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ふたりは、もう三時間も飲み続けている。閉店の時間になったが、常連の特別な宴会に店側も気を利かせて、ふたりを急かすことはしない。
「しかし、航介は酒が強いな。」
「親父ゆずりです。消化酵素が大活躍中です。」
「最近の若い奴は、酒も飲めない付き合いの悪い奴が多い。石橋なんか、オレンジジュースばかりだ。」
「アイツはアホです。おこちゃまです。」
二人は、最後の一本を傾けあっている。
「あんなヤツが櫛引の宮司をやるなんて、おそろしい話です。工藤さんは、よく賛成しましたね。」
「航介なァ、私には私なりの考えがあるのだよ。」
「アイツはよそモンですよ。排除するべきです。」
工藤は、「航介は、そのへんがまだ子供だ」と言って、
「今うまくいっていないものを変えるには、他のところから取り入れるべきなんだ。」
「しかし、軒下を貸して母屋を取られてしまったのが、現在の屈辱的な日本の姿でしょう?」
「その結果、今の繁栄がある。何が不満なのか?」
航介は、いかにも役人の発想だと思いながら、
「僕は、平和主義者じゃありませんから。これじゃ嫌なんです。」
「ずいぶん過激なことを言うんだな。」
「僕には搾取されているという自覚がある。だから、問題意識をもって世の中を変えたいんだ。」
「航介には、免疫という考え方が足りないようだ。」
「免疫?」
「人間は、無菌室で一生暮らすわけではないだろう。色んな奴と付き合いをして、できるだけタフにならなければ、すぐに淘汰されることになるのだよ。」
「工藤さんは、同じ西側の友人とされる韓国人を信用しすぎていませんか。そりゃ、ロシアや北朝鮮よりはマシです。しかし、日本人に侵略されたと思い込んでいる連中が、心の奥底で日本を劣化させて報復しようとするのは当たり前です。彼らを警戒するべきです。」
工藤は、首を振って苦笑する。
「航介は、私を誤解している。私には私の考えがあると言っているではないか。」
航介は、どうせ煮えきらないものだと推測したが、工藤の考えというのは意外なものだった。
「三浦や石橋をイヌとしろ。使え。」
「使う?」
「お前が持ち歩いているこの地形図も、ミウラ折りにすることで使い勝手が良くなっただろう。バカとハサミは使いようだ。」
工藤の過激なものいいが、急に頼もしく見えてきた。
「航介はバカを泳がすことができないでいる。それじゃダメだ。信長でさえ、人心を掌握するために女装し、オネエ言葉を使っていたというではないか。そうやって人の心をつかみ、本性を見抜いてやれ。ろくでもない奴は、最後のところで突き落としてやればよい。」
「バカを泳がす…。」
「この私が、今日でいくつになったと思っているのかね。それだけ世間に揉まれているということだよ。」
航介には、赤いちゃんちゃんこをかわいらしく着て説教をする工藤翁の印象が、急速に変わっていた。ただのしがない役人にしか見えなかった工藤が、いまでは、たくましい二人目の父親に見える。
「私は、貧乏をしていたこともあって役人になった。たいした出世は出来なかったが、無事に定年を迎えることが出来た。しかし、私は自分らしく生きてこなかった。好きなようにはやってこなかった。これまでの生活はどこか禁欲的で、年功序列と学閥にもまれる毎日は、ハードな現場の仕事とはまた別の疲労に襲われることが常だった。どうか航介には、のびのびやってほしい。もっとわがままに生きてほしい。私にはできなかった生き方を体現していってほしい。英雄は、いつの時代でもトリック・スターから生まれる。」
「トリック・スター…。」
「私は、見てくれがこうだ。それに全国を転勤することもあって、妻をめとることもなく還暦となった。本能で生きてこなかったなれの果てがこのザマだ。」
工藤は、静かに航介へ酒を注いだ。
「航介、お前は私の息子のようなものだ。私が温めてきた夢をお前に託そう。荒涼だったこの糠部が豊饒の地となり、人民に恵みがもたらされるようにするため、外敵から国を護り続けてきた巨い花を、この北辺の地にも咲かせたいのだ。」




