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第八十五話『解放』

 駆ける男──長屋崩。

 彼は前方で呆然とこちらを見る天平を見て一瞬だけ驚き、やがて薄く笑みを浮かべる。


「ゲッゲッゲッ! なんだオイ勢揃いじゃねえか!」


 その後ろからは涎蝗。

 彼は崩と遭遇し、追いかけっこのようなかたちで此処までやって来た。


「逃げるのはお終いかぁ!?」


 天平の数メートル手前で立ち止まる崩に無数のバッタをけしかける。


「"攀恋はんれん"」


 崩は棒立ちのまま憑霊術を発動。

 すると彼の身体をバッタが通り抜ける。

 攀恋の能力は指定した二つを結びつけるというもの。

 いわば融合。

 今の崩は自分と大気を融合させ一体化することで、あらゆる物理攻撃を受け流すことが出来る。


「ああ? なんだ?」


 その様子を見て首をかしげる涎蝗。

 そんな彼を赤い閃光が襲う。


「おっとぉ!」


 機敏な動きで回避する涎蝗。

 一方その攻撃を放った犢はそれを見もせずに崩に駆け寄る。


「父さん!」


 崩は駆け寄ってくる犢に微笑みかける。


「刀の担い手見つけたよ」


「そうか。よくやった」


 崩は褒めながら、犢の頭を撫でる。

 犢は嬉しそうに笑う。

 天平はその光景に薄ら寒さを感じた。


「あんた……何者だ?」


 その問いに、崩は犢から天平へと視線を移し、薄く微笑む。


「分かっているんじゃないのかい?」


 試すような物言いに天平は不快感を募らせる。

 彼の言う通り、天平はこの男の正体。

 自分とどういう関係なのか。

 見当はついている。

 しかし、それを認めたくない。

 先程、思わず溢れた言葉をもう一度口にするのは拒否感があった。


「残念だが、ゆっくり話している時間はなさそうだ」


 崩はそんな天平を見て微笑み、そう言う。

 後方の地面が炸裂し、浮遊した瓦礫が崩たちを襲う。

 犢は血の閃光を迸らせ迎撃。

 

「君が千堂空良治だね?」


「私の名を? 貴様がそいつらの親玉か。私になんのようだ?」


「おおよそ見当はつくだろう?」


 相手が天平から千堂に変わっても相変わらずの試すような物言い。

 千堂も天平と同じように、それに不快感を募らせる。


「お喋りはいい」


 千堂の後ろから是永が歩み寄る。

 その後方では青駕来や凶幇たちが戦闘を再開している。


「なにが目的かは知らないが、侵入者は排除する」


「ゲッゲッゲッ!」


 是永が言い終わると同時に涎蝗が攻撃をしかける。

 崩は背を向けたまま、攻撃を透過させやり過ごす。


「邪魔だなぁ」


 犢は涎蝗へと向き直り、血の砲弾を放つ。

 涎蝗は翅を広げ耳障りな音を発しながら飛行し回避する。

 

