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私を忘れて  作者: 千変万化
断章 「ある少女の物語」
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魔女の章 6

 交易都市の制圧は、程なくして完了した。

 威容を誇っていた城塞のような都市は見る影もなく廃墟と化し、そこかしこに瓦礫と死体の山を築いた。とはいえ、さすがに堅牢であったことは否めなく、建物の形を保ったものも少なくない。瓦礫は非常に多いが、今後の活動拠点としてはまだまだ使えそうだった。

 死体は、マリアが全て消し炭にした。放っておけば腐敗し、異臭を放つようになる。そうなれば獣や猛禽がよりついて来るだろうし、何よりも疫病のようなものが流行りかねない。

 その処理が終わってから、マリアは怪我人の許へ向かった。

 制圧完了の報せを受けたのか、マリアが訪れた時には非戦闘部隊が大わらわで怪我人の手当てをしていた。さすがにこれまでのように被害なしとはいかず、重症の者も少なくない。毒消しのための薬のにおいが、その場には鼻に痛いほど広がっている。

 血止めの薬や包帯は、とてもではないが足りそうもなかった。薬はともかく、包帯代わりに衣服などを破って代わりにするなど、人々は悪戦苦闘している。

 先ほどのことで感傷に浸っていたマリアは、罪悪感に苛まれたからか、気づけば一人一人を魔法で癒していた。とはいえ、これまで破壊し尽くすことしか考えていなかったため、完璧に癒すことはできていない。ただ、傷を塞いで血を止める程度は、慣れないながらも何とかこなせた。

 負傷兵も非戦闘部隊の人たちも目を丸くして驚いていたが、皆一様に歓喜し、マリアに深く感謝していた。慣れないことをして少し疲れたマリアは、何も言わずにその場を後にした。

 あてもなく歩いている中、戦闘部隊だった男の亡骸を見かけた。必死の形相のまま事切れたこの男に、マリアはさっきのような治癒の魔法をかけてみる。しかし、いくら待っても命は戻らない。

 勿論、死人が生き返るとは思っていない。ただ、自分の行動した結果を、噛みしめるためにやっただけだ。反乱は、何も相手の命を奪うだけではない。相手から、命を奪われることだってある。マリアは強大な魔力を持つとはいえ、神などではないから、味方の全ての命を守ることはできない。

 ――わかってる。そんなこと、わかってるよ。

 それでも、できる限り味方の命は守りたい。

 全てを奪う魔女が聞いて呆れる、と自嘲気味に思いながら、マリアはぼんやりと歩き続けた。

 やがて日が暮れ、戦闘部隊が戻って来た。

 近隣の村を一つ、落としてきていた。ラルバが指揮を執ったとはいえ、さすがに血濡れの集団では以前のようにはいかず、手傷を負った者も多かった。

 負傷者は、マリアが治癒の魔法をかけて癒した。やはりまだ慣れないが、それでも先ほどと同じことはできた。彼らの反応も先と変わらず、マリアもまた同じ反応をすると、自分に宛がわれた場所へとさっさと引っ込んだ。

 損壊を免れた小さな家である。皆を導く役割を負っているからと、皆から真っ先に宛がわれたのだった。

 中には、当然誰もいない。冷え切ったはずの心が揺れ動いたこともあってか、マリアはひどく疲れていた。食事もとらずに横になり、すぐに意識を手放した。

 翌日からは、これまでとは打って変わって、どっしりと構える方針に切り替えた。

 昨日までは王都に悟られないように迅速にやる必要があったが、交易都市を落とした以上、その必要はなくなった。これからはこの国を少しずつ蹂躙していくために、じっくりと事を構える必要がある。

 ここからは、何も全てを滅ぼす必要はない。仇敵のリチャードに近い者たちだけをなぶり殺しにすればいい。さすがにこの国の民全てを消してしまったら、マリアに着いて来る人たちを飢えで殺しかねない。

 非戦闘部隊は糧食や衣類などの物資の確保に狂奔し、または訪れる人々の応対に当たった。リチャードの所業に納得がいかなかった者たちが、日を追うごとに一人、また一人とこの拠点に訪ねてくるようになったのだ。尤も、手放しでそれを受け入れるようなことはせず、しっかりとその人の心根を見極めてから、同志に加えるかを決めている。

 戦闘部隊は、まだ仕事があった。この拠点は王都に近いこともあり、周辺の村々はリチャードの息がかかった所ばかりだ。あろうことかその村は人が人を支配するようなところばかりで、特に混血児は奴隷のように扱われていると聞く。その者たちを解放するために、攻撃部隊はたびたび侵攻した。ただ、交易都市陥落の報は瞬く間に各地に飛んだのか、自警団や王国騎士団の救援など、執拗な抵抗を受けるようになって攻めあぐねることもままあった。

