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大正公紀  作者: 葵依 澪
第一部 第一章 「大正時代」
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第一章 その4 椛様

次回、第一章最終回です

「ここだよ。」


幸子が他と似たような和風の家の前で止まった。


「ここが、さっちゃんのお家?」


「そうだよ。」


幸子が玄関の戸を横に引いて開ける。


「服、本当にありがとう。」


「いえいえ!こちらが汚してしまったし…」


幸子が家の中の一室に入り和簞笥(わだんす)を漁る。


「ここら辺かな……」


「鈴ちゃんの服、お洋服だよね。やっぱり高価かな……」


幸子が不安そうな目で箪笥(たんす)を漁る。


「いやその、洋服だけど全然安いから!」


全然大丈夫、と手を横に振る。


「そう……?それに不思議な服だね。」


「この服は……」


そして鈴芽は咄嗟に思いついた苦し紛れの言い訳を始めた。


「えっとそれね……その……お父さんが買ってくれてさ……あの私のお父さん役所で働いてて……あ位は低いんだけどね!凄い普通の家だからね!それで……めちゃくちゃ……じゃないものすごぉーく偶に海外行くんだけど……うんその時に買ってきてくれて……あっちの流行りとかで……うん……でも安物って言ってたから!ね!」


勢いでゴリ押している感じだがまあ致し方ない。これから先はこの言い訳で通していこう、と鈴芽は思った。


(嘘も方便ってやつだよね。)



「そうなんだ…えっと…その、私のお父さんもお役所で働いてるの。私のお父さんも位は低いんだけどね、でもわざとなの。」


「わざと?」


「うん。お父さん本当は頭も良いし昇進だってできるはずなのに、昇進すると忙しくなっちゃうし、上の派閥争い?っていうのも面倒臭いから嫌だって。私達と一緒にいる方がいいからって。凄い優しくて怒らなくて私達をいつも優先してくれるんだ。」


「へえ、良いお父さんだね。」


「でしょ!自慢のお父さんなの!」


(でも折角の昇進をね……有給とかないのかな。)


でも幸子がとても尊敬してるように見えるあたり、その父親は人格者なのだろう。幸子の気弱すぎるのも裏を返せば人を思いやれる温厚な証拠だ。父親の影響だろうか。


そんなことを考えていたら幸子が着物を何着か並べていた。


「ここら辺なんてどうかな?」


幸子が着物を数着出して並べる。


「お姉ちゃんのお下がりもあるけど…」


着物は色々ある。無地に柄あり、赤、黄色、薄緑、濃い紫…鈴芽は最初に目に止まった臙脂(えんじ)色の小花柄の着物を選んだ。が、ここで一つ気が付く。


「じゃあ私、この服土間で服洗って来るね」


幸子が行こうとしたその時…


「ま、待って!」


鈴芽は咄嗟に幸子を止めた。


「うん?」


「あ、えっとその、私実はそんなに着物着た事なくて、その着方が…手伝ってもらえないかな…?」


「え?」


幸子は驚いた顔をしたまま固まっている。まさか着物が着れないとは思わなかったのだろう。


しかし小さく笑っていいよ、と答えた。恐らくもう鈴芽が普通の子ではないと思われているだろう。不自然な行動も多かったし、訳ありだと言うことはきっと気付いている。


しかし幸子はそれを知っていて深く踏み込んでは来ない。でもきっと秘密はバラさない。いい子に出逢えたと鈴芽は自身の幸運を喜んだ。


「はいっ!できたよ。」


「ありがとう!」


「ううん。大丈夫。私が全て悪いのだし……」


「いや、私も悪かったからもう気にしないで。えっと……その、さっちゃん。もしよければ着付け、これから教えて欲しいな……」


それに、と慌てて鈴芽は理由も付け足す。


「さっちゃんなら教えるの上手そうだし、その、教えて欲しいの、さっちゃんに。」


鈴芽は半ば祈るようにして幸子をそっと見た。


幸子は少し動揺していた。人に頼られたことは少なかった。意思も弱くて上手くできない自分を頼ってくれる人はいつも同じで自分の仕事を代わりにやらせようとする人間ばかりだったから。


「……私なんかでいいんですか?」


「勿論!寧ろさっちゃんがいい!」


鈴芽は真っ直ぐな目でこちらを見てくる。


(そんなに、真っ直ぐ見られたらさ)


密かに幸子の胸の中になにか温かいものが広がっていく。


「……はい!何時でも、喜んで!」


鈴芽はそれを聞いて(ほころ)んだ笑顔で話した。


「ほんと!?ありがとう、さっちゃんは優しいね。」


幸子は少し心に温かいものを抱えながら鈴芽の服を持って土間へ行った。


幸子が去った後鈴芽は脳内で作戦会議を開く。


(さてどうしよう……現代へ帰る方法、誰かに聞いた方が多分早いよね。でも100年後に帰る方法って誰に聞くもんだろ……それにさっちゃんにいつ言おう……烏山はともかく別の神社か寺にでも……出来ればここら辺一帯治めてるような……そういう所なら秘密も守るはずだよね……多分?さっちゃんに聞いてみる?でもなんて相談すればいいのんだろう……100年後に帰る方法教えて欲しいです?第一さっちゃん信じるか……いや信じたとして秘密守るかな……さっちゃんなら守る?うーんでも周りに話が漏れたら?でも取り敢えず相談……いやでもなぁ……)


