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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第六巻

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第090話 順番に言います

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 一月十二日 十時四分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 一丁目。

> 第一声 ──「順番に言います」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「順番に言います」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです」


「救急です。商店街一丁目です。天井が下がってきてます」


 尾花は三つを、上から順に書いた。書いてから、その下の欄へ、天井 下垂 屋内 多数、と足した。


「お名前と、おいくつかを教えてください」


「岩下 圭一です。四十八です。呉服屋やってます」


「岩下さん。今おられる場所を教えてください」


「中です。初市で、うちの店に十四人います」


「岩下さん。天井が下がっているのは、どのあたりか教えてください」


「奥です。座敷の上です。真ん中が、こう、垂れてきてて」


「音は聞こえますか。それも教えてください」


「みしみし言ってます。さっきから、ずっと」


「岩下さん。奥の座敷から、人を出してください」


「出します。もう出しはじめてます」


「岩下さん。出す先は、外の通りにしてください。奥の勝手口は使わないでください」


「なんでですか」


「勝手口の上に、同じ天井が続いています。表から出してください」


「表から出します」


「岩下さん。出た方は、通りの反対側で待っていてもらえますか」


「言います」


「岩下さん。十四人が出たかどうか、数えて教えてください」


「数えます」


 尾花は書いた。書いてから、その下に、屋内 十四名 自力歩行 可、と足した。


 枠を見た。八つのうち、光っているのは三つになる。


 三つとも、商店街一丁目からになる。


「岩下さん。電話は切らないでいてください」


「切りません」


 二つ目の枠が光り続けている。三つ目も光り続けている。


 尾花は二つ目を取った。取る前に、岩下の一本を保留にした。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです」


「順番に言います。救急です。商店街一丁目です。呉服屋の天井が下がってます」


「もう伺っています。隊が向かっていますので、そのままお待ちください」


「あ、そうですか。すみません」


「謝らないでください。同じことでも、掛けてくださって助かります」


 尾花は右の欄へ、同内容 二件目、と書いた。


 三つ目を取った。取る前に、二つ目を切った。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです」


「順番に言います。救急です。商店街一丁目、呉服屋です。天井です」


 尾花は同じ欄へ、同内容 三件目、と書いた。


 四つ目の枠が光った。


*


 一月十二日の三階は、窓を開けていた。初市の日は、商店街の音が三階まで上がってくる。


 武藤とうふ店は初市の日だけ八丁置いていく。数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。八まで行くと、四つ、を一度しか言わない。


 寺尾剛が鍋の火を落とした。落としてから、蓋を斜めに掛ける。


「まあ待て。今日は八丁だ。初市の日は、あの人が売り切る」


 二文で言って、寺尾は椀を六つ、盆へ並べた。並べ方が三年、同じになる。奥から二つ、手前へ四つ。


 初市は一月十二日と決まっている。決めたのは商店街の方で、いつからかは誰も知らない。


 三階の窓から、商店街の呼び込みが聞こえる。呼び込みの声は年に一度、この日だけ通りに出る。


 初市の日は、市内の入電がいつもの日の一・四倍になる。増えるのは転倒と、迷子と、財布の落とし物になる。


 落とし物は消防の用ではない。それでも掛かってくる。掛かってきた分は、市の代表番号へ回す。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 窓が開いていて、下の音が入ってくる。迅は缶を持ったまま、窓の側へ寄った。


 寄ってから、何も言わずに、また戻った。


 灰谷蒼汰は索を膝の上で二度、結び直した。結び直してから、結び目を指で押さえる。


「索は四本です。初市の日は、人が多いので短いのを上にします」


 言ってから、三本目と四本目を入れ替えた。人の多い日は、短い索を先に取る。長いのを人の間で振ると、人に当たる。


 決めたのは二年前の初市の日で、その時に当たった人の名を、蒼汰は覚えている。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。


 桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。


「奏さん。人の多いところで、先に何を見ますか」


「七尾 ひかりさん。出口を見ます」


「はい。出口と、出口の前に立っている人を見ます」


「立っている人ですか」


「出口の前で立ち止まる人が一人いると、後ろの十人が出られません」


 奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。


 逢坂澪は受信席の裏で、商店街一丁目の建物の図を出していた。呉服屋のところに、印が一つ入っている。


「商店街一丁目。木造の二階建てです。建ったのは五十一年前になります」


「奥は」


「奥が座敷です。座敷の上は、二階の物入れになります」


「物入れの中は」


「反物です。重さの記録がありません。持ち主も数えていないと思います」


「勝手口は」


「奥の北側に一つ。上は同じ天井が続きます」


 久遠寺の質問は、三年、短いままになる。感想を挟んだことがない。


 地下三層で、宮ヶ瀬佳代が盤の前に座っていた。腕の内側の時計は、二十六時間になる。


「宮ヶ瀬さん。人の多いところで使えるものは」


 速水がそう訊いた。宮ヶ瀬は盤から目を上げずに答えた。


「ありません。人の間で振れる道具は、まだ作れていません」


 この人は出来ていない側から言う。三年、そこが変わらない。


 覚知の音が、続けて鳴った。四度鳴っても、止まらない。


 速水が盤の横の梯子を上がっていった。上がった先が、二層の指令室になる。


 澪が呉服屋の図を、机の中央へ寄せた。寄せてから、座敷の上に指を置いた。


「アンサー」


> ── はい。


「商店街一丁目、呉服屋を」


> ── 屋内に音があります。人の声が、二十を超えています。数えきれません。


「天井は」


> ── 音が出ています。木が擦れる音です。……折れる音は、まだ入っていません。


「入電は」


> ── 十時四分から、この現場について 七件。全て 同じ内容です。


「七件」


> ── 七件です。うち 六件が「順番に言います」で始まっています。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 商店街一丁目の東の口に着いたのは、十時十三分になる。所要は九分だった。


 初市の日で、通りに人がいる。両側に露店が並んでいて、道の幅が半分になっている。


 露店の間を、六人は走らずに歩いた。走ると、人が走る。


 歩く速さは、いつもの半分になる。半分の速さで歩く間、迅は一度も止まらなかった。


 止まらずに歩くのと、走るのは、着く時刻がそれほど変わらない。変わらないことを、この人は三年で覚えている。


 呉服屋の前に、人が出てきていた。数えると十一人になる。


 岩下圭一が戸口に立っていた。四十八になる。片手に電話を持って、片手で人を外へ送っている。


「十一人出ました。あと三人です」


 言ってから、岩下は奥へ声を掛けた。掛けた声が、店の中で反った。


 迅が一歩入って、足を止めた。止めた耳に、木が擦れる音が来た。


 音は座敷の上から来る。上から、下へ、ゆっくり降りてくる。


 座敷の天井の真ん中が、掌の幅ほど下がっていた。下がった中心から、四方へ皺が寄っている。


 寺尾が天井を見上げた。見上げてから、柱の一本を掌で押した。


「まあ待て。柱は生きてる。落ちるのは天井だけだ」


 二文で言って、寺尾は座敷の縁側の外へ回った。回った先の土を、踵で叩く。


「ここなら効く。二本立てる」


 澪が戸口からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「三名。座敷に二。二階に一。表に十一。撃てる」


 撃った。低い音が、座敷の畳を通って天井へ抜けた。


「二階に一名います。動いています。倒れていません」


 蒼汰が索を一本、縁側の柱へ回した。回してから、結び目を三度確かめる。


「二階まで三メートルです。短い索を使います」


 余った分を輪にして、蒼汰は肩へ掛けた。投げたものは必ず回収する。


 座敷の二人は、七十代の夫婦になる。奥の壁際で、荷物をまとめている。


 ひかりが二人の前へしゃがんだ。しゃがんでから、荷物へ手を掛けた。


「荷物は置いていってもらえますか。あとで、こちらが出します」


「反物、うちのじゃないのよ」


「置いていってもらえますか。反物より、人の方が早く出せます」


 二人は頷いた。頷いてから、荷物を畳の上へ置いた。


 置いた荷物を、ひかりは畳の縁まで寄せた。踏まれない場所へ寄せておく。


 寄せた荷物のうち、風呂敷が一つだけ結び直してあった。結び直したのは夫婦の片方で、置いていくと決めてから結んでいる。


 結んだ手を、ひかりは見ていた。見ていて、何も言わなかった。


 天井の中心が、また少し下がった。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 緑。要救助者、無し。逃がしてください。


 天井の中心の板が、外れずに垂れた。垂れた先が、白くなった。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 八。


 二本になった。初市の日の午前十時で、残っているのが二本になる。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 表へ出た十一人が、道の反対側から、それを見ていた。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声は露店の屋根の下を通って、通りの西の端まで届いた。届いた先で、呼び込みが一度止まった。


