもと違う。半開きの目では視界が十分とは言えないが、芽衣の姿がこれまでになく鮮明に見える。
その芽衣は口を開き、まるで録音するかのように話し始めた。
「この『記録』が再生されているということは、今お兄ちゃんは危機に瀕し、死に至るほどの損傷を負ったのでしょう。でも大丈夫。この記録を見ているのならば死にはしない。お兄ちゃんの体なら、何てことのないことよ」
芽衣は一拍間を置くと、「よく聞いて」と緊張感のある声で話しかけてきた。
「あの日、東京ドームに避難した日、お兄ちゃんは死にかけた。そして、私たちは訳もわからず様々な契約を日本政府と結ばされ、延命措置という皮を被った邪悪な実験――亜人化実験の被検体にされてしまった。しかもただの亜人化ではない……『コードD』と呼ばれる、破棄されるはずだった危険な実験の被検体にされたの。お兄ちゃんはね、テラフォーミングを終えた地球で起こりうるであろう覇権を奪い合う戦争に勝つために生み出された、生体兵器の因子を埋め込まれてしまったのよ」
芽衣は少しだけ悔しそうに顔を歪め、俯いた。
でもすぐに顔を上げ、覚悟を決めたような表情で言葉を紡ぐ。
「私はお兄ちゃんを守るため、研究者となってこの施設に潜り込んだ。そして計画が進む裏で細工を施したわ。お兄ちゃんは今、SSSランクの権限を与えられている。というより、私がその属性を付与したと言った方が良いわね。あなたは今首相や大統領と同じ権限が与えられているの。意識が戻ればこんなところ、すぐにでも脱出できるし、人間が後世に残すことになる施設を利用できるようになる。生きるため、上手に利用して」
芽衣はそこで一息吐くと、さらに真剣な顔をして続けた。
「そしてここからが最重要な話――お兄ちゃんは実験によって体に組み込まれた『D』の因子をもとに、様々な戦闘能力を自在に操ることができるように改造が施されている。また、私の手によって『D』の因子を自分の意思で解放することができるように変更を加えてあるわ。この映像を見ているということが成功の証。本来はロボットのように命令通りにしか動けないようになるはずだったけど、私のこの声を聞いているのなら、お兄ちゃんは『D』の力をものにした、ということになる」
芽衣の姿が消え、視界が半分暗闇に飲まれた世界が戻ってきた。
無感情に俺の脳内まで槍を突き立てるギルバードと、俺がまだ生きていることに動揺しているシュナイダーの顔が見えた。
そうして辺りを確認している頭の裏で、芽衣は語り続けていた。
「お兄ちゃんは戦える。誰にも負けない力がある。敵が立ち塞がるのならその力でもって倒すのよ。その力を発揮するためには、キーワードが必要になる。それを今から伝えるわ」
体が熱い。燃え上がるかのように灼熱感に包まれる。
全身の筋肉が脈動し、心臓がばくばくと激しく鼓動している。
「どうか忘れないで。そのキーワードは――」
俺はびくともしなかった兵士たちの槍を無理やり押しのけ、自分の左目に突き刺さっている槍を掴んだ。
はぁ、はぁ、と体の奥底から湧き出るエネルギーに息を荒げながら、しかとシュナイダーを睨みつけた。
そして、芽衣が俺を生かすために残してくれた『希望の光』を叫んだ。
「【デーモンコア】、起動‼」
その瞬間、何が起こったのかは分からない。
だが、事実として、俺の体は爆発するように衝撃波を放ち、兵士たちやギルバード、そしてシュナイダーも吹っ飛ばした。
俺は地を駆けシュナイダーが落とした『隷属機』を掴み、ミコナの体を抱くと壁をぶち抜いて、空高く飛び上がった。
跳躍ではない。本当に宙を飛んでいるのだ。
「けほっ……! けほっ……! だ、誰……? あなた、何なの……?」
ミコナは顔を苦痛に歪めながら、その目を不思議そうに見開いていた。
俺は『そうすることが当たり前。そうできることは当然』という感覚で周囲のマナ――『環境開発マシン』を動かし、すぐ横の宙に氷の鏡を生成した。
そこに驚きの顔を浮かべているのは、人と呼べるものではなかった。
頭からは捻じれた角が生え、顔は少しだけ前に突き出し、口を少し開くと牙が覗く。さながら竜人だ。
