第二章その2 虎の少年
「はぁー……おはよう。」
翌朝、鈴芽は布団から身体を起こした。見慣れない天井を眺め、数秒、ここは何処だという錯覚に陥るが、ゆっくりと昨日の記憶が蘇る。
(確か……大正時代にタイムスリップして……)
「大正時代にいるんだった!」
やっぱり受け入れ難い。しかしずっと布団の上でモタモタするわけにも行かない。鈴芽は部屋の和簞笥に入っていた着物の一つを取り出し着る……はずだった。
しかしやはり一人では着物は着れない。仕方無く、恥ずかしながら近くを通りがかった朝霧に袴の着付けを手伝ってもらった。着物の着方も練習しないといけない。今日は取り敢えず周辺を見て周り幸子に着物を返す予定だ。
鏡台の前で髪を梳かす。昨日買った櫛だ。抽斗には椛が用意してくれた鈴芽の櫛より良いものもあるが、折角買ったのだしこちらを使いたい。
鈴芽の髪は少々癖がある。梳かしても跳ねる髪は適当に手で撫で付ける。肩より少し下の長さのセミロングの黒髪を慣れた手つきでハーフアップに結ぶ。結んだ上にいつも着けている大きなピンクのリボンを着ける。これは昔貰ったプレゼント。本当にお気に入りで自分でもチャームポイントと思っている。着物にも合うし優秀だ。身支度も終えたことだし食事に向かう。
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朝食は焼き鮭、大根の味噌汁、昨夜のお浸し、麦飯。
また美味しそうな食事。まあ当然美味かった。鮭は脂のりがよく大根も味噌汁にとてもよく合う。お浸しも美味い。麦飯も普段はあまり食べないが美味しものだと思った。
食事を終え、時刻は八時半を回った所だろうか。幸子も春休みだろうし、家にいるかな、と考えていた。すると椛が声を掛けてきた。
「この後、其方に会わせたい人物がいてな。昨日話した協力者だ。」
「人嫌いって言ってた?」
「そうだ。」
別に不都合はない。どんな子だろうか。
「分かった。どこ行けば良い?」
「烏山神社の裏、其方が昨日要を見つけた祠の辺りだ。」
烏山……昨日はがむしゃらに走ってしまったからここからの行き方は分からない。
「私行き方分からないよ。」
「大丈夫だ。夕蓮を付ける。ここから約四、五町といった所だ。」
町?知らない単位だ。里なら習ったが。
「それって遠い?」
「遠いかと言われてものう……半里の更に半分よりも短いぞ」
(半里の……更に半分?もういいやめんどくさい)
鈴芽は急に考えるのが面倒臭くなった。距離などさしたる問題でもないだろう。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとう。椛おばあちゃんは?」
「其奴を連れて直接向かう」
「じゃあ夕蓮さんについて行けばいいのね。」
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二十分後。
(き、気まずい……)
鈴芽の前方を夕蓮が歩いているが、会話ゼロ。夕蓮はいかにも無口そうな人間だった。
目を隠すくらいまで伸びた整えられていない黒髪。若干青白い肌。声はとても小さく、全く他の人間に興味が無さそうだった。お陰で顔が全然分からない。
そして今、夕蓮に烏山神社まで案内してもらっているが、会話もせず夕蓮はただ黙々と歩いている。会話を作った方がいいか。しかし人が嫌いそうだし、余計なお世話かも知れない。なんて尻込みしている間に烏山に着いてしまった。
「じゃあ僕帰るんで……」
「あ、え、はい……」
そういい夕蓮はさっさと帰ってしまい、鈴芽はその呆気なさに着いてこれずとりあえず軽く礼だけ伝えそのまま夕蓮を見送った。
「はぁ……」
一人残され、仕方無く祠へと歩いていく。そして、恐らくそうであろう祠を見つけた。すると、同じタイミングで椛達が来た。
「おお鈴芽、来ていたか。此方が其方の金の蝶を集めるのを手伝ってくれる協力者だ。」
そう言って椛は隣に立ってる人物を紹介した。
正直言って鈴芽は言葉が出なかった。全く情報が飲み込めない。
「なぁ、もう出していいか?」
「既に尾が出ているわ!あれだけ気を付けろと言っただろう!」
「うるせぇ気を抜くと出るんだよ。」
鈴芽そっちのけでそんな意味の分からない会話が繰り広げられる。しかし鈴芽の耳には全く入ってこない。
「は?は?はーー!?」
思わず鈴芽は驚きの大声をあげた。
それもそのはず、何故なら、目の前にいる少年に動物の尾が生えているから!
