第086話 雪です
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 五時二分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 山側 三ツ木。
> 第一声 ──「雪です」
> 背後 ── 風。樋。犬。
「雪です」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「三ツ木です。うちの前です」
「お名前を教えてください」
「小田です。小田 万作」
「小田さん。今、火が出ていますか」
「出てません」
「怪我をされた方はおられますか」
「おりません」
「どなたか、動けなくなっておられますか」
「おりません。雪です。降ってます」
「小田さん。降っているのを教えてくださって、ありがとうございます」
「いえ」
「急ぎでないご用は、市の代表番号がございます。番号を申し上げますので、書けるものをご用意いただけますか」
「あります」
「二二五の、四一一二です」
「二二五の、四一一二」
「小田さん。それから、これから急ぐことが起きた時は、百十九番へ掛けてください。火事と、怪我と、動けなくなった時の三つです」
「三つですね」
「はい。今日は積もります。屋根から落ちてくるものの下を歩かないでください」
「歩きません」
「もし何かあったら、その時は待っていてください。こちらから伺います」
「待ちます」
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 六時三十三分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 商店街 三丁目。
> 第一声 ──「屋根が」
> 背後 ── 湯。桶。硝子戸。
「屋根が」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「商店街三丁目の、とうふ店です。武藤です」
「武藤さん。屋根が、どうなっていますか」
「庇に雪が乗ってます。手前が下がってきました」
「下に人は通りますか」
「通ります。ここは通ります。朝は一番通ります」
「武藤さん。今、庇の下におられますか」
「おります」
「そこから離れてください。庇の高さと同じだけ、離れてください」
「離れます。三メートルくらいですか」
「三メートルです。離れたら、そこで待っていてください。隊が出ます」
「待ってます。あの、いくつ数えたらいいですか」
「数えなくて大丈夫です。着いたら、こちらから声を掛けます」
「はい。一、二、三、四つ、五。あ、いえ、豆腐の話です。すみません」
「武藤さん。落ち着いておられます。そのままでいてください」
> 出場 ── 第七支部 二隊。到着 ── 六時四十一分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 七時十二分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 柏台 三丁目。
> 第一声 ──「人が倒れてます」
> 背後 ── 靴。金網。子ども。
「人が倒れてます」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「柏台三丁目です。学校の手前の、金網のところです」
「お名前を教えてください」
「岸 陽太です。十歳です」
「岸さん。倒れておられるのは、どなたですか」
「知らない人です。おばあさんです。頭を打ってません。滑って、お尻から落ちました」
「話は出来ますか」
「出来ます。痛いのは足首だけって言ってます」
「岸さん。よく見ておられます。そのまま、その人の傍にいてもらえますか」
「います」
「動かさないでください。起こそうとしないでください」
「起こしません」
「岸さん。学校に遅れます。それでも構いませんか」
「構いません」
「では、そこで待っていてください。救急車が向かいます。電話は切らないでください」
「切りません」
「岸さん。周りに大人の方は通られますか」
「二人来ました。今、上着を掛けました」
「岸さん。その方に、電話を代わっていただかなくて大丈夫です。岸さんが最初から見ておられます。そのまま続けてください」
「はい」
> 出場 ── 第七支部 救急一隊。到着 ── 七時十九分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 八時四十分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 山側 三ツ木。
> 第一声 ──「屋根が落ちました」
> 背後 ── 風。板。無音。
「屋根が落ちました」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「三ツ木です。小田です。朝に掛けた小田です」
「小田さん。落ちたのは、どちらのお宅ですか」
「隣の空き家です。誰も住んでません」
「中に人はおられませんか」
「おらんと思います。三年、誰も入ってません」
「小田さん。今のご用は、こちらで合っています。掛けてくださって、ありがとうございます」
「合ってましたか」
「合っています。落ちたものと、中に人がいるかどうかが分からない時は、百十九番です」
「覚えます」
「小田さん。空き家に入って確かめないでください。落ちたところは、もう一度落ちます」
「入りません」
> 出場 ── 第七支部 一隊。到着 ── 九時二分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 九時五十五分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 旧市街 二丁目。
> 第一声 ──「隣です」
> 背後 ── 湯。時計。硝子。
「隣です」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「旧市街二丁目です。野々村です。野々村 タキ」
「野々村さん。隣のお宅で、何かございましたか」
「戸が開きません。雪で、下が埋まってます。中から叩いてます」
「中の方は、返事をされますか」
「します。息は普通です。声も普通です」
「野々村さん。ご自分で掘らないでください」
「掘りません。この前、床が抜けた時に、抜こうとしないでくださいと言われました。同じことだと思って」
「同じです。よく覚えておられます」
「二十分ほど掛かりますか」
「十二分ほどで着きます。着くまで、中の方と話していてもらえますか」
「話してます。さっきから、うちの犬の話をしてます」
> 出場 ── 第七支部 一隊。到着 ── 十時七分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 十一時二十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 一丁目。
> 第一声 ──「あ」
> 背後 ── 車。放送。足音。