全身は赤黒い鎧を着ているかのように硬質化しており、胸の中央にはルビーのような紅い結晶が埋め込まれていて、そこから血管のようなものが全身伸び張り巡らせている。
背中からは一対の翼が生えているのだが、内側の肩甲骨を変形させ、筋繊維を組み合わせて作られたスラスターから炎を噴き出し浮力を得ている。怪物のようでいて、どこか機械的な構造だ。
「おお、何だぁこれ! どんな化け物にされたのかと思ったら結構いかした見た目してんじゃん! なあ、ミコナもそう思わない?」
「その声、ジン!? あなたジンなの!? その姿、何がどうなっちゃったの?」
「簡潔に説明すると、超強い亜人に改造されたんだとさ。夢の……いや、頭の中にある記録の中の妹がそう言ってた。んでキーワードを口に変身したんだ」
「全然頭に入ってこないのだけど……」
「ええっと、何から話すか――っと。言ってる場合じゃないな」
足元の宮殿から有翼種の亜人たちがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。それと同時に氷の刃が無数に撃ち放たれ、俺たちを襲った。
俺は翼を自在に操り、ミコナを包むと全弾捌き切ってみせた。翼を開けば三百六十度囲まれており、その全員が俺に向かって銃口を向けている。
「ミコナ、背中に移れ! 戦闘開始だ!」
「戦闘って、あなたが戦うの?」
「ああ、この姿は、この力はそのためにある!」
ミコナを背中におぶると、呼吸を一つ。
有翼種部隊の一斉攻撃――AR隊の氷の刃が俺に襲い掛かる。が、俺は腕の一振りによる衝撃波で全ていなした。
気配を察して横へ移動すると、SR部隊による土魔法の弾丸――着弾寸前で巨大なトゲの鉄球へと変化したものが翼を掠めていき、次々と撃ち放たれる。
それを躱している間に六発のRPGが放たれ、弾頭の『魔晶石』は溶岩塊となり、尾を引いて追尾してきた。俺は背中のスラスターの火力を一気に底上げし、高速の鬼ごっこを開始する。
その全てを行いながら、俺は一人に肉薄し、ARを握り潰すと隣の亜人のRPGを蹴り壊した。
まるで電光となったかのようだ。何十人といる有翼種たちの武器を粉砕し、包囲網を抜ける。
アドレナリンがどばどば出て最高な気分だったが、振るった腕が、足が、高速移動を実現させた翼とスラスターが一斉に砕け、血が噴き出した。
すると再び、脳裏に芽衣の声が再生された。
「でも気をつけて。『D』の力はあまりにも強力過ぎる。力を振るえば自壊は免れない。だから、信用できる人を、命を預けられる人を探して。お兄ちゃんはSSSランクでありながら、同時に『亜人』よりも低いランクの属性も付与してあるわ。だから信用できる人に出会ったら、その人とともに戦って。良い出会いがあることを祈ってるわ」
「ありがとな、芽衣……祈りは通じたぞ」
「ジン……?」
「ミコナ、これを受け取れ。そして、俺の言うことを繰り返してくれ」
俺は先ほど取り戻した『隷属機』を背中のミコナに差し出した。
背後にいるから様子は見えないのだが、唐突だったために困惑しているのだろう。ミコナは躊躇うような間をおいてから『隷属機』を受け取った。
「じゃあ言うぞ。【今この時を持って伴里仁を我が隷属下に置く】。ほら早く!」
「どういうこと? まさか、私と隷属契約を結ぼうっていうの?」
「そのまさかだ。そして、今までとは真逆――俺に治癒魔法を使ってくれ」
「そ、そんなことが可能なの? だとしても、それは私の奴隷になるということよ? あなたはそれでいいの?」
「全然オッケー! この一か月、ミコナの街への思いと深い愛情を見続けてきたんだ。命を預けるなら、ミコナ以上の適任者はいないって思ってる。ミコナだから、こうして頼んでるんだ。さあ、街のみんなを、ミコナの家族たちを助けるぞ!」
最後の言葉が決め手になったようだ。
ミコナはごくりと喉を鳴らし、
「い、【今この時を持ってバンリジンを我が隷属下に置く】!」
かちん、と首輪をつけられるような、束縛されるような感覚があった。
