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第七十五話『異却囹』

 東京都から南へ約四百キロメートルの太平洋上に地図に載っていない島がある。

 三十平方キロメートル程の大きさの島全域を門前雀羅の結界が囲い、霊能者でなければそこに島が在ることを認識できない。

 単に"島"とだけ呼ばれるここに異却囹は存在している。

 島の端のヘリポートに拝揖院の所有する高速ヘリコプターが着陸する。

 中には天平。

 薄縁はくえんと呼ばれる寄処禍の力を弱める機能を持った拘束衣を纏った状態で連行されている。

 そこから護送車に乗り、殺風景な風景にポツンと存在する白い建造物へ。


──ここが……異却囹か。


 護送車を降り、取調室のような部屋に連行される。

 しばらくして一人の男がやって来た。

 ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年男性。


「署長の大河内おおこうち 重信しげのぶだ」


「どうも……」

 

「今からいくつか質問させてもらう。答えは"はい"か"いいえ"だ。深くは考えずにパッと答えてくれ。"はい"と"いいえ"だ。それ以外は答えないように。良いね?」


──確か、人の心を読む霊能者だったか? 別にやましいことなんてなにも無い。


「はい」


「よろしい」


 大河内はそう言うと、右手に持った紙資料に視線を落とす。


「それでは始めようか」


 そう言って、質問が始まる。


「君は自分が憑霊に意識を乗っ取られて暴走状態になる事を自覚していたか?」


「はい」


「直属の上司である高嶺喬示はそれを知っていたか?」


「はい」


「高嶺喬示にそ事実を隠蔽するように頼んだか?」


「いいえ」


「高嶺喬示がその事実を隠蔽していたのは君を守るためだったと思うか?」


「はい」


「拝揖院に対して敵対的な勢力や個人との繋がりはあるか?」


「いいえ」


「暴走状態に移行するきっかけのようなものを自分で把握しているか?」


「……」


 天平は押し黙る。

 今回の件で言えば、掛祀禍終を発動する事が暴走状態への移行のトリガーになると確信していた。

 ただし、それが常の事とは言えない。

 島根で暴走するまでは掛祀禍終を発動してもなんともなかったのだから。


「……いいえ」


「ならば君は、自分が暴走状態になり周囲に危険を及ぼすと理解していながら、なんの対策も講じていなかったということか?」


「……」


 またしても押し黙る天平。

 天平は掛祀禍終の発動が暴走状態への移行のトリガーになると考えて発動を控えていた。

 しかし、恐怖を奪う能力を持つ渾貪禍霊に遭遇してしまった為に発動してしまった。

 故意ではないが、言い訳にはならない。


「……はい」


「ふむ。確かにやましいことは無いようだな」


 天平が目を見開くと、大河内はニヤッと笑う。


「私の能力は知っているんだろう?」


「あ、はい」


「君は悪人では無いようだが、力を制御できない寄処禍を自由にさせておく事は出来ない。酷な話だが……」


 大河内が立ち上がる。


「君は監獄行きだ」


 大河内がそう言うと、刑務官が二人はいってくる。

 その二人に別の部屋へ連行される。

 白い壁に囲まれた殺風景な部屋。

 中央には格子状の扉をした古めかしいエレベーター。

 その前にまた別の刑務官が待機している。


「口を開けろ」


 隣に立つ刑務官に言われ、天平は素直に口を開く。

 そこへ別の刑務官がステンレスの皿を持って近寄る。

 皿の上には小さなカプセルが置かれていた。


「君はこれから間世にある監獄に入ることになる」


 大河内がゆっくりと口を開く。


「そのカプセルは間世で精製されたゼラチンが凝固した物だ。飲めば数分で溶解する。どういう意味か分かるね」


 間世の物を口にすれば、現世には戻れない。

 間世にある監獄に行き、そこでカプセルが溶解すれば、その瞬間から間世からの脱出は不可能になる。

 喬示から事前に監獄の話を聞いていた天平は大河内の言葉に無言で頷く。

 大河内が刑務官に視線を送る。

 その刑務官がカプセルをつまみ、天平の口元に差し出す。


「飲み込め」


 刑務官の指示に素直に従い、天平はカプセルを飲み込む。


「是永看守長」


 大河内に言われ、エレベーター前に待機していた男が動く。

 是永これなが 圭市けいいち

 異却囹の看守長を務める男だ。

 是永はエレベーターの格子扉を手動で開け、その後で天平に歩み寄る。


「……」


 しばらく無言で天平の顔を見つめ、右頬を殴りつけた。


「っ……!?」


 衝撃でよろめくが、両脇を抱えている刑務官に無理矢理に元の体勢に戻される。


「なにをするんですか……?」


 天平は口元から流れる血を拭う事も出来ないまま、是永を睨みつける。


「気にくわない目をしてる」


 そんな天平を見下すようにして是永は言う。


「状況は理解しているんだろう? お前はもう二度と監獄からは出られない。間世で死ぬ事も出来ずに永久に囚われの身だ。それなのにお前の目は希望を捨ててはいない」


「いけませんか? っ!」


 今度は反対の頬を殴りつけられる。


「高嶺喬示からなにか吹き込まれたか?」


「なんの話か……」


「それぐらいにしておけ。是永看守長」


 再び殴ろうと拳を振り上げる是永を大河内が静止する。


「いつも言っているが、囚人は君のストレス発散の道具ではない」


「ストレスなどありませんよ。この仕事は私にとって天職です」


「ならば尚更だ。懲戒処分を受けたくはないだろう?」


 大河内の言葉に是永は微笑み、拳を下ろす。


「行け」


 そう言って、エレベーターへ行くよう顎で指図をする。

 刑務官に連れられエレベーターに入る。

 エレベーター内のボタンには地下三階までが記されている。

 地下一階は保護観察の必要な霊能者たちが集団生活を送っている。

 通称は矯正施設。

 地下二階は寄処禍ではない霊能犯罪者が投獄されている。

 通称は収容所。

 最下層である地下三階は寄処禍犯罪者が野放し(・・・)にされている。

 間世に魂を囚われ、死ぬ事も出来ずに永遠の時を過ごす無窮の牢獄。

 通称──えいきゅう封殺ふうさつ監獄かんごく

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