第十五話:細やかな喜び
転移陣から出ると、目の前にはイアンがいた。思いついたからかいへの反撃を構えつつ、イアンからの言葉を待つ。しかしオレの予想は大きく外れ、イアンは初めて見る優しい微笑みを浮かべ、オレの頭を撫でながら言った。
「よく、頑張ったな。それと、ありがとう。俺と一緒に行くと、決めてくれて。それが本当に嬉しい」
「……なっん、なんっ、だ。急にしおらしくなって」
イアンの言葉と行動がどうにもむずがゆく、気まずさに耐えかね目を下に逸らしてしまった。これほどまで素直に、オレが成し遂げたことを自分のことのように誰かが喜んでくれたのはいつぶりだろうか。母さんたちやアイツにだって、何度もそんなふうに喜ばれていたはずなのに、少し一人で暮らしていただけで既にそれが遥か遠い過去のものであるように思えてしまう。
(オレは、こんなにも愛に飢えていたのか?)
自分にこんな感情があったのかと困惑する。
「レネード、その装備の全身を見せてくれる?」
しかし、オレのそんな様子には気づかず、イアンは続けてオレに話しかけてきた。
「それくらいなら構わないが……」
イアンの意図はよくわからないが、余計なことは考えず、右に左にと身体を捻って装備を見せる。
「レネード、その箱はどうしたんだい?」
イアンが指をさしたのは安全ピン付きの箱だ。こんなものの何が気になるのだろうか。
「ああ、コレのことか?この装備が入っていた箱がこうなっていたんだ。なにか気になることでもあったのか?」
「えーっと……、まず、装備でもないものをなんで持ち帰ろうとしたわけ?」
確かにそれはそうだ。普通なら弓矢の邪魔になる。しかしオレはなぜかそこを考慮していなかったようだ。恐らく疲れているからだろう。思いつかないし適当に答えるか。
「思った以上に軽くてな、安全ピンが付いていて、持運ぶのも苦じゃない」
「え?それだけで?」
イアンは信じられないといった様子で目を見開いてそう言った。ここまできたら、なんとか都合のいい言い訳をひねり出すしかない。
「弓矢がやりにくいかはあとで考えればいいし、安全ピンが付いているものに悪いものは無いからな」
苦しすぎる言い訳だ。だがもうこれで乗り切るしかない。
「いや安全ピンの安全ってそういう意味じゃないでしょ……悪いけど、それ普通に良くないものだからね」
「っ!?そ、そうなのか!?」
イアンの衝撃的な事実の告白に、オレは疲れていることすら忘れて勢いよく聞き返してしまった。
(良くないもの?こんな箱にそんな力があるのか?)
箱をしっかりと見てみると、色合いは薄い翠と白を基調としたもので、何かの花とツタを模した柄が描かれていた。確かに不思議な見た目ではある。しかし、オレはこれを良くないものであるとは感じ取れなかった。イアンはオレに諭すように話し始めた。
「その箱は『禁忌』の一つ、永眠の禁忌。一度開けば周囲を夢の世界へ誘い、そのまま閉じ込めてしまうんだ。レネードは大丈夫だろうけど……周りを無差別に眠らせるだろうから、使い所には気を付けて。というかできるだけ開けないほうが良いと思うよ。ま、オレには効かないけど」
最後はずいぶんと得意げな言い草だったが、要するに、制御できなければ相当まずいことになるのだろう。明らかに良くないものだということがよく分かる。しかしオレはここであることに気づいた。
「なるほどな……ん?なら魔獣はコレを開けばさっさと処理できるのか、面倒事が減るのはありがたいな」
「そんな楽観的な……ま、なんかあっても俺がなんとかすればいっか」
確かにオレの考えは浅はかだが、それはそれとしてお前ほど楽観的な奴はそういないぞと言い返してやりたかったが、思った以上に疲労が溜まっていたらしい。一歩前に出ようとした途端によろけ、イアンに支えられてしまった。
「とりあえず、一回帰ろうか。旅は明後日以降出発にするから。その装備に慣れる時間も欲しいでしょ」
「…あぁ。そうさせてもらう……」
(なんだか妙に優しいな……まあ、今さら気にすることでもないが)
勇者パーティに入ることを決めた今、イアンを疑うことは自殺行為だ。警戒しなくて良いとまではいかないが、多少は許容すべきことも出てくるのだろう。
(とはいえ、やはり人と関わるのは面倒だな……アイツと一緒だったら、何も考えなくていいのに)
筆でまっすぐ絵の具を引いたような風景を見ながら、ありもしない幻想を思い描く。
「着いたよ、お疲れ様」
イアンの声ではっとすると、流れる景色は既に止まっていた。
「ずいぶんと疲れが溜まっているね。一度装備は外しておいていいんじゃない?」
呆けているオレを心配して、イアンが優しく声をかけてきた。
「あ……いや、この装備はこれから常時身につけることになるだろう?今のうちに感覚に慣れて、なるべく早く出発できるようにしたい。それに、いつものやつはダンジョンでボロボロになっているからな」
ただ装備を着替えるという動作さえ煩わしくなっていたオレは、弱っていることをできるだけ隠すようにそう返した。
「……まあ確かに、移動と戦闘でいちいち変えないといけなくなるのは良くないか」
「じゃあ、オレは先に風呂入るから、なんか食いたかったら適当に作っててくれ……オレの分は自分でする」
そう言って返事も聞かずに脱衣所に向かい、装備を脱ぎ捨てて魔法を唱えた。
「生活魔法『即席風呂』」
浮遊状態から解除されたことを気にもとめず、身体を洗うことすら忘れてオレは浴槽に身を預けた。急速に溢れ出る温水の心地よさに包まれて………………