悍ましくも暖かい――ミコナとの間に、見えざる絆が結ばれた。
「次は治癒だ! 追撃が来るぞ!」
「えっと、【指令:自動修復】!」
その瞬間、全身の端から端までエネルギーが駆け巡った。先ほどの攻撃でひび割れた体は即座に修復され、出血も止まる。
ARを壊された有翼種部隊は槍を手に襲いかかって来る。俺は本体を傷つけないよう細心の注意を払い、武器だけを粉砕して飛び回った。
あまりにも無茶苦茶な速度とパワーに体は耐えられないが、壊れたところからすぐに治癒され、結果無傷である。だがそれで決着とはならない。有翼種は武器を全て破壊されると捨て身で向かってきた。
「ジン! お願いだから、みんなを傷つけないで! 操られてるだけで、こんなこと望んでないはずなの!」
「もちろん理解してる! ということで秘策を使おう! ミコナ、俺の胴体に絞って【即時修復】を!」
「【指令:対象胴体――即時修復】! 何をするつもりなの?」
俺は治癒が効いていることいいことに肋骨を『わざと』砕いて体外に排出した。
【即時修復】で即座に作り出された肋骨を同じく体外に排出し、それを何度か繰り返した後、筋繊維で束ねることで脇腹に小さな砲台を作り上げた。
「何をするかって、こうすんのさ! 【指令:七・六二ミリ石化弾】、形成! 及び装填――」
肋骨砲に銃弾が装填されるのを確認し、上向き突き出したグリップを握る。
そして、トリガーを引き、「同時掃射ッ!」と石化弾を連続で撃ち放った。
弾丸は向かってくる有翼種たちに次々とヒットして、粉々に砕け散る。
巻き散らかされる灰色の砂。それを浴びた有翼種たちの衣服が石化し、身動きを封じた。
「ジン! みんなが落ちちゃう!」
「大丈夫だ、俺に任せろ! ミコナは治癒魔法に集中してくれ!」
俺は左拳を限界を超えて握りしめ、わざと外殻を割った。そこから筋繊維をほじくり出し、それをロープとして有翼種たちに絡ませた。
「【指令: 対象左上肢、及び前腕筋群――即時修復】!」
腕が修復され、外に投げた筋繊維も千切れたそばから修復される。実質的に超頑丈なロープとなった筋繊維で有翼種たちを縛りあげた。そして地上へ向かう。
全員を寝かせ、とりあえず空中戦はこれで完了だ。
しかしそれで戦い自体が終わるはずもなく――
「「「……【指令:土霊の監獄Lv5】、発動」」」
地上で待ち受けていた亜人たちが一斉に同じ魔法を唱える。
途端、俺の足元が鈍色に光る金属に変化し、捻じれるように突き出してきた。
無数の金属の枝に体を絡め取られ、俺たちはぎゅうぎゅうに締め上げられる。
「……【指令:炎鬼の閃光Lv3】、発動」
「……【指令:風魔の穿孔弾Lv5】、発動」
「……【指令:召喚――ウリエルアバター】」
目の前が光ったと思った次の瞬間、大爆発が起こる。腹には渦巻く風が直撃し、甲高い音を鳴らしてぶち破ろうとしてきた。氷塊が目視できない速度で撃ち放たれ、金属針を浴びせられ、風の刃を何度も首に受ける。
極めつけには石できた巨人が焼けている家屋を壊しながら起き上がり、俺に向かって拳を振り下ろしてきた。
「ミコナ!」
「【指令:対象全身――超回復】!」
力を全身に行きわたらせ、爆発――文字通り肉体が爆ぜ、拘束する金属の枝を粉砕。全身が修復されるや否や、思い切り巨人の拳に俺の拳を叩き込んだ。
風船のように腕が弾けて肩の付け根から無くなってしまうようなパワーは、巨人の腕を弾き返し、態勢を崩させた。
そのチャンスを見逃すはずもない。背中のスラスターを噴射し、翼を羽ばたかせ飛び上がる。
巨人の顎を右足が捉え、粉砕。腰の砲台を引きちぎり 地面まで振り下ろして巨体を両断。これで巨大ゴーレムは崩れ去った。
ふと背中に殺気を感じて飛び退くと、氷の十文字槍の一撃が空を切った。振り返ればギルバードが次の一撃のために腰を低くしていた。
「――――っ! くそ、さすがギルバード、だな! 目で追えねえ!」
