第七十九話『塞坐』
「……なんだ?」
最初に異変に気づいたのは天平。
ジジジジジジジジジ……という音があばら小屋の外から聞こえてきた。
そして小屋が次第に軋みだし、やがて崩れる。
それをやったのは、
「バッタ!?」
天平が叫ぶ。
小屋を崩落させ侵入してきたのは夥しい数のバッタ。
良く見かける緑色ではなく黒々としたバッタだ。
「涎蝗か!」
ハチが叫ぶと、バッタの群れの奥から主が姿を表す。
血で汚れたオーバーオールを着た二足歩行のバッタ。
本来のバッタなら前足と中足と呼ばれる部位は前腕と中腕とでも呼ぶべき形に変異している。
癲恐禍霊特有の恐怖の波動を放ちながら、ゆっくりと近づいてきて、やや離れた場所で立ち止まる。
三メートルはあろうかという長身で天平たちを見下ろす。
「ゲッゲッゲッ。久しぶりだなぁハチィ。随分とお友達が増えたじゃねえか」
「なんのようだ」
「なぁに。醜女どもが騒いでたから新入りでも来たのかと思ってなぁ。正解だったみてえだ。ゲッゲッゲッ」
涎蝗はそう言って笑いながら、天平たちに視線をやる。
「癲恐禍霊……塞坐の一員か?」
「んん? なんでその名前を知ってる? お前に教えたかぁ?」
涎蝗の質問はハチに。
ハチは首を振り、
「こいつは拝揖院にいた奴だ」
簡潔に答える。
「ああ、なるほど。クビになったわけか。他にもそういう奴はいるぜ。ゲッゲッゲッ」
「質問に答えろよ。お前は塞坐の一員か?」
「そうだと言ったら?」
「"禊の池"がどこにあるのか教えろ」
「当然それも知ってるかぁ。だが教えてやる義理はねえなぁ」
「だったら力ずくで聞き出してやるよ!」
「やってみなぁ!」
それまでおとなしくしていた大量のバッタたちが天平たちに向かって一斉に跳躍する。
「"明星"」
「"娵絡搦"」
「"蛇紋"」
「"炥蠍"」
「"蜂夥陋"」
「"独楽"」
天平たち六人は一斉に憑霊術を発動し、応戦。
無数のバッタ達は光線に撃ち抜かれ、髪に薙ぎ払われ、炎に焼かれ、蛇に咬まれ、ハチに刺され、回転しながら飛んでいく。
「ゲッゲッゲッ。中々やるじゃねえかよぉ」
涎蝗が天平に接近。
前腕と中腕の四本の腕で殴りかかる。
天平はそれを位置交換で回避。
そのまま背後を取り、前胸背板と呼ばれる部分を蹴りつける。
「固っ!」
「ゲッゲッゲッ」
涎蝗は素早く振り向き天平に殴りかかる。
天平は再び位置交換で回避。
「ちょこまかしやがる」
「"明星・射……」
指で銃の形を作り抖擻発動を見舞おとする天平。
しかし、そのタイミングで、
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が響き渡った。
悲鳴の主は英二。
それに続いて英一と茉琳の悲鳴も響き渡る。
抖擻発動を中断して振り向いた天平が見たのは、群がるバッタに身体を喰われている三人。
骨が見えるまでに肉を喰われて、それでも抵抗を見せるが、やがて身体をバッタに覆われる。
しばらくして大量のバッタが離れると残ったのは骨だけ。
身体を完全に食い尽くされてしまった。
しかし、間世の住人である三人の身体は再生していく。
そこにまたバッタが群がって、貪ろうとする。
「来んな虫!」
茉琳が青い髪を鞭のように振るって追い払おうとするが、余りにも多いバッタの群れには効果が薄い。
「あああっ! ウザい!」
髪を元に戻す茉琳。
苛立ちを見せながらも、ゆっくりと深呼吸をして精神を集中させる。
「"娵絡搦・散刃乱" 」
抖擻発動を行う茉琳。
彼女は永久封殺監獄送りになる前は矯正施設にいた。
矯正施設では寄処禍に対して力の適切な扱いを教える。
そこで抖擻発動についての知識を得ていた。
結局、矯正施設では人格面での問題が認められ永久封殺監獄送りになった茉琳だが、憑霊術の扱いに関してはきちんと学んでいたようだ。
抖擻発動により髪が再び伸びる。
地面に着くまでに伸びた髪は、やがてうなり、一本一本がまるで刃のように鋭利になっていく。
「死ね!」
刃と化した髪の毛を振るう茉琳。
周囲に群がるバッタたちを次々と斬り裂く。
しかし、このバッタは涎蝗の霊力で生み出されているため、斬っても斬っても湧いてくる。
「マジでうっざい!」
一心不乱に髪の毛の刃を振り回す茉琳。
バッタに苦しめられているのは彼女だけではない。
ハチと廻も身体の至る所をバッタに喰われ回復してを繰り返している。
彼らの実力なら無傷で対処できるレベルの相手だが、涎蝗の放つ恐怖の波動に当てられ動きのキレが落ちている。
串間兄弟にいたってはなす術なくバッタに貪られている。
──コイツをなんとかしないと!