「あ」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです」
「あの、すみません、子どもが」
「間違えて掛かりましたか」
「はい。ごめんなさい。切ります」
「切らないでください。間違えましたと言っていただければ、それで大丈夫です」
「間違えました」
「はい。伺いました。ありがとうございます」
「怒られませんか」
「怒りません。黙って切られる方が、こちらは困ります。折り返して、確かめに行くことになりますので」
「そうなんですか」
「そうです。間違えた時は、切らずに、間違えましたと言ってください。お子さんにも、そう教えていただけますか」
「教えます」
> 出場 ── 無し。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 十三時四十六分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 三ツ木。
> 第一声 ──「動けません」
> 背後 ── 風。金属。無音。
「動けません」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「三ツ木の、坂の途中です。車です。溝に落ちました」
「お怪我はございますか」
「ありません。出られないだけです」
「車の外に出ておられますか」
「中です」
「そのまま中にいてください。外は路面が凍っています。降りると滑ります」
「動きます、エンジンは」
「切っていただけますか。溝の下に何が通っているか、こちらで分かりません」
「切ります」
「それから、ハザードを点けてください。後ろから来る車が、同じところで滑ります」
「点けました」
> 出場 ── 第七支部 一隊。到着 ── 十四時十一分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 十七時三十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 旧市街 三丁目。
> 第一声 ──「犬が」
> 背後 ── 犬。戸。風。
「犬が」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「旧市街三丁目です。前川です。前川 久美」
「前川さん。犬が、どうしましたか」
「また鳴いてます。隣の久米さんのところです」
「久米さんは、出てこられますか」
「出てきました。今、そこにおられます。中で犬と喋ってます」
「では、お宅の方は無事でおられますね」
「無事です。すみません、見間違いでした」
「前川さん。見間違いでも構いません。見えたものを教えてください」
「はい」
「一時間、外に立っておられなくて大丈夫です。気になったら、そのつど掛けてください」
「掛けます」
> 出場 ── 無し。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 二十一時十一分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 旧市街 四丁目。
> 第一声 ──「(無し)」
> 背後 ── 無音。無音。無音。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです」
「もしもし」
「聞こえておられますか。声が出せない時は、電話を叩いてください。一度で結構です」
「もしもし。鳴瀬市消防指令センターです。切らないでください」
「聞こえておられなくても、こちらは切りません」
> 通話 ── 一分四十秒で切断。
> 折返し ── 三回。応答 ── 無し。
> 出場 ── 第七支部 一隊。発信地の周辺 ── 二十二時六分まで確認。異常 ── 無し。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 二十二時四十分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 柏台 五号棟。
> 第一声 ──「階段です」
> 背後 ── 蛍光灯。手摺。息。
「階段です」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「柏台の五号棟です。階段のところです」
「お名前を教えてください」
「大槻です。大槻 学」
「大槻さん。階段で、何かございましたか」
「僕じゃないです。下の階の人です。踊り場で座り込んでます」
「話は出来ますか」
「出来ます。息が上がってるだけだと思います。でも、この階段、片方しか手摺がなくて」
「大槻さん。ご自分で背負って下りないでください」
「下りません。夏に、そうしてもらったので。あの時、途中で一回止まりました」
「大槻さん。傍にいて、その方に、動かないでいてくださいと伝えていただけますか」
「伝えます」
「十分ほどで着きます。着くまで、電話は切らないでください」
「切りません」
> 出場 ── 第七支部 救急一隊。到着 ── 二十二時五十一分。
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月十四日 二十三時五十八分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 二丁目。
> 第一声 ──「雪です」
> 背後 ── 風。無音。無音。
「雪です」
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「商店街二丁目です」
「お名前を教えてください」
「……言わないと駄目ですか」
「言わなくても、こちらは伺います。お名前は、あとで結構です」
「十七です。高校生です」
「はい」
「火事とかじゃないです。怪我もしてないです。誰も倒れてないです」
「はい」
「雪です。すみません、それだけです」
「はい。伺いました」
「切ります」
「切る前に、一つだけ。今おられるところは、寒いですか」
「寒いです」
「では、屋根のあるところまで歩いてから切ってください。それまで、こちらは繋いでおきます」
「歩きます」
「……着きました」
「はい。おやすみなさい」
> 【第七支部 出場記録】
> 十二月十四日 ── 一日分。
> 入電 ── 十九件。うち 救急 七。救助 四。火災 零。その他 八。
> 出場 ── 六件。所要 ── 最短 四分。最長 二十二分。
> 保留 ── 一件。最長 五十五秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 判定 ── 無し。〈禍体〉の覚知 ── 無し。
> 損壊 ── 商店街三丁目 庇 二。山側三ツ木 空き家 屋根 一。
> 救助 ── 三名。搬送 ── 七名。避難 ── 無し。
> 受信 ── 二十一時十一分の一件、発信者 不明。折返し 三回 ── 応答なし。
> 積雪 ── 鳴瀬市 平地 十一センチ。山側 三ツ木 二十六センチ。
> 代表番号への転送 ── 二件。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




