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大正公紀  作者: 葵依 澪
第二章 「虎の少年」
7/10

第二章その1 大正公紀

今回から第二章です。

「じゃあ、またね、鈴ちゃん。」


「うん。今日は本当にありがとうさっちゃん。」


鈴芽は玄関で手を振る。


一悶着と言えない程色々とあったが、一先ずもう夕方。無関係の幸子をずっと拘束する訳にも行かない。鈴芽は椛の屋敷に残り幸子を見送っていた。


「色々と迷惑なことに巻き込んじゃってごめんね。」


「鈴ちゃんと友達になれたし、全然良いよ。」


気にしないで、と幸子は緩く笑う。


「さっちゃん、私の事は……」


「勿論言わないよ。私達だけの秘密ね。」


不安げに訊く鈴芽に対し、任せて、と幸子は笑ったまま答えた。


「ありがとう。」


幸子ならきっと誰かに話すこともないだろう。鈴芽は安心してそのまま帰っていく幸子に手を振っていた。


問題解決とはなっていないが、漸く一段落、と言うわけでも無いかもしれないが、少なくとも今日の分のねぐらは確保した。中に戻り廊下を歩いていると、椛に呼ばれた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「其方の部屋を今準備中でな。その間にこれで好きなものでも買って来るといい。」


そういい椛は五百円玉よりも大きな銀貨を鈴芽に手渡した。


銀貨には五十銭と書いている。


「其方には大変な役目を負わせてしまったからな。ほんの感謝の気持ちだ。受け取ってくれ。多分足りると思う。」


椛はまるで孫にお小遣いをあげたかのように言う。


「ちょ、銀貨なんて、受け取れないよ!」


「言っただろう、感謝の気持ちだと。好きなものを買いなさい。欲しいものがないなら貯めても良い。」


そういうと椛は返そうとした鈴芽の手を押し戻し、鈴芽に銀貨を持たせた。


「そうならそうするけど……」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「欲しいもの、か…」


鈴芽は町を歩きながら考えていた。今は申の刻、午後五時との事。椛曰く酉の刻(とりのこく)、午後六時、逢魔ヶ刻(おうまがどき)までには帰ってこいとの事。

椛はやはり江戸時代も生きてたそうだから未だ十二支時刻などを使ってしまうそう。ここでも時代の差を感じる。巫女だからか逢魔ヶ刻なども気にするのだろうか。魔物に逢いやすくなるとか。


椛は好きな物を買いなさいと言っていたが、そう言われても欲しいものなんて突然は思い浮かばない。


新しいシャーペンが欲しいだとかノートが足りないとか欲しい漫画があるだとかそんな欲望しか出てこない。そしてそれら全てこの時代では不可能なものだ。そもそもお金の価値がよく分からない。この五十銭と書かれている銀貨だって、先ずこの時代の一銭が現在の幾らかも、それより小さい厘も全く価値が分からない。


(えっと百銭が一円だったはず……)


ならば一銭は小さい数なのか?しかし一円が一万円だったりした場合、一銭は百円、この銀貨一枚は五千円程の価値ということになる。


(一円って幾らなんだろ。)


ああ、スマホが恋しい、と思った。近くの公園で遊ぶだけだから、と元々スマホは持ってきておらず家にある。まあ、今ここにあるからと言って検索機能や電話が使えるかは怪しいが。


しかしかれこれ三軒は梯子(はしご)している。欲しいものが見つからないし、分からない。貯めるという手もあるが椛は何か買って欲しそうだった。それにそろそろ一時間を超える。六時に近くなってきているしそろそろ帰った方が良いだろう。鈴芽は最後にしようと近くにあった雑貨屋に入った。


もう着物を着ているし奇異な目で周りから見られない。そしてこの店は四軒の中で最もお洒落だった。ここで何か買おうと鈴芽は店内を見て回る。


(ハンカチ……てか手拭い、髪飾り、小物入れ、手帖(てちょう)(くし)、扇子、小銭入れ……)


ふと、目に入ったものがあった。綺麗な花と蝶で美しく彩られた一冊の日記帳だった。見た感じとして大体四ヶ月分くらいか。題名が入れられる白いスペースに、裏表紙に二つの白いスペース。StartーdayとFinishーday、それからnameとある。英語の表記。しかし流石に鈴芽もこれくらいなら読める。しばらく見ていると店主らしき男性が近付いてきた。


