第八十六話『長からむ心もしらず黒髪の』
「いざ参る!」
大鬨は大量の矢を出現させ、一斉に射出。
「そればっかだな」
楾は大量の冷気を放出し、矢を凍らせ砕く。
「いざ征かん!」
大太刀を握り駆ける大鬨。
楾は先程と同じように冷気を放出するが、大鬨は機敏な動きで回避する。
「来たぞ! お嬢ちゃん!」
「言われなくても……!」
自身に迫る大鬨に茉琳はなびく髪を叩きつける。
「ぬんっ!」
大太刀を一閃し髪を斬り落とす。
しかし先端から瞬く間に伸び出し、大鬨に絡みつく。
「ぬう!」
絡みついた髪は、そのまま大鬨を圧迫する。
さらにそこへ冷気が迫る。
「ふんぬぁっ!」
強引に髪の拘束を解く。
迫りくる冷気は矢盾を出現させ防ぐ。
一瞬で凍りついた矢盾を大太刀で砕く。
砕け散る氷が茉琳に向かって飛ぶが、
「ほいっと」
空中で一旦停止した後、逆に大鬨に向かって飛ぶ。
瀲胤で凍らせたものは、それが無生物である限り、自由に動かすことが出来る。
禊の池を凍らせた状態で浮遊させて廃村まで運んできたのも、この力によるものだ。
「小癪な!」
飛んでくる氷を大太刀で斬り捨てる。
そこへ茉琳が髪を編み上げた拳を叩きつける。
「ぬおっ!」
地面が陥没する程の衝撃を叩きつけられ膝を折る大鬨。
そこに楾が氷の刀を握って接近する。
「せあっ!」
地面から巨大な刀身が生え迎撃。
楾は冷気を放ち凍らせて容易く砕く。
「押さえといてくれよぉ〜お嬢ちゃん」
楾に言われた通り、茉琳は押しつけている力を強める。
大鬨は矢盾で防ごうとするが、それごと叩き斬られる。
「ぐぬああああああっ!」
血を撒き散らしながら吹き飛ぶ大鬨。
「こ……のっ……!」
追撃を仕掛けようとする楾と茉琳に大量の矢を射出し堰き止める。
「ウザい!」
茉琳が髪をしならせ薙ぎ払う。
開けた道を楾が駆ける。
「ちぇぇい!」
大鬨は大太刀を握り応戦。
鍔迫り合う二人に、茉琳が攻撃を仕掛ける。
「おいおい」
たまらず大鬨から距離を取る楾。
「もう不死身じゃないんだぜ。巻き込むような攻撃はやめてくれよ」
「じゃあ邪魔になる位置取りすんなよ!」
「やれやれ」
茉琳のあんまりな言い分に苦笑する楾。
茉琳はそれに構わず大鬨に攻撃を仕掛け続ける。
「毛倡妓め! 鬱陶しい!」
「はぁ? なんて?」
「そういう妖怪がいんのさ」
氷柱を生成し飛ばす楾。
彼は前線は茉琳に任せ、後方からサポートすることにしたようだ。
「ええい!」
髪は大太刀で斬り払い、楾からの攻撃は矢盾で防ぐ。
「ぬうっ!」
斬っても斬っても伸びてくる髪に腕を絡め取られる。
そこに楾から巨大な氷塊が飛来するが、地面から巨大な刀身が突き出し粉砕する。
「そう簡単にはいかないか」
氷の刀で肩をトントンと叩く楾。
「でもアレだな。さやりますだっけか? その中でお前が一番弱いな」
薄ら笑いを浮かべ言う楾。
対する大鬨は力づくで髪の拘束から脱出。
片膝をついた体勢でわなわなと震えている。
「ぐぬぬっ! なんたる屈辱! 許さん!」
勢いよく立ち上がり、左手で刀印を組む。
「あ、やべ」
大鬨のやろうとしていることを察知し、阻止しよとする楾だが、少し遅い。
「"逆垂加──"大鬨兵燹恢郭"」
野火が草原を駆け抜ける。
草を燃やし、黒煙をくゆらせ、死肉が焦げたような臭いを漂わせる。
次いで現れたのは鎧を纏った骸骨の群れ。
数えるのも億劫になる程のそれらは刀に槍に弓にと各々の得物を手にしている。
「"弑逆礼法・式微神籬"」
すかさず楾が式微神籬を張り神威を無効化する。
「骸骨がわらわら湧いて、それがなんだっての!」
「あ、おい!」
大鬨の解放した力になんの警戒も示さず茉琳は突っ込む。
楾の制止より速く敵陣へと踏み込む茉琳。
「"娵絡搦・散刃乱"」
髪を鋭利な刃に変え振り回す。
数体の骸骨武者を斬り裂くが、すぐに復元。
そのまま髪を抑え込む。
そこに他の骸骨武者もわらわらと群がる。
「くっ……! このっ!」
髪を振り乱し、強引に骸骨武者を押し退けようとする茉琳。
しかし、骸骨武者は斬られようが潰されようが、すぐに元に戻る。
そもそもの数も多く、茉琳一人ではとても対処しきれない。
「よっと!」
そこに颯爽と楾が飛び込んでくる。
全身に冷気を纏い、拳や蹴りを繰り出す。
冷気が骸骨武者を凍らせ、そこに間髪入れずに拳や蹴りが命中。
氷像となった骸骨武者が粉々に砕け散る。