 止まった呼び込みが、また始まった。始めたのは、屋根の下の人になる。


 垂れた白いものが、座敷の畳の上へ下りた。下りた先で、四方へ広がっていく。


 広がった先が、縁側の敷居を越えて、土間へ出た。


「鉤!」


 ギアの柄が半回転して、噛んだ。噛む音が、座敷の天井へ跳ね返って戻ってきた。


 迅の鉤が、土間へ出た先の縁に掛かった。掛けて、引いた。


 引いた分だけ、白いものが座敷の側へ戻った。


「西へ寄せます。西は壁です。人がいません」


 蒼汰が数えずに方角を言った。方角を先に言うのは、人の多い日だけになる。


 禍体は追ってこない。広がるだけになる。広がった先の音が、順に消えていく。


 消えた先で、露店の呼び込みが聞こえなくなった。


 聞こえなくなったのは通りの東の三軒で、その三軒の前に、人が十人ほどいる。


 十人は、呼び込みが止まったことに気付いていない。気付かないまま、品物を見ている。


 迅が土間から通りへ出た。出て、三軒の前へ走った。


 走った先で、迅は白いものと十人の間に立った。立って、両腕を横へ開いた。


 開いた腕の外側が、白くなった。


 迅は下がらなかった。下がらずに、腕を開いたまま一歩前へ出た。


「下がれ。三軒分」


 三文字ではない。六文字になる。それだけ言って、迅は腕を開き直した。


 十人のうち、一人が振り向いた。振り向いてから、隣の人の肩を叩く。


 叩かれた人が振り向いて、その隣を叩いた。


 三軒の前の十人が、それで全部こちらを向く。向いてから、西へ歩いた。


 誰も走らない。走らないまま、三軒分西へ寄った。


 ひかりが二階から下りてきた。二階にいた一人を連れている。


「岩下さん。十四人、出ました」


 岩下が表で数えた。数えてから、一度だけ頷いた。


 頷いた岩下の後ろで、二軒隣の店の人が、自分の店の客を外へ出しはじめた。


 誰も指示していない。指示していないまま、東の並びが順に外へ出た。


 奏がロッドを構えた。三形態のうち、〈呼〉になる。


「桐島 奏です。回線、増設」


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。


> ── 回線、残り 三本。市内 受信可能 九。


 三本になった。市内の受信が、一本増えた。


 増えた一本へ、その場で一件が入った。商店街一丁目の、西の並びからになる。尾花が取った。


 この日、八件目になる。八件目だけ、内容が違った。


 東の三軒の前で、白いものが縮んだ。縮んで、呉服屋の屋根の上へ戻っていく。


 戻った先で、屋根の棟が持ち上がった。


*


 岩下圭一が、通りの反対側で膝に手を突いた。突いてから、そのまま動かなかった。


 十四人のうち、七十代の夫婦が、その横に立っている。荷物を持っていない。


「反物、置いてきちゃった」


「あとで出します。畳の縁まで寄せてあります」


 ひかりがそう答えた。答えてから、夫婦の靴を見た。二人とも履いている。


 座敷から出る時に、この二人は靴を履いた。履くだけの時間があったことを、ひかりは言わなかった。


 岩下が膝から手を離す。離してから、電話を上着のポケットへ入れた。


 入れる前に、画面を一度見た。通話の長さが、十一分になっている。


「あの、うち以外も掛けたみたいで」


「掛かりました。七件です」


「すいません。塞いじゃいましたよね」


 尾花は、そこにいない。答えたのは澪になる。


「塞がりました。七件で三本、二十二分です」


 澪は数と場所を先に出す。感想を付けない。


 岩下は、それに何も言わなかった。言わないまま、道の反対側の露店を見た。


 露店の主が、こちらを見ている。掛けた七件のうちの一人になる。


 二人は目を合わせた。合わせてから、どちらも何も言わなかった。


 露店の主は、十時四分に掛けた七件のうちの三件目になる。掛けた後で、自分の店の天幕を畳んで、そのまま通りに立っていた。


 畳んだ天幕は、まだ広げていない。広げるかどうかを、この人はまだ決めていない。


 言わないまま、露店の主が右手を耳の高さまで上げて、掌を外へ向けた。


 上げてから、下ろした。


 岩下が、その手を見た。見てから、自分も同じ形をした。上着の袖が手首まで落ちた。


 通りの東の口に、人が立っていた。


 初市の日の午前で、雪は降っていない。その人の手には傘が一本ある。


 傘は開いていた。開いた先が、露店の一つの屋根の側へ傾いている。


 傾いた下で、露店の主が品物を並べ直していた。並べ直す手が止まらない。


 立っているのは〈遠慮〉になる。迅が、そちらへ体を向けた。


「そこだ」


「よく教えられましたね」


 声はそう言った。誰も言い返さなかった。


「七人が、七回、同じことを正しく言いました。三本ふさがって、二十二分でした。教えた分だけ、こちらは楽になります」


「増やした」


「一本ですね。増やせる方は、お一人しかおられません。その方が別の場所におられる日は、増えません」


 言ってから、〈遠慮〉は傘を閉じた。閉じてから、東の口を出ていった。


 出ていった先の通りで、露店の主が並べ直した品物を、また並べ直していた。


