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コランダム商会の設立経緯~婚約解消したら、元婚約者の『心から愛する人』が土下座しに来たんですけど~  作者: 晩夏ノ空


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19 事業計画のプレゼン


「アレクシア様のことでお願いがあります! セドリック・ハーミット様にお目通りをお願いできませんでしょうか!?」


 頭の中で練りに練った口上は、いざお屋敷の前に立ったら全部吹っ飛んだ。


 完全にその場の勢いしか残っていない台詞に、私は内心で頭を抱える。

 もっとちゃんと、丁寧に、お話を聞いてもらえるように用件を伝えるつもりだったのに。こういうところがダメって言われるのよね…。


 それでも、その動揺と後悔を表に出すのは何とかこらえた。応対に出てきた老執事の前で深く頭を下げたまま、私は返事を待つ。

 ふう、と溜息が聞こえた。


「…セドリック様は只今重要な用件に対応中です。その後でよろしければ、打診してみましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 がばっと身を起こし、改めて礼を述べる。

 そのまま老執事は扉を開け、私を中に通してくれた。


 願ってもない展開だ。平民に対する貴族の一般的な対応なら「この場で待て」と外に放置されてもおかしくないし、それ以前に門前払いの可能性だって十分あった。まさか、お屋敷の中で待たせてもらえるなんて。

 …もしかしたら、入れてもらえなかったらセドリック様が出てくるまで外で待とう、と思っていたのが見透かされたのかも知れないけど。


 入口から近い部屋に通されて、ソファーに座る。お茶とお茶菓子もありがたくいただいて、私はローテーブルの上にノートと紙の束を広げ、改めて自分が組み立てた計画を見直し始めた。

 ここが正念場だ、確認は何度しても足りない。

 セドリック様に認められなければ、アレクシア様に会う資格も得られない。


 だって私の計画には、ハーミット男爵家自体の協力が不可欠なのだ。

 次期当主であるセドリック様の理解を得ることは必須。味方になってくれれば最高だけれど、現時点でそれを望むのは高望みというものだ。

 逸(はや)る気持ちを抑えて、私は想定される質問と、それに対する答えを頭の中で用意していく。


 ──そうして、1時間近く待っただろうか。


 コンコン、とノックの音がして、返事をして立ち上がったら──入って来たのは老執事ではなく、若い男性だった。


「お待たせして申し訳ない」


 落ち着いた物腰にアレクシア様と似た面差し。その後に老執事が畏(かしこま)まった態度で続いているのを見て、確信する。

 ドクンと心臓が高鳴った。…まさか、先方からこちらに来てくれるなんて。


「とんでもございません。先触れもない不躾な訪問に、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。以前レトラ商会にてアレクシア様とご一緒させていただいておりました、ウェンディ・ロレンスと申します。お目に掛かれて光栄です──ハーミット男爵」


 動揺を押し殺して何とか名乗り、深く一礼してから顔を上げると、若い男性は少し驚いたように目を見開いていた。


「私が男爵だと、よく分かったね」

「胸の印章が金色でしたので…」


 ジャケットの胸元に輝くラペルピン。

 貴族家の場合、特に男性は家紋をラペルピンにして身に着けるのが習わしだ。正当な当主は金色、それ以外の爵位継承権持ちは銀色という決まりがある。

 なお、女性の場合はペンダントまたはブローチを仕立てることもあるが、全体のコーディネートを考えて省略することも多い。


 私が指摘すると、男性はその金色のラペルピンにそっと触れ、一瞬照れ臭そうに微笑んだ。


「そう呼ばれるのは新鮮だな。──では、改めて名乗ろう。アレクシアの兄の、セドリック・ハーミットだ。つい先ほど、父ザカリーより正式に家督を継いだ」


 えっと声が出掛かった。

 まさか、『重要な用件』というのは、爵位継承の手続きだったのだろうか。とんでもないタイミングに突撃してしまった気がする。


 …いや、考え方を変えよう。セドリック様がハーミット男爵家当主になったのは、むしろ私の計画にとっては追い風だ。

 次代のハーミット男爵家にとっての利点ではなく、現時点での利点として計画を売り込める。


「爵位の継承、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」

「ああ、ありがとう」


 心を込めて祝福を述べると、セドリック様は微笑んで、座るよう促してくれた。紳士だ。

 対面に座ると、セドリック様はローテーブルに視線を落とし、首を傾げた。


「それは?」

「あっ」


 テーブルの上に所狭しと並ぶ、大量の紙。内容の再確認をするのに広げっ放しになっていたそれを、私は慌てて重ね集める。面白そうにそれを見詰めるセドリック様の視線が痛い。