そこへ後方の骸骨武者たちが一斉に火矢を放つ。
「うおっ!?」
氷の壁を築くが余りの数に防ぎきれない。
「あっち!」
「おい! なんとかしろよ!」
茉琳の罵声に苦笑しながら楾は右手をかざす。
「"瀲胤・烈㓖《れっひつ》"」
激しい吹雪が発生する。
空を埋め尽くさんばかりに飛来する火矢をそれを放った骸骨武者たちごと凍らせ砕く。
しかし、その骸骨武者たちは瞬く間に再生する。
「こりゃ本体を叩かなきゃどうにもならんタイプだな」
冷静に状況を見極める楾。
「まぁ、一体一体は大したことねえのが救い……ん?」
骸骨武者たちが重なり合う。
輪郭が崩れ、溶け合い、
「おいおい……」
巨大な骸骨武者となった。
他の骸骨武者たちも次々と一体化し、巨大な骸骨武者が増えていく。
それらは一様に薙刀を構え、高速で突進。
「ぐっ!」
氷の城壁を築く楾。
しかし容易く砕かれる。
「おいお嬢ちゃん! 俺の後ろに……ぐおおおおおおおおおおおっ!?」
茉琳に自分の背後に入るように促す楾。
しかし突進してきた骸骨武者に吹き飛ばされる。
「くそっ!」
茉琳は髪の刃を振り乱すが、巨大な骸骨武者にはまともにダメージも与えられない。
それに仮にダメージを与えられても再生するのは分かりきっている。
その事実に茉琳の心は折れかかっていた。
「ああああああああああっ!」
骸骨武者に蹴り飛ばされる茉琳。
血を吐き、蹴られた箇所を押さえ、痛みに悶える。
先程までと違い怪我が回復することはなく、痛みもずっと続く。
──ああ……ここで死ぬのかな……。まぁ……別に良いか。どうせクソみたいな人生がこの先も続くだけなんだし……さっさと終わらせたほうが……
生存を諦め、死を受け入れようとする茉琳。
しかしそこで、先ほど天平に言われた言葉が蘇る。
"お前が死んだら悲しいよ"
──あんな言葉がなんだよ……。あんな言葉が。
天平の言葉を反芻する茉琳。
次第に陰っていた彼女の瞳に光が灯る。
「いてて……」
一方の楾。
彼も久しぶりに不可逆的なダメージを受け、血を吐きながらも、懐かしさすら覚えていた。
「いや〜。久しぶりに戦ってるって感じだ。やっぱだいぶ感覚が鈍ってるよな」
誰にするでもない言い訳めいた独り言を口にしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「さて。この状況、どうするか」
巨大な骸骨武者が大軍となって押し寄せる。
大鬨は勝利を確信し高笑いをあげる。
「しょうがない、こっちも……お?」
楾の視線は茉琳へ。
彼女はゆっくりと立ち上がり、右手で刀印を組む。
そして、脳裏に浮かんだ名を口にする。
「"掛祀禍終──濡髪漣娵絡搦"」
平伏した巨大な女性が現れる。
水に濡れ、薄く透けた白い長襦袢を身にまとった女性。
異様に長い髪が頭部を完全に覆い隠している。
やがて女が地面に擦り付けていた頭をゆっくりと持ち上げ、膝をついたまま前傾姿勢に。
そして、白く細い腕をゆっくりと顔へ。
まるで黒い幕のように顔を覆い隠している髪を、両手で中央から左右にゆっくりかき分ける。
「おおおおおおおおおお……」
大鬨が感嘆の声を漏らす。
髪をかき分け露わになった女の顔。
そのあまりの美しさに見惚れている。
「掛祀禍終使えたのか? いや今修得したのか」
一方の楾はその様子を見て呑気に呟く。
彼のいる位置からでは擬神の顔は見えない。
「お?」
地面に垂れている擬神の黒髪が凄まじい速度で伸びる。
あっという間に周囲の地面を覆い尽くす。
光沢のある美しい毛がうねうねと動き、まるで黒い海のように見える。
そして、その上にいる骸骨武者たちに髪が巻き付き、締め上げる。
「ぬう!? しまったぁ!」
擬神に見惚れていた大鬨は反応が遅れる。
気づいた時には骸骨武者たちと同じように髪に締め上げられていた。
すると何処からともなく女の啜り泣く声が聞こえてきた。
その声が身体を麻痺させ髪を振りほどくのを阻害する。
「ぬ……ああ……馬鹿な……こんな小娘に……ぺぎゅ!?」
奇怪な断末魔の叫びをあげ、大鬨は圧砕された。
骸骨武者が消え、ついで髪の海も消える。
茉琳はぺたんと倒れ込み、肩で息をする。
全身から汗を噴き出している。
「お疲れ。助けられたな」
そんな彼女に弱めの冷気を浴びせながら楾が労いの言葉をかける。
茉琳はそれには答えず、未だに天平の言葉を反芻していた。




