四人の卓
入学式の講堂は、色であふれていた。
壇上で学園長の祝辞が続くあいだも、オルターは背中に視線を感じていた。
前からも、横からも、ときには振り返ってまで。新入生はおよそ二百人。
そのなかで白い髪は、やはりオルター一人きりだった。
隣の列のネリネが、ちらりとこちらを見て、小さくうなずく。
大丈夫、と言われた気がした。
アルクス魔導学園は全寮制だ。十五で入り、二十で卒業するまでの五年間、生徒は皆、敷地の中にある寮で暮らす。
式のあと、オルターは寮監の部屋の前で、鍵を受け取るはずだった。
「白色種の部屋は、用意していないんだがね」
寮監の中年の男は、名簿から顔も上げずに言った。
「……どこでも構いません」
「そうかい。じゃあ、階段下の物置を片づけな。寝台くらいは入るだろう」
院の末席と同じだ、とオルターは思った。場所が変わっても、白の置かれる場所は変わらない。
「待った待った」
後ろから、明るい声が割りこんできた。
振り返ると、橙色の髪をした少年が立っていた。背はオルターと同じくらい。
よく日に焼けた顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。
「俺の部屋、二人部屋なのに一人なんですよ。相方が入学を辞退したとかで。こいつ、俺のところでいいでしょう」
寮監は面倒くさそうに少年を見上げた。
「……白と同室でいいのかい」
「白だろうが何だろうが、寝言がうるさくなけりゃ構いません」
寮監は肩をすくめ、名簿に何か書きつけた。
少年はオルターに向き直り、手を差し出した。
「ジーク。橙色種。魔法は雷を少々。よろしくな」
オルターは、差し出された手を見つめた。それから、そっと握り返した。力を入れすぎないように。
「……オルター。よろしく」
*
オルターの組の担任は、入学試験で会ったグレンだった。
「出欠は毎朝とる。遅刻は三度で罰当番。以上だ」
黄色の髪をきっちりと撫でつけた担任は、それだけ言うと名簿を閉じた。教室は、赤、緑、茶、紫と、さまざまな色の髪で埋まっている。一年の組は色ごとに分けないのが、この学園のやり方らしい。
ネリネは窓際の前のほう、ジークは後ろの列。オルターの席は、廊下側のいちばん後ろだった。
自己紹介が一人ずつ進んでいく。
「白色種、オルター。……ハーベル養護院から来ました」
くすくすと、どこかで笑いが起きた。測定は零だったんだって、という声も聞こえる。入学試験の噂は、もう広まっているらしい。
腰を下ろすと、隣の席から声がした。
「あなたが噂の荷物持ちくん」
水色の髪を肩で切りそろえた少女だった。頬杖をつき、気だるそうな目でオルターを見ている。
「荷物持ちで来て、受かっちゃったんですって? 学園も懐が深いのね」
「……うん。ぼくも、そう思う」
少女は一瞬、拍子抜けしたような顔をした。
それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「リラよ。水色種。言っておくけど、隣だからって教科書は見せてあげないから」
ところが、授業が始まってすぐ、リラは自分の教科書を二人の机の真ん中に置いた。
「……見せないって」
「あなたが手ぶらなのが目障りなだけ。白だろうが何だろうが、隣でぼんやりされると気が散るのよ」
オルターは、思わず小さく笑った。
「何がおかしいの」
「ううん。ありがとう、リラ」
「お礼を言われる筋合いはないわ」
リラはそっぽを向いた。けれど、教科書は最後まで、二人の真ん中に置かれたままだった。
*
午後は、魔法の実習だった。
生徒たちは色ごとに分かれ、それぞれの教官のもとへ散っていく。赤は火の演習場へ。水色は池のほとりへ。橙は雷よけの柵に囲まれた広場へ。ネリネたち桃色は、治癒の実習室へ。
オルターだけが、中庭に取り残された。
「白色種か」
通りかかった教官の一人が、眉をひそめた。
「白の実習などない。見学していろ。……いや、どうせ暇なら、中庭の落ち葉でも掃いておけ」
