25 紡績場の片隅で見つけたもの
その後も紡績場を見て回り、仕上がった生糸の束を見せてもらっていると、
「あれは?」
ウェンディが壁際のカゴに目を留めた。生糸を掲げていたマイクが、ああ、と頷く。
「糸を紡ぐ時に弾いた、不合格品の繭ですよ。糸の質が悪かったり、色が悪かったりして使えないやつです」
「捨ててしまうんですか?」
「いえいえ、解いて真綿として使ったり、我々の普段着を作ったりして使い切ります」
この上着もそうやって作られたものです、と、マイクが自身のベストを示す。
糸が部分的に太くなっているので、布地にポコポコとした独特の模様がある。上等な絹のような艶はなく、色も落ち着いた緑色で、素朴な質感だ。
「この色は、自分たちで染めたんですか?」
「ええ、蚕のフンで」
「蚕のフン!?」
「良い緑色に染まるんですよ」
ギョッとするウェンディに、マイクが快活に笑う。
蚕のフンの元は桑の葉だから、変則的な草木染めのようなものだ。
「びっくりした…けど、この色は素敵かも…」
順応が早い。
ウェンディは気を取り直してカゴの中を覗き込み、あれ? と首を傾げた。
「あの、アレクシア様、これ…」
「何かあった?」
ウェンディがカゴに手を入れ、何かを取り出した。
手のひらの上に、繭玉が2つ。私もすぐ、普通の繭との違いに気付く。
「青い…?」
「ですよね?」
2人、顔を見合わせる。
本来ほんのり黄色み掛かった白色のはずの繭が、青みを帯びていた。単体では分かりにくいが、隣に普通の繭を並べると、その違いは明らかだ。
「ああ、それは『青蚕』です」
「あおこ?」
「ちょいちょい出るんですがね、絹といえば白でしょう? だから、使えないんですよ」
マイクが苦笑した。
確かに、白色であるはずの生糸にこれが交ざったら色味が変わってしまう。わずかな違いでも、布地に仕立てた時の影響は大きい。部分的に青っぽい布になってしまったら目も当てられない。
しかし──。
ウェンディから繭を一つ受け取り、窓際で日の光にかざしてみる。灰色のようにも見えた繭はキラキラと光を反射し、独特の青みを帯びた光沢で光り輝いた。
それはまるで、かつてこの国でも多く産出していた魔法金属、ミスリル銀のようで──
「…ウェンディ、これ、どう思う?」
「売れます。間違いなく」
話を振ったら即答だった。同じことを考えていたようで、嬉しくなる。
ウェンディは真剣な目で繭を眺め、糸を引き出し、質感を確かめている。
「感触が普通の繭よりちょっと硬いのが懸念点ですけど…天然でこの色、この光沢、上質な生糸に仕立てられたら普通の貴族どころか領主様あたりも飛びつくんじゃないでしょうか」
「そんなにかい?」
兄が目を見張った。まさか不良品扱いされていた繭にそんな商品価値があるとは思っていなかったのだろう。
蚕の繭は白色なので、生糸は白。
真っ白であればあるほど良いとされているのは、絹布は純粋無垢を象徴する布として使われることが多いためだ。特に生糸の状態では、とにかく美しい白を、と要求される。
しかし、色の付いた絹が好まれないというわけではない。
貴族の正装、特にドレスには、様々な技法で染められた絹が多用される。
そして──絹を青色に染められる染料は非常に希少で、他の色と比べて値段が跳ね上がる。
この『青蚕』は薄い青色だが、布にすればよりはっきりと色が認識できるようになるだろう。その時どれほどの価値になるのか、全く想像がつかない。
「お兄様」
私は真剣な顔で兄に向き直った。
「この『青蚕』だけを使って──いえ、『青蚕』だけと、普通の蚕との比率を変えた混紡で、何種類か生糸を紡いでもらえるよう、みんなにお願いできないかしら? もしかしたら、この荘園の新しい特産品が作れるかも知れないわ」
「それは勿論、…と言いたいところだが…」
「うーん…」
何故か兄とマイクが困った顔になる。何か問題があるのだろうか。
「…あ、不合格品が減ると、みんなの服を作る素材が減る?」
「いえいえ、それは良いんですよ!」
マイクが慌てた様子で手をぶんぶんと振った。そして、
「ただねぇ、それなら鍋で煮る前に繭を選別できた方が良いでしょう? 茹でる前だと、青蚕かどうか分からんのですよ」
