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私を忘れて  作者: 千変万化
断章 「ある少女の物語」
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巫女の章 2

 ジードが去った翌日から、村人のマリアたちへの態度はがらりと変わった。

 まず、いじめがなくなった。今までわざわざ家の近くまで押しかけていじめに来た子どもたちが、皆揃って謝りに来た。誰も彼も、本心から言っているようで、中には泣きながらの子もいる。マリアは戸惑いながらも、それを許した。

 また、母への村人の態度も、一変していた。昨日までは陰口を叩いたり、露骨に嫌悪を示していた人々が、ばつが悪そうに接してきていた。母もまた戸惑っていたみたいだが、すぐに前向きに受け入れることはせず、逆に皆に謝りに行った。自分のせいで迷惑をかけて、肩身の狭い思いをさせた。その思いを伝えると、村の大人たちは一斉に項垂れていた。

 そして、この村の村長が、マリアに恭しい態度を取るようになった。

 その日の昼に、マリアが村長の家に呼ばれると、彼は広い額を床に押し当てて、涙を流しながらマリアに謝った。

 本当ならば、もっと早くに手を差し伸べるべきだった。しかし、その勇気がなかった。混血児を受け入れることで、村の者たちの報復を受けるかもしれないと思うと、何もできなかった。

 涙ながらに語る村長は、心から悔いているように思えた。

 話を聞いていると、村長は心優しい人だということが、マリアには何となくわかった。

 命を大事にし、種族など関係なく手を携えて生きていく。村長は、そんな願いを持っている。だが、優しすぎるがゆえに、村人の意思を尊重しすぎるきらいがあるのだろう。だから、村人の大多数の意思を是とし、いらざる波風が立たないようにしてきた。それがマリアとその母を犠牲にしたものと知っていながらも、敢えて目をつぶってきた。

 それを開かせたのは、おそらくジードだろう。ジードが村を去ったのは、実はマリアと別れてから大分経ってからだったらしい。多分、村長や村人とは、たくさん言葉を交わしたのだろう。

 その中で、あの話もしたのだろう。一頻り謝った後に、村長はマリアに、巫女という呼称を授けた。

 授ける中で、村長はしみじみと語った。

「わしも、若い頃に予言を受けた。銀の髪を持つ異端の子が、いずれ村を救うだろう、と」

 マリアが予言の子だと気づきながらも、やはり手は差し伸べられなかったが、と村長は俯きがちに言った。

 ジードの時みたいに、俄かには信じられない話だ。だが、巫女となって三日が過ぎた時に、その言葉は現実となった。

 村に、四人の魔族が押し入ってきた。四人とも傷だらけだが、目には獰猛な光を帯びていて、抜身の剣を片手に持っていた。

 この村を接収する。食糧、金目のものを全て差し出せ。魔族の一人が、怒鳴るようにそう叫んだ。

 村はたちまち大混乱に陥り、村長が慌ててとりなしを頼もうとしたが、魔族は聞く耳を持たない。そればかりか、村長の目の前で何もない所から炎を燃え上がらせ、驚かせては脅した。

 村長を始め、村人はその脅しに屈してしまいそうになった。各々家財を漁り、差し出してしまいそうになった。

 だがそれを、マリアは止めた。わたしが説得する。そう言って、マリアは魔族と向き合った。

 最初、怪訝な顔をしていた魔族だったが、その顔はすぐに青褪めた。自分たちが畏れ敬っているものと同じ力を、本能的に感じ取ったのかもしれない。

 マリアは、不思議な何かが自分の中に潜んでいるのを、物心ついた頃から何となく察していた。ただそれは、普通の子どもが持ち合わせないものである。普通でありたかったマリアは、敢えてその何かに触れることはしてこなかった。

 しかし、そうも言ってられない。ジードと会った時から、マリアはもう、普通を求めることをやめた。微かな希望は、言い換えれば奇跡に等しい。奇跡は、普通であってはきっと訪れない。

 魔族と対峙した時、自分の中の何かに、マリアは自ら触れた。それは一種の力であり、その力が魔族の持つ魔力であることを、唐突にマリアは察した。

「わたしは、魔王の娘だ。魔王から、この村を任されている。それでも、この村を接収するというのか」

 できるだけ高圧的に、出まかせをマリアは言った。そんな言い方も嘘も全く慣れていなかったが、それでも魔族はうろたえた。剣を取り落とし、地に這いつくばって頭を下げるほどに、魔族は怯えた。

 魔王の軍に入るために、少しでも手土産を手に入れたかった。魔族の一人が、震えながらそう答えた。

「こんなことをして、魔王が喜ぶと思っているのか。魔王が、力ずくで物を奪ったことが、一度でもあったか」

 母から聞いた魔王のことを頼りに、マリアは精一杯声を張って、それでいて低い声音で言った。

 魔王は、この国を支配こそすれど、無理やり村や都市を新たに制圧することは決してなかった。先代までが押さえつけていたところを、苦々しく思いながら黙認していただけだったそうだ。マリアは、それを信用して、今の言葉にした。

