エピローグ
エピローグ
「【今この時を持ってギルバードを我が隷属下に置く。命令は一つ。他の誰の意思にも縛られず、決して理性を手放さないこと。そして思うがまま自由に生き、今後も街の守護者として末永く元気一杯に生きて――】」
「長い。命令は一つじゃなかったのか?」
壁も何も吹き飛んで、宮殿の屋上と化した議会場――俺の目の前で跪いていたギルバードはうっとうしそうな顔を見せて立ち上がった。
「ほんじゃま、一週間もかかったけど、これで――」
「ああ、私が最後だ。街の住民全員の隷属契約は更新され、今はお前がホストだ。自由を命じてくれたことで、もう二度とココロン――いや、シュナイダーに支配されることはない」
詰めかけていたギルバードの部下や住民たちが一斉に拍手し、歓声を上げた。「人間、支配を解いてくれてありがとな!」「あんたは街の救世主だ! 冷たく当たって悪かったな!」「二人ともお幸せにね!」と感謝や何か意味わからんことを言われるのだが、ともかくみんなから温かい言葉を向けられて俺は照れくさくなった。
「ジン、この度のシュナイダーの暴走を止めてくれたこと。そして誰一人として死傷者を出さずに解決してくれたことをラファエル領の【統治者】である私から感謝申し上げます。あなたが東京ドームに匿われていたこと、それをミコナが発見したこと。様々な奇跡が重なったように見えますが、この結果はあなたの人徳によって成し得たものだと私は思います。私たちのもとに来てくれて、本当にありがとうございました」
「ああいえいえ、こちらこそ暴力とか振るわずに生暖かく見守っていただいてありがたい限りでした。亜人たちの文化や生活とか見れて楽しかったぐらいです」
「それは良かったです。この街を気に入ってくれたのなら、いつまででも居ていいんですよ?」
「あー、それは魅力的な提案ですが……」
「やはり旅に出られるのですね?」
「ええ、妹が遠くの地で待ってるので。次来るときは芽衣も一緒です」
ラファエルさんは少し寂しそうな笑みを浮かべ、「また出会うことを楽しみにしてます」と言った。
「ところで、ラファエルさん。ミコナはどこ行っちゃったんですか? 最後に挨拶してから旅立とうと思ってたんですが」
「ミコナなら城門の跳ね橋前で待ってますよ。色々と準備があったものですから、この場に来られなかったんです」
「はあ、準備とは?」
ラファエルさんは微笑むだけで答えを口にしなかった。行けば分かるということだろう。
この街に来てから恐怖と憎悪のシンボルとして見られていたというのに、今や城門へ向かう俺に向かって感謝の声と称える言葉が飛び交い、まるで英雄だ。宮殿を後にする俺の後ろにはギルバードとその部下たちが槍を持って息ぴったりに行進しているので、なかなか様になっていることだろう。
「やれやれ、静かな旅立ちになるかと思いきや、だな。みんなありがとな! 元気に生きろよ! あんたたちの自由は永続的に守られる! 人間への恐怖なんてかなぐり捨てて、自分たちこそ地球の支配者だって胸を張れよな!」
俺を信じ、俺と隷属契約を結ぶことを選んでくれたことへの精一杯の感謝の言葉だった。住民たちはより騒ぎ立て、その騒々しさに俺は思わず笑ってしまった。
見慣れた街も、残り僅かな道のり。跳ね橋が下ろされた城門が見えてきた。
そこで待っていたのはミコナ……ではなくカロンとシュナイダーだった。シュナイダーは首輪をつけられ犬のように地面に這いつくばっており、顔面を悔しさいっぱいに染めていた。
「おう、Bro! ついに旅立ちの時か! 重ね重ね感謝だぜ! 三年もぶりっ子させられてたからホント清々しい限りだァ!」
「お、おう、カロン。やっぱ解放されたショックとかそういうのじゃなくて、それが素なのね……」
「おうよ! このマザーフ〇ッカーに不意を突かれてなきゃあ、今頃地球一周してロックンロールしてたはずだったんだぜ! オルァッ‼ お・に・い・ちゃ・ん‼ Broに挨拶だァ! 犬っコロのテメェにゃあできん芸当かァ!? あぁ!?」
「く、くそったれ……! 覚えておけよ、伴里仁! この屈辱、いずれ晴らさせてもらうからな!」
「向かってくるなら相手になってやるよ。しかしお前は今、俺の奴隷だ。【命令】通り『魔獣化』の『抑制剤』の製造、そして『治療薬』の開発を進めるんだ。分かったな?」
「聞き分けのない子ども扱いするなっ! くぅぅ、どうしてこんなガキの言いなりにならなきゃいけんのだぁ……! しかも亜人を救う薬の開発など屈辱の極み! なぜ人間の私が亜人ども助けてやらねばならん……っ!」
「何だ、作れる自信ないのか? 研究職の頭の良い人かと思ったけど、肩透かしだったかな」
「何だと!? 私ほどの頭なら『治療薬』ごとき一年以内に開発可能だ! もし戻ってきたら貴様を驚かせてやる! 『魔獣化』を発症した全員が元の姿に戻った光景を――あっ」
結局亜人のために働かざるを得ないことに気づいたシュナイダーは「クソがぁぁ‼」と叫んで拳を地面に何度も叩きつけていた。
「ところでカロン。ミコナはどこだ? ラファエルさんからここで待ってるって聞いたんだけど」
「おうそうだ、アタシがここにいるのはBroを引き留めるためだったんだ。ミコナ嬢が荷物まとめるのに苦労しててなァ、一人で出て行かないように足止めしろとのことだァ」
「荷物? どういうことだ? まさかあいつ――」
