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「ジョシュア殿、何か変だったな」
商人がぽつりと呟いたのは、ジョシュアの背が見えなくなって少ししてからだった。
頷き、アリーはジョシュアがさっき見ていたページを開く。
少年の親友が、事故に遭って命を落とす場面だ。その事故は引き起こされたもので、少年の邪魔をするために悪人が仕掛け、それに気づいた親友が少年を庇って死んでしまう。
何故この場面で手が止まったのかはわからない。けれどあの時のジョシュアは、尋常ではない顔をしていた。
――なんでだろう。
口の中で呟いたが、わかるわけもなかった。ただ、ジョシュアに思うところがあったのは、間違いないはずだ。
「今度、ジョシュアに会ったら聞いてみようよ」
「そうするかね。あの人のあんな顔は、わたしは見たことがない。気になってしょうがないよ」
「私もだよ。友達がああいう顔をするのは、やっぱり寂しいから」
アリーが言うと、商人も頷いた。
――ラインハルトに話したら、なんて言うんだろう。
あの優しい顔を曇らせて、それでも、大丈夫だよ、と言うのだろうか。
不思議と、無性にラインハルトに会いたくなって、アリーはちょっとだけ戸惑った。こんな気持ちは、今までにないことだ。
ただその気持ちも、視界の端に捉えた人影に、軽く吹き飛ばされてしまう。
二人の男女が、顔をにやにやさせながら本売りに近づいてくるのが、アリーの目に映った。
見るからに貴族の人間で、異様なほどに煌びやかな衣服を纏っている。香水か何かをつけているのか、少し離れているのに、彼らが身じろぎするたびに強すぎるにおいが鼻をついた。
アリーはフードを深く被り、商人から少し離れて本を探す素振りを見せた。商人も察してくれたのか、顔を引き締め、売り上げの確認を始める。これで、端から見れば普通の店主と客に見えるはずだ。アリーの素性は、貴族には特に知られたくない。
「店主殿、ご無沙汰で」
男のほうが、にやついた顔のまま言った。
「これはこれはアルベール家の皆さま。わざわざいらして頂けるとは、光栄ですなぁ」
さすがに、世を渡り歩く商人は、表情を作るのがうまい。商人は自然な笑顔で、二人を迎えている。
「何か、格別に入用なものでも出来されましたか?」
「逆だ、逆。近いうちに、俺たちが店主殿に本を大量に売りに来る。そのことを伝えに来てやったのさ」
「ほうほう。それはありがたいことですなぁ。どこか、いい仕入れ先でも見つけられましたかな?」
商人が言うと、二人は人目も憚らず高笑いした。
どこか品のないものを含んでいて、嫌な気持ちになってくる。アリーはその声を聴きたくなかった。
「そうね。確かに、いい仕入れ先よ。けれど、一度しか仕入れられないの。まあ、こんなところに来るのなんて、本当は今回きりで十分なんだけど」
「そう言うなよ。せっかく、邪魔なものを処分できるんだ。これくらいの苦労をしなきゃ、罰が当たるぜ?」
「ふふ、そうね。確かに、罰が当たるわ」
言って、二人はまた笑った。
ひとしきり笑い、二週間後にまた来ると言って、二人は去って行った。
「……何だったんだい、あれは」
二人の背が完全に見えなくなってから、商人が頭を下げ、疲れた様子で言った。
アリーは一冊の本を手に取り、項垂れた商人に近づいた。
「大丈夫、おじさん?」
「あ、ああ。しかし、久しぶりに疲れたよ。あんな客は、滅多に来ないからね」
アリーが差し出した本を手に取りながら、商人は大きなため息をついた。
本当は、アリーもひどく疲れていた。ラインハルトたち以外に間近で見た初めての貴族は、あまりにも気持ちがいいものではなかった。煌びやかなのは見た目だけで、相手を見下すような態度は、悲しいほどに貧しいものだった。
けれどそれは、おくびにも出さない。今の商人に、アリーは余計な気を遣わせたくなかった。
「それにしても」
顎に手をやりながら、しかめっ面で商人が呟く。
「アルベール家の坊ちゃんたちは、どこから物を仕入れてくるんだろうかねぇ。ジョシュア殿から、そんな話は聞かないし」
「やっぱり、二人はジョシュアの身内なの?」
「ん、ああそうだよ。彼らは、ジョシュア殿の弟と妹さ。性格は見た通りで、まったく似てないがね」
本当に似ていない。アリーは心の底から思った。ジョシュアのまっすぐすぎる誠実さが、あの二人には微塵も感じられなかった。寧ろ、どこか陰湿な印象を、アリーに植え付けた。
「大量の本、か。わたしはこの国を歩き回っているが、そんなあてなど見当もつかない。あの二人、何か良からぬことを考えてるんじゃないかい?」
「どうなんだろう。あんまり、そういうことは考えたくないけれど」
そう言いつつも、アリーは妙な胸騒ぎがするのを感じずにはいられなかった。ジョシュアの顔が頭に浮かぶと、なおのこと不安になる。
「なんだか嫌な感じがするよ。悪いことが起きなきゃいいんだが」
商人が険しい顔で言うが、肯定するのが怖くてアリーは頷けなかった。頷く代わりにお代を払い、その日は逃げるように家へ帰った。




