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ジョシュアが死んだ翌日、ラインハルトはヨハネスに呼び出されて、彼の屋敷へと行った。
「遅かったな、ラインハルト」
迎えたヨハネスの顔は、驚くほどにやつれていた。頬はこけ、目の下には黒い隈が張り付いている。それでも鋭い双眸は、少し身震いするほどの強い光を湛えていた。
しかしその顔にも、別段驚かなかった。ラインハルトだって、ジョシュアと別れてから、まともに食事をとることができていない。眠ろうにもジョシュアの顔が頭に浮かび、浅い眠りで目が覚めてしまう。きっと、ヨハネスに劣らず酷い顔をしているのは容易に想像できた。
「ごめん、ヨハネス。約束は、昼前だったのに」
日は、既に中天をいくらか過ぎている。人の気など知らないかのように、頭上には青々とした空が広がっていた。
「ふん。まあ、そんなことはどうでもいいか。お前に、伝えておかねばならんことがある」
「僕に? 一体何を」
「ジョシュアが、守ったものをだ」
入口の石段に腰掛け、ヨハネスは口の前で指を組みながら言葉を続ける。
「昨日、処刑されたのはジョシュアだけだっただろう? 本当はな、あそこにはもう二人いるはずだった」
組んでいた指をほどき、ヨハネスは自身と、そしてラインハルトをゆっくり指さした。そして、低い声で呟く。
「俺と、お前さ」
「えっ……?」
何を言われたのかわからず、ラインハルトはそれしか言えなかった。
構わず、ヨハネスは続ける。
「アルベールの家の奴らからすれば、ジョシュアだけじゃなく、俺たちも目障りだったのだろうな。俺たちのような曲がらない騎士は、いずれこの国に牙を剥く。この国が危うくなれば、奴らが何のために家を盛り立ててきたのかがわからなくなる。だから、一緒に処分しようとした」
「ま、待ってくれ、ヨハネス。君は、何を言っているんだ? 君は、何を知っているんだ」
「ふん。やはり、知らなかったか。ジョシュアは、お前には言わなかったのだな」
少しだけ寂しげな表情を見せたヨハネスが、一度息を吐いた。
「アルベール家はな、もともとはこの国を統べていた王族だ。だが、遠い昔に没落してな、一度ただの貴族になり下がった。それが屈辱だったのだろう。アルベール家の奴らは、昔の栄華を取り戻すべく、長い時をかけて今の地位を手に入れた。名高い騎士を輩出する名家としての地位をな」
このことは、アルベール家の者とジョシュアから聞いた俺くらいしか知らない、とヨハネスは付け加えた。
ラインハルトは、まだ混乱していた。それに畳みかけるように、ヨハネスは言葉を紡ぎ続ける。
「ジョシュアが何を思って俺に教えてくれたのかは、今となってはわからん。ただわかるのは、アルベール家のどす黒い野望だけだ。いずれ王を追い落とし、自分たちが王として君臨する。そんな、薄汚い欲望だけだ」
一度息を吐き、ヨハネスがさらに続ける。
「いずれ奴らは、この国に牙を剥く。しかしそれは、荒事を起こさずにだ。じっくりと時間をかけて今の地位を築いたように、じわじわとこの国を蝕み、やがて自分のものにするつもりだ。そのために、邪魔な芽は摘んでいこうというのだろう」
漸く、ラインハルトの頭ははっきりしてきた。ヨハネスの言葉が、嫌になるほどはっきり理解できてくる。
「……つまりは、これから奪う国のために、邪魔になりそうな僕らを排除しようとした。そういうことなのか?」
「端的にまとめればな。でも、それは実現しなかった。何故だかわかるか?」
ラインハルトは首を振った。今は、いくら考えても答えは出ない。
「ジョシュアが、身を挺して奴らを説得したからさ。あいつが、俺たち二人を殺す不利を必死に説いてくれたから、俺たちは今も生きている」
「ヨハネス、君はどこまで知っているんだ?」
あまりにも知りすぎているヨハネスに怪訝な顔を向けると、彼は寂しそうな笑みを浮かべた。
「ふん。何の偶然か、俺はジョシュアと奴らが話しているのを聞いてしまったのだよ。巡回の帰りに、あいつの家へと立ち寄ろうとした時にな。ジョシュアの奴、必死だった。俺のフランドル家は交易を差配し、グランツ家は王の親衛騎士を束ねる。その二つの家の跡取りを奪えば、国は盾と喉を潤す水を失う。だから、死ぬのならば厄介者の俺だけにしてくれ。そう、叫んでいたよ」
その光景を思い出したのか、ヨハネスの双眸から涙が零れ落ちた。滅多に涙を見せないこの親友の涙を、ラインハルトはただ茫然と見つめていた。
ヨハネスは涙を拭うこともせず、そのまま言葉を続けた。
「俺たちは、ジョシュアに救われた。救われたからには、何としても生きなければならん。ラインハルト、ジョシュアと会って話せたお前は、あいつから何か言われただろう?」
ジョシュアの、最後の願い。どれだけ心が揺さぶられていても、すぐに思い返せる、忘れられない言葉。
「……決して、理想を忘れないでくれ。俺たちが抱いた、遠い理想を」
震える口から、ラインハルトはやっとの思いで言葉に出した。
ヨハネスが、涙ながらに優しい笑みを浮かべた。いつもの口の端だけでの皮肉交じりのものではない、初めて見る優しい表情だ。
「忘れないさ。生かされた俺たちが、何としても叶えてやる」
いつになく優しい声で言うヨハネスを、ラインハルトは呆然と見ていた。どこか、ヨハネスが大きく見える。ジョシュアの死を、受け入れているからなのか。
自分はどうだろうか、とラインハルトは思った。きっと、見る影もないくらいに小さいのだろう。多分、ヨハネスのように割り切れなくて、立ち止まったままなのかもしれない。
視線に気づいたヨハネスが、ラインハルトの額を指で弾いた。響くくらいのいい音が鳴り、ラインハルトは思わず額を押さえた。
瞬間的な痛みが襲ってくる。だがそれも、見つめるヨハネスの冷たい視線が、掻き消した。
いつの間にかいつもの仏頂面に戻っているヨハネスの顔が、しっかりしろと言っている。
正直、ラインハルトは割り切れたかどうかわからない。それでも少しだけ、ほんの少しだけ気持ちを上向かせ、小さく頷いた。
口の端だけで微かに笑って見せ、ヨハネスが腕を組んで瞳を伏せた。
「たとえ二人になっても、俺は後ろは向かんぞ。振り返るのは、理想が叶った時だけだ」
「……そうだね。僕も、できる限りそうするよ」
小さく鼻で笑い、ヨハネスは拳を差し出してきた。ラインハルトはそれに、軽く自分の拳を合わせる、
もう一つ足りない。そんな気分が襲い掛かってきたが、ラインハルトはぐっとこらえた。ジョシュアは、もういない。ヨハネスと二人で、頑張っていくしかないのだ。
――けれど、やはり寂しい。
ヨハネスも、きっとそうなのだろう。合わせた拳は、一向に離される気配がない。
互いの気が済むまで、二人でしばらく拳を合わせ続けた。合わせるヨハネスの拳は、寂しさも入り混じってか、いくらか冷たかった。




