第八十九話『beat the rap』
是永の背後に巨大な蝶が出現する。
複眼を布で覆い隠し、前翅と呼ばれる胸部から生える二対四枚の翅のうちの上部にある大きな一対の翅の両方に鎖がかけてある。
その鎖の先端には金色の皿があり、前翅から垂れるような形で存在している。
蝶の身体を利用して作られた天秤のような擬神だ。
「玻流夏ー」
犢の呼びかけに玻流夏を溜息を吐いて両手を合わせる。
「"弑逆礼法・式微神籬"」
神殺しの結界が周囲を覆う。
「掛祀禍終の情報は無かったんだよなー」
人型の血から相変わらずどうやって発声しているのか分からない犢の呑気な声が響く。
「ま、いっか!」
犢はそう言うと擬神を従える是永に突撃。
右腕を刀の形に変えて斬りかかるが軽く受け止められる。
「身体に戻れ」
「え?」
是永がそう言った次の瞬間には犢は肉体に強制的に帰還させられた。
──なんだ?
困惑する犢の隣では玻流夏が突きを放つ。
是永は時間経過を伴わないその攻撃を見事に回避する。
「時間経過を伴わないのは伸縮だけだろう? 攻撃自体は直線的。腕の動きを見ていれば避けるのは容易いな」
言葉で言うほど簡単ではないはずだが、是永はさらりとやってのけた。
しかし玻流夏は避けられたことをまったく気にしていない。
「避けたっちゅうことは、さっきまでの防御はのうなったゆうことやな?」
笑みを浮かべ言う玻流夏。
彼の言う通り、掛祀禍終状態の是永は先ほどまでの淡い光による攻撃の無力化は行えない。
「ほんなら、いくらでもやりようは……!?」
不意に玻流夏の言葉が止まる。
突如として吐血したのだ。
「なんや……?」
吐いた血の滲む手の平を見つめる玻流夏。
「どーん!」
今度は犢が攻撃を放つ。
バレーボールサイズの血の砲弾。
それを三つ。
是永は機敏な動きで回避。
しかしこれは陽動。
是永が回避行動に気を取られる隙を突いて、接近する。
血の刀を生成し振り上げるが──
「なん……?」
犢の動きが止まる。
先ほどのような麻痺のようなものとは違う完全な硬直。
指一歩すら動かない。
その犢の首元に是永は剣を振るう。
完全に無防備な犢だが、首元の血を硬化させ刃の侵入を阻む。
「血までは作用しないか……っと!」
勢い良く飛び退き、玻流夏からの突きを回避。
犢の相手をしながらも玻流夏の動きには注意していたようだ。
是永は犢を蹴り飛ばし標的を玻流夏に変更。
迫る是永を迎撃しようとする玻流夏だが身体が動かない。
「なんやねんコレは」
「死ね」
身動きが取れずに棒立ちのままの玻流夏の首元に向けて剣を振るう是永。
犢と違いこの攻撃を喰らえば玻流夏には致命傷になる。
しかし玻流夏に慌てる素振りはない。
次の瞬間、是永の視界から玻流夏が消える。
「なに?」
動けないはずの玻流夏の消失に驚く是永だが、すぐに斜め上方に飛び上がっている玻流夏を発見する。
彼は遠雷居坐を地面に向けて突き刺し、その反動で強引に身体を宙に打ち上げたのだ。
「なるほど……」
是永はすぐにそれに気づき得心がいったように呟く。
その背後から血の砲弾が迫る。
「学習しない奴だ」
是永は振り返りざまに回避。
そして、そのまま犢に向かい剣の柄で頭部を殴りつけた。
その間に落下する玻流夏は見た。
蝶の天秤が是永が攻撃を受けた瞬間に傾き、犢が反撃を受けた瞬間に釣り合った状態に戻ったのを。
「"百刺刹那"」
先ほど是永に傷を負わせた連続突きを放つ玻流夏。
しかし一回目を避けられた時点で再び吐血し技を中断。
「なにしてんの?」
犢は血煙を撒き散らしながら、玻流夏の元へ退避してくる。