 魔族たちは、二度とこんな真似はしない、と自分の腕を剣で傷つけて誓った。どろりと流れ落ちる血を目にして、一瞬気が遠くなりそうだったが、マリアは何とか堪えて鷹揚に頷いた。

 四人が武器を収め、村を去ると、村は歓喜に包まれた。

 皆が皆、マリアに感謝の言葉を述べてくる。ここ三日は、少し無理をして接していた感じの大人たちは、心の底からマリアに感謝しているようだった。

 このことで、マリアは村人から、本当に巫女として崇められるようになった。

 それから五年ほど、平穏な時が流れた。

 崇められるだけでマリアは何もできなかったが、それでもこの村はずっと平和だった。

 五年の間に、この国はまた色々と状況が変わっていた。

 この国を最も騒がせている魔族同士の戦いは、未だに決着をつけられずにいた。魔力の危険性に気づいて抑制を望んだ魔族と、そうでない魔族の対立。それぞれ北と南に根拠地を置き、この国全土を巻き込んでの小競り合いや、ある程度の戦力でのぶつかり合いを、未だに長々と続けている。同族同士での殺し合いに気を咎めているのか、全面戦争とまではいっていない。魔王が収束させようと躍起になっているらしいが、いい方向にはなかなか転んでいないらしい。

 その間にも、大地は命を失った場所が増え、多くの生き物が死に絶えた。特にこの国の北側は、魔力を使う魔族が多いせいで、もう砂色のほうが目立っている。

 人間族のほうでも、変事は起きていた。

 二年前に、国王が死んだ。いや、殺されていた。和解の道を探るために魔族と秘かに会っていたところを、粗暴な魔族の軍に見つかり、魔族諸共命を奪われていた。

 今、この国の王はジードである。国王の死後、すぐに即位し、人間族の動揺を抑えようと死力を尽くしていると聞く。しかし、父の二の舞にならないように、ジードはそれ以上の動きを見せていない。

 下手な抵抗や動きを見せなければ、魔族は必要以上の搾取をしてこない。それは、どこに対しても同じだった。

 そして、身近なことではあるが、一つの終わりが訪れた。

 先日、母が死んだのである。

 ジードが助けてくれてから、母の心労は大分減ったのだが、それまでの蓄積は想像できないほど多いものだったようだ。少し気が抜けて、ちょっと風邪を引いた時に、母は病をこじらせてしまった。マリアが必死に看病をするも、治りかけてはまたぶり返してを繰り返し、母は少しずつ衰弱していった。

 それでも五年という歳月を長らえてくれたが、とうとう限界が来てしまった。げっそりとこけてしまった顔に精一杯の笑みを浮かべながら、母は永久の眠りについた。

 その時から、マリアは一人になった、と感じた。

 たくさんの人が近くに来てくれるが、本当に寄り添ってくれる人は、誰一人としていない。いつも一緒にいてくれた母も、時々来てくれたジードもいない。寂しかったが、マリアは敢えて笑顔でいた。母を看取った時を除いて、ずっとずっと、笑みを浮かべ続けた。それで多くの人が安心できるならば、お安いものだと思った。

 ――それにしても。

 ふと思い出したジードの横顔が、とても懐かしいものに感じる。

 ジードが即位する前までは、ふた月に一度はマリアに会いに来てくれたものだ。彼としてはマリアの様子を見るためだったのだろうが、それでもマリアは嬉しかった。目立つ容姿であるがゆえに村の外へ出られないからか、ジードは色々な話をお土産に持ってきてくれた。大きな獣の話や、どこまでも広がっていそうな海の話に、ジードの友達の話。時には大げさに話すこともあったが、マリアはその話を聞くのが好きだった。

 そして何よりも、ジードのことが、大好きだった。

 そんな気持ちに気づいたのがいつだったのか、マリアは覚えていない。ただ、幼い子どもの淡い恋心ではなく、真剣な恋なのは確かだった。

 マリアは、ジードのために何かをしたかった。この村を守るだけでなく、国そのものを救える手助けをしたかった。しかしそれは、母に心配をかけてしまうから、今まではできなかった。

 悲しいが、母の死はマリアを自由にするものだった。母に心配かけまいと無理やり自制してきた心を、もう縛る必要はない。

 ある春の日に、マリアは二つの種族を和解させるために、村を出ることを決意した。

 村長を始め、村人たちは一斉に反対した。危険すぎる。巫女様がいなければ、誰が守ってくれるのか。悲痛な叫びに似た声に一瞬心が揺らいだが、それでもマリアは考え直すことをしなかった。

「今この時も、苦しんでいる人がいる。わたしは、その人たちを見捨ててまで、生きていたくはない」

 はっきりと言うと、もう誰も口を開く者はいなかった。項垂れて、マリアに道を開けるのみだ。

「きっと、うまくやってみせる。いつか必ず、笑顔でここに戻って来るから」

 そう口にして、マリアは朝早くに村を出た。

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