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「ホンマですねえ。」
航介も工藤とおなじように右の手のひらを広げて、二つの地名がほぼ同じ経度上にあることを確認する。その誤差は、せいぜい数十メートル程度だ。
「どう思う?」
「偶然ではないでしょうね。」
「地名だからな。面と面の関係だから、そりゃ数分の誤差はあるだろう。」
「残る埖溜は岩手山の麓にありますから、だいぶ内陸になりますね。」
「ああ。」
そう言った工藤は、こんどは埖渡と埖淵の緯度を測りだした。そこから簡単な計算をしたあと、
「この二つの直線距離は、124から125キロといったところだな。」
「そんなもんですか?」
「道のりじゃないし、地形をなぞっているわけではない。空間的な距離だ。」
「意外と近いんだな…」
航介は小さくつぶやく。
「え?」
「いやね、宮守村埖淵まで直線なら125キロって近いなと…。北上山地を貫く道路なんかないですから、もっと遠いところにあると錯覚してました。」
航介はそう言ったあと、「ということは…」とつぶやいて、一枚の地方図を新たに取り出した。それまで使ってきた地形図より小縮尺である。
まず埖渡の付近に親指をおき、人差し指までを大きくひらいて埖淵のやや南方にある山岳部までの距離を確認した後、その幅を保ったままにいくつかの特別な場所へ人差し指をあてていく。すると、その距離がすべて同じであることがわかった。
「工藤さん!埖渡は南部領の中心じゃないですか!!」
「なに!?」
そう言った工藤も、同じように興奮気味に航介から地方図を受け取り、境界部への距離が等しいことを確認した。北限は下北半島の大間崎、南東は釜石、南西は北上、そして西方は艫作崎(青森県深浦町)となる。ちなみに深浦は津軽藩領であるが。
「これはすごい!」
「すごいっすよね。」
「埖渡から130キロ弱、いや128キロぐらいか?南部領の領域がきれいに円内に収まってしまう。」
「艫作崎は今でこそ津軽ですけど、もともと南部領ですもんね。」
「いやあ、驚いた。」
「へ・なしだから、『戸』もないし。南限の遠野なら『十の戸』かもしれないですけど。」
「いやあ、驚いた。ピッタリだ。」
工藤は繰り返した。
「花巻や北上も円内に入ってきますし、これで埖渡という地名が設定された時代も絞られてきませんかね?」
「津軽を大浦為信に掠め取られて、そのかわりに稗貫郡や和賀郡が編入されたのは信直・利直の時代だからな。」
「やはり、そこですか。」
「領土を家臣に取られた方としては割譲には納得しないだろうから、いつまでも奪還の意志を持ち続けるだろうしな。艫作崎までを域内に組むのはおかしなことではない。」
「領域の最大化への野心は、いかにも戦国武将という感じがしますよね。」
「下北半島にしても同じだぞ。もともとは同族の名門である八戸氏のものだ。その男系の血統が詰むのを見越して遠野へ移封させたのは、ほかでもない信直・利直だ。これで広大な原野を直轄できるようになった。」
工藤と航介は三次元の空間に身を置きながらも、縮尺のちがう地図の力によって、より高い位置から地表を眺めている。まるで人工衛星に乗っているかのように。
「埖渡は南部領のへそですね。」
「いかにも。まさにへそだ。航介の言うとおり御神渡・御御渡でもおかしくはない。神が舞い降りる相応の特異点ということだ。」
「そうなると、いよいよ埖淵と埖溜にもなんらかのメッセージが隠されているにちがいないですよね。」
「んだな。」
工藤は航介に埖溜が記載されている地形図をあらたに要求し、その緯度と経度を確認したあと、ひとつの三角形を描き出した。各頂点には『埖渡』、『埖淵』、『埖溜』の地名が付記されている。各辺には『124』、『51』、『88』と数字が書き込まれた。それぞれの地点間のおおまかな距離である。
「どう思う?」
航介はその三角形の各辺の数字を見るや、スマート・フォンの電卓機能を使って計算しだした。そこには、小数点以下7桁もの解がすぐに表示された。
・51×1.7320508=88.3345908
・88×1.41421356=124.4507932
「やっぱりな…」
航介はそうつぶやく。
「どうした?」
「いちばん距離が短い『埖淵-埖溜』を単位としたときに、そのルート3倍が『埖溜-埖渡』の距離に等しくなります。そして、『埖溜-埖渡』のルート2倍が、『埖渡-埖淵』の距離に等しくなります。この関係は、これら3つの地点が特別の関係にあることを示唆するものです。」
「ピタゴラスの定理?それとも余弦定理?」
「ここまでの話になってくると、鳥肌も立ちませんわ。あまりの出来事に。」
「測量したわけではないし、原点を決めているわけでもない。どこかのお宮のご神体や、だれかの墓石を基点としているわけではないから、この距離は絶対的なものではない…にしてもな。」
航介は、三角関数の公式をつかって、その三角形の内角の値をだしていく。すると、埖渡からみて午から未の方角にかけて三角形がつくりだされた。いちばんの鋭角は19°30′程度である。埖渡を支点とした丸い文字盤のアナログ時計にたとえると、ちょうど『6:30』を表示している形に似ている。
「これが3つの『埖』がつくりだす三角形です。」
「ブスだな。」
「美しくはないですね…。」
「直角三角形でもできるのかと思ったんだが…。」
しかし、工藤と航介がその三角形を数百年ぶりに描き出したことで、畿内から1000キロ・メートルほど遠く離れた北奥の時空が、ようやく歪みから解放された。
「工藤さん、えらいもんを見つけちゃいました!」
もはや興奮もせず、一旦鉛筆を置いて、航介は両手で髪を梳き、大きく深呼吸をした。
「この三角形の重心をだしてみます。」
そう言って、各頂点から対辺の中点に線をひっぱり、交差する点Gを導き出した。
「三角形の重心Gは、各頂点への距離が等しいわけではありません。この三角形を一点で支える特異点が重心です。なんなら『代表点』といってもいい。」
「重心Gに竹串をさしてコマとすれば、理論上、永久に回転し続ける場所だわな。」
「それでは、この『埖トライアングル』の重心Gはというと…。」
「ん?」
「よく見てください!」
航介は工藤に探させた。そこには、驚くべき地名が書かれてあった。
『▲姫神山 1124m』
「ここが『埖トライアングル』の重心Gです!」
「ほう。」
「よく見てください!」
航介は繰り返した。
「等高線をよく見てください!」
工藤は地形図に顔を近づける。
「同心円じゃないか!」
「そうなんですよ。天気図でみる台風のような等高線をしています。ということは…。」
「錐形だな!」
「ピラミッド形なんです!!」
「たしか、北上山地には火山はなかったはずだ。すべて褶曲運動でできた山のはずなのに、姫神山はきれいなピラミッド形をしているというのか…。」
「火山である富士山や岩手山なら、溶岩の粘度のせいで、あの美しい形に成形されるでしょうけども…。」
「すごいな。」
「そのピラミッド形の山の名前が『ヒメ・カミ』なんですよ!僕のなかでは、この山がどれだけ特別なのかというと…。」
航介はそう言って、八幡神の中央に座す「比売神」との関係を指摘し、渡来系の八幡神の出身地とその特徴が、それまで自分なりに分析してきたものとこれで整合性がついたとアピールした。
「姫神山は、ギザ・コンプレックスのカフラー王のピラミッドにそっくりといえませんか?まさに、【Venus】なんですよ!」