 呉服屋の屋根の棟が、二階の高さから上へ伸びた。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「通りには立てません。露店が両側にあります。東の口の外の橋の袂だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが橋の袂で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が橋の欄干を外して置かれた。外した分だけ、置ける場所が狭くなる。


> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。


 橋の上から、人が見上げていた。初市の日の午前で、買い物袋を提げた人が多い。岩下と、七十代の夫婦と、露店の主が三人いる。


 見上げているのは、橋の上と、通りの東の口の内側からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は呉服屋の隣の屋根の縁へ掛けた。


 掛けた腕が、隣の屋根を下から支えた。支えた内側で、伸びたものの行き場が上だけになる。


 上へ伸びたものは、露店の並ぶ通りの側へ倒れようとした。倒れた先には、人がいる。


 右腕が動いた。開く方の掌が、倒れてくる腹を横から受けた。受けた場所で、白いものが薄くなる。


 薄くなった中から、反物の芯が一本出てきた。五十一年の家の物入れに、いつからか入っている一本になる。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 受けた掌が、芯を避けて、伸びたものの根元だけを横から断った。


 断たれた先で、形が保てなくなる。白いものは、ただの木屑になって呉服屋の屋根へ落ちた。


 落ちた木屑の下で、通りの呼び込みがまた聞こえた。


 聞こえた声を、橋の上の人が聞いた。聞いてから、そのうちの何人かが通りへ戻っていった。


*


 地下三層で、梅木がファイヤーの前の脚の付け根を拭いていた。拭いた布に、欄干の塗料が付く。


「橋の欄干を蹴りました。塗料が付いて落ちません」


「落ちません。橋の塗料は、こちらでは同じものが手に入りません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。二十九時間になる。


 速水が商店街の建物の表へ、一丁目の欄を書き足した。書き足してから、梅木に言った。


「あの人、露店の前で腕を開いて、そのまま一歩前に出ました。十人が振り向くまで」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。速水は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。


 三階の食堂で、寺尾が汁を温め直した。初市の日の椀は、八丁分になる。


 温め直してから、寺尾は椀を六つ、盆へ並べ直した。八丁のうち二丁が余る。


 余った二丁を、寺尾は明日の朝の分に取り分けた。取り分けるのは、初市の日だけになる。


 迅は、その手を見ていた。見ていて、何も言わなかった。


 尾花律子は受信席で用紙を綴じた。この日、保留は一件だった。最長は四分十秒になる。


 初市の日の入電は、いつもの日の一・四倍になった。落とし物の照会が四件あって、四件とも代表番号へ回した。


 回した四件のうち一件は、回した後で、また百十九番へ掛かってきた。掛け直した人へ、尾花はもう一度、同じ番号を読み上げた。


 四分十秒待ったのは、商店街一丁目の西の並びからの一件になる。内容は天井ではない。


 その一件は、増設した一本が空いたところへ入る。空くまで、四分十秒あった。


 同じ内容の七件を、尾花は一件も邪険にしなかった。三年、そこが変わらない。


 七枚の用紙のうち、六枚の第一声の欄に、順番に言います、と書いてある。


 六枚とも、同じ字で書いてある。書いたのは尾花で、書き分ける欄が無い。


 書き分けないまま、六枚は同じ束へ入る。束の中で、六枚は順番が分からなくなる。


 六人は、この人に礼を言わない。言わせない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十時十三分。所要 ── 九分。

> 保留 ── 一件。最長 四分十秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 判定 ── 緑。避難 ── 十四名。破壊 ── 中。

> 損壊 ── 商店街一丁目 木造二階建て 座敷 天井 十二平米 落下。屋根 棟 三メートル 変形。

>     東の三軒 露店 天幕 破損。橋 欄干 二メートル 変形。

> 救助 ── なし。搬送 ── なし。

> 受信 ── 本件についての入電 七件。うち 同内容 六件。占有 三本。合計 二十二分。

>     増設 ── 一。増設後の受信可能 九。

> 音 ── 商店街一丁目 東の三軒 音声 消失 四分。

> 市内 同一の現場から三件以上の入電があった日 ── 三年で 十一日目。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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