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大正公紀  作者: 葵依 澪
第一部 第一章 「大正時代」
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第一章 その5 負う役目は

本当に遅くなり申し訳ございませんでした。第一章最終回です。

「何者だって言われても、ただの人間よ!」


(もみじ)は何を言っているのだろう。鈴芽は普通の10歳の少女だ。


しかし、椛も混乱しているようだった。


「ならば何故蝶者(ちょうしゃ)(あざ)が!」


蝶者?全く知らない。一体なんなのだそれは。


「だからその蝶者と金の蝶って何なのよ!」


「椛様、鈴芽さんも混乱なさっています。」


と、椛の側にいた女性が椛を落ち着けようとした。


「あ、ああ⋯…そうだな、すまない。混乱してしまった。鈴芽と言ったか?本当に、金の蝶を知らないのか?」


「はい。そうです。」


知ってるわけがない。


「ならば仕方あるまい……本来なら余り言うべきではないだろうが其方ならば大丈夫であろう。其方は幸子と言ったか?突拍子もない話だと思うが、どうか静かに聞いて欲しい。では金の蝶から教えていこう。」


すると椛は重々しく一度深呼吸をすると話し出した。


「金の蝶とは、願いを叶えてくれる蝶だ。」


「願い?」


「そうだ。望んだ事を叶えてくれる。但し、相応の対価が必要だがな。」


「対価って?」


「代償だ。そして金の蝶に願いごとをする代償は心だ。金の蝶は願いを叶える対価に心を喰う。これが恐ろしいのだ。最初は小さなもの、大した事無いもの。しかし段々と対価は大きくなり心もどんどんと喰われて行く。そして心を喰われ尽くすと、感情を失った廃人となる。そうなっても尚金の蝶に頼り続けると……」


「頼り、続けると……?」




「命を喰われる」



一瞬で空気が一気に張り詰めたような気がした。その椛の語り方は、余りにも冷たく、恐ろしげだったからだ。


「いの、ち?」


「そうだ。払える代償が無くなったら最後は命を奪われる。」


それは、つまり


「死ぬ、ってこと、だよね。」


「ああ、それ程(まで)に恐ろしいものだ、金の蝶というものは。」


ふと椛は遠い過去を眺めるような目をして、辛そうな、切なそうな、それでいて哀れみを込めたような顔で語った。


でも、と鈴芽は続ける。


「そんな危険なもの、どうして使うの?命すら取られるかもしれないのに。」


それは、と椛が答える。


「金の蝶には恐ろしい依存性があるのだ。最初の内に辞められたら良い。でも多くの人間はその便利さに魅せられ忠告など軽く無視して使う。そして金の蝶にどんどん心を喰われた人間は金の蝶しか考えられなくなる。心を喰われた分その無くなった心は金の蝶の情報で一杯になる。そして使い続けやがては……という訳だ。」


鈴芽はヒュ、と息を呑む。


(それは、つまり麻薬みたいなもんじゃん。)


それではここで(ようや)く本題だ。


「それで?蝶者って?」


「金の蝶を集めて封印する者だ。身体のどこかに蝶の模様の痣がある。蝶者の役割は金の蝶を集めて封印すること。気配、というものが感じられるそうだ。金の蝶を探すことは蝶者にしか出来ない。金の蝶を封印できるのも蝶者のみだ。故、狙われやすい。」


「蝶者が生まれるのはまちまち。しかし必ず蝶が溢れ封印せねばならぬときに生まれるとは言われている。ただ、まだ封印が解ける頃では無いはずだが……」


つまり、漫画とかで見るような特別な力を持った人だろう。


(で私?そんな訳絶対ないでしょ。)


