↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を忘れて  作者: 千変万化
六章 「覚醒」
36/125

6-2

 交易都市に辿り着いたのは、村を出てから十日後のことだった。

 中に入ってから、まずは宿を探した。大集落の時の教訓で、先に取っておかないと後々苦労するのは、身を持って体験している。

 入口から少し行ったところにある二階建ての宿屋の一部屋を借り、それからアリーはラインハルトと共に、都市の散策を始めた。

「凄いね」

 自然と、感嘆の声が漏れる。アリーは、目を丸くしながら町並みを見ていた。

 たくさんの建物が所狭しと並び、遠くの景色が見えないほどだ。また、路上では多くの露店が開かれていて、客を呼び込む声があちこちで交錯している。当然、行き交う人の数は尋常ではないほど多く、アリーは圧倒された。

「いつ来ても、ここは凄い人の数だな」

 呟くように言ったラインハルトの声には、アリーのような動揺は一切ない。寧ろ、慣れているといったような響きさえある。

「僕、というより、若輩の騎士は交易都市には任務でよく来るんだ。王都とここは、結構近い。荷物の護送や商人の護衛とか、比較的易しい任務はどれも、行き来が容易い交易都市を目的地に定められているんだ」

 不思議に思っていると、ラインハルトがにこりと微笑みながら言った。

 何度も来ていることもあってか、ラインハルトは自分の知っていることをアリーに教えてくれた。

 この都市は、王都に次いで大きく、栄えている。各地から多くの人が集まるため、もしかしたら王都よりも人の数は多いかもしれないらしい。人が集まるということは、物が集まることでもあり、この都市ではありとあらゆるものが運ばれ、また各地に散っていく。

 交易はこの国の中だけに限らず、国外にもまだまだあるという別の国とも行われている。それは陸路に限らず、交易都市の端に広がる海からも道は広がっている。

 アリーは、まだ海を見たことがなかった。水が塩辛く、とても飲めないのと、どこまで続いているかわからないほどに広いことしか知らなかった。

 海を見てみたい。そう思ったが、こう人が多いところで長時間外にいるのは憚られる。何よりも、アリーはこの交易都市に、どことなく嫌なものを感じていた。

 ――何だろう。何か、変な感じがする。

 商いに精を出す人たちの声は明るく、商品に目を通す客の顔も同様だ。しかしそれらが、アリーにはどこか不自然に思えた。行き交う人々の表情は、確かに愛想がいい。だが、大集落でのやり取りを先に見たからか、ここでの応対が空々しく感じられてしまう。

 何人かが、忙しそうにアリーの隣を駆け抜けた。偉そうに命令しやがって。通り過ぎ様に、愛想よい顔からそんな呟きが漏れ聞こえた。

「ねえ、ラインハルト」

 少しだけ怖くなって、ラインハルトに声をかけた。そのラインハルトは、少し険しい顔をして辺りを見渡している。アリーの声には、気づいていないようだった。

「どうしたの?」

 肩を叩いて、アリーは問いかけた。少しハッとしたラインハルトが、表情を変えないままアリーに顔を向ける。

「いや、今日は妙に物々しいなって思ってね。いつもより、騎士の数が多いんだ」

 言われて、アリーも周囲に視線を巡らす。確かに、あちこちに騎士と思われる人がちらほら見られ、皆が皆、何かを探しているような素振りを見せている。それらのどの顔も険しく、どこか切迫したものを感じさせた。

「そんなに、多いの?」

「うん。この都市には多くの騎士が配置されてるけど、普段はここまで表立って行動していないんだ。……いや、できないんだ」

「どうして?」

「ここは、大集落よりもこの国の命を握っている。国を潤すための、富ませるためのものの、ほとんどを扱っているからね。だからここでは、商人のほうが力が強いんだ。国を守る騎士よりも、ずっとね」

 少しだけ嫌悪の色を見せながら、ラインハルトが言った。

「でも、今日は違う。商人の目を憚ることもなく、堂々と任務をなそうとしてる。こんなのを、僕は見たことがないよ」

 ラインハルトの言うとおり、騎士たちは忙しそうにしているが、どこか生き生きとしていた。声も張りがあって、遠くまで通るそれは力に満ちている。

 対して、露店を開いている商人たちは表情こそにこやかだが、騎士たちが駆け回るのをあまり面白くなさそうに見ているように感じた。彼らを見る商人の目は、まったく笑っていない。