「え……え?え?」
しかもその見た目も随分特徴的だ。
先ず何より目を引いたのは金髪だろう。癖っ毛、ふわふわな触り心地の良さそうな髪。しかも外国人みたいだくすみ金とかでもなく本当に明るい金髪。それは綺麗な金とも黄金色とも言える色。そして瞳も光が入れば透き通った美しい金。イエローダイヤモンドの様な瞳で、よく見ると明るい琥珀色。この時はそのまま琥珀のように見える。まぁなんと綺麗な目でしょう、と思った。
身長は鈴芽より4、5センチ高いだろうか。顔は不覚にも一瞬少し格好良いと思った。あどけなさがまだ残り、顔立ちがはっきりとしている顔だが、整っている、の部類には入ると思う。が、それも一瞬だ。整っているかもだが王子様系というよりワイルド系だ。残念ながら鈴芽のタイプからは外れている。初対面の相手にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、いや今はそんなことを考えてる場合ではない。
この少年の顔がタイプがどうかさておき、とにかくこの子が何者か知りたい。
(尻尾?え何?コスプレ?)
すると今度は、頭上に虎かライオンか、恐らく虎と思われる耳が静かに生えてきた。
「……は……?」
(なんだ……この……)
本当の素の声。もう何も言えない。
「耳……?尾……?え……虎……?は……?」
なのに奇妙な程落ち着いている椛が説明をする。
「鈴芽。此奴は大雅だ。少し特殊な生まれでな、妖怪と人間の血が混ざっている『混血』だ。因みに、白虎が四分の一だ。」
「は、え?は、あ……?はあぁぁぁぁぁぁ!?」
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「落ち着いたか?」
「何度も聞かされたからもう大丈夫……でも突然言われても……つまりは妖怪の子でしょ?」
「ああ、だから人嫌いなのだ。」
そうサラリと言われても。
「仲良くなろうと努力はしようとしたよ。でも人外は聞いてない!」
「四分の三は人間だぞ」
「そういう問題じゃない!」
椛はどこかズレてる。人の血の方が多いとかそういう問題じゃない。人外は人外だ。
すると静観していた少年……大雅が口を開いた。
「なぁ椛。俺と同じ位の歳って言ってたじゃねぇか。俺こんなガキなんて聞いてねーよ。」
こんなガキ?腹立つ言い方だ。
「お前だって人間でいえば十一、十二程度だろ」
椛がすかさず諌める。
「でもこんなちんちくりん……」
しかし失礼だ。たしかに口が悪い。鈴芽もイラッとして言い返した。
「そういうあなただって白虎なのに白くないじゃない。」
すると短気なのか大雅が怒って言い返してきた。
「はあ!?黙れ、望んでこうなった訳じゃねえよ!」
「大体それじゃ、耳が四つあるじゃん。」
大雅には現在、普通の人間の両耳と虎の両耳が頭から生えている。珍しい、二次元だとよく動物の方しか生えてないのに。アニメのようにはいかないらしい。
「俺に言うんじゃねえ、馬鹿。」
馬鹿……語彙力もクラスの男子のそれではないじゃないか……
「馬鹿って……てか何で耳が出たり消えたりするの?」
「まあ鈴芽、私から話そう。」
見かねた椛が二人を止める。
「大雅は人間の血の方が多いからな、尾や耳を出したり仕舞ったりできる。しかし、気を抜くと出てしまう。因みに、猫目や髪、瞳の色は変えられないそうだ。」
「じゃあ最初からそう言ってくれれば良いのに。何、馬鹿って。幼いんだから。」
「るっせ、お前に話したところでどうなるってんだよ。」
相変わらず悪態をつく。なんだこれは。鈴芽が悪いのか?いや絶対大雅が悪い。
「どうだ鈴芽。大雅と上手くやれて行けるか?」
「分かんないけど大雅口悪い。」
「黙れ、お前だって初対面で俺の事呼び捨てにしてんじゃねえか。」
そっちはこっちの名前すら呼んでないくせに。
「じゃあ何?大雅君にすれば良い?それに大体そっちは私の事名前で呼んですらいないじゃん。お前とかこいつとか。」
「ほら喧嘩になるから双方一旦やめろ。蝶者の説明をする。」
そういい椛は祠の奥を漁った。
「ここら辺に……ああこれだ。」
椛の両手にはバスケットボールより少し大きいと思われる大きさの丸い石があった。
「これが要だ。ここに金の蝶を集め封印する。其方の役割だ。今は零。しかし此処には本来ならば多くの金の蝶が入っていた。それを集め直す。」
しかし大雅がそれを黙って聞いてるはずもなく、
「阿呆らしいな。どう考えたって解放した此奴が悪い。俺は関係ない。大体封印の仕方も分からないのに俺が何を出来んだよ。此奴が危険な事をしない為のお守りでもすれば良いのかよ?だったら尚更嫌だな。」
(ああもう、こいつ黙って話聞けないの?)