余りに金の蝶と言いファンタジー過ぎて鈴芽も半信半疑で冷静になる。


「で、私が蝶者って言うの?そんな訳ないじゃないでしょ。痣だって無かったし力らしきものも感じたことなんてないし。」


ただ、椛も困惑している。


「それに関しては私も分からん。しかしある日突然力が発現することもあるという。詳しくこちらに来た時のことを教えてもらえれば分かるかもしれぬが。」


それだけでいいのならば、


「いいよ、話す。」


「私は友人と肝試しをしていて……」


そして、これまでの事を一通り話していく。


……


「そこで蝶の形をした石をなんか無意識に引き抜いちゃって……」



「待て」



と、椛が突如止めた。


「え?何?」


「もしや、要を抜いたのでは無いな?」


「は?要?」


また知らないワードが出てきた。


「蝶者が封印した蝶を確実にするものだ。先程言った祠の中にそれを上から入れ封印することで封印が解けなくなる。」


「要かどうかは知らないけど、引き抜くと引き込まれる様な感覚の後、目の前に無数の金色の蝶があって……」


「やはり要ではないか!」


椛が急に声を荒らげたので肩をビクッ、とさせる。


「あれが要なの?」


「なんということだ……嫌な予感はしていたがやはり要が解放されていたか……」


椛が小声でなにかブツブツと言っているが鈴芽には知ったこっちゃない。


「要を解放?どういうこと?」


「要は金の蝶を抑えるような役割だ。要を解放すれば抑えられている金の蝶も解放される。ただ普通に抜けるはずの代物ではないのに……其方如何にしてあれを抜いた?」


「普通に引っ張って…」


「神系でもない少女が引っ張っただけで要を抜くだと?しかし蝶者が現れたという事は金の蝶が増える前兆か?」


「椛様、要は如何なされますか?」


椛の脇に控えていた女性が耳打ちする。


「しかし彼方を動かす訳にはな……前代未聞過ぎて私でもどうすれば良いかわからん。」


「ただ、不思議な事は、何故三百年は持つ封印がわずか百年余りにで解けたか、だ。鈴芽、其方のいる百年後は烏山神社は廃れていたのか?」


「皆が肝試しに使う感じに……」


「椛様、鈴芽さんは本当に蝶者なのか……」


「それが分かれば苦労はせぬよ……」


「鈴ちゃん、百年後の人だったの!?」


遂に我慢できなくなったのか、大人しくしていた幸子が興奮して鈴芽に話しかける。


「変だとは思ってたよ!でも未来の人だったなんて!どうしてここに来たの?どうやって?その服って、もしかしてその百年後の世界の?謎の言葉も未来の言葉?百年後ってどんな感じなの?」


とてもあの大人しかった幸子には思えない。鈴芽は若干気圧(けお)されながら答える。


「えっと……百年後は令和って時代で……スマホっていうめっちゃ便利な板みたいな機械があって……」


「なにそれすごい!そういえば、蝶者って言うの本当なの?あれってお伽話(とぎばなし)じゃなかったんだ!」


「お伽話?いや私もほんとよく分かんなくて……」


鈴芽たちが興奮して騒いでいると、女性と話し込んでいた椛が神妙に声を発した。


「鈴芽」


「ん?何?」


椛は一息置き、



「蝶者になってくれないか。」



「……は?」


鈴芽もそのまま固まる。



沈黙 一、二、三、四……



部屋の時計がボーンボーンとだけ鳴っている。


沈黙を破ったのは椛。


「封印は神社を守る者がいなくなってから急激に弱まって行った。そして封印は非常に解けやすくなっており、鈴芽がそれを抜いた。無意識に手が届いたのは要がそう誘ったのだろう。弱まった力を新たな者の手で印し直そうと。前代未聞のことだから確証は無いがな。そして鈴芽が要を引き抜き解放した時蝶者の力を譲渡した。時を飛んだのは此方へ招こうとして蝶者の力で開けられた時空の歪みか何かだと私は睨んでいる。」


「え、ちょ待って、でも別に大正時代な必要ないじゃん。」


「先代が封印したのはこの時代より凡そ五十年前。その付近の年代、そして恐らく手助け出来る人物は此方にいるからだろう私のように金の蝶について知っている人物がいるからな。」


「いやでもだからって蝶者になるのは……私自分の家への帰り方も分からないのに……それに私まだ小学生だよ?学校もあるのにそんなよく分からない人になるのはちょっと……」


「そうだ。そのことも十分承知している。だから条件がある。其方の此方にいる間面倒は私が見る。家への帰り方も探してやる。そして一人では大変だろうし協力者をつける。安全と生活は保証する。これでどうだ?一()ず今日はもうすぐ酉の刻(とりのこく)(17時)となり逢魔(おうま)が刻も近付いてくる。私の家に泊まれば良い。百年後帰れるまでの間、蝶者をやるやらないに拘わらず此処で其方の面倒を見る。ただ、このまま金の蝶が溢れていき放置されると蝶者以外にはどうにもできないし、非常に厄介なのだ。だから、どうだ?一つ、頼まれてくれないか?」


