第七十四話『蠢動』
拝揖院本部。
エントランスを大勢の人間が行き交い、平時とはかなり違って慌ただしい様子だ。
その理由はもちろん先程の百鬼夜行とでも言うべき禍霊の大量発生。
既に禍霊はすべて祓われているが、事後処理などで大忙しという訳だ。
そんなエントランスの端に純礼と夏鳴太は所在なさげに立っていた。
渾貪禍霊に深手を負わされた夏鳴太だが、村崎の治療を受けて全快している。
一方の純礼は元々ケガは負っていないが、ずっと物憂げな表情をしている。
その二人の元へ一人の男が近づいてきた。
「おう。お疲れ」
「隊長!」
現れたのは喬示。
彼は霊能犯罪捜査局と共に殃祚の捜査を行っており、しばらく東京を離れていた。
それが今回の件を受けて、飛んで帰ってきたのだ。
今回の件というのは禍霊の大量発生ではない。
「隊長、天平くんは?」
純礼の言葉に、喬示は頭をかく。
「まぁ……結論から言えば異却囹行きだ」
「そんな……」
純礼と夏鳴太が青ざめる。
喬示は今の今まで会議に出ていた。
議題は天平の処遇。
先程の暴走を受けてのものだ。
「実際に暴走したとこを見られたんじゃ言い逃れのしようもねえ。被害を受けた奴もいるしな」
天平に殴り飛ばされた丈一郎は内蔵破裂の重傷を負った。
また燈悟に関しても掛祀禍終を発動していなければ、殺されていただろう。
事態はかなり重く見られている。
それ故に寄処禍専用の監獄である異却囹への収監が決定された。
「なんとか……」
純礼が言葉を止める。
その視線の先を喬示は振り返って見る。
そこには、こちらに歩いてくる燈悟の姿があった。
「燈悟さん……」
「悪く思うなよ、喬示」
「アンタを恨む筋合いはねえさ」
天平の暴走を報告し、異却囹へ収監する必要性を訴えたのは燈悟。
だがそれは禍霊対策局の隊長としては当然の行為。
喬示も、そして純礼や夏鳴太もそれは理解している。
「帚木天平の暴走を知っていながら報告を怠っていたお前たちにも相応の責任がある」
純礼や夏鳴太を見て、再び視線を喬示に戻し燈悟は言葉を続ける。
「だが今は殃祚なる寄処禍組織への対応が最優先だ。それが解決次第、追って沙汰が下される」
そう言って、燈悟は去って行った。
「上層部には俺らもすぐに処罰すべきだと主張する奴もいた。それに異を唱えたのは燈悟さんだ。感謝しねえとな」
「天平くんはこれからどうするんですか……?」
「いっしょう異却囹におるつもりやあらへんやろな」
二人の言葉に喬示は溜息を吐く。
「道は示してある。後は……アイツ次第だな」
☆
時は少し遡り、暴走状態の天平と燈悟が激しい戦いを繰り広げていた頃。
東京都は墨田区の刀剣博物館に二人の男がいた。
一人は浄衣と呼ばれる真っ白な狩衣を着た男。
烏帽子と笏を持っていない事を除けば神前式で見られる斎主のような姿だ。
博物館という場にはまったく似つかわしくない姿だが、今日は閉館日であり、彼の姿を見咎める者もいない。
つまり、この男は閉館日の刀剣博物館に不法に侵入しているのだ。
「盲点でしたね」
男が静かに口を開く。
暗闇にボウッと蝋燭の灯りが点くような、そんな響きだった。
「まさか、博物館に展示されているとは考えない。消去法でいよいよ異却囹にまで探しに行かねばならないかと思っていましたが」
「ここを隠し場所と決めたのは新倉だろうな。奴の考えそうなことだ」
浄衣の男の言葉に、もう一人の男が答える。
高級感の漂うスーツに身を包んだ男。
拝揖院評議会の一員である斌柳寺博臣だ。
「新倉……禍対の局長でしたか。しかし、警備を置いていなのは詰めが甘い。まぁ、裏切り者がいるとは思わなかったのでしょうね」
裏切り者という言葉に斌柳寺が眉をひそめる。
「言葉には気をつけろ。私ほど拝揖院のことを考えている者はいない」
「おっと。これは失礼しました」
不愉快そうな斌柳寺に対して、浄衣の男は楽しそうに言う。
「これなら、あんな手間をかける必要もありませんでしたね」
あんな手間とは、いま現在おきている禍霊の大量発生のこと。
千代田を囲う形で呪物を配置して百鬼夜行を起こしたのは他でもないこの男だ。
寄処禍組織・殃祚の頭領、長屋崩。
その男が拝揖院評議会の一員である斌柳寺と共にいる。
「そうでもない。第一部隊は拝揖院では猟犬部隊と渾名されている。平時ならどこからか嗅ぎつけていたかもしれん」
「それは怖い。なら手間をかけた甲斐はあったという事にしておきましょう」
相変わらず楽しげな崩。
一方の斌柳寺は眉間に皺を寄せたままだ。
「さて。それそろ目的を果たしましょうか」
そんな様子を見てか、崩はお喋りを止める。
展示ケースを砕き割り、一振りの刀を手に取った。
展示ケースの前にはその刀の号が記されたプレートがあるが、それに記された名前はデタラメである。
この刀の本当の名は"泥犁芙蓉"。
蠱業物十三振の一つである。
その刀を手に取り、斌柳寺に渡す。
そして、刀を持つ斌柳寺に向けて手をかざした。
「"攀恋"」
憑霊術を発動。
直後に斌柳寺が刀を鞘から抜こうとする。
しかし、刀はピクリとも動かない。
「おい。どうなっている」
咎める斌柳寺に言葉を返さず、崩は怪訝な表情で刀を見つめている。
「私の憑霊である攀恋の能力は……」
しばらく押し黙っていた崩がゆっくりと口を開く。
「指定した二つを結びつける、という能力です。今の場合は貴方と蠱業物を結びつけることで、担い手では無い貴方でも蠱業物を扱えるようにした」
「そんな事は知っている。今更なんの説明だ」
斌柳寺は言いながら、ズイッと刀を差し出すように見せつける。
扱えるようになっていないじゃないか、と言外に伝える彼を見て、崩は再び少しのあいだ押し黙る。
「……禍霊や蠱業物を人間と結びつける場合は、縁穢を強制的に結ばせる訳です。そうやって人工的に寄処禍を生み出す事も出来ます。しかしその時、既に他の人間と縁穢が結ばれている場合は無効になります」
「つまり……泥犁芙蓉の担い手がどこかに居るという事か?」
斌柳寺の言葉に、崩が溜息を吐く。
「そうなりますね。これまた盲点でした。しかし、良く考えれば合理的です。刀と担い手を別々の場所に隠しておけば簡単には奪われない」
崩の言葉に今度は斌柳寺が溜息を吐き、刀を持っていた腕を力なく下ろす。
「問題は担い手がどこにいるのか……ですが」
「それこそ、異却囹しかない。あそこの最下層に担い手を置いておけば、泥犁芙蓉の所有権は永久に他の者には移らない」
崩がひときわ大きな溜息を漏らす。
「けっきょく行かねばならないようですね……奈落の底へ」
崩の眼光が鋭くなる。
次なる舞台は異却囹。
罪人どもと、それを罰する者どもが蠢く金輪奈落。




