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第十一章 祝福 chapter02

「もうすぐ、長かった裁判も終わります。私たちは明日、治さんに会いに拘置所へ。何か伝言はありますか?」

木賊家のリビング、ソファーに座るのは葉桜と哲也。その向かいには彩花と浩志が座っている。

「ここまでありがとう、九印の先生方。私も息子も木賊工業も、みんな先生方のおかげで……」

浩志はテーブルに擦り付けるように頭を下げた。哲也が慌てて「そんな、まだ終わってませんし、まだまだこれから……」と体を起こすよう、浩志の肩に手を差し伸べる。彩花は葉桜に紙袋を差し出した。

「伝言は『帰ってきたら食べたいもの作ってあげるから、考えておいてね』と。それで、これを……」

彩花の言葉に笑顔で頷きながら、葉桜は紙袋の中を覗いた。そこには、新品の衣装が入っていた。

「あら、いいわね。確かにお預かりしました」


翌朝の東京拘置所。面会室は、いつもと変わらぬ灰色の静寂に包まれていた。間もなくこの裁判は一つの区切りを迎えるが、治の目に灯る光は強くない。そんな治の表情を一変させたのは、葉桜が持ち込んだ紙袋だった。ちらりと動く刑務官の視線。その中で一瞬見えた中身、しかし治にはその一瞬で十分だった。

折り目が正しくついた、淡い水色のつなぎ。木賊工業の現場で、ナノ材料と向き合う治がいつも着ていた作業スーツの新品。張りがありながらも柔らかい生地は、治の技術者としての誠実さをそのまま体現しているかのようだった。

「彩花さんからです」

葉桜は、面白がるように、心からの笑みを浮かべた。

「『法廷で着るものじゃないかもしれないけど、お父さんには、これが一番似合う』って。技術者の服が一番だと」

治はようやく口を開いた。その声は静かな感謝と、苦味に満ちていた。

「葉桜先生、哲也先生。そして、彩花にも社員のみんなにも……本当にありがとう。……正直なところ、あの警察でのメモが民事裁判で認められたとき、私はもうそれで十分だと思いました。これ以上、先生方に負担をかけるのは申し訳ないと」

「まだ終わっていませんよ、治さん」

彼女の言葉も静かだが、決意を込めたものだった。

「場外戦である民事裁判で公安の不正が証明されたのは事実です。しかし、刑事裁判の最後、果たして検察は論告求刑で何を主張するか。向こうは、捜査の不備とあなたの罪の事実を〝理〟で切り離してくるでしょう」

哲也が補足した。

「竜崎検事は、MTS法という『国益の論理』を掲げ、あなたの技術提供の事実だけを裁こうとします」

葉桜は深く息を吸い込んだ。

「私たちが、この1年半あなたと共に闘ってきたのは、単に『無実の証明』のためだけではありません。『本当に私たちはこの人を、この仕事を疑っていいのか』という、観念への闘いです。そのためにもあなたは、最後の法廷という舞台に、技術者としての誇り、経営者としての誠実さ、そして人としての尊厳を、そのつなぎにすべて乗せて立つのです」

治の表情が引き締まった。目に輝きが戻る。

「いいお顔です。その信念こそが、私たちの最後の武器です」

哲也が真面目な顔で頷いた。

「このつなぎは、私が事前に裁判所と拘置所双方に、最終陳述における『自己表現の自由』を理由に申請し、着用許可を得ています。当日、出廷直前の準備室で職員の方から渡されるはずですので、着替えてください。あなたはただ、堂々と袖を通すだけでいい。その姿こそ治さんの本質だ。次回は最終弁論の日。ビシっと『木賊治』を決めていきましょう」

「分かりました」

葉桜の耳に届く治の声が震えていた。

「あ、ごめんなさい、もっと大事な伝言が。『帰ってきたら食べたいもの作ってあげるから、考えておいてね』ですって」

囚われの技術者は、感情の昂りを抑えていた。しかし娘からの伝言に、ついに父は泣き崩れるのだった。


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