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私を忘れて  作者: 千変万化
断章 「ある少女の物語」
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魔女の章 3

 翌日は、日の出と共に進発した。

 反乱軍は不安と緊張で、依然として体の動きはぎこちないが、人々の心にどこか安心しているものが垣間見える。自分たちの後ろには魔女がいる。そのことが、多少なりとも支えになっているように思えた。

 次の村が見えてきたのは、日がしっかり昇って久しい頃のことだ。

 反乱軍の総指揮は、ラルバに任せた。さすがに、統率の取れていない状態で攻め寄せるのは、非効率である。

 村の制圧は、思った以上に早く終わった。日は、まだ中天に差し掛かったばかりだ。

 騎士団長を務めていたこともあって、ラルバの指揮は的確だった。反乱軍をそれぞれ攻撃を加える部隊、逃げ道を塞ぐ部隊、追い打ちをかける部隊の三つに分け、効率よく村を攻め上げた。

 突如として襲ってきた反乱軍に、村人はただ戸惑うばかりだった。何せ、率いているのが王国騎士の格好をしているのだ。逃げるのも忘れ、何が何だかわからないまま血の海に沈んだ者は、少なくなかった。

 それでも逃げようとしたり、反抗しようとしたりした者も大分いたが、やはりラルバの指揮の敵ではなかった。まず斃すべき人を的確に見極め、反乱軍に仕留めさせていった。

 ラルバの巧妙なところは、できる限り元騎士以外の人たちに村人を殺させたことだ。嫌な言い方だが、元騎士たちは任務によって人を斬ることに慣れている。当然、一般の民人がそんなことに慣れているわけがないから、今後のことを考えると、そうさせるのは実に合理的だ。生真面目そうな顔をしてなかなかあくどいことを考える、とマリアは内心意外な思いでラルバを見つめていた。

「制圧完了だ、魔女殿。先の村と違って、家屋やこの村の物資は殆ど無事に残っている」

 直立し、ラルバは淀みなく言ってのける。人々の前では、ラルバはマリアのことを魔女殿と呼んでいた。

 遠慮ない物言いに一瞬場がどよめいたが、マリアが頷いただけで済ませたから、それもすぐに治まった。

 マリアとしては、ラルバとジャンだけが本当の味方だと思っている。心の内を、素直に吐き出すことができる。彼らにだけは、あまり遠慮して接してほしくはなかった。

 残っている物資を集めるべく、マリアはその村にひと時腰を落ち着けた。物資を管理する者たちが、忙しなく走り回る。戦闘した者たちは、つかの間の休息を許されて休もうとしている。

 ただ、初めて人を殺したことで気が昂ったのか、じっとしていられない者たちのほうが多いようだった。武器を片手に素振りを始め、または味方同士で打ち合いする者もいる。休もうとしている人も、どこか落ち着かない風だ。

 今、人々の目には獰猛な光が宿っている。それは宛ら、獲物を前にした肉食の獣のようか。迂闊に近寄れば、噛み切られそうな危うさが、彼らにはあった。

 この勢いは、できるだけ殺したくない。そう思ったマリアは、物資が集まり終わると、すぐさま進発することをラルバとジャンに命じた。目指す場所は、ここから北へ大分行ったところにある交易都市だ。その中途でまだいくつか村はあり、すれ違った村はマリアが滅ぼしていく。進行方向上、取りこぼしはあってしまうが、それを無理に攻め落としに行くつもりはない。

 今は速攻に次ぐ速攻、いわゆる電撃作戦で村を襲い、誰の目にも止まらずに滅ぼしているが、もう限界だろう。近いうちに王都にも反乱の報が届き、何かしら手を打って来るのは必定だ。いちいち滅ぼして時間を取り、それで下手な怪我を負うのはあまり好ましくはない。

 ラルバもジャンもこのことに関しては異論はないのか、すぐさま賛同して人々に命を下した。

 士気が高いまま、反乱軍は進発した。しかし、ここから交易都市までは、駆け通しても二日はかかる。今は血に酔って気持ちが昂っているだけだから、我に返れば消沈する者は少なくないだろう。いくら覚悟しても、どうしても罪悪感は湧いて来るはずだ。