「おやお嬢ちゃん。それに目を付けるとはお目が高いね。それは人気な文具店から仕入れた限定品でね。本来ならば二十五銭(2500円)あたりで売りたい所だが、今は閉店前だしね。最後の一つだ、特別に二十銭(2000円)で売ってあげよう。」


なんと、最後の一つだったのか。しかも値引きしてくれるという。今手元には五十銭(5000円)ある。半分とまではいかないが三分の一以上が無くなる。しかし時間も押してるしこれでいいだろう。


「じゃあ、これ買います。」


「おや、半円銀貨なんて大金持ってるね。」


「ちょっとお小遣いでもらって。足りますよね、ください。」


「毎度あり!」


かくして鈴芽は日記帳を購入した。


胸に抱え店を出る。お金はまだ三十銭(3000円)余っていたので小物入れと櫛も買った。日記を書くための万年筆を買おうとしたらとてもじゃないが手が届かないような値段だった。なので代わりに鉛筆。一銭で一本、削るための小刀、肥後守(ひごのかみ)はおまけしてもらった。


合計二十六銭(2600円)。それでもまだお金はまだ半分ほど残っている。駄菓子屋の前を通り壺に入った飴玉やきなこ棒などを見るとお菓子も買えば良かったかも、と思ったが時間もないので寄らずに帰った。椛の屋敷への行き方はなんとなく覚えている。危うげな記憶頼りに鈴芽は屋敷へ向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ただいま……?」


ただいまと言うのが合ってるのか分からず小声でそういい屋敷に入る。すると、椛が来た。


「おお鈴芽。帰ったか。お金は足りたか?何を買ったのだ?」


「日記帳と櫛と小物入れと鉛筆。」


「そうか。納得いく物が買えてよかった。」


椛は嬉しそうに微笑んだ。


「さあ鈴芽。丁度食事が出来た所だ。其方の部屋も用意できた。」


「ありがとう。」


鈴芽は綻んだ笑みを浮かべた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

床の間で夕食を摂る。食事は当然和食。椛曰く鈴芽は洋食の方が慣れてるかもしれないが、椛はやはり、和食の方が親しみがあり洋食が苦手なのだそう。


鈴芽も洋食の方が好きだが、和食も好きだ。大好物はすき焼きとお寿司とたこ焼き。


夕飯はぶりの照り焼きに白米、豆腐とじゃがいもの味噌汁、人参とれんこんの、青菜のお浸し。The和食だ。鈴芽はお浸しと煮物は余り好きではないが、この食事は美味い。全く知らない味付けだが舌に良く馴染む。当然ながら鈴芽の好きなぶりの照り焼きと味噌汁はとても美味い。

あの若い朝霧と呼ばれる女性がつくり椛の傍にいつも控えている五十代程の白露と呼ばれる女性が指導しているそうだ。古くから続く定食屋の女将さんが作るような家庭の味がある。所謂お袋の味と呼ばれるようなものだろうか。そんな温かみのある味だ。


「ご馳走様でした。凄く美味しかった!」


椛は目を細め白露と朝霧と見合い、

「風呂は今沸かしている所だ。沸いたら入ってくれ。寝間着と明日の着替えは其方の部屋に置いている。布団も押し入れに入っているし、机と明かりもあるぞ。」


至れり尽くせりだ。鈴芽は感謝を述べた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

鈴芽は部屋に入る。五、六畳の部屋。鈴芽の部屋と同じくらいの広さの部屋だ。しかし無駄なものは無い。


座布団に部屋の奥の正面に床に座る高さに合わせられた文机。机上には小さな洋燈(ランプ)があり部屋の角に小ぶりな本棚、手前に和簞笥(わだんす)。そしてその隣に全身鏡、文机の脇に小さな一人分の鏡台。小さな鏡が付いており引き出しもある。開けると櫛と少しの髪飾りと髪を纏めるもの、一つの香水が入っていた。和簞笥には何着かの着物と小袖と袴、浴衣に部屋着、帯に下着や足袋(たび)まで。小物入れも入っている。押し入れには上段に二組の布団、下段に冬用の羽織と外套(がいとう)、毛布まで。


なんと用意周到な事だ。これを二時間足らずで仕上げるなんてここの侍女、朝霧たちはなんと優秀だ。


そういえば、さっき食事中に風呂を沸かしていると言っていたが白露と朝霧以外にも侍女がいるのだろうか。


すると椛に風呂が沸いたと知らされたので寝間着と櫛を持って風呂へ行った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねえ、えっと……椛さん?」


