第八十八話『理非曲直を糺す』
「お前たち一体何者だ? 此処へなにをしに来た」
「教えなーい」
是永の剣撃を血の刀でいなしながら、舌を出して挑発する犢。
「なら死ね」
吐き捨て剣を振る是永。
「お?」
刀で受けようとする犢だが、身体が思うように動かない。
結果として防御できず、剣が肩に触れる。
「なに?」
しかし、斬り裂くことは出来ない。
僅かに皮膚を裂いた場所で、体外に出た犢の血が硬化し刃を押し留めている。
「残念!」
お返しとばかりに血の刀を振るう犢。
しかし、その攻撃は是永の纏う淡い光に無力化され僅かばかりの血を出させることさえ叶わない。
「残念なのはそっち……っ!?」
不意に首元に衝撃を受け弾かれる是永。
やったのは犢の後方にいる玻流夏。
遠雷居坐による突きを見舞ったのだ。
「何者だと聞いたが……お前のことは知っているよ」
首元を押さえながら言う是永。
やはりこの攻撃によるダメージも見られない。
「帶刀玻流夏。蠱業物十三振、遠雷居坐の担い手。一族殺しの大罪人」
明らかに侮蔑と挑発のニュアンスが込められた言葉にも玻流夏は涼しい顔。
「行方知れずと聞いていたが、寄処禍組織に身を寄せていた訳か」
「俺のことはどうでもエエやろ。自分の心配しいや」
「自分の心配? 貴様ら如きを相手にか」
「言うじゃーん」
犢は小さな血の球を散弾銃のように放つ。
当然、是永の纏う光に無力化される。
「実はアンタの能力知ってるんだよね。罪を罰する能力、でしょ?」
犢の言葉に是永はなにも答えず前進する。
「その光は自分に対する攻撃を罪と定義して無力化という罰を与えてる」
犢に向かって前進する是永に玻流夏が突きを繰り出す。
「さっき僕の身体が動かなくなったのは防御を罪と定義し、罰として強制的に無防備にさせたってとこかな? けっこう無茶苦茶な能力だよねー」
犢はさらに量を増やした血の散弾銃を放つ。
「まぁ、とにかく。アンタのその防御を破るのに必要なのは威力じゃなくて手数ってわけだ」
血の散弾銃を浴び続け是永の纏う光が少しずつ、しかし着実に弱まっていく。
「チッ……」
是永は舌打ちし、一連の戦闘で初めて回避行動を取る。
完全に光が消えた訳ではないが、相手には玻流夏がいる。
時間経過を伴わずに遠距離から攻撃が出来る玻流夏相手に無防備な姿を晒すことは自殺行為に近い。
「逃さないよん」
血の散弾銃を放ち続ける犢。
「調子に乗るなよ小僧」
是永が剣を地面に突き刺す。
「"裁刃・白洲"」
是永が抖擻発動。
すると三人がいる周囲一帯に白い小砂利が敷き詰められる。
「なんや?」
周囲を見渡し訝しむ玻流夏。
一方の犢はそれに構わず攻撃を続ける。
是永は回避をやめ直進。
纏う光はまだ完全には回復していないが、お構いなしだ。
「んん?」
──光が弱まるスピードが遅くなった?