高速の突きに留まらず、柄による打撃、地面を走る氷魔法で足を捉えられ顎を狙った横薙ぎが襲い来る。何とか拳で応戦し、槍を破壊するが、そこへ炎魔法や風魔法、土魔法による拘束攻撃が次々と繰り出され、ギルバードの精鋭たちによる『崩壊Lv3』相当の攻撃が浴びせられる。そしてギルバードはその間に亜人たちから槍を受け取り、戻ってきて再び襲いかかってきた。
「くそっ、キリがねえな! ミコナ、ちょっと痛いかもだけど我慢してくれ!」
「何をするつもりなの!?」
「ここだよ、この角! これで持って一気にこの場を制圧する!」
ギルバードの攻撃は的確に人体の急所を狙っていた。特に目だ。シュナイダーの【命令】のせいだろう、そこを重点的に狙ってくる。
それならそれで構わない。
俺は目を狙って繰り出された一撃をあえて食らった。
「っし! 捉えたぞ、ギルバード!」
変身した今の状態でも、唯一目だけは脆く、ギルバードの突きが貫いた。
が、そんなことで俺の体は死ぬほどやわじゃないらしい。俺は槍を抜き取ると、ギルバードを引き寄せ両肩を掴んだ。
「みんな、ギルバード、先に謝っとく! ごめんね! ちょっとだけ痛いの我慢してくれ!」
頭に意識を集中すると角が黄色く光だす。バチ、バチ、と電気を迸らせ、火花を散らした。
「行くぞ! 【対多人数戦拡散型放電撃六号】、起動‼」
かっと角が光ると、雷が落ちたかのように辺りを電撃が駆け巡った。
ギルバードもその他の亜人たちも全身を駆け巡った電気によって意識を刈り取られたらしく、次々と倒れていく。
「おーケー! 制圧完了! これでシュナイダーと向き合えるな! あ、そうだ、ミコナ! 意識あるか?」
「大丈夫、ちょっとぴりっとしただけ! それより油断しないで! この街にはママがいる! 【統治者】という最強の戦力が残ってるわ!」
ミコナが「あれを!」と指さす方向、宮殿の最上階にラファエルさんの姿があった。
両腕を開き、歌うかのように喉を鳴らす。すると空に灰色雲が生成され、突風が吹き始めた。
風はラファエルさんの目の前に集積されていく。竜巻に竜巻が被さり、どんどん膨れ上がると、薄緑色に光る球体へと変化した。
凄まじい引力に抗って足を踏ん張るのだが、その足がやすりで擦られていくかのように分解され始める。それは全身へと行きわたり、さながらシュレッダーの中にいるかのようだ。
「マジかよ、【超回復】でも修復が間に合わねえ! ミコナ、まだ生きてるよな!?」
翼を閉じるようにして包み込んでいる彼女に声をかけると、「何とかね!」と声が聞こえてきた。
「ジン、あれはあなたでも食らえない! あの風魔法は山一つ吹き飛ばす威力があるわ! 早く逃げないと全身粉々になるわよ!」
「対処法は判ってるんだ! でも治癒が間に合ってない! 【超回復】以上の治癒魔法はないのか!?」
「あるにはあるけど……」
「けど、なんだ!?」
「それは【蘇生魔法】と呼ばれる魔法よ! 相手の体と自分の体を合体させ、体細胞や血液を一時的に共有するものなの!」
「おお、蘇生魔法! そんな便利なもんがあるんだな! で、何が問題なんだ!?」
「その……抵抗はないかなって! 一時的とはいえ体が融合することが!」
「むしろ光栄だね! ミコナほど清く美しい人と繋がれるなんて最高じゃねえか!」
「う、美しい? あ、うん……じゃあ、いいのね!? 発動するわよ!?」
「ああ、早くしてくれ! このままじゃシャーベットになっちまう!」
はぁ、ふぅ、とミコナは覚悟を決めるかのように深呼吸した。
それから俺の背中に手を当てると――
「【指令:蘇生――肉体融合】、発動!」
それを表現するならば、心が満たされるような感覚、だろうか。
ミコナの腕が、肉体が、俺の体と混ざり合い、その手が俺の心臓を包み込むのを感じた。
全身をミコナの生命が駆け巡るのがわかる。削れていく傍から肉体が再生し始めた。
「よし、繋がった! これで少しの間だけ肉体を維持できるわ! それで、どうやってこの状況を打開するの!? ちゃんと案があるのよね!?」
「おうよ! 魔法ってのは『環境開発マシン』が化学反応を引き起こしたものなんだろ? なら、あの凄まじい魔法に使用されてる『環境開発マシン』を一時的に停止させりゃ止められるわけだ!」
