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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第六巻

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第089話 教わりました

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 一月四日 十六時五十分。

> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 商店街 四丁目。

> 第一声 ──「教わりました」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「教わりました」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです」


「あ、ちがう。えっと。火事です」


 尾花は一行目の欄へ、火災、と書いた。


「商店街四丁目です。裏の、閉まってるお店です」


 二行目の欄へ、商店街四丁目 裏の並び、と書いた。


「煙が出てます。窓の隙間から」


 尾花は三つを、上から順に書いた。書いてから、その下の欄へ、火煙 覚知 通報者 児童、と足した。


「お名前と、おいくつかを教えてください」


「飯野 そらです。九歳です」


「飯野さん。今、その建物の中におられますか」


「入ってません。道からです」


「飯野さん。中へは入らないでください。近付かないでいてください」


「入りません。おばあちゃんちの二階から見えました」


「今おられるのは、そのお宅の中でしょうか。教えてください」


「道です。下りてきました」


「飯野さん。おうちの中へ戻って、大人の方に代わっていただけますか」


「おばあちゃん、耳が遠いです。電話に出ません」


「分かりました。飯野さんが続けてください。煙の色を教えてください」


「白いです。ちょっと灰色かも」


「音は聞こえますか。教えてください」


「聞こえません。パチパチとかは、してません」


「飯野さん。ベルは鳴っていますか。それも教えてください」


「鳴ってません」


 尾花の手が、そこで一度だけ止まった。止まってから、また動いた。


 右の欄へ、自火報 不作動 疑い、と書いた。


「飯野さん。周りに人はおられますか。教えてください」


「いません。お正月だから、みんな閉まってます」


「飯野さん。その建物から離れて、道の反対側で待っていてください」


「離れます」


「隊が出ます。着くまで、電話は切らないでいてください」


「切りません。あの」


 尾花は、そこで書く手を止めた。止めたまま、待った。


「教わりました。三つ、順番に言うって」


「よく出来ています。そのままでいてください」


 尾花は用紙の余白を見た。余白には何も書かない。


 枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


*


 一月四日の三階は、湯気が出ていた。三が日が明けて、街はまだ半分閉まっている。


 武藤とうふ店は正月の四日から置きはじめる。三日までは置かない。四日は三丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、で止まる。四に届かない日は、四つ、と言わずに済む。


 寺尾剛が鍋の火を落とした。落としてから、蓋を斜めに掛ける。


「まあ待て。今日は三丁だ。四つと言う日が来るまで待て」


 二文で言って、寺尾は椀を六つ、盆へ並べた。並べ方が三年、同じになる。奥から二つ、手前へ四つ。


 三が日の当直は、六人のうち四人ずつで回した。回し方を決めたのは久遠寺修司で、決め方を誰にも言っていない。


 誰が正月に家にいたかを、六人は互いに訊かない。三年、訊いた者がいなかった。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 三が日の三日とも、迅はここにいた。四日目もここにいる。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています」