本当にクラスの男子たちみたいだ、と鈴芽は思う。
「大雅。鈴芽は悪くない。偶然が重なった結果だ。それに、お前にも得はあるだろう。」
椛が優しく大雅を諌める。
「そう言って金の蝶を使わせないだろ。俺が協力する義理はない。」
「お前の目的も達成出来るかもしれぬだろ。それに白い蝶や蝶者の力も見つかるかも……」
「そんな不確定な要素に賭けろって言うのか?そんな僅かな可能性だけで俺にガキのお守りをさせんのか?」
大雅が吐き捨てるように言う。
「何れにせよ何か掴めるかもしれぬ。それにこれは其方の成長の機会でもーー」
「俺は勝手に金の蝶を探す。」
それだけ言うと大雅が背を向けそこから立ち去ろうとした。それを椛は止める。
「蝶者など二百年ぶり、其方が生まれる前の事だ!大きな運命かも知れないのだぞ!」
すると大雅はうざったらしいように舌打ちをした。
「……分かったよ。でも俺は取り敢えず一人で探すからな。」
「待て大雅!」
しかし大雅は聞かずにそのまま行ってしまった。
「全く彼奴の性格は難大ありだ……」
二人の会話が全くわからず入れなかった鈴芽は漸く口を開ける。
「で、椛おばあちゃん。私どうすればいいの?大雅行っちゃったけど。」
「まあこんな時の為のものがある。」
そういうと椛は懐から小さな木彫りの笛を取り出した。
「何、それ?」
「取り敢えず見ておけ。」
そして椛は笛を吹いた。ピューとか細く音が鳴る。
ごく普通の木笛だ。特別なものには見えない。
しかし、暫くした後大雅がこちらに戻ってきた。
「え!?どういうこと!?」
ただその顔は恐ろしく不機嫌だった。
「椛……何で呼び戻しやがった。俺は一人で探すっつてんだろ。」
「二人で協力しろと私は言った。鈴芽一人は駄目だ。二人で行動しろ。」
「こんな奴足手まといにしかならねえだろ!」
「後この腕輪いい加減外せ!」
大雅を右手を突き出しすごんだ。
「それは無理な願いだな。」
「椛おばあちゃん?どういう事?」
相変わらずの大雅の失礼な物言いにイラッとしながらも鈴芽は椛へ質問した。
「ん?この笛を吹くと大雅の着けている腕輪を身に着けている者を呼べるのだ。」
大雅の右手首には数珠のような腕輪が付けられていた。
「因みに来なければ無理やり腕を引っ張られそれでも拒否するなら腕を腕輪に絞められる。身体が自然と引っ張られるという感じだ。これは私の家に伝わる神具でな。私がこの腕輪の主だから私以外外せない。」
「え?」
椛がサラッと結構恐ろしいことを言った気がする。
「どうしてそれを大雅が着けてるの?」
「そこのクソババアに無理やり着けられたんだよ!外しやがれ!」
大雅は横から入る。相当ご立腹だ。
「無理だな。外したらお前が暴れた時に抑える方法が無くなるこの腕輪は対象者の身体を一部自由に操れるしな。」
「大雅は最初の頃暴れていて危険だったから安全装置としてこれを着けたが外さない方が良いと思ってな。ああそうだ。これから其方がこれを使った方がいい。これは鈴芽にやろう。」
すると椛は鈴芽へ笛を手渡してきた。
「え、いいの?ありがとう。」
でも話を聞く限り相当強い力を持っているような腕輪だ。鈴芽に使いこなせるだろうか。
「はあ!?ざっけんな!だったら外せ!こんな奴何かに使われるのなんて俺は嫌だ!」
大声で抗議する大雅を椛は軽くあしらう。
「お前の意思じゃない。」
「どうだ鈴芽、出来そうか?」
何故椛はこんなにも平然としているのか。
「……善処する。」
善処するの意味も余り理解してないが、最近覚えた言葉、ここら辺で使うのではないだろうか。
鈴芽は後ろの祠に手を付き寄っかろうとした。もう疲労が朝からやばい。濃すぎる。大雅にエネルギー全部もってかれた。そして祠の中に手をついた瞬間……
「えっ……」
昨日と同じ、引き込まれる感覚。椛達は気付いていない。そのまま鈴芽は闇へと引き込まれていく。感覚と意識を失う刹那、椛が此方に気付いた。なにやら口を動かしている。しかし直ぐに鈴芽の意識は途絶えた。
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