「ほらよ」


 涎蝗は大量のバッタをまるで叩きつけるように犢へ放つ。


「っ!」


 血の閃光を放ち撃ち落とすが、いかんせん数が多い。

 数匹のバッタが閃光をくぐり抜け犢にかぶりつく。

 しかし、犢の体表から血が棘のように噴き出し刺し貫く。


「あっはっはっ!」


「ゲッゲッゲッ!」 


 高笑いしながら攻撃を放ち合う犢と涎蝗。

 一方の崩たち。


「排除ね。君では無理だと思うよ、是永圭市。粂舂くめつき楚乃香そのかに隊長の座を追われ、こんな場所に左遷されたような男には、ね」


 崩の言葉に是永は額に青筋を浮かべ、凄まじい殺気を放つ。

 是永は元々は禍霊対策局第三部隊の隊長の座についていた。

 しかし部下への折檻など問題行動が多く、それを告発した楚乃香と拝揖院公認の半ば殺し合いのような決闘に敗北し、隊長の座を追われた。

 その後に、ここ異却囹の看守長に就任したのだ。

 ここでも振る舞いは相変わらずだが、折檻の対象は部下たちではなく囚人たちになっているため黙認されている状態にある。


「お前……何者だ?」


 当時の拝揖院の関係者でもなければ知り得ない情報を持つ崩に対し是永は訝しむ。

 崩はそれに対してはなにも答えず、相変わらず薄い笑みを浮かべている。

 その態度に是永は苛立ちを隠せないが、考えなしに突っ込むようなことはしない。


 その間にも状況は変わる。


「ん?」


 天平は足元に影が落ちるのを見た。

 そして上を見ると、そこにあったのは氷塊。

 この廃村とほとんど同じくらいの巨大な氷塊だ。

 その先端部分には楾が立っている。


「楾!?」


「よー天平! 見つけたぜ、禊の池とやらを!」


「まさか……」


 それを見た是永が呟く。

 彼の疑念は当たっている。

 楾が乗る巨大な氷塊は禊の池をまるまる凍結させたもの。

 犢たちが乱入してきた際にこっそりと鳥居をくぐり抜けていた彼はその先で禊の池を発見。

 一人だけ解放されても良かったが、この存在を教えてくれた天平への義理を果たすため、池を丸ごと凍らせてここまで浮かべてきたのだ。


「んじゃいくか」


「よせ──」


 氷塊が場にいる全員の頭上を覆い尽くす。

 是永の制止など当然聞かずに楾は能力を解除。

 巨大な氷塊は莫大な水へ戻り、降り注ぐ。

 天平たちは大量の水を被り、地面に押しつけられそうになる。

 奇妙なのは質量として水を感じるのに濡れた感覚はまったくないこと。

 見た目的には濡れているようだが、感覚はまったく無い。

 やがては見た目も元に戻る。

 これにより天平たち囚人組と塞坐は間世から魂を解放された。


──これで間世から解放されたのか?


 天平は試しに両手を叩くが、なにも起こらない。


「うおっ!?」


 その天平に是永が斬りかかる。

 

「永久封殺監獄から出る手段は中央のエレベーターだけだ」


「そりゃ親切にどうも」


「おとなしくしておけば良かったものを……。こうなった以上は全員、処刑だ」


「そうはいくかよ」

 

 天平は位置交換能力を発動。

 仲間である茉琳たち囚人組を自分の近くに。

 逆に敵である是永たちを引き離した。


「おいティン平! このコマ野郎は敵だぞ!」


「え? うおっ!?」


 廻が抖擻発動による竜巻を放つ。


「悪いが仲間が来たんでね。そっちに戻らせてもらうじゃん」


「"泥濘れ"」


 青駕来が汚泥を竜巻に叩きつける。

 汚泥はそのまま廻に迫る。

 たまらず後退する廻だが、その後方からさやりますが迫る。


「やべっ!」


 廻は助けを求めるように崩に視線を向ける。

 そこで見たのは、薄い笑みを浮かべ、刀印を組む崩。


「"代禱だいとうかけつい"」


 崩が唱えた瞬間、


「うっ……ああ……ああああああああああああああああああっ!」


 廻は頭を押さえながら呻き、やがて絶叫。

 それと同時に廻を中心に霊力の奔流が巻き上がり、巨大な二本の腕が現れた。。

 肘から先の部分だけが虚空から伸びており、手の平には口がある。

 