「…大変失礼いたしました」

「いや、構わないよ。待たせてしまっていたからね」


 ローテーブルの上を片付けてしょんぼりと謝罪すると、セドリック様は鷹揚(おうよう)に笑い、老執事が新しい紅茶とお茶菓子を出してくれた。それで一息ついた後、セドリック様が心持ち身を乗り出す。


「──それでは改めて、用件を聞こう。妹のことでお願いがある、ということだったが…」

「はい」


 アレクシア様とよく似た瞳に射抜かれ、心臓が早鐘を打つ。ここからが本番だ。何としても、必ず、セドリック様を説得してみせる。

 背筋を伸ばし、深呼吸した後、私は表情を整えて切り出した。


「私は、アレクシア様の下で、商売がしたいと思っています」

「商売?」

「はい」


 そうして、私は計画を説明する。


 一つ一つ、丁寧に。途中で出た質問には全て答え、根拠となる資料を示す。

 アレクシア様のこれまでの功績と私が担える仕事、今後商売をするならどのように立ち回るのか、何を扱いたいと思っているのか、収益の試算と考え得るリスク。

 用意した資料は全て説明できるようになっているけれど、全て使わなくても良い。セドリック様が理解して、賛成してくださることが大事だ。

 それを心に留めて、誠心誠意説明していく。


 そして──


「──いかがでしょうか。もしお許しいただけるなら、アレクシア様にお会いして、この計画にお誘いしたいのですが…」


 私が訊くと、ずっと真面目に話を聞いてくれていたセドリック様が、面白そうに口の端を上げた。


「アレクシアを説得してくれないか、と言われると思っていたんだが、違うんだね?」

「アレクシア様を説得するのは、言い出しっぺの私の責任ですので」


 うっ、口調が崩れた。でもここで変に謝るのも違う気がする。

 ちょっと頬を赤くしつつ、何とか真面目な顔は保って待っていると、セドリック様はちらりと老執事を見上げた。


「ジョージ、どう思う?」

「私めはハーミット男爵家の執事ですので、商売に関しては何とも」


 老執事が涼しい顔で応じる。


「──ですが、アレクシア様を鼓舞するのに、これ以上の人材はないのではないかと」

「!」


 思わぬところからの援護に、目を輝かせて執事を見上げる。セドリック様がくっと笑みを漏らした。


「そうだな。今のアレクシアには、これくらいの劇薬が必要かも知れない」


 言うに事欠いて劇薬。

 ねえちょっと、お貴族様にしては口が悪すぎない?


 …いや、文句は言うまい。それはつまり、


「君をうちの荘園の管理館に招待しよう。1時間後にここから馬車で出発する。できれば数日滞在できるよう、準備をするように。──できるかい?」


 一見とても爽やかな──ちょっと腹に一物抱えていそうな笑顔を浮かべた美丈夫に、私は満面の笑みで応えた。


「はいっ! ありがとうございます、ハーミット男爵!」


 アレクシア様のためなら、たとえ火の中水の中。

 お兄様が腹黒でも、むしろ心強いってものだわ!




 ──1時間後、私は馬車の中で後悔することになる。


「何で私まで荘園に行かなきゃいけないんだよぅ…」

「黙ってください父上、いえ、ご隠居」


 正面には、えぐえぐと成人男性とは思えない顔で情けなく泣きながら愚痴る前ハーミット男爵代行──ザカリー・ハーミット様と、とてもイイ笑顔でぴしゃりと言い放つセドリック・ハーミット様。


《ふぉっふぉっ。そのうちカビが生えそうじゃな》

「…申し訳ありません、ウェンディ様。見なかったことにしていただけると、ありがたく」


 私の隣には、何故かとても楽しそうに笑う真っ白い長毛ケットシーと、眉間に深いシワを寄せる老執事こと、ジョージ。

 混迷を極める状況の中、私は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


「…はい…承知シマシタ…」










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