俺は右手を思い切り握りしめた。その力で筋繊維が膨れ上がり、外殻が割れて、前腕の骨が突き出す。
その傷も即座に再生――そしてまた同じ手順でぶっ壊す。突き出た骨をどんどん伸ばし、変形させ、密度を増す。それを筋繊維で束ねる。
そして俺の右腕はキャノン砲へと変化した。
「【準備完了、半径百メートル以内の環境開発マシンをこの腕に集中】――」
俺がそう唱えると、轟々と鳴っていた音が静まった。
同時に周囲の景色が揺らめき、ずるりとありとあらゆる物体から『色』が浮き上がった。
ラファエルさんの極大風魔法も色を失い解けて消滅する。『環境開発マシン』は黒い風となって右腕キャノン砲の先端に集まっていく。
地面も植物もベンチも俺も空も全てが灰色一色。
ただ一点――俺のキャノン砲の先端で今にも爆発しそうに脈動する極彩色の光体だけが色を擁していた。
「じゃあ景気よく行くぞ!」
俺は右腕キャノン砲を空に向ける。砲台は回転し始め、光体はより輝きを放ち始めた。
「【指令:大陸再形成極光砲アルテミス】‼ 発ッ射ァ‼」
極彩色の光体はそのキーワードを発した直後、空に向かって放たれた。
極大のレーザー砲――辺り一帯を覆い尽くしていた雨雲を吹き飛ばし、宇宙へと突き抜ける。
極太の光の柱から色彩が溢れ、世界に降り注いだ。
緑は植物へ。茶色は土や木材に戻っていく。
当然、肉体より抜け落ちた色をラファエルさんも取り戻した。俺はそれを確認すると、【命令】の失敗でフリーズを起こしている彼女の頬を両手で包み込んだ。
「【シュナイダーとの隷属契約を解除、及び今この時をもってラファエルを我が隷属下へ置く】。今はゆっくりと休んでてくれ。決着は俺たちがつける」
ぐらりと体が揺れ、ラファエルさんは目を閉じ倒れ込んできた。「ママ!」とミコナは俺の体との融合を解き背中から離れるとすぐさまラファエルさんを抱き上げ、床にゆっくりと寝かせた。
ラファエルさんはミコナに任せていいだろう。となると次は、シュナイダーだ。
議会場の壁は極光砲の煽りを食らって見事に消滅して屋上化していた。燦々と人工太陽の光が照らしており、シュナイダーは暖かな日差しの中で尻もちをつき、あんぐりと口を開いた。
「な、なぜだ!? 今のはテラフォーミングの最終段階で使うはずだった【統治者】の権能だぞ!? どうしてお前みたいな亜人化実験の被験者ごときが使える!?」
「よお、シュナイダー。また会ったなぁ。脳みそぐりぐりされた恩を返しに来たぜ」
「ま、待て、待て! ほら、私は武器を持ってない! 降参だ! まさかお前にそんな力があるとは知らなかったんだ! 知ってたらこんなことはしなかった! だからこれで終わりにしよう! 償えることは償うから、な!?」
「そりゃそうよな。街の人たちを散々傷つけてきたんだ。償わねぇとだよなぁ? んじゃまずお前が作った『隷属機』を差し出してもらおうか」
俺がそう言うと、シュナイダーは「気づかれた」とばかりにビクリとし、顔を悔しさでいっぱいにした。
ゆっくりとポケットに手を入れ、取り出すと、
「【ラファエル‼ 二人を殺せ‼ これは命令だ‼ 早くこいつ殺せぇ‼】」
「残念、ラファエルさんは今、俺と隷属関係にある。SSSランクによる契約は決して切れることはない」
「SSS!? か、各国の首脳と同じ階級じゃないか! それをなぜお前みたいなガキが!? それに、その身体、その見た目――お前、まさか、コード『D』の因子を埋め込まれてるんじゃないだろうな!?」
「そのまさかだよ。コールドスリープから目覚めた後に起きるであろう覇権を賭けた戦争に勝つため、日本が叡智を集めて作り上げた最強の生体兵器だそうだな」
「どういうことなんだ!? 『デーモンコア』はあまりにも強力な因子ゆえに実用不可と判断して廃棄したはずだぞ!? そのはずなのに、なんで……!」
「まあこんな力、下手なやつに与えたら世界を乗っ取られかねないし、廃棄は妥当だな。でも俺、埋め込まれちまったんだよなぁ。おかげで命拾いしたのは確かだけど、感謝しづらいな」