「アイツの能力分かったわ」
「え?」
「攻撃に対する罰がさっきまでは無力化やったけど、今はもっと直接的なもんになってんねん。血ぃ吐かしたり動けんようにしたりな」
「身体に戻されたのもソレ?」
「そうやろ。硬直の場合はアイツの攻撃受けるまでがセットみたいやな。それと……」
「もう良いか?」
血煙の中から是永がゆっくり出てくる。
その間にも玻流夏は小声で犢になにかを指示している。
「ほな、言った通りにな」
「あいあい」
玻流夏に気の抜けるような返事をして犢は是永と距離を詰める。
その途中で血の砲弾を放つが、軽く避けられた。
そして、攻撃という罪への罰として犢は身体の自由を奪われる。
「本当に学習しない」
是永は嘲笑いながら犢に接近。
しかし、
「なに?」
犢の身体が僅かに浮き、是永から逃れるように後退する。
「なぜ動ける?」
是永の問いに犢は答えず、挑発するように舌を出す。
これは遡蒐による血の反発。
是永の体内の血と犢の体内の血が反発し合っているため、二人の距離は縮まらない。
これにより犢は身動きを封じられている状態で是永から逃れることが出来ている。
「小賢しい真似を……」
「"百刺刹那"」
「っ!?」
是永に玻流夏が再び連続突きを放つ。
犢の行為に苛立ちを感じながらも玻流夏の動きにもちゃんと注意していた是永はこれを回避。
先ほどであれば一回目の突きの時点で罰として吐血させられ攻撃を中断せざるを得なかった玻流夏。
しかし、今回は吐血も硬直も起こらない。
「やっぱりそうや」
突きを続けながら玻流夏は得意気。
「二つ以上の罪を同時には罰せへんのやろ? ほんで罰してへん罪を無かったことには出来へん。犢をシバくまでは俺を罰せへんのや」
玻流夏が先ほどから述べている推測はすべて当たっている。
是永の掛祀禍終は是永に危害を加える行為を罪と定義し、罰を与える。
罰の種類は様々だが、身体の自由を奪う場合は是永が直接的に攻撃を加えるまでが罰となる。
一度に二つ以上の罪を罰することは出来ず、罰が終わっていない罪を消すことまできない。
今の状況で言えば、犢に攻撃を加えなければ罰が終了せず、玻流夏を罰することができないのだ。
血の反発によって犢に近づくことができず、罰が完了しない現状では玻流夏を止められない。
「二人相手やったのが運の尽きやったな」
「ぐっ! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
高速の連続突きで滅多刺しとなる是永。
絶叫し、血を撒きし、吹き飛ぶ。
「ぐふっ……!」
仰向けの状態でなお血を噴き出す是永。
そこに玻流夏と犢がゆったりとした足取りで近づく。
本来であれば是永にダメージを与えた場合、罰としてその倍のダメージを負うことになる。
しかし、犢への罰が完了していないため、それも起こらない。
「終わりやな。あんま大したことあらへんかったわ」
「そりゃあ、こんな場所で囚人イビってるだけの奴だし。こんなもんでしょ」
血まみれで打ち伏せる是永を見下ろし、嘲笑うような言葉を投げかける二人。
「精々……調子に乗っていろ……ガキども……」
息も絶え絶えの状態で言葉を紡ぐ是永。
「なにが目的かは知らんが……拝揖院と敵対して……勝ち目などない……禍対の高嶺喬示……そして磬折隊の隊長を務める男……奴らには誰も勝てない……お前らなど戦いにもならない」
「あっそ。遺言はそれだけ?」
犢の言葉に是永はなにも返さずゆっくりと目を閉じる。
それを見た玻流夏はゆっくりと刀を振り上げる。
「ほな、さいなら」




