第五章 陥穽 chapter02
「では、この機器が化学兵器の製造に使用される可能性について、本当に考えたことがなかったのですか?」
「技術者として、理論上は可能であることは理解していたのではないですか?」
江藤の質問は、技術的な詳細に踏み込んでいった。浩志は正直に答えようとしたが、その答えが逆に疑いを深める材料として使われていく。
「理論上は..….様々な化学反応に使用できる設計になっていますが」
「そうですね。『様々な化学反応』には、当然、毒物生成なども含まれる。あなたはそれを承知で製造し、輸出したのではないですか?」
12月中旬。街の賑わいがいよいよピークを迎えるころ。彼らの「任意聴取」は、すでに5回を数えていた。
毎回、早朝に電話が鳴り、警視庁本庁への出頭を求められる。拒否権はない。応接室ではなく、公安部が一時的に使用する6階の会議室。無機質なテーブル、ドアから遠い側が、木賊側の指定席だった。
「浩志さん。チェコ側とやりとりされたメールですが、技術仕様書が添付されていたのは事実ですね?」
「……納品の都度、要求に応じて技術概要と制御ソフトの使い方を説明しただけです」
翌日は、治が警視庁に出頭させられた。質問内容は浩志の時と同じ。江藤と大橋は、木賊の社長と相談役の間で、何か矛盾が引き出せれば、と考えていたのだろう。ゆっくりと「材料集め」をされているのが治には分かる。
最初は2時間だった聴取が、気づけば4時間、5時間に及ぶようになっていた。トイレの許可すら「ちょっと待ってくださいね」と注文をつけられる状態だ。
「警察もこれが仕事だ。協力しよう」
浩志と治は、そう考えることで、自らを奮い立たせていた。
父の帰宅後、着替える間も与えず、彩花は強い口調で聞いた。心配のあまり、詰問口調になってしまう。
「ねえ、抗議とかできないの? 経産省の当時の担当の人とかに。お父さんもじいちゃんも、こんなに協力してるのに」
「大丈夫だよ、彩花は気にしなくていい。会社の経営っていうのは、いろいろな問題が起こるものさ。お父さんもじいちゃんも、マイクロリアクターには自信を持っている。輸出する時には先方に『平和利用に徹する』と誓約書まで書いてもらってるんだ。木賊の理念は、いずれ警察にも伝わるさ。これはじいちゃんも同じ考えだよ」
今は一人暮らしをしている祖父を思い「しばらくはうちで同居してもらった方がいいかな」と、彩花は考えるのだった。
木賊の男2人の表情が、少しずつ変わってきたのは、年の終わりごろだった。
「お疲れ様でした。今日は特に長時間だったね」
会社に戻った治を一番に出迎えた彩花に、治は疲れた笑顔を向ける。しかし治には、彩花には伝えられない不安があった。捜査員は最後にこう言っていたのだ。
「社員さんたちにもお話を聞くことになるので」
いくら木賊が中小企業とはいえ、経産省の省令改変の時から協力しているのだ、やがて理解してもらえるはず……。しかし一向に警察側は軟化しない。浩志も治も「分厚く高い石の壁」を叩き続けているような、そんな不安から逃れられずにいた。
警視庁公安部のオフィスでは、早瀬が実験データを睨みつけていた。
「また溶けたのか」
早瀬の低い唸りのような声が、捜査員の間に緊張を走らせる。
「早瀬さん、どうしますか」
早瀬は苛立ちを隠せない。彼らが求めているのは「一定時間、安全に稼働し、危険な物質が生成できる可能性」を示すデータだ。それによってトクサのマイクロリアクター「TFCR」が輸出規制対象に確実に該当すると主張しなければならない。しかし、木賊工業の技術は、公安の思惑を裏切るかのように、その耐久性の「低さ=安全性」を証明し続けていた。
「物理的な証拠が難しいのであれば、やはり供述だ」
野添の言葉に、早瀬の目がぎらりと光った。科学的な証拠の「準備」に時間が掛かるとなると、残された道は一つだ。被疑者自身の口から、自らの罪を認めさせること。裁判において自白ほど強い武器はない。どれほど時間が掛かろうが、平和のため、公安のためにはやるしかないのだ。早瀬は次の手を考えていた。
「経営者の2人が折れなければ……娘を叩けばいい。おあつらえ向けに営業担当社員だからな。さて……お二人さん、どこまで我慢できるかな」
早瀬の視線が、ホワイトボードに貼られた技術者たちを射抜いた。