 言ってから、四本目を袋の上へ入れ替えた。冬は火の季節になる。火の日は、四本目を上にする。


 正月の四日で、乾き方が普段と違う。暖房を入れ続けた部屋に置いた分、繊維が硬くなっている。硬いと、結び目が締まりきらない。


 蒼汰は四本目だけ、もう一度ほどいて結び直した。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。


 桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりが、その手つきを見てから口を開いた。


「奏さん。正月に多いものを教えてもらえますか」


「七尾 ひかりさん。餅です。喉に詰まった件が、三日で十一件になります」


「では、詰まった方の手当ても入れてもらえますか」


「入れます。三が日の入電は百六十一件で、去年より二十件多くなっています」


 奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。


 逢坂澪は受信席の裏で、商店街の建物の図を出していた。四丁目の裏の並びに、印が三つ入っている。


 三つとも、去年から閉まったままの店になる。


「商店街四丁目。裏の並びに、閉まった店が三軒あります」


「電気は」


「三軒とも来ています。止めていません。止めるのに手続きが要ります」


「持ち主は」


「三軒とも別です。一軒は市外です。連絡先が古いままになります」


 久遠寺の質問は、三年、短いままになる。感想を挟んだことがない。


 地下三層で、宮ヶ瀬佳代が盤の前に座っていた。腕の内側の時計は、三十時間になる。


 正月の三日で、この人は一度も帰っていない。帰らなかったことを、自分からは言わない。


「宮ヶ瀬さん。鳴らないベルを鳴らすものは」


 戸倉がそう訊いた。宮ヶ瀬は盤から目を上げずに答えた。


「作れません。人の家の中の物には、こちらから触れません」


 この人は出来ていない側から言う。三年、そこが変わらない。


 覚知の音が鳴った。


 戸倉が盤の横の梯子を上がっていった。上がった先が、二層の指令室になる。


 澪が四丁目の裏の並びの図を、机の中央へ寄せた。寄せてから、三つの印の真ん中に指を置いた。


「アンサー」


> ── はい。


「商店街四丁目、裏の並びを」


> ── 電気は来ています。三軒とも、灯りは点いていません。


「火は」


> ── 分かりません。中の温度は、こちらでは測れません。


「ベルは」


> ── 鳴っていません。……鳴っていないのが、壊れているためか、火が届いていないためかは、分かりません。


「煙は」


> ── 通報にあります。白から灰色。音の記述はありません。


「隣は」


> ── 左は空き店舗です。右は住居です。二階に人がおられます。八十一歳の方が、お一人です。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 商店街四丁目の裏の道に着いたのは、十六時五十九分になる。所要は九分だった。


 一月四日の夕方で、道は暗い。街灯が一本置きに点いている。正月の間、間引いてある。


 裏の道の幅は二間で、車は入る。入った先に、閉まった店が三軒並んでいる。


 真ん中の一軒の、二階の窓の隙間から、白いものが出ていた。


 出ている量は多くない。出た先で、すぐ横へ流れて消える。


 迅が一歩入って、足を止めた。止めた鼻に、匂いが来た。


 匂いは、紙が焦げる匂いになる。木ではない。


 飯野そらが道の反対側に立っていた。九つになる。電話を両手で持っている。


「そこです。真ん中の」


 言ってから、飯野は電話を耳から離さなかった。切らないでください、と言われてから、そのままでいる。


 ひかりが飯野の前へしゃがんだ。しゃがんでから、目の高さを合わせた。


「飯野さん。もう切って大丈夫です」


「おばあちゃん、二階です」


「では、一緒に上がってもらえますか」


 飯野は頷いた。頷いてから、電話を切った。


 切った電話を、飯野は上着のポケットへ入れた。入れる前に、画面を一度見た。


 通話の長さが、九分になっている。九分、この子は切らなかった。


 九分のうちの三分は、この子が二階から下りてくるまでの時間になる。下りてから、道の反対側まで歩いた。歩いた距離は十歩ほどで、その十歩を、この子は電話を持ったまま歩いている。


 歩く間、この子は何も言わなかった。尾花も、何も訊かなかった。


 寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、裏の道の舗装を足で二度踏む。


「まあ待て。ここは打てる。だが右隣に人がいる」


 二文で言って、寺尾は左隣の空き店舗の前へ回った。回った先の舗装を、踵で叩く。


「ここなら効く。三本立てる」


 澪が道の東からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「二名。右隣の二階に一。道に一。真ん中の店の中は零。撃てる」


 撃った。低い音が、三軒の壁を順に通っていく。


「中に人はいません。動いているものも、ありません」


 蒼汰が索を一本、街灯の柱へ回した。回してから、結び目を三度確かめる。


「二階まで四メートルです」


 余った分を輪にして、蒼汰は肩へ掛けた。投げたものは必ず回収する。


 三軒のうち、真ん中の店だけ、戸口の前の落ち葉が寄せてある。寄せた跡が、箒の筋で残っている。


 閉まっている店の前を、誰かが掃いている。掃いた人の名は、この道の誰も知らない。


 真ん中の店の一階の壁に、赤い箱が付いていた。自動火災報知設備の、外へ出ている部分になる。


 箱の中の押しボタンの硝子は、割れていない。ベルは鳴っていない。


 迅は箱を叩かなかった。叩かずに、二階の窓を見た。


 窓の隙間から出る白いものが、量を変えた。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。


 二階の窓の硝子が、内側から白くなった。


 白くなった硝子が、そのまま外へ膨らんだ。膨らんで、割れずに、垂れた。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 八。


 二本になった。正月の四日の夕方で、残っているのが二本になる。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 飯野そらは、階段の途中から、それを見ていた。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声は裏の道の三軒に当たって、正面の通りまで抜けた。抜けた先に、正月で人がいない。