鈴芽は無意識に着物の袖を掴んで少し後ずさった。


これは非常に困った。普通なら即断っている。どう考えても面倒事、厄介事。学校だってある。一応役目をやるやらない関係なく帰る方法を探し帰れるまでの間面倒を見てくれるとは言っているがそうなるとやらないというのはとても肩身は狭いだろう。


それに元はと言えば自分が要を解放した。そりゃ色々あるけれど、原因を作ったのは鈴芽だ。


椛がとても必死な目で懇願してくる。これは流石に良心がチクチクと痛む。思わず目を逸らす。断りたいが、断れない。


(そうだ、さっちゃん!)


鈴芽は直ぐに助けを求めるように幸子の方を向いたが


「あ、えっと……」


幸子は困った表情をし、苦笑してそっと目を逸らした。


(さっちゃーん!)


もう誰にも助けを求められない。いよいよ最終判断が迫ってくる。やはり面倒事、一度関わったらきっと大事になる。しかしその、椛を見ていたらどうにも良心が……


どの道このまま一人でどうにもならない。鈴芽はきっ、と歯を噛み締め覚悟を決めた。


「ああもう!やればいいんでしょ!わかりましたやるよやりますよ!」


鈴芽がやけくそでそういうと、一気に椛の目は輝いた。


「おお!そうかやってくれるか!ならば色々と教えなければな。勿論帰る方法も探す。協力者も付けよう。白露(しらつゆ)!鈴芽の分の部屋と服と食事を用意してくれ!」


急に椛が声を明るくしてそばにいた女性に命じる。


「かしこまりました。朝霧(あさぎり)夕蓮(ゆうれん)にも伝えて置きます。」


白露と呼ばれた女性はその場を出ていき準備をしに行った。


一方、鈴芽は今更ながら今の発言に頭を抱えていた。


(ああ〜言っちゃったあ〜良心に負けてやけくそで言っちゃったけどもうこれ後に引けないじゃん……でもどの道どうしようも無いし……)


「鈴芽」


そんな鈴芽に、ふと椛が声をかける。


「ん?」


「本当に、感謝する。もうどうしようもなくてな。ありがとう。」


「えっと、それはまあ……私も悪かったし……」


急に椛の心からの感謝の言葉で、先程までうだうだとしていたが、なんだか一気に別にやってもいいかという気持ちに変わっていく。


「大変なものだ。蝶者は。其方には悪い事をしたとも思ってる。しかし、其方ならきっと出来る。それに……あいつにも良いだろう。」


「あいつ?」


「鈴芽と共に金の蝶を集める協力者だ。余り人が好きではなく私以外の人間と殆ど関わらない。この機会に、丁度いいのではと思ってな。」


え、と鈴芽は固まる。


「ちょ、ちょっと待ってよ!私そんな人と仲良くなれる自信なんて」


「何、大丈夫だ其方と肉体の年は近い。少々乱暴で性格は難ありだが、なにぶん心を閉ざしていてな。私にも本心を殆ど見せてくれない。孤独な奴だし、歳の近い鈴芽になら心を開いてくれるかと思ってな。相手がこんな(ばば)だから開いてくれないのかと。ただ、其方なら歳も近い。話しやすいし開きやすいだろう。大丈夫だ。」


鈴芽が話しかけていたところを遮り、どこから来るのか椛が自信を持って鷹揚(おうよう)に話す。


「でも私大正時代の人じゃ無いし、そんな自分から人と仲良くなれるタイプとかじゃないし。」


「なんだ、幸子とは仲良くなっていただろう。」


「それはまた別で」


「まあ、大丈夫だろう。」


椛が大丈夫、と頷く。


いや大丈夫なのか、と思いながら鈴芽は苦笑した。


きっとこれから先、まだまだ大変な事があるだろう。蝶者もよく分からない。やっと、第一歩が踏み切れたのだ。ここから始まる。先は長い。鈴芽もとても簡単な事だなんて思って居ない。寧ろ、かなり大変で困難な道になるだろう。しかし千里の道も一歩から、だ。案外なんとかなるかもしれない。


鈴芽は苦笑しながらこれから先の事に対して思いを馳せた。


大正公紀 第一章[完]


次回、第二章です。遅くなるかもですが、投稿頑張っていきます。

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