「…………っ!!………ドっ!」
(ん……な、んだ?声が、聞こえる)
「…いっ!!…を覚…せ…!!聞こえ…いの…っ!!」
(耳障りだ……さっさと口を塞いでやる……?身体が、重い……)
「レネードっ!!目を覚ますんだ!!」
「っ!?」
「あ……良かった、ようやく目を覚ました」
「んんっ……?っつ、な、んだ、これ」
(いったい何が、どうなって……オレは風呂に入ってて、それで……)
ズキッ
(ぐっ、頭が、痛いな。身体もだるい……)
「はあーっ、ほんっとうに心配したよ。冒険者になろうとするやつが自分で沸かした風呂に殺されかけるとか……とんだ笑い話だよ」
そこでオレはやっと気づいた。
(そうだ、オレは風呂に入って、安心して、そのまま……)
「寝てたのか……」
「そうだよ。まったく、魔法の扱いには気をつけろって習ったんでしょ?しっかりしないと」
「……」
本当にその通りだ。ぐぅの音も出ない。己の不甲斐なさに気づき項垂れると、自分の姿が目にとまった。
(あ、全裸のままだ)
まあ今さら見られたところで何も気にする必要はない。ついでにずいぶん前に言っていたあのことを聞いておくか。
「イアン、助かった。ありがとう。ついでになるんだが、装備の着脱が自由にできる方法を教えてくれないか。前にできると言っていただろう」
自由に着脱したり、装備を瞬時に入れ替えることができる方法があることを、初めて食卓を交えた際にこの目で見ている。装備が増えた今、ぜひとも教えてほしいものだ。
「えぇ、今?あ、それならキミは固有装備を持っているから、それの名前を呼べば着替えれるけど」
(前イアンが装備を外すときはただ指を鳴らすだけだった気がするが……)
勇者だから色々特別なんだろう。特にそれを話題に出す必要もなく、素直に納得した。
「なるほど。固有装備はそんな力もあるのか。…『咲花妖精』」
そう唱えると、裸だった身体にまるで最初から着ていたかのように、自然と身を装備で包んでいた。
「うおぉ……!」
魔法やスキルは今までも使えたが、これはまた違う感覚で、思わず感嘆の声をこぼした。
「譲渡不可、本人以外の装備不可、どこかに失くそうが呼び出せるし、盗まれても呼び出せる。壊すことも不可能。本当に強いよ、固有装備は」
イアンが装備のその性能の強さを自慢げに語る。しかし、その誇らしさにも納得の圧倒的な格がこの装備にはある。確かにこれを着るようにしつこく勧めていた理由がよく分かった。だが……
「装備の不安要素を全て打ち消してるな。確かに便利だ。だが、いつもの装備にもすぐに着替えれるようになりたい」
愛着が湧いているものが、便利さを理由に御蔵入りになるのはどうしても気が引けた。
「ならこのスキルシートをあげるよ。使い方はシートに手を広げて置く。それだけだよ」
言われた通りにしてみると、スキルシートが光り、消失した瞬間、自分の中に何かが現れた感覚がした。それをそのまま口に出す。
「『呼び出し』」
すると、身体が光り、慣れた着心地の感触を肌で感じることができた。
「お、うまくいったね」
思った以上にすんなりできてしまった。これがスキルシートの力かと思いつつも、また別の要因もあると思えた。
「……これ、【生活魔法】に似ているな」
「確かに便利さとか、家でも使えそうなスキルだと思うと、よく似ているよね」
確かに、便利で家で使っても違和感がないという点では同じだ。しかし……
「それはもちろんそうなんだが……こう、なんというか、しっくりくる?というか、いや手に馴染む……といった方が正しいか?」
(スキルの効果というよりも、もっと根本的な何かが、似ているような)
頭まで出かかってる言葉がどうしても引っ張り出せない。
「スキルを使うときに、【生活魔法】と同じような魔力の動きが見られるとかそういうこと?」
イアンの言葉が、その引っかかりをほどいた。
「ああ、それだ。確かに魔力の流れ方が似ている」
(どうしてだろうか。何か、【生活魔法】に結びつくものがあるのか?)
思考の海に沈もうとしたところで
ぐぅ~
「あ、ご、ごめん……お腹空いてたみたい」
気の抜けた腹の音と共に、申し訳なさそうなイアンの声が聞こえた。
「な、オレが風呂入ってるときに自分ですればいいと言ったのに……まあいい。今からすぐに作るから、待っていろ」
「ありがと」
(まあ、いつかまた、ああいうことを考える日が来るだろう)
自分も腹が減っているし、これ以上の深い思考は野暮というものだ。キッチンに向かいながら、今日のメニューを考える。しかし疲れと空腹のせいかまったく案が出てこない。
(面倒だしラーメンでいいか……そうだ、あの装備なら棚のものも楽に取れるな)
「『咲花妖精』」
[浮遊]の能力の便利さに早くも気づいてしまった。簡単ラーメンを取り出してポットからお湯を注ぐ。後は待つだけだ。
「あ、もし呼びだすとき名前長いなって思ったら、省略して呼び出せるよ」
「そうなのか。なら、これからコイツの名前は『エア』だ」
名付けたからか、装備との親和性が少し上がった気がする。これを気に、恥ずかしさが少しでも緩和されるようにと思って数分、いい時間になった。
「簡単なもので済まないな。とりあえずこれでちょっと満たしてくれ」
「いいよいいよ。やっぱり便利だよねぇコレ」
「そうだな、今日みたいに疲れた日にコレがあると安心する」
湯気がほんのりと立ちのぼっている。一息つける細やかな喜びを大切に、感謝を込めて。
「「いただきます」」