「な、なんだ……?」


 困惑する天平。

 これは島根での夏鳴太との戦いで見せた廻の暴走状態だが、天平には初見だ。

 暴走状態となった廻は塞坐の方へ向かう。


「オエエエエエエエエエッ!」


 片方の腕がもう片方の腕の手の平の口から紐を取り出す。

 その紐で飛来する無数のバッタを絡め取ると、やがて巨大なコマへと変形する。


「ああ!?」


 それを見て驚く涎蝗にコマを放つ。


「ふんっ!」


 大鬨が地面を踏むと矢盾が複数出現。

 まるでドミノのように並べられたそれをコマはへし折り進むが、やがて回転を止める。

 それとほぼ同じタイミングで凶幇が巨大な光の槍を生成し、投擲。

 巨大な腕はそれにも紐を巻き付けようとするが、


「"魂響"」


 紐がひとりでに動き、腕に絡みつく。

 紐に絡みつかれた方の腕に光の槍が命中。

 刺さると同時に爆散した。


「アマメー!」


 ビチャビチャと血肉が吹き飛ぶ。

 立て続けにもう片方の腕と廻も槍を突き刺され、同じように爆散した。

 天平は位置交換で廻を逃そうとしたが、なにと入れ替えるか逡巡したために間に合わなかった。


「あらら。死んじゃった」


 仲間である廻の死を見て犢は相変わらずヘラヘラした態度。

 崩と玻流夏も眉一つ動かさないで見ている。


「これからどうするんだ?」


 崩たちとは対照的に複雑な表情で廻の死に様を見る天平に青駕来が声をかける。


「君の能力ならエレベーターまで逃げられるんじゃないか?」


「駄目だ。アイツらをここから出すわけにはいかない。祓ってから出ていく」


「なら、別れて戦ったほうが良い」


「固まってたほうが良くないか?」


 天平の言葉に青駕来は小さく首を振る。


「奴らは殺傷能力が高すぎる。不死身ではなくなった今、不意打ち一発で死にかねない。先程までのような乱戦は避けるべきだ」


「確かに。特にあの上半身裸の癲恐禍霊はヤベー。ノーモーションで謎の攻撃してくるぜ」


 青駕来の言葉に楾が同意を示す。

 天平たちが話し込むのを殃祚と塞坐の面々は黙って見ている。

 天平の位置交換能力がある以上、迂闊に動くのはうまくない。


「天平。私はあの軍服の男と当ててくれ。責任を持って始末してあげよう」


 馴れ馴れしく名前を呼ぶ崩に天平は苦虫を噛み潰したようような顔。


「知り合いだったのか?」


「君も久しぶりだ、滾。まさかこんな場所で会うとは」


 崩は続けて青駕来に声をかける。

 彼に憑霊術の扱いを教えたのは他ならぬ崩だ。

 

「どうだ? 私の元へ来る気は?」


「前に断ったはずだ」


 冷たく返す青駕来に崩は笑みを浮かべて肩をすくめる。

 その間も天平は誰と誰を当てるかを考えている。


「おい。私は是永とやらせろ。アイツはぶっ殺してやる」


 茉琳が言う。

 射殺すような視線を是永に向けている。


「駄目だ。茉琳じゃアイツには勝てないよ」


 天平のその言葉に茉琳は一瞬怒りの表情に。

 しかし、すぐに沈んだ顔になる。


「……だからなんだよ。別に負けて死ぬならそれでいい」


「なにを……。ここを出られるんだぞ」


「別に。よく考えたら出たところで行くあてもないし」


「だからって死ぬのは……」


「うるさいな! どうだって良いだろ! お前に関係ない!」


「あるよ」


「ない!」


「あるって。もう知らない仲じゃないんだ。お前が死んだら悲しいよ」


 まっすぐに目を見つめて言う天平に茉琳は返す言葉を失くし黙り込む。

 天平は向き直り、明星の能力を発動する。




「ぬぬっ! お主らか!」


「アイツかぁ。ま、よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」


「……」




「ゲッゲッゲッ! お前らかぁ!」


「バッタ野郎。散々喰ってくれやがったよなぁ。ブチのめしてやる!」


「逸るなよ、英二」


「やれやれ……。僕は一人で良かったんだがな……」




「なんや看守長かい」


「よーしぶっ殺そー」


「……ふん」




「親孝行者だね」


「親孝行? アレはお前の息子なのか?」




「ほう。たった二人で俺と戦うつもりか?」


「帚木……」


「……」


 天平の位置交換によって組み合わせが決まる。

 茉琳と楾は大鬨。

 青駕来と串間兄弟は涎蝗。

 玻流夏と犢は是永。

 崩は千堂。

 そして天平とハチは凶幇。

 それぞれの戦いが、始まる。

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