 どことなく恐ろしいものを見たような気がして、アリーは商人たちから目を背けた。

 ラインハルトは、尚も騎士を眼で追っている。

「もしかして、ラインハルト殿ではありませんか?」

 不意に声をかけられ、アリーとラインハルトはその方へと顔を向けた。

 若年の騎士が、直立しながらラインハルトを見ていた。

 アリーはそっとラインハルトの影に隠れ、できるだけ姿が見えないようにした。

「ああ、そうだ。僕に、何か用かな?」

「はい。旅の途次で恐縮なのですが、偶然お見かけしたので、一応お耳に入れた方がよろしいかと思いまして」

 少し緊張した面持ちで、騎士が呼吸を整えた。

「この都市に、石像があるのはラインハルト殿もご存知ですよね?」

「ああ。あの、不気味な奴だろう?」

「ええ、それです。それが最近、妙ないたずらがされていまして」

「妙な?」

 ラインハルトが怪訝そうに言うと、騎士が辺りを見渡してから、声を潜めて続きを話す。

「石像に、真っ赤な液体がかけられているのです。気の利いた者がその度にきれいに拭っていたのですが、翌日にはまた同じようにされていて。皆、うんざりしています」

「寝ずの番は立たせなかったのか?」

「もちろん、立たせました。でも、意味がなかったんです。寝ずの番が、何者かに倒されて気を失ってしまうので」

 ラインハルトが、一度唸り声を上げた。アリーがちらりと覗く彼の表情は、眉間に皺が寄るほどに険しい。

「騎士の沽券に関わるということで、今はもう立たせていません。そればかりか、皆不気味がって、石像に近づくのをやめてしまいました。放置されてから十日は経っているので、きっとあの石像は、赤黒くなってしまっていることでしょう」

「それが本当なら、余計に不気味なものになってしまったな」

「はい。ただでさえ、あの石像は悪趣味な物でしたのに」

 少し体を震わせ、騎士は弱弱しく言った。

 ラインハルトは何かを考えていたようだが、ふと何かを思い出したのか、険しかった表情を少し和らげた。しかし、難しいものは浮かんだままだ。

「それはそうと、今日は一段と騒がしいが、何かあったのか?」

「何かあったと言われたら、あったのですが……」

 言い淀む騎士に、ラインハルトはずいと近寄った。

「僕に、言えないことなのか?」

「は、はい。王都のレヴィア将軍から、緊急の任務が入ったのです。極秘だから、他言は斬刑と釘を刺されているので」

「そうか」

 難しい顔をして頷いたラインハルトが、片手をあげて何度か軽く振ると、騎士は一礼して駆け去って行った。

 騎士が去ってからも、ラインハルトの表情は変わらなかった。

「何か、気になるの?」

 小首を傾げながら、アリーは聞いた。

「……さっきの話が、ちょっとね」

 少し間を置いてから言ったラインハルトの顔は、やはり険しい。

 この都市の石像に、いたずらがされたという話だ。アリーも確かに、そのことは少し気になっていた。

「ねえ、アリー。ちょっと、石像を見に行ってもいいかな?」

 顎に手を当てながら、ラインハルトが言った。

「うん。私もね、ちょっとだけ気になってた」

「じゃあ、行こうか。あの石像は、この都市の中央公園にあるはずだよ」

 遠くを指さしながら、ラインハルトは歩き始める。気が急いているのか、いつもよりいくらか早足である。

 尤も、逸る気持ちはアリーも一緒だ。妙に気になるその石像に思いを馳せ、遅れないように、アリーはラインハルトの背を追いかけ始める。

 刹那。

 ――みんな、死んじゃえばいいんだ。

 どこからか、そんな声が聞こえた気がして、アリーは足を止めた。

 周囲を見渡すが、今は周りに誰もいない。しかし確かに聞こえたその声は、今もアリーの耳の奥で、不気味に反響しながら聞こえている。

「アリー」

 少し遠くで、ラインハルトの呼ぶ声が聞こえた。

 ハッとして、アリーは小走りにラインハルトを追いかける。その時にはもう、不気味な声は聞こえなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。