 垂れた白いものが、一階まで下りてきた。下りた先で、赤い箱の前を通った。


 通ったのに、ベルは鳴らなかった。


「筒先!」


 ギアの柄が半回転して、噛んだ。噛む音が、暗い道で一度、短く鳴った。


 迅の筒先から、水が出た。出た水が、垂れたものの根元へ入っていく。


 入った先で、白いものが縮んだ。縮んで、また同じだけ膨らんだ。


「二階です。元は二階の奥です。四メートルの高さです」


 蒼汰が数を先に言った。言ってから、索を街灯の二本目へ回す。


 禍体は火を出さない。出さずに、火の出ている場所を隠していく。


 隠された先が、順に見えなくなる。


 右隣の住居の一階の窓に、白いものが伸びた。


 伸びた先へ、迅が体を入れた。入れて、窓の枠を両手で掴んだ。


 掴んだ手の甲が、白くなった。


 迅は下がらなかった。下がらずに、枠を掴んだまま体を横へ寄せて、窓の前を塞いだ。


「二階だ。先に下ろせ」


 三文字ではない。八文字になる。それだけ言って、迅は枠を掴み直した。


 ひかりが右隣の玄関へ回った。回ってから、戸を叩いた。二回ずつ、間を空けて叩く。


 中から、返事は来なかった。この家の人は耳が遠い。


「アンサー。呼び鈴が鳴ったか、教えてもらえますか」


> ── 鳴りました。二度。応答はありません。


 奏がロッドを構えた。三形態のうち、〈呼〉になる。構えたのを、ひかりが横で見ている。


「奏さん。中へ、声を入れてもらえますか」


「桐島 奏です。中の方へ、こちらの音を大きくいたします。耳を塞いでいてください」


 奏がロッドの先を戸の隙間へ向けた。向けた先で、七尾の声が拾われて、大きくなって、中へ入っていった。


 ひかりが、戸の隙間へ口を寄せた。


「玄関まで下りてきてもらえますか」


 中で、足音が動いた。動いてから、戸が内側から開いた。


 八十一歳の人が、下駄を履いたまま出てきた。前掛けをしている。正月でも、この人は前掛けをしている。


 出てきた人を、ひかりが道の反対側まで連れていった。連れていく間、この人は一度も後ろを見なかった。


 道の反対側で、飯野そらと祖母が待っていた。二人とも上着を着ている。上がった二階から、また下りてきていた。


 白いものが、右隣の一階の窓から離れた。離れて、真ん中の店の二階へ戻っていく。


 戻った先で、白いものが赤い箱を吸い込んだ。


 吸い込まれた箱の中で、ベルの椀が鳴った。鳴った音が、外へ出てこなかった。


 ひかりがナイフを抜いた。抜いてから、白いものと箱の間へ、刃を横から入れた。


「サイレンナイフ ── 急救斬ッ!」


 斬った。斬った先が、箱と白いものの間で切れた。


 切れた側から、ベルの音が外へ出てきた。


 出た音は、裏の道の三軒と、正面の通りの半分まで届いた。届いた先に、人はいない。


 人はいないが、音は鳴っている。


 白いものが、音の鳴っている側から縮んだ。縮んで、二階の窓の中へ落ちた。


*


 飯野そらの祖母が、道の反対側で頭を下げた。八十四になる。下げてから、この人は何も言わなかった。言わないまま、もう一度下げた。


 ひかりが、その二人の前へ回った。


「飯野さん。教えてくださって、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 飯野そらが、祖母の袖を引いてから、自分でそう言った。言ってから、両手を上着のポケットへ入れた。


 ひかりが、その手を出させて、指の色を見た。手が赤い。電話を九分、両手で持っていた側になる。


「寒いところで九分、立っていてくださいました」


「寒かったです」


「おうちで温めてもらえますか」


「はい。あの、ベル、鳴らなかったです」


「鳴りませんでした」


「ベルが鳴ったら、あたし、電話しなくてよかったですか」


 ひかりは、そこで答えを持たなかった。答えを持たないまま、飯野の目の高さへもう一度しゃがんだ。


「ベルが鳴っても、掛けてください」


 それだけ言った。理由は付けなかった。


 飯野は、それに頷いた。頷いてから、祖母の手を取って、道の反対側の家へ入っていった。


 入る前に、右手を耳の高さまで上げて、掌を外へ向けた。


 上げてから、下ろした。誰も教えていない。


 裏の道の東の口に、人が立っていた。


 一月の夕方で、その人の手には紙の束が一つある。


 立っているのは〈統計〉になる。迅が、そちらへ体を向けた。


「そこだ」


「市内の空き店舗は千四百二十六軒です。自動火災報知設備が付いているのは、そのうち四百十軒になります」


 声はそう言った。誰も言い返さなかった。


「四百十軒のうち、去年一年で点検を出したのは百三十一軒です。残りは、鳴るかどうかを誰も確かめていません」


「今日は鳴った」


「鳴らせました。鳴ったのとは違います。鳴らせる方が来るまでの間は、人が見つけるしかありません」


 言ってから、〈統計〉は紙の束を持ち直した。持ち直してから、東の口の方へ歩いていった。


 歩いていった先の道で、街灯が一本置きに点いている。


 真ん中の店の二階から、白いものが屋根を破って上へ出た。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「裏の道には立てません。二間です。正面の通りの、四つ角だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが四つ角の中央で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が正月の飾りの立ててある側を外して置かれた。外した分だけ、置ける場所が狭くなる。