その惨状を見た天平は涎蝗に向き直る。
球体との位置シャッフルを繰り返し、拳や蹴りを的確に当てる。
「ちょこまかちょこまかとよぉ!」
四本の腕で応戦する涎蝗だが、高速で球体と位置を入れ替える天平を捉えられない。
それならとバッタを放つも、天平の纏う黄金の光に触れては焼け落ちていく。
「相性が悪いぜぇ」
「言い訳するくらいなら、さっさと負けを認めて池の場所を教えろ」
「あいや待たれい!」
「がっ!?」
涎蝗とは別の声が響いたかと思うと、背中に痛みを覚える天平。
背中に手をやると、なにかが刺さっており、それを強引に抜く。
「矢?」
刺さっていたのは矢。
飛んできたであろう方向へ目を向けると、そこには一人の男。
額から頭頂部にかけてを剃り上げて、側頭部にだけ髪がある。
頬はこけ、着ているのは襤褸。
剃り上げた月代の部分には矢が刺さっている。
絵に描いたような落ち武者である。
それが癲恐禍霊特有の恐怖の波動を放ちながら立っている。
「二体目かよ……!」
「大鬨! 邪魔すんじゃねえ!」
「助太刀いたす!」
「話を聞けぇ!」
涎蝗の言葉を聞かず、大鬨と呼ばれた癲恐禍霊も参戦する。
両腕を広げ、虚空に無数の矢を出現させる。
そしてそれを天平に向けて一斉に射出した。
「くっ!」
矢が向かってくる範囲から抜け出す。
その先では涎蝗が待ち構えている。
「おらっ!」
「ふんっ!」
さらに大鬨も薙刀を構えて突進。
天平を挟み撃ちにする。
「くそっ!」
球体との位置シャッフルでなんとか回避する天平。
しかし相手が二体になったことで回避難度が上がっている。
「はぁっ!」
「うわっ!?」
涎蝗から放たれる拳と大鬨が振るう薙刀による攻撃を回避し続けていた天平。
それを突如として地面から生えてきた刀が襲う。
「くそっ!」
それをしたであろう大鬨に攻撃を放つが、矢盾が出現し防がれる。
──この大鬨って癲恐禍霊の能力は武具を生み出すことか……
先程から大鬨の見せる力から能力を推測する天平。
その間にも大鬨は地面から刃を生やす。
それは水面を動く鮫のヒレのように地面をすいすいと動く。
天平は無理に避けず、不死となった身体を利用して直進。
裂けては回復しを繰り返し大鬨に迫る。
「ゲッゲッゲッ。俺にも構ってくれよ」
その後方から涎蝗が迫り、再び挟み撃ちにされる天平。
しかし天平は違うことに意識を割いていた。
──さっきの感覚を思い出せ……
意識を集中させ感覚を研ぎ澄ます天平。
次の瞬間、自分と涎蝗の位置が入れ替わった。
「ぎゃああああああっ!」
「ぬおっ! なにゆえ!?」
大鬨の振るう薙刀は涎蝗を斬り裂く。
涎蝗は絶叫し大鬨は困惑。
さらにそこへ、
「"明星・射光"」
「があっ!」
「ぬうっ!」
抖擻発動で追い打ち。
レーザービームが直線に並んだ二体を撃ち抜く。
「球体以外との位置も入れ替えられやがったのかぁ!」
叫ぶ涎蝗。
その間にも傷が塞がっていく。
──結局、死なないんだから戦うだけ無駄だな……
「お前たち禍霊のくせになんで看守みたいなことやってるんだよ?」
「決まってんだろぉ? ここなら無限の人間の肉を喰らえるからよぉ!」
「ここなら永遠に戦を続けられるからよ!」
似たような答えを返す二体に嘆息する天平。
右手を銃の形に構え、五つの球体を均等に配置する。
球体から球体へ光の線が伸び、光り輝く五芒星が完成。
それを見た涎蝗は素早く左手で刀印を組む。
「"明星・射光──"光芒桔梗"!」
極大の光線が放たれる。
それとまったく同時に、
「"逆垂加"──"涎蝗凄餐啖嚥"」
涎蝗が逆垂加を発動。
身体が肥大し巨大な漆黒のバッタと化す。
巨大な胴体が縦に裂けて口のようになっており、前額からはさらに細い胴体が生え下の胴体よりも巨大な翅を広げている。
「な……!」
光芒桔梗の光で涎蝗が刀印を組む瞬間を見ていなかった天平は息を呑む。
──ヤバい……! こっちも掛祀禍終を……
天平が次の行動を起こすより速く、光芒桔梗の光線が涎蝗に到達。
涎蝗はそれを下の胴体にある巨大な口で呑み込んだ。
「は……?」
呆ける天平。
次の瞬間、涎蝗が光線を吐き出す。
一度呑み込まれたことで、涎蝗の霊力が混ざり、天平の制御下を離れた光線は天平にもダメージを与える。
「──っ!」
光線は天平と、その遠く後ろでバッタの群れと戦っている茉琳たちをまとめて呑み込み爆ぜる。
「がっ……あっ……!」
全身に酷い火傷を負い倒れ込む天平たち。
串間兄弟などは、完全に肉体が四散している。
「ゲッゲッゲッゲッゲッゲッ! 今日はこのくらいにしといてやるよぉ!」
倒れ込んだままで身体の回復を待つ天平たち。
それを見下ろす、涎蝗の高笑いが響いた。