「え?」
「わ、分からないんですか?」
深く頷いた兄とマイクの案内で、再度、隣の営繭場へ移動する。
棚に収納されていた営繭箱をマイクが1枚取り出し、テーブルの上に置いた。
間仕切りの中に、ざっと100個程度の繭が入っている。
「確率的には、この中に5個くらい、青蚕の繭があるはずなんだ」
兄に言われてじっと見詰めること十数秒、
「…わ、分かりません…」
「そうね…全く同じようにしか見えないわ」
ウェンディと私は、あっさりと音を上げた。
形や大きさには個体差があるが、色は全く同じようにしか見えない。全部、白だ。
「でもカゴに入ってたのは青み掛かってましたよね? 色、変わるんですか?」
「茹でると青が出てくるんですよ。だから糸紡ぎを始める前に、青くなった繭を鍋から拾い上げてるんです」
「あの中から? それって大変じゃないですか」
「ええ、本当に」
マイクがしかめ面で肯定する。
湯気がもうもうと上がり、繭が踊るように茹でられている中から青くなったものだけを取り除く──想像するだけでも骨が折れる作業だ。
しかもそれを、毎回やっているのだという。単純に作業効率を上げる意味でも、茹でる前に青蚕が判別できた方が絶対に良い。
「何とか見分ける方法はないんでしょうか?」
「そうね。色以外でも、例えば何か形が違うとか…難しいかしら」
「そもそも個体差が大きいからね…」
どうしたものかとみんなで頭をひねっていると、
「…右上の角のやつと、上から2段目の左端、中央のちょっと小さいやつとその隣、一番下の段の右から4つ目」
ぼそり、妙な呟きが聞こえた。
視線を転じると、父が私と兄の間からそっとテーブルの上を覗き込んでいる。
その視線は確かに営繭箱──というか、その中にある蚕の繭に注がれていた。しかしかなり及び腰だ。動かない繭でも怖いのだろうか。
…いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
今父は、何と言った?
「父上、今のは?」
兄が訊くと、父はきょとんとした顔で応じる。
「ん? 色が違うのを挙げただけだけど」
「……え?」
「だから、ほら、色、違うだろう?」
と、父が右上の端の繭を──及び腰過ぎてかなり遠くから指差しているので確証はないが、恐らくその繭を指し示す。
改めてじっくりと観察するが、やはり私には違いが分からない。しかし父は確信しているようで、繭から距離を取りつつも自信満々に言う。
「他の繭より青いじゃないか」
「私には分からないわ」
「同じくです」
「あっしにも少々見分けが…」
「ええ!?」
私とウェンディ、マイクが首を横に振ると、父はショックを受けたように目を見開いた。そして、縋るような視線を兄に向ける。
「セドリックなら分かるだろう?」
「いえ、私にも分かりません」
即答だった。
「そんな!」
「ですが──」
兄が何かを思い出すように顎に手を当て、父を見遣った。目を眇めて、ぽつりと、
「…そういえば父上は昔、母上の瞳と同じ色の宝石が欲しいと言って宝石商に大量のサファイアを持って来させて、「全部違う、この色じゃない」と言って商人を困らせていましたよね」
「うっ」
そんなことをしていたの、お父様…。
私の中での父の評価がまた一段階下がる。
狼狽える父を、兄は商品を検分する商人のような目でじっくりと眺め、やがてきらりと目を輝かせた。
「もしや父上、『青』という色彩の違いを極めて正確に判別できるのでは?」
「え、いや、そんなはずは」
本人は否定しているが、もし本当に青の色差を判別できるなら、青い宝石の色を「全部違う」と断じたり、どう見ても白にしか見えない繭の違いを見分けたりできる理由に説明がつく。
兄はにっこりと笑って続けた。
「やってみれば分かりますよ。──すまないが、今からこの営繭箱の中の繭を茹でてくれないか? 父が今言った繭だけ別の鍋で、残りはいつものように茹でてみてくれ」
「はい、承知しました! 頼んできます!」
マイクが朗らかに応じる。
結果──いつもの大鍋で茹でた繭は、全て白色のまま。
別の鍋で茹でた父が指定した繭は、全て薄い青色に変色した。