 そんな気持ちを紛らわせるには、何も考えさせないことだ。交易都市までは基本駆け足をさせ、長い休みは取らなかった。さすがに老人や女子、見るからにひ弱な男たちには魔法で生み出した馬を与えたが、それでも辛そうなのは変わりがない。

 だが、その甲斐もあって、最短の二日で交易都市の近くまでは来れた。

 その間に、マリアは三つの村を落としていた。反乱軍より早く先行し、村三つを跡形もなく焼き尽くした。人も建物も、何もかもが黒い炭へと姿を変え、今でもその地に横たわっているだろう。

 尤も、そんなことに興味はないし、感慨も湧かない。マリアの頭には、これからのことしかなかった。

 深淵とも言える闇に彩られた空の下、マリアは交易都市から少し離れた森の中に反乱軍を隠した。月明かりがあるとはいえ、木々が腕を伸ばして闇を深めている森は、多くの人影を覆ってくれる。

 人々は勿論、元騎士たちもいくらか疲弊していた。さすがにそのままでは使い物にならないから、マリアは半日の休憩を与えた。

 夜更けということもあって、皆泥のように眠った。ここまで、満足に眠ることも許さなかったのだ。

 マリアも眠気がないわけではなかったが、頭の中に入れておかなければならないことがあって、ラルバとジャンと話をしていた。

「確認したいことがあるのだけれど。グランツ、あの交易都市って、どんな感じの場所なの?」

 少し前に見た記憶を頼りにしながら、マリアは問いかけた。

 見る者を圧倒するような威圧感を放つ、都市とは思えない何か。マリアの中には、そんな印象が強く残っている。

「そうだな……」

 低く呟き、ラルバはジャンに目配せする。ジャンが頷き、どこかへ駆け去ったかと思えば、手に小さな机と少し大きめの白い紙を持ってすぐに戻って来た。今はマリアの従者をしているとはいえ、さすがに元々ラルバに付き従っていただけのことはある。

 ラルバが紙を受け取り、懐から筆を取り出すと、そこにさらさらと何事か書き出していく。それは見る間に形になり、あっという間に交易都市の地図となった。

 ある程度簡略化して書かれているとはいえ、各場所についての詳細が書き足されている。図は大雑把であるが、十分に理解できた。

 交易都市は都市というよりは、城砦と言った趣きが強いようだ。都市の周囲は城壁がそそり立ち、東と南北の入り口には石造りの城門がそびえ、有事の際にはそこを閉ざして敵の侵入を防ぐことができる。空いている西の方は海に面していて、海上から交易船を迎える港があり、多くの船もある。その港と都市の間にも似たような門があり、やはりすぐさま閉ざせるようになっているようだ。

 それでも都市と呼ばれるのは、広大とも言える敷地の規模あってこそだろう。

 十人、二十人が暮らす小さな村が、少なくとも十は収容できるだろうか。図と自身の朧な記憶でははっきりとはわからないが、とにかくとてつもなく広いのは間違いない。さすがに、この国で二番目に大きいと謳われているのは、伊達ではないようだ。

 そして、ここには屈強な兵士が少数だが駐屯している。ヨルダ・フランドルがこの交易都市を守る切り札として育てた精兵は、ラルバが油断できないほどの実力を持つという。

 ――制圧には、時間がかかるかも。

 しかし、出入り口さえわかれば何も問題はない。

 マリアの頭の中では、既にどう攻め込むのかは描けていた。

 この人数で、広大で人の数も多い交易都市を落とすには、ただ闇雲に攻めるだけでは駄目だろう。本来の攻城戦ならば門を押さえたりするのだろうが、魔女には魔女らしいやり方がある。そのやり方はまだ試みたことはなかったが、魔力の扱いに慣れてきたマリアには、できる確信があった。

 懸念があるとすれば、都市に群がる人たちの反抗か。王都への見せしめのために、交易都市を攻撃するのは白昼堂々と決めてある。当然、人の出入りは最も多い時間帯だ。生命の危機に瀕した人たちが頑強な抵抗をしてくるのは、想像するに易い。