> ── 回線、残り 一本。市内 受信可能 八。


 四つ角の三方から、人が見上げていた。正月の四日の夕方で、開いている店が四軒しかない。見上げているのは、その四軒から出てきた人になる。


 見上げているのは、四つ角と、裏の道の反対側の家の二階からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は三軒の屋根の上へ寝かせた。


 寝かせた腕が、右隣の住居の屋根を下から押さえた。押さえた内側で、白いものの行き場が上だけになる。


 上へ伸びた白いものは、正面の通りの側へ倒れようとした。倒れた先には、四軒の店がある。


 右腕が動いた。開く方の掌が、倒れてくる腹を横から受けた。受けた場所で、白いものが薄くなる。


 薄くなった中から、電線が一本出てきた。三軒の裏を通って、電気を止めていない三軒へ入っている一本になる。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 受けた掌が、電線を避けて、白いものの芯だけを横から断った。


 断たれた先で、形が保てなくなる。白いものは、ただの煙になって裏の道へ落ちた。


 落ちた煙の下で、赤い箱のベルが、まだ鳴っていた。


 鳴っている音を、四つ角の四軒から出てきた人が聞いた。聞いてから、そのうちの一人が自分の店の壁を見た。


 その店の壁にも、同じ形の赤い箱が付いている。


*


 地下三層で、須永がレスキューの右腕の関節を拭いていた。拭いた布に、煤が付く。


「秋からの煤が、一度に落ちました」


「落ちただけです。跡は落ちません。落とす方法は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。三十四時間になる。


 戸倉が商店街の建物の表へ、四丁目の裏の並びの欄を書き足した。書き足してから、須永に言った。


「あの人、窓の前に体を入れて、そのまま動きませんでした。手の甲が白くなってたのに」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。戸倉は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。


 戸倉は棚の二段目を閉めてから、表の一枚だけをもう一度出した。出して、四丁目の裏の並びの欄へ、赤い箱の印を三つ足した。


 三つのうち二つは、今日は見ていない。見ていないものにも、印だけは付ける。付けた印を、この人は次の欄へ送る。


 三階の食堂で、寺尾が汁を温め直した。正月の四日の椀は、三丁分になる。


 温め直してから、寺尾は自分の掌を一度開いて閉じた。打った柱は三本で、掌の内側に柄の跡が三筋ある。


 迅は、その掌を見ていた。見ていて、何も言わなかった。


 尾花律子は受信席で用紙を綴じた。この日、保留は二件だった。最長は一分三十秒になる。


 正月の三が日と四日で、市内の入電は二百件を超えた。超えた分の多くは、餅と、転倒と、道の凍りになる。


 火災は、この日の一件だけだった。一つしかない日に、それを見つけたのが九歳になる。


 見つけたのが人でなかったら、あの三軒は朝まで誰にも知られない。ベルは鳴らないまま、朝まで鳴らない。


 一枚目の用紙の第一声の欄には、教わりました、と書いてある。


 この欄に、状況ではないものが入ったのは、三年で初めてだった。


 尾花は、その欄を書き直さなかった。掛けてきた人が言ったとおりに残す。三年、そこだけを守ってきた。


 六人は、この人に礼を言わない。言わせない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十六時五十九分。所要 ── 九分。

> 保留 ── 二件。最長 一分三十秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 判定 ── 黒。破壊 ── 中。

> 損壊 ── 商店街四丁目 裏の並び 空き店舗 二階 屋根 六平米 破損。隣接一軒 窓枠 変形。

>     正面通り 四つ角 舗装 五平米 破損。

> 救助 ── 一名。搬送 ── なし。避難 ── 三名。

> 受信 ── 通報者 九歳。通話 九分。切断は こちらの指示による。

> 出火 ── 覚知の時点で 自動火災報知設備 不作動。原因 ── 調査中。

> 市内 自動火災報知設備の付いた空き店舗 四百十軒 ── 昨年度の点検 百三十一軒。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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