是永の姿に違和感を抱く犢。
先ほどと同じだけの連撃を加えているのにも関わらず、是永の纏っている光がなかなか弱まらないのだ。
これこそが彼が今しがた繰り出した抖擻発動の効果。
この白い小砂利の上では裁刃の罪を罰する能力は格段に強まる。
それにより彼の纏う光を弱めるには通常時よりさらに多い攻撃が必要になる。
さらに効果は攻撃面にも適用される。
「おっと!?」
是永が剣を突き出す。
避けようとする犢だが身体が思うように動かない。
通常なら一度相手が攻撃を回避ないしは防御した際にそれを罪と定義し、二度目の攻撃では罰として強制的に無防備にすることで攻撃を当てる二段階の仕組みになっている。
しかしこの白い小砂利の上では一段階目をカットすることが出来る。
この白い小砂利の上では是永は攻防両面で大きなアドバンテージを持つ。
しかし、今回の相手は一筋縄ではいかない。
「うざいなー」
体内の血を硬化させ剣が突き刺さるのを防ぐ。
是永の能力は血の動きまでは影響を及ぼさないようだ。
「いったん離れてくれる?」
「んん?」
血を反発させ是永を押し退ける。
「"遡蒐・輪赫"」
是永と距離を取ったうえで抖擻発動。
すると、犢の身体からまるで抜け出るように大量の血液が出る。
それは人間の形を取り、自立している。
「……なんだ?」
訝しむ是永に向け人型の血が猛然と駆ける。
「!」
是永は剣を水平に振り人型の血を両断。
しかし、すぐに再生する。
「なるほど……」
小さく呟く是永。
視線は犢に。
彼は立ち尽くしたまま虚ろな目をして呆けている。
「意識を血に移し変えているのか。血の身体なら物理攻撃を受け流せるわけだ」
「ピンポーン!」
「っ!?」
人型の血の顔にあたる部分に突如として口が発生し、犢の声が響く。
間髪入れずに右腕を刀状に変形させ斬りかかる。
「どういう仕組だ」
是永は一瞬驚いたものの冷静に対処。
首を斬り飛ばす。
「無駄だよーん」
首と胴体が瞬く間に繋がる。
この抖擻発動は血を犢の本体とし肉体から離れて行動することを可能とするもの。
液体なため剣などによる物理攻撃を無力化できる。
しかし弱点もある。
それは犢の肉体が文字通り抜け殻状態になること。
なんの行動も取れないため、攻撃を受けても抵抗できない。
当然その弱点に気づいている是永は目の前の犢を無視し肉体のほうへ駆ける。
「まぁそうくるよねー」
それを見て呑気に言う犢。
なぜなら、
「ちっ……」
是永を衝撃が襲う。
それをしたのは犢の肉体の傍らに立つ玻流夏。
「ちゃんと守ってねー玻流夏」
「自分の面倒くらい自分で見いや」
玻流夏に言葉を投げながら犢は是永を負う。
「自分から挟み撃ちにあいにいってるじゃん。馬鹿なの?」
背を向ける是永に血の散弾銃を放つ。
是永は鬱陶しそうに振り向き、
「邪魔だ」
「ぐえっ」
目にも止まらぬ速度で剣を数回振るう。
八つ裂きにされビチャビチャと音を立てて地面に散らばる犢。
再生はするが、しばらく時間がかかる。
是永はそれを無視し再び犢の本体を目指す。
「なにしてんねん」
玻流夏は呆れたように呟くと、右腕と右足を同時に引き、刺突の構えを取る。
「"百刺刹那"」
「──っ!?」
凄まじい衝撃が是永を襲う。
遠雷居坐が時間経過を伴わないのは一回の伸縮のみ。
つまり刀を伸ばし、戻す、このプロセスのみ。
そこから再び刀を伸ばす際には時間の流れに囚われる。
百刺刹那は再び刀を伸ばすその時間を極限まで短縮して放つ神速の連続突き。
並大抵の相手ならなにをされているかも分からないまま蜂の巣になるだろう。
「おおおおおおおおおおっ!?」
しかし、今それを受けているのは並大抵の相手ではない。
是永はかつては禍対の隊長を務めていた強者だ。
さらに彼は自身の憑霊による高い防御能力を持っている。
「ぐ……おおおおおおおおおおおっ!」
絶え間なく放たれる突きから強引に逃れ出る是永。
玻流夏は追撃せず刀を突き出す手を止める。
際限なく放ち続けられる訳ではないし、一定の成果もあった。
「こんなガキども相手に……」
左肩を押さえながら苦々しい表情で呟く是永。
押さえた左肩からは血が出ている。
裁刃の防御を突破し、ダメージを与えることに成功したようだ。
「やるじゃん玻流夏」
「なんで上からやねん。俺のほうが格上や」
「は? エビデンスは?」
「なんやねんエビデンスて。日本語喋れや」
「あームカつく。やっぱ玻流夏から殺してあげようか?」
「やってみいや。言うとくけどお前の本体いま俺の隣やぞ」
「あ」
「ほんまアホや。血流弄りすぎて脳に届いてへんのちゃう」
「よーし殺す」
玻流夏に向けて踏み出す犢。
一方の玻流夏はこれみよがしに犢の肉体の首元に刀を突きつける。
その二人に凄まじい重圧と殺気がのしかかる。
「もう勝ったつもりか? ガキども……」
その重圧の殺気の主である是永は剣を地面に刺し、空いた右手で刀印を組んでいる。
「"掛祀禍終"──"淑慝糺秤裁刃"」