手渡された箒を、オルターは黙って受け取った。
中庭は広かった。春の風が、植えこみから枯れ葉をいくらでも運んでくる。オルターは端から順に掃いていった。院で何千回と繰り返してきた仕事だ。手は勝手に動く。
ここでも、白の場所は変わらない。
それでいいと思おうとした。鉱山の暗い坑道に比べれば、春の中庭はずっと明るい。
日が傾きはじめたころ、足音が二つ近づいてきた。
「おーい、オルター。何してんだ」
ジークだった。髪の毛先が、まだぱちぱちと小さな火花を散らしている。その後ろに、腕を組んだリラがいた。
「掃除。白の実習はないからって」
「ばかね」
リラが、心底あきれたように言った。
「見学しろって言われたんでしょ。掃除なんて、ついでの思いつきよ。断ればいいのに」
「慣れてるから」
「慣れてるからやる、っていうのが、いちばんばかだって言ってるの」
リラは植えこみの脇に立てかけてあった予備の箒をつかむと、オルターの隣で乱暴に掃きはじめた。
「……リラ?」
「さっさと終わらせて、食堂に行きたいだけよ。勘違いしないで」
ジークが笑いながら、三本目の箒を探しに行った。
三人で掃くと、中庭はあっという間にきれいになった。
*
食堂の長テーブルにも、見えない席順があった。
上座のほうには、色の濃い髪の生徒たちが陣取っている。オルターはトレイを持ったまま、自然と戸口に近い端の席へ向かっていた。院にいたころと同じ場所だ。
腰を下ろしてスープをすすっていると、向かいの椅子が引かれた。
「やっぱり、ここにいた」
ネリネだった。治癒の実習で疲れたのか、少し眠そうな顔で笑っている。
「ネリネ。向こうの席じゃなくていいの。桃色の子たちと」
「いいの。わたしの家族は、ここにいるもん」
続いて、隣にどさりとトレイが置かれた。
「オルターの隣が空いてるなら、座るよな、普通」
ジークだった。そしてその向かい、ネリネの隣に、リラが無言で座る。
「……何よ。端の席のほうが静かでいいだけ」
ネリネが目を丸くして、オルターを見た。オルターは、首を小さく振った。
説明しようにも、うまく言葉にならなかった。
端の小さな卓が、四人で埋まった。
ジークが実習での失敗談で笑わせ、リラがそれに辛辣な合いの手を入れ、ネリネが笑いすぎてスープにむせる。オルターは、そのにぎやかさの真ん中で、黙ってパンをちぎっていた。
四分の一のパンを分け合った夜のことを、ふと思い出す。あのときの卓には、二人しかいなかった。
視線を感じて、顔を上げる。
食堂の入口に、赤い髪の上級生が立っていた。ダグだった。こちらの卓をしばらく見ていたが、何も言わずに背を向け、去っていった。
*
入学から十日が過ぎた朝、グレンは教壇に立つなり、一枚の紙を掲げた。
「今月の終わりに、魔物討伐の演習を行う。場所は国境近くの森だ。四人一組の班で、三日間、森で過ごす」
教室がざわめいた。
「班はこちらで組んだ。色は混ぜてある。森の中では、色の得手不得手を補い合えなければ生き残れんからな。……以上だ。各自、確認しておけ」
掲示板の前は、たちまち人だかりになった。
オルターは、人垣のいちばん後ろから背伸びをした。白の名前は、どこにも入っていないかもしれない。そう思いながら、一つずつ名前を追っていく。
第七班。
ジーク。リラ。ネリネ。――オルター。
「よっしゃ!」
ジークが、オルターの背中をばしんとたたいた。
「やった、みんな一緒!」
ネリネが跳びはねる。
リラは「足を引っ張らないでよね」と言いながら、口もとがゆるむのを隠しきれていなかった。
オルターは、三人の顔を順に見た。
食堂の端の、小さな卓。あの卓を囲む四人が、そのまま一つの班になった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
そのはずなのに、オルターはなぜか、窓の外へ目を向けていた。
国境の方角に、低く雲が垂れこめている。
春だというのに、その雲だけが、墨を流したように黒かった。