廊下を進みながら椛へ話しかける。


「気軽に椛と呼んでくれて構わない。」


「じゃあ……椛ばあちゃん。」


「ばあちゃん?」


「おばあちゃん。何がいい?」


「もう何でも良い……」


「じゃあ、椛おばあちゃん。」


椛の呼称は椛おばあちゃんで決定だ。


「ねえ椛おばあちゃん。さっき風呂を沸かしてるって言ってたけど白露さんと朝霧さん以外に侍女がいるの?」


「ああ夕蓮(ゆうれん)の事か。彼奴は余り人と関わりたがらなく裏の仕事が好きなんだ。だから家事をしてる。掃除洗濯風呂沸かしなどだ。」


「白露さんと朝霧さんは?」


「白露は私の補佐。基本的に私の傍にいて補佐する。朝霧は案内。訪問した人を案内する、外との交渉や対話などをする。あとは書類整理などだ。朝霧は賢いからな。食事は私と朝霧と白露でやる。家事は手が空いたら私もやる。夕蓮だけに任せられないからな。」


「その夕蓮さんとは会える?」


「まあいつかは会えるだろう。ただし無口だがな。女子(おなご)が苦手なのだ」


おなごが、苦手?


「女性じゃないの!?」


「夕蓮は男だぞ。」


何を勘違いていたんだ?とでも言うように椛が答える。


「いやてっきり侍女だけかと。」


「特にすることも無く、しかし家事能力が飛び抜けていてな。されど男は家事が出来たとてやる訳でもないしな。色恋にも無縁なので私の所に来た。」


「そういう事か……スパダリだったりするかな……」


「すぱだり?」


「ああいやなんでもない。」


謎が一つ片付き、鈴芽は風呂に入った。風呂はまあ、トトロに出てくる様な二つの釜に一つは体や頭を流すためのお湯溜めで、もう一つが入浴用だった。但し鉄だったが。


髪を()かし、寝間着を着る。ドライヤーが無いので髪を念入りに拭く。そして寝る前に今日買った日記帳を開き肥後守で削った鉛筆を手に取った。


今日からこの日記帳は大正時代での日々を綴ったものにしようと思う。日記なんて夏休み一行日記しかやった事がないが、とりあえず名前とstartdayは書く。

name 倉内鈴芽

Startday 大正四年1915年、令和四年2022年 3/27


「タイトルは……大正日記は何かなぁ。」


鈴芽は思いつく限りそういう系の文学作品を出してみた。


更級日記(さらしなにっに)、土佐日記、十六夜日記(いざよいにっき)宇津保物語(うつほものがたり)、源氏物語、枕草子、信長公記(しんちょうこうき)……


信長公記?公紀!


鈴芽にそれは降りた。記の字を敢えて変えて大正にくっつける。

名付けて、

大正公紀(たいしょうこうき)!」


そして書き始める。記念の第一(ページ)


令和四年、2022年、大正四年、1915年 3/27


えっと……まず一言言うなら、大正時代へタイムスリップした。自分でも信じられないけどこんな事書いているということは、何とかなりなれて落ち着いたということでしょう。我ながら全く信じられない。

烏山から急に大正時代に。ツッコミどころ多すぎる。しかもちょうしゃ?何それ?金のちょう?何で私が。本当に不思議。こんな事信じられないけどーまあ信じるしか無いよね。

もみじおばあちゃんからお金もらっちゃったし、それでこの日記買ったし、てか物価とかこのお金の価値とか全くわかんない。グーグルあればなぁ……てか協力者って?あご飯めっちゃ美味しかった。色んなお店よりたいなぁ。着物も着れるようにならないと。浴衣くらいならできるけどさ。

お母さんたち心配してるよね……凛華たちも……早いとこ戻りたいな……そういえば明日その協力者と会うってもみじおばあちゃんが言ってたんだ。私と同じくらいの年。ただ性格になんあり、心を閉ざしている乱ぼうでこ独な子ー

いやムズくない!?まーしかし、何はともあれどうにか今日が終わって良かった。これも生きた大正時代の勉強と思おう。ちゃんと帰れればだけど。家にはいつ帰れるんだろう。帰れたとしても、ちょっとまた来たい。この日記は、ずっと続けていきたいな。

追記 ゆうれんさんと会って話してみたい……


「よし!こんなんでいいんじゃない!」


日記を閉じて文机に仕舞う。敷かれている布団に寝転び(まぶた)を閉じると途端に疲れが溢れ眠気がものすごい速さでやってきた。


そして鈴芽は眠りについた……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一銭=100円、一円=1万円と思ってください。貨幣は実際に存在するものです。

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