俺はそう話しながらシュナイダーの背後へと回り込んだ。背中に隠したシュナイダー製『隷属機』を奪い取る。「あっ」と驚いているシュナイダーの目の前で握り潰した。
「あ、あーー‼ 貴様、私が十年かけて作った『隷属機』を……‼ 許さん、許さんぞ‼」
「あんた全然反省してないじゃん……償う云々はもう忘れたわけ?」
「ん? そうか、そうだ! 伴里仁! こういうのはどうだ? 私とお前で手を組むんだ!」
「は? 手を組む? ……んー、それで?」
「二人で! 二人でこの世界を支配しよう! お前も、ああ失礼、『君』もそんな姿をしているが同じ人間じゃないか! 仲良く手を取り合い地球を取り戻そう! そして各地に眠る人間たちを目覚めさせ、統一した世界を二人で支配するのだ!」
「何だそれ、それの何が面白いんだ?」
「想像してみろ! 頭を垂れる人間たちの姿を! 物事は全て自分の手の上! 何もかもが思い通り! 欲しいものは何でも手に入り、邪魔ものは全て排除できるのだ! 命を弄んで咎められないなんて、最高の気分だろう!」
「本気で言ってる? それ」
「生きる上で重要なことだ! 誰にも指図されずに好き勝手研究に打ち込める! 私が編み出した『人類亜人化計画』を復活させ、それが正しいことだと、計画ごと抹消させたことは間違いだったとわからせることだってできる! 好きなことだけをやって生きていたいという願望は全人類に共通する思いだろうが‼ 人生の汚点を消すことができるのだぞ!?」
「好きなことだけをやって生きていける、かぁ。その言葉の響きはなかなかぐっと来るものがあるな」
「だろぉ!? だから亜人ではなく私の手を取れ‼ 人間同士、楽しくやろうじゃないか‼」
うーん、と俺は悩むふりをし、散々シュナイダーを期待させておいた後、ミコナへと体を向けた。
「ミコナ、ちょいと『隷属機』貸してくれるか?」
「え? うん、何をするつもり?」
俺は投げて寄越された『隷属機』を受け取ると、ミコナににやりと笑ってみせた。
「【今この時を持ってシュナイダーを我が隷属下に置く】」
「は? う、ぐっ!?」
シュナイダーはぴたりと身動きできなくなり、必死に抵抗しているのだろう、大量の汗を噴き出した。
「あんた言ってたよな? 亜人の細胞を取り込んだ半亜人だって。ということはこうしてSSSランク様の俺の命令にゃあ従わざるを得ないわけだ。ほら、正座! 万歳! 伏せ!」
「ぐっ、がっ、ぼぇっ!」
「ではでは【指令:対象全身――超回復】」
「な……! あ? え、なぜ治癒機能を?」
行動の縛りが解けるとシュナイダーは不思議そうに自分の体と俺を見返していた。
「ケジメだよ。ケジメ。お前がしでかしたことはあまりにも邪悪で、規模がでかすぎた。
それ相応の罰ってのを俺が与えてやる。ということで、コホン……ミコナ、【指令:対象右下肢全域――超修復】だ」
これを聞いたミコナは光る右足をしばし見つめていたが、俺の目的が分かったらしい。その顔を怒りに染めシュナイダーを睨みつけた。
俺は事態を飲み込めてないシュナイダーの襟を掴んで持ち上げると、
「じゃ、しばし空の旅をお楽しみください」
そう言ってミコナの方へと放り投げた。
「死にさらせ、シュナイダァーッ‼‼」
困惑顔のシュナイダーの下から繰り出される、何とも美しいサマーソルトキック。
シュナイダーは空高く飛ばされ、点のように小さくなってしまった。
お見事、と思いながら眺めていると、脳裏にノイズが走り、芽衣の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん。日本の凍眠施設は全部埋まってしまった。席を譲り続けていたら満杯になっちゃって……それで、EUに空きがあるという話だから、今からそこへ向かう。予定ではローマで眠りに就くはずなんだけど、イタリア政府は崩壊したとも聞いているから行ってみないと分からない。とにかく私は西へ向かうわ。だから、ね? お兄ちゃん。私を探しに来て。また二人で一緒に暮らせることを願っているわ」