その時、「ごめん、お待たせ!」とミコナが声を張り上げ走ってくるのが見えた。
その背中には大きなバックパックを背負っており、腰には『魔晶石』を数個ぶら下げて外へ出る準備万端といった姿だ。
「……あー、ミコナさん。その荷物は一体……? どこか古代遺跡の攻略に行くつもりか? まさかとは思うけど、俺について来るつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかよ。五日前にはママに話を通していたし、街のみんなにもお別れを伝えてきた」
「あ、そういやさっき『二人ともお幸せに』とか言ってる人いたな……。おいミコナ、妙な誤解が生まれたみたいだぞ」
「誤解? なんのこと?」
「ああえっと……わ、分からないんならそれでいいや。しかし、それで最近姿見せなかったのか。街中駆け回ってたのね。でもマジでついてくる気? こっからの旅、すげえ長い道のりだぞ?」
「街を離れるのが怖くないと言えば嘘になる。でも、どんな危険が待ち受けているか分からないのに、あなたを一人で行かせる方が怖い。戦力は一人でも多い方が良いし、何よりあなたに治癒魔法をかけられるのは私だけじゃない」
「それはそうなんだけどさ。この街はミコナの大事な物が全て詰まってんだろ? 離れ離れになってもいいのか?」
「あなたには返しきれない恩がある。だから街を代表して、私がその恩を返すの。獣人族にはね、『大恩ある者とともに行け』という格言があるのよ」
あん? とカロンが不思議そうな声を上げたのでそちらを向くと「ぐぇ!?」とミコナに顔を無理やり戻された。そのミコナは顔が赤らんでおり、「ヒュー! ものは言いようだなァ!」とカロンの声が聞こえてきた。何が何だかさっぱりである。とにかく首が痛い。
「りょ、了解。本気なのは分かった。でもラバおばさんのこと、放っておいていいのか?」
「大丈夫、ラバおばさんにも旅に出ることは伝えたし、しかもね、返事をしてくれたの。『いってらっしゃい』って」
「意識が消えてなかったのか! そりゃ朗報だな!」
「うん、だから心残りはない。ママも好きなように生きなさいって言ってくれたし、私を止める人はいないわ」
「そっか。じゃあ……旅の護衛兼サポートを頼もうかな」
「うん、任された。きっちり役割を務めるわ」
「よしじゃあ名残惜しいけど、出発するとしますか。ギルバードたちも見送りありがとな」
「街の救世主の出立だ。本来ならば祭りを開催して盛大に送り出すんだがな。復興作業でみんな忙しくしている。騎士団長の私の見送りで許してくれ」
「構わん、構わん。あんたにそう言ってもらえただけ十分だよ。それじゃあな、ギルバード。次会う時は妹の芽衣を連れてくるからな」
そのように別れを告げ跳ね橋をミコナとともに渡ると、「ジン!」とギルバードの呼び声が聞こえた。
「せっかくだ、これを見て行け! 戦地に赴く者の安全祈願だ! お前の旅に幸あらんことを!」
ギルバードと部下たちは槍を頭上で振り回し、氷魔法で冷気を放った。
すると真昼間だというのに鮮やかなオーロラが現れ、まるで大きな旗を振るかのように揺らめいている。
「おー。どうやってんだろ、あれ。しかし綺麗だなぁ」
「ギルバードがあんなに笑顔なの初めて見たわ。あなた、相当気に入られたようね」
「そりゃ光栄なこった。さてと、とりあえず真っ直ぐ進むとしますか。この先の丘を越えたら隣街に着くんだったよな?」
「ええ。でもその前に」
ミコナは花模様が刻まれた金属の髪飾りを取り出したかと思うと右耳の上に取りつけた。
「どう? これで妹さんと区別がつきやすくなったでしょ?」
「お、似合ってんじゃん。少しだけ大人っぽく見えるぞ」
「と言いつつ頭を撫でようとしない! 私、言ってなかったけど十八歳よ!」
「えっ!? 俺と同い年じゃん! わ、悪い、無闇に触れようとして! 危うくセクハラするところだった……いや、もう手遅れか? 抱き上げたり、背負ったり、あげくの果てには体が一体化して――」
「もお、恥ずかしいから言葉にしないで! それこそセクハラでしょ!」
セクハラの概念、残ってんのか……と俺は人という生き物の悲しい性を改めて思った。まあ亜人も人間が生み出した存在。なら人間の特性を引き継いでいても仕方がない……のか?
などと考えていたところ、ふわっと何かが手首に触れた。
何とミコナが尻尾を巻きつけており、俺の視線を感じるとすぐに離した。
「こ、これははぐれないように、とか……ともに行く人と別れが訪れないようにっていうおまじないよ。さ、行きましょう」
「お、おまじない? そうか、おまじないか」
「何よ。何か言いたそうね」
「以前、尻尾は尻の一部だという話をしてましたよね」
「そ、それが?」
「いやさ、つまり今のは尻を手首に押しつけてきたと解釈できるんですが、そこんとこの理屈はどうなってるんですか?」
「今のはセーフなの! なんたっておまじないなんだから!」
「そういうもんなの? ミコナが気にしてないならいいんだけど……でも良いおまじないだな。俺も尻尾あったらやりたかったけど……俺の尻、触っとく?」
「馬鹿っ!」
スパーン! とケツにキックされて、「いっでえええ!」と俺は思わず悲鳴を上げてしまった。
何ともみっともないことだが、俺の旅は尻を蹴り上げられて始まったのだった。