「東と北、あと西の城門は、わたしが魔法でいっぺんに崩すわ。あと、ついでに船も沈めておく。可能な限り、命を奪うためにね」

「そんなことができるのか?」

「多分ね。規模を広げた魔法はまだ使ったことがないけど、そんなことができるぐらいに魔力は溢れてきてる。できないはずがないわ」

 少し自信ありげに、マリアは言った。

 魔法を発現する時に、大切なことが二つある。一つは、使いたい魔法を頭の中でできるだけ鮮明に描き切ること。そして、体の中から湧き上がる魔力をうまく制御しきることだ。

 いくら想像力豊かに発現したい魔法を描けたとしても、それに見合う魔力を使えなければ、想像とは異なるものが出て来てしまう。威力に関連する魔法ならば特に顕著で、例えば相手を一瞬で一飲みにしてしまうほどの炎の魔法も、扱える魔力が弱ければ火傷すら負わせられない。

 その点、今のマリアは何の心配もいらなかった。体に感じる魔力は日に日に力を増していき、村を滅ぼした時に要領を得たのか、その力を扱うのにさほど苦労はいらない。

「マリア様、本当に大丈夫ですか?」

 心配そうな顔をしたジャンが、か細い声で問いかけてくる。

「心配しないで、ジャン。間違っても、あなたたちを傷つけるような下手は打たないわ。しっかり、制御しきってみせる」

「い、いえ、そうじゃないんです。ぼくが言いたいのは、魔力を」

 言いかけたジャンが、口を開けたまま一瞬考えるような素振りを見せ、それから俯いて口を閉ざした。どうしたの、とマリアが問いかけても、ジャンは首を横に振るだけで答えない。

 横目でラルバを見ると、丁度目が合った。互いに怪訝に満ちたものだったのだろうか、見合わせ途端にお互い肩を竦めた。それがほんの少しだけおかしく感じたが、その懐かしい温かな感情も、すぐに冷えている心が呑み込んでしまった。

「ごめんなさい、何でもないんです。でも、どうかその強力な魔法を使う時は、できるだけ人を遠ざけて下さい」

 俯きながらそう言うジャンは、何かを危惧しているのかひどく沈んだ顔をしていた。どうしてなのか気になったが、ジャンはおそらく答えてくれないだろう。答えるつもりならば、そんな顔をしながら何でもないなどと言うはずがない。

 腑に落ちなくて少しもやもやしたが、マリアはそれ以上追及することはしなかった。

 話を戻し、交易都市をどう攻略していくかを、マリアは二人と話し合った。

 マリアの魔法を当てにした前提で、話は進められていく。

 攻め込む前に、前もって反乱軍を交易都市に潜入させる。事が起きた時に、内側からすぐに暴れ回ってもらうためだ。彼らはまだ顔が割れていなく、ただの旅人や商人など、格好の仕様はいくらでもある。裏切り者の騎士でもない限りは、何の疑いも持たれないはずだ。

 十分に人が潜入した後に、各城門を魔法で崩す。そして、東西と北が通行不可となった交易都市を、南から一気に攻める。ただ、すぐに攻めるのではなく、南門から逃げようとした人々を討ち果たしてから、一息に侵入する。いきなり人が殺されたら、逃げようとしている人々が極度の混乱に陥るのは必定で、いるであろう精兵の動きを逃げ惑う人々で抑制させるのが狙いだ。

 動きが鈍れば、精兵だって怖くはない。ラルバ率いる騎士部隊は精強を誇り、加えてこちらには魔族の集団だっている。魔力が弱まってしまっているとはいえ、相手に手傷を負わせるくらいの魔法は使えるし、何よりも肉体は強靭だ。隙さえ見せなければ問題ないはずだ。

 目標は、都市の制圧と可能な限りの殺戮である。さすがに全てを殺しきることはできないだろうが、できる限りの命は刈り取る。これは、見せしめなのだ。交易都市が難なく落とされ、そこにいる人々が死に絶えたと知れば、リチャードは恐怖を覚えるに違いない。次は自分の番だと、震えるに違いない。

 大まかに方針が決まれば、あとは実行に移した時に考えるのみである。今はこれ以上、思い悩む必要はない。

 話は、そこで打ち切りになった。ラルバもジャンも、大まかに方針を立てるだけのつもりだったようで、話が終わるとすぐに横になった。

 マリアも、机に突っ伏してひと眠りした。明日の侵攻を思うと気が昂って眠れないかと思ったが、思いの外容易く睡魔は襲ってきた。

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