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コランダム商会の設立経緯~婚約解消したら、元婚約者の『心から愛する人』が土下座しに来たんですけど~  作者: 晩夏ノ空


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18/33

18 とてもありがたいアドバイス


 聞けば、昨日偶然ハーミット男爵家のお屋敷に呼び出されていたリリィは、アレクシア様がザカリー様に婚約解消を報告する場面に出くわしたのだという。


 そんな大事なことを他人が聞いているのを承知で報告させたザカリー様の思考回路が理解できないが、それは横に置いておく。


「──で、私が隠れているのはお嬢様にバレていたみたいで。ザカリー様との話が一通り終わった後、「店で父ザカリー・ハーミットを出禁にしてほしい」ってお願いされたのよ」

「出禁…」


 明らかに貴族にはそぐわない単語である。3年間商会の中枢で働いていたアレクシア様だからこそ出てきた言葉だろう。


 お客様のことだから詳細は秘密と言いつつ、リリィはかなり詳しく教えてくれた。

 ただし、面白がっているのは明らかだ。だって、


「まさか貴女がダニエル様の『心から愛する人』だとは思わなかったけど」

「それに関しては奴を助走付きで思いっ切りぶん殴りたくなるので触れないでください。元上司から「ダニエルへの意趣返しはやめておけ」って言われてるんです」

「あら、貴女にしては弱気ね」

「もう腹に2発ぶち込んでるので」


 私が据わった目で答えたら、リリィはぶはっと吹き出した。…楽しそうで何よりですよ。

 ムスッと膨らませた私の頬を、リリィが無遠慮に人差し指でつつく。


「ああもう、可愛いわねぇ。貴女がウチの『蝶』だったら、間違いなくトップを狙えるのに」

「トップになれるのに、じゃないんですね」

「そこはほら、私がいるじゃない?」


 ごもっともである。


 しかし、ザカリー様が店を出禁になったとなると、今後どうすれば良いのだろうか。

 アレクシア様の行き先は分からない。今日の態度からして、ハーミット男爵家の使用人から聞き出すのも難しいだろう。

 屋敷に行って「ザカリー様に会わせてくれ」と頼んだところで、相手は仕事をしないことで有名な男爵代行だ、門前払いになるのが目に見えている。

 かといって、ザカリー様が単身、徒歩で外出する機会があるとも思えないし、外でザカリー様を捕まえられたとしても、その場でアレクシア様の行方を尋ねるなんて不躾(ぶしつけ)なこと、できるわけがない。


「どうしよう…ちゃんとした個室で話をしたいのに…」

「貴女って、変なところで律義よね」


 リリィが呆れた目でこちらを眺めているが、私は大真面目である。

 アレクシア様は男爵令嬢、お貴族様だ。ダニエルの馬鹿な行動の被害者であるアレクシア様に、これ以上変な噂が立ってはいけない。


「──仕方ないわね」


 リリィがふっと笑みを浮かべた。


「一つ、とっておきの情報をあげる。…お嬢様は、ハーミット男爵家が管理している荘園の、管理館、というところに向かったんだと思うわ」

「管理館?」

「ええ。執事と話をしていたもの」


 昨日、出張料をいただいてお屋敷を去る際、そんな話を小耳に挟んだとリリィは言う。2階の窓が開いていて、そこから声が聞こえたのだそうだ。

 …そういえば、リリィはものすごく耳が良いんだった。


 荘園の管理館──恐らく、兄セドリック様への報告を兼ねて向かったのだろう。

 あと単純に、ダニエルやレトラ商会から物理的に距離を取りたかったというのもあるのだと思う。勝手に婚約解消とか言い出した浮気性のクソ野郎なんか顔も見たくないでしょ、普通は。


