26 青い糸
その日の夕刻。
「まさか本当に、全部当たっているとは」
出来上がった生糸が干される乾燥棚の前で、兄が困惑交じりの声で呻いた。
目の前にぶら下がっているのは、ほんのり青みを帯びた糸の束。父が判別した青蚕の繭を使って紡がれたばかりの生糸だ。
最初の5個が全部青だと分かった後、父に別の営繭箱も確認してもらって数を増やしたものの、まだ足りなかったので結局白い繭との混紡になった。
それでも、束になっているとその独特の風合いがよく分かる。
通常の上等な生糸とはまた違う、金属光沢のような硬質な反射光。
地色はごく薄い青──水色ではなく、青。こんな生糸、今まで見たことがない。
青蚕は通常の蚕より糸が硬く、長さも短いので、今まで村人たちは糸に加工するのではなく、繭をそのままほぐして真綿として使っていたのだという。用途は主に布団の中身や真冬の上着の中綿。誰の目にも留まらないわけだ。
なお私が子どもの頃村の見学に来た時には、男爵一家の子どもたちが現場を見に来るのだからと村人たちが綺麗に掃除し、不合格品を入れるカゴの中身も全て空にしていたので、当時の私たちが目にする機会はなかったらしい。
今まで生糸の取引をしていた商人たちも同様だ。
紡績場を見学した者も一定数いたが、部外者の見学の時は予め村人にも通達が行くため、カゴの中身は空。
そもそも商人たちは『細さが均一で美しい光沢がある、白い生糸』ばかりを求めていたため、色付きの繭の存在が話題に上ることもなく、青蚕に商品価値があることに誰も気付かなかった。
今回は、エイベル工房とレトラ商会に出した面会依頼の返答待ちの時間つぶしを兼ねて、急遽村の見学をすることになった。それが功を奏した形だ。
「よーく見ると混紡だって分かりますね、これ」
「ええ、普通に撚りを掛けただけだものね」
螺旋状に撚りを掛けた細い糸。1本1本の糸の表面をよく見ると、中に数本、わずかに青い繊維が交ざっているのが分かる。
「これ、混紡じゃなくて、青蚕だけ使って紡いだらどんな色になるんでしょう…」
「もっと青色が強くなるはずよね。見てみたいわ」
兄の言った通り、青蚕の割合は全体の5パーセント程度。その上、普通の繭より糸の長さが短いので、1束──通常の生糸の束1単位分を紡ぐのにも繭の数が必要になる。
大変なのは間違いないが、とても、見てみたい。
私とウェンディが頷き合っていると、兄がイイ笑顔で父の方を向いた。
「これで仕事が決まりましたね、父上」
「へっ!?」
今までろくに外出していなくて体力がなかったからか、それとも色の判別でプレッシャーを掛けられ続けていたからか、父は既に疲労困憊、椅子に座り込んでいる。
ギョッと目を見開く父に、兄はあくまで笑顔で続けた。
「茹でる前の青蚕を判別できるのは父上だけです。是非、その能力を活かしてください」
「え、でも、その」
「ああ勿論、賃金は支払います。労働時間に応じて、きちんと」
父はものすごく嫌そうな顔をしているが、
「確かに、茹でる前に青蚕を判別できるのはお父様だけなのだから、適任ね」
「というか他に選択肢ないですよね。こう言っちゃなんですけど、肉体労働向きでもないですし」
私とウェンディが言葉を添えると、兄は深く頷く。
「この荘園の新しい特産品を作るため、協力してください、父上」
新当主に言われれば、隠居した世代に拒否権はない。
「……ハイ……」
父はがっくりと肩を落とした。
そうして一通り見学を終え、私たちは管理館に帰って来た。
なお、父は村に置いてきた。
青蚕を使った生糸の試作品をエイベル工房との交渉の時に持って行きたいので、急遽、村人たちに紡績作業をお願いしたのだ。
加熱前の繭の中から青蚕を判別できるのは父だけなので、必然的に父はそのまま仕事に突入。夕方、管理館から迎えをやることになった。
父は「嘘でしょ!?」と青くなっていたが、世話はマイクに頼んだので何とかなるだろう。