 味方にいくらか被害が出ることもあり、マリアも同道したかった。しかし、この拠点を軽々しく空けることはできない。戦闘部隊が留守なのを見計らって、二度ほど、王国騎士団が攻めかかってきたからだ。

 何も唐突に攻めてきたのではない。交易都市が陥落したことで、一度だけ講和の使者が来たことがあった。尤も、使者は要件を述べた後に焼き殺し、王都には敢えて残した骨を送って、返答とした。

 そのことがあったからか、王都からはすぐに部隊が派遣された。一度目は様子見程度の少数部隊だったが、二度目は大軍を率いての本格的な攻撃だった。いずれの時もマリアがいたために撃退は容易かったが、戦える者がマリアとジャン、それから少数の守備隊だけだったから、さすがのマリアも骨が折れた。

 魔法を駆使しての獅子奮迅の働きは、無尽蔵に魔力が湧いてくるマリアでも辛いものがある。二度目の撃退の後は体が鉛のように重くなり、疲労感がいつまで経っても拭えなかった。

 今にして思えば、それが前兆だったのかもしれない。

 拠点の襲撃を考慮して、ラルバは戦闘部隊の一部を防衛に回した。マリアは問題ないと突っぱねようとしたが、ジャンが二つ返事で受け入れて勝手に話を進めたために、口を挟む余地がなくなってしまった。

 元々、制圧ではなく殲滅であるので、維持するための兵は必要ない。攻略には時間がかかるようになるが、それでも問題はないとラルバは判断したようだった。

 何よりも、ジャンからの懇願が大きかったのかもしれない。マリアが魔法の使い過ぎで疲労しているのを、ずっと間近で見ていたのだ。

 その甲斐もあって、三度目の王国騎士団の襲撃は、前よりは楽に撃退することができた。マリアが魔法を使う機会がいくらか減り、負担も大分減った。

 ただ、敵も無計画に攻めているわけではない。波状的に攻撃を加えたり、伏兵を用いて翻弄してきたりと、あの手この手を使って攻めてくるようになった。騎士の質も回数が増えるごとに高くなり、守備隊が命を落とすことも増えてきた。

 戦力差で言えば、王国騎士団のほうが数は圧倒的だ。極端な数で例えれば、一人に対して十人で襲い掛かって来るようなものである。それでも負けないのは、ひとえにマリアの魔法が凶悪だからだ。どれほど屈強の騎士が現れても、それらはマリアに近づくこともなく、消し炭になる。

 そうは言っても、そろそろ限界は出てくるだろう。マリアはともかく、反乱軍のほうが気持ちが萎えかけてきている。執拗かつ強力になってくる敵を前にしては、圧倒的な力を後ろ盾にしているとはいえ、心のほうが擦り切れて来ても無理はない。

 他にも懸念はある。最近になってマリアは、自分の魔力が以前よりほんの少し足りなくなっていることに気づいた。無尽蔵かと思っていた魔力は、一日、また一日と過ぎる度に減っていく。まだ大して影響はないが、このままだと思う様に魔法が使えなくなるかもしれない。

 何とかしなければならない。そう思って、何か手を打とうと考え始めた時に、それは唐突に訪れた。

 四度目の撃退を終え、マリアが一息ついた後に、ラルバとジャンを呼んで今後の方針を決めようとした時のことである。

 いつにも増してだるい体を引きずりながら、二人を出迎えた時、マリアは胸の奥で熱い何かがこみあげてくるのを感じた。

 それが何かを考える前に、鈍い音の咳を一度、二度としたのと同時に、それは喉からせりだしてきていた。

 手で覆う間もなく、夥しいほどの赤い液体が、マリアの口から吐き出される。床に、目の前のラルバとジャンにそれはかかり、彼らを赤黒く汚した。

 二人は声を失い、顔を引きつらせながらマリアを見ている。マリアも、自分が吐き出した赤を、信じられないものを見るような眼で見ていた。

 重い音の咳が自然と漏れ、今度は咄嗟に手で口を覆う。生温かなべったりとした赤が、そこに現れた。

「そんな、どうして……」

 信じられないと思っても、現実は変わらない。喉の奥からまたこみあげて来るものは、紛れもなく先と同じものだ。

 うそだ、信じたくない。そう思って堪えようとしたが、その思いも虚しく、マリアはもう一度血を吐き、それから意識を手放した。

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