「ハーミット男爵家が管理してる荘園って、領都から結構近かったはず…」


 確か、馬車で1時間ほどの場所。領都と隣の交易都市を繋ぐ乗合馬車の途中駅が設定されていたはずだから、行くのもそれほど難しくない。


「まあ待ちなさいなウェンディ。行動力があるのは良いけど、突っ走るのは貴女の悪い癖よ」

「あたっ」


 ツン、と指で鼻先をつつかれる。

 レトラ商会で働き始めてからはかなり落ち着いたと思っていたのだが、リリィから見るとまだまだらしい。

 …まあ私、レトラ商会辞めたしね。今、無職だし。


「ハーミット男爵家のお嬢様のところに突撃する前に、もうちょっと考えた方が良いと思うわよ、いろいろと」

「いろいろ?」

「例えば…アレクシア様の下で働きたいって言っていたけど、具体的にはどういう形で? メイド? 下働き? 料理人?」

「それは勿論、商売の──」


 部下として、と言いかけて気付いた。

 私もアレクシア様も、もう商会関係者ではない。


「……え、どうしよう」


 大前提が成立していない。

 アレクシア様の下で商売をしたいのに、アレクシア様はもう、商売に関わる立場ではなくなっている。


「お嬢様に会う前に、そこを考えなくてはね」


 リリィは淡々と、でもどこか面白そうに続けた。


「あと、かなり疲れていたようだから、仮に貴女が突撃したとして、まともに話を聞いてくれるかどうかも怪しいわよ」

「えっ、そんなにですか?」

「そりゃそうよ。今まで必死に頑張ってきたことを、全部否定されたようなものじゃないの。その場の勢いに任せて行動していられる間は良いけど、一通り片付けたら抜け殻みたいになるわよ、多分」


 リリィは接客のプロだ。いろんな客の人生を見てきたからこその言葉がありがたいと思う一方、背中がヒヤリとする。

 抜け殻みたいになる──その行く末を、私は知っている。


 急に押し黙った私を眺め、リリィは苦笑した。


「まあ、お嬢様の周りにはしっかりした使用人もいるようだし、向かった先にはお兄様もいるようだから、それほど心配はないでしょうけど。──会いに行く前に、貴女がどうしたいのか、きちんと考えをまとめなさいな。商売をしたいならなおさら、将来の展望が見えるような計画を練っておかないと、話なんて聞いてもらえないわよ」

「……ハイ」


 返す言葉もない。




 その後、礼を言って『胡蝶の夢』を出た私は、家に帰って今後のことを考え始めた。


 アレクシア様に会って、何をしたいのか。

 まずは謝罪だ。誤解しているならそれも解きたいし、私がダニエルに近付いた理由もきちんと説明したい──納得してもらえるかどうかはともかく。


 自己満足だというのは分かっている。それでも、アレクシア様が傷付いているならその心痛を和らげたい。アレクシア様はなにも間違っていないのだと、声を大にして伝えたい。

 そして、もし許してもらえるなら──その後は。


「…どう、したいのか…」


 アレクシア様の下で、商売をしたい。

 でも、ただ『商売をしたい』だけでは駄目だ。まずどこで商売するのか。領都か、それともハーミット男爵家が管理する荘園か──かなり規模が小さかったはずだから、そちらは望み薄だけど。


 市場の中でどの立ち位置を占め、どのような立ち回りを想定するか。

 私が想定しているのは物の売り買いをする『商売』だけれど、使用者に直接商品を届ける店を構えるのか、それとも生産者と店とを繋ぐ仲卸、流通業に近いものを担うのか。

 考えることはいろいろある。でもやっぱり、一番重要なのは、


「問題は、商材、よね…」


 何を売るか。それを決められれば、他も自(おの)ずと決まってくる。

 あらゆる場所で満遍なく需要がある商品もあれば、特定の分野の相手しか欲しがらない商品もあるからだ。


 ノートを広げ、思い付く限りの『商品』を挙げていく。

 食品、衣類、食器といった生活必需品。宝飾品や香水などの贅沢品。化粧品をはじめとする女性向け商材。酒類は──食品というより嗜好品の位置付けだろうか。

 あとは、本、建材、不動産──。


「…いや、不動産は流石に元手がないと調達できないか」


 ハーミット男爵家の困窮振りは知っている。実際には八割がた、アレクシア様の父君、ザカリー様が散財しているせいらしいけれど、どのみち中古不動産をポンと買えるような財力はないだろう。私もない。『不動産』という文字には斜線を引く。


 必然的に、その他の初期費用がかさむ商材も候補から外れる。

 加えて、いきなり店を構えるという選択肢も除外。建物自体は賃貸で済ませるにしても、実店舗を構えるのには改装費用や什器(じゅうき)の購入費など、莫大な金が掛かる。


「実家での経験も、たまには役に立つわね」


 ロレンス商会でも、新しい土地に出店する際はかなりの投資をしていた。潰れた商会の経験が役立つなんて何とも皮肉だが、活用できる知識は活用しよう。




 そうして情報を収集し、考えに考え──数日後。


 ようやく実現可能な事業計画をまとめた私は、リリィから「ハーミット男爵家の屋敷に兄のセドリック様がいらしているようだ」という情報を受け、再度、お屋敷に突撃した。








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