「お帰りなさいませ」
出迎えてくれたゾフィーは、白い封筒を手にしていた。
「お嬢様、エイベル工房、ならびにレトラ商会から返答が届きました」
「ありがとう。応接室で封を開けるわ」
「承知しました。では、お茶も用意致します」
「お願いね」
そのまま、兄とウェンディ、そしてブランと共に応接室に入る。すぐにゾフィーが合流し、紅茶を淹れてくれた。
一口飲んでホッと息をつく。足が少しだけ怠く、熱を持っている。村の見学は久しぶりで新鮮だったし、青蚕のことで興奮していたから気付かなかったが、こうして座ると疲れているのを実感する。
だが、頭は冴えていた。ゾフィーが用意してくれたペーパーナイフで2つの封筒を開封し、便箋をローテーブルに並べる。
隣の兄と正面のウェンディ、その隣のブランも、一斉に手紙を覗き込んだ。
「エイベル工房は明日の午前、レトラ商会は明日の午後…良かった、重ならなかったわね」
「これならこの日程のままで大丈夫そうだな」
「でも、青蚕の生糸は間に合いますか? これから他の比率でも作るんですよね?」
「間に合う。というか、間に合わせるさ、うちのみんななら」
兄が自信満々に言い、手帳に何か書きつけてそのページを破り、ゾフィーに渡す。
「これを村のマイクに大至急届けるよう、ヒースに頼んできてくれ」
「承知しました」
ヒースは管理館の使用人で、物資の調達・配布や村人からの陳情の伝達などを担う、いわば村と管理館を繋ぐ連絡役だ。
ゾフィーが一礼して部屋を出ると、さて、と兄が表情を切り替える。
「青蚕の生糸の試作品は、明日の早朝までに仕上げるよう頼んだ。領都に向かうのは明日の朝。それまでに、一通り打ち合わせをしておこうか」
「ええ」
「はい!」
私とウェンディが頷くと、ブランがひらりと尻尾を一振りする。
《うむ、わしも助言してやろうかの》
「ブラン、良いの?」
《なに、もののついでじゃ。セドリックには散々助言しておるしのう》
今更、ということだろうか。正直、現役の行政局職員、しかも内偵員として幅広い見識を持つブランから助言を貰えるのはとてもありがたい。
礼を述べると、ブランはヒゲを広げて笑った。
《対価はマルベリーのジャムで良いぞ》
そうして、打ち合わせを開始する。
エイベル工房への話の持ち掛け方、納品見込みの生糸の量、買取価格と売却価格、青蚕の生糸の価格設定──これは素人には判断がつかなかったので、エイベル工房で相談してみようという結論になった──、さらに、レトラ商会の商会長デズモンドに伝えるべきことと、秘密にしておくべきこと。
「青蚕の話は一切出さない方が良いな」
「ええ、黙っておくべきね」
「そんな物があると知られたら、取引の打ち切りに合意してくれないですもんね、絶対」
その他、私の婚約解消に伴う慰謝料の希望額、3年分の労働に対する対価の試算など、確認しなければならないことは多岐にわたる。
ついでに、領都へ向かうならいっそ商会立ち上げの申請書も行政局に提出してはどうかという話になり、書類を書き始めたのだが──思わぬところで躓いた。
「商会長はアレクシア様ですし、商会名は当然、『ハーミット商会』ですよね」
「ハーミットは古い言葉で『隠者』だもの、商会名には合わないと思うわ。発起人はウェンディなのだから、『ロレンス商会』で良いんじゃないかしら」
「ダメですよ! 盛大にヘマして潰れた商会の名前と同じだなんて縁起が悪いし、何の関係もないのに取引先から誤解されます!」
《自分の実家なのに随分な言い草じゃのう…》
「これは、簡単に決まりそうにないな」
苦笑いする兄の言う通り、その日は『商会名』の欄は空白のまま、結論は翌日以降に持ち越しになった。
週末更新分はここまで!
明日以降、平日は朝7時10分に1話ずつ更新してまいります。
次の週末には最終話に到達すると思いますので、どうかお付き合いください。