鈴芽がくどくどと考えている間に幸子が戻ってきた。二十分といった所か。


「服の汚れ、殆ど落ちたよ。」


「あ、ありがとう」


幸子が戻ってきてしまった。ここで言うべきか?いや今言わないと多分駄目だろう、鈴芽は咄嗟に口に出した。


「あのさっちゃん!」


「ん?」


「ここら辺に、そのこの街治めてる様な、その強い力を持った偉い巫女さんとかお坊さんとか神主さんとかって、いる?」


「強い力を持った治めている様な…?」


幸子はすると小声でブツブツしだした。


「うーんあるとしたら椛様…双見(ふたつみ)神社は確か巫女様は亡くなられていたはずだし……」


幸子はこちらを向いて話した。


「一人……この街を五十年近く見守っている強い力の巫女様がいるけど……」


「ほんと!?その人に相談とかって出来る!?」


「出来るよ、お悩みから霊的なものまで。それが(もみじ)様の役目なの。それでお返しを渡すんだけど子供だし最初だし大丈夫だと思う。椛様はお優しい方だし。」


「椛様…?」


「椛様は巫女様のお名前。巫女になった時付けられた名前だから本名ではないらしいけどね。」


今鈴芽が正に会いたいような人ではないか。


鈴芽は身を乗り出して幸子に迫った。


「その人の所連れてってくれない?今すぐに!」


「い、今すぐに?」


―――――――――――――――――――――――


「ここだよ。」


「ここ?」


二人の目の前には他とは比べ物にならないような立派な平屋の日本家屋の屋敷があった。屋敷と呼んでいいだろう。


「ここが椛様のお屋敷。」



「大きいね…」


「人が泊まったり宴会をしたり相談に来たり町長さんのような事もしてるし立派じゃないとね〜」


「鈴ちゃん、そこの呼び鈴鳴らして。」


幸子の指の先には鉄でできた呼び鈴がある。


鈴芽は戸の横の呼び鈴を鳴らす。


鉄の鈴の中から垂れてる紐を手前へ引っ張ると中に鉄が当たり、リーンと鳴る。本当にこういうタイプの呼び鈴ってあるんだ……初めて本物を見た。


「はい。」


戸が少し開き二十代くらいの若い質素な和装の女性が出てきた。


幸子が戸惑っている鈴芽の代わりに答える。


「私は若山幸子です。こちらが……」


「倉内鈴芽です。」


「椛様に相談が御座いまして…お目にかかれないでしょうか?」


幸子がさっきの鈴芽の時とは別人のように話す。鈴芽は少し驚いていた。


「そうですか。ではどうぞお上がり下さい。」


女性に促され鈴芽と幸子は中へ入って行った……


長い廊下を進む。


左右には部屋が沢山あり広い。その中を三人は無言で進む。


そして廊下の突き当たりに着く。突き当たりの部屋の襖越しに女性がしゃがみ声をかける。


「椛様、町の方です。椛様にご相談がある模様です。」


「入りなさい。」


すると奥から少し枯れたおばあさんの声が聞こえた。


「失礼します。」


部屋の中には真ん中に少し太ったおばあさんが座っていて隣に50代くらいの女性が控えていた。二人とも白い着物に緋袴という巫女装束を着用していた。


「子供か。」


真ん中のおばあさんが少し拍子抜けしたように話した。


其方(そなた)ら、名は?して相談とは何かな?」


鈴芽正座をしながら随分古風な話し方だな、と思った。


しかしこの人の年齢を逆算してざっとで見積もった所だとこの人は江戸生まれにあたりそうだからこんな話し方なのかもしれない。それに、重々しく威厳がある。


「倉内鈴芽です。」


「若山幸子です。」


鈴芽が体を少し乗り出し話す。


「相談があるのは私です。えっと……信じて貰えないかもしれないんですけど、私が本当に体験した事だし、途方に暮れているので椛様のお力をお借りしたく。」


緊張しながら精一杯の丁寧な言葉を使って話す。これは前置きだ。保険のようなものである。


「その……単刀直入にいいますと、未来に帰る方法を知りたいのです。」


緊張しないよう鈴芽は必死に口を回したが早口になってしまった。


「……は?」


椛の間抜けな驚きの声が漏れた。当然だ。意味が理解出来ないだろう。


鈴芽は話を止められる前に急いで話を続ける。


「私はこの時代の人間ではありません。この時代からおよそ百年後の世界の人間です。その、私は友人達と肝試しをしていたのです。烏山神社。あの神社は百年後は廃神社になっていて、肝試しの場所となっていたんです。そこで私は神社の裏手にあった祠の蝶の形の石を無意識に引き抜いてしまって、そしたらなんか引き込まれる様な感覚があって……」


しかし鈴芽は気付かなかった。


鈴芽が話している間、鈴芽の左手が光りだしていた。そして蝶のような模様が浮き上がり出して……


「鈴ちゃん、手!」


「え?」


気付くと鈴芽の左手の甲に蝶の模様の様な痣のようなものが浮かんでいた。


「え嘘これ何!?」


しかし細かい所まで細工があり痣より模様に見える。けれどさっきまでこんな蝶、手に無かった。そして何故か椛の顔が青くなっていく。


「其方何故その痣を!」


「は?」


「その痣は、蝶者の……!一体、何故その痣を、金の蝶はどうした!?」


「え、いや……」


「其方まさか蝶者なのか?」


「蝶者?金の蝶?痣?どういう事?私の左手にはさっきまでこんなもの無かった!」


「鈴ちゃんの言ってる事は本当です!さっきまでありませんでした!」


鈴芽も幸子もパニックになっている。こんな痣さっきまで無かった。しかし椛の言う事が最も分からない。


「金の蝶も蝶者も知らないだと!なら何故蝶の痣が!?」


「知らないわよ!何それ!」


何故と言いたいのはこちらだ。なんでこんな痣が、一体この痣は何なのか、そもそも痣なのか。


「お主何をした、詳しく最初から話してくれ。鈴芽、其方は一体何者なのだ?」



「は……?」

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