第008話 降りられません
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 五月十九日 十三時五分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 東雲町 四丁目。
> 第一声 ──「降りられません」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「降りられません」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられますか」
「高いところです。作業車の籠の中です」
「高さは分かりますか」
「二十五メートルです。上まで上げたので」
尾花は書いた。作業車、籠、二十五。三語で足りる。書きながら、風の欄に指を置いた。この日の風は弱い。
高いところの一件は、風で扱いが変わる。強い日は待たせない。弱い日は待たせられる。待たせられる日でも、尾花は待たせる欄に手を掛けなかった。
「何人いますか」
「二人です。俺と、親方と」
「けがはありますか」
「ありません」
そこで声が途切れた。途切れてから、また続いた。
「けが人はいません。それでも呼びました」
「はい」
「呼んでよかったですか」
「よかったです。降りられないのは急ぎます」
尾花はそれ以上言わなかった。用紙の欄は決まっている。決まっている欄の外を、この人は書かない。
「お名前は」
「立石です。立石亮」
「立石さん。籠から出ないでください。手すりを跨がないでください」
「跨ぎません。親方が跨ごうとしたので、止めました」
尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。風、弱い、金属が一度鳴る。三語だけになる。
十三時五分の三階は明るい。窓を開けている。五月の後半で、昼の間は暖房も冷房も要らない。要らない時期は年に二度しか無くて、そのうちの一度がこの週になる。
当直の五人は昼を食べ終わっていない。武藤の豆腐が六時に届いて、その半分が卓に残っていた。
寺尾剛が皿を五つ並べていた。自分の分を最後に置く。三年、順番が変わらない。置いてから湯を人数分より一つ多く出した。
「班長。今日は誰も濡れてませんよ」
「そうだな」
「なら一つ余ります」
「余った分は俺が飲む」
灰谷蒼汰は箸を持ったまま、索の袋を膝に乗せていた。食べながら片手で袋の口を確かめている。二度確かめてから、また箸を持ち直した。
七尾ひかりは手帳を開いていた。最後の頁ではない。真ん中あたりに、線を引いた場所がある。引いた線の意味は本人しか知らない。
火群迅は食べ終わっていた。五人のうち、いつも最初に終わる。終わってから、卓の端で右腕を上げる。肩の高さより少し上まで来る。八日前と同じ位置になった。
逢坂澪は二階から降りてこない。皿だけが階段の下に置いてある。誰かが上げるまで、そのまま残る。
この支部では、二階へ食事を運ぶ決まりが無い。決まりが無いので、誰が運ぶかも決まっていない。三年、大抵は寺尾が運んでいる。運んだあとの皿は本人が下ろす。下ろす時刻は日によって違う。
*
久遠寺修司が地図の前に立った。
「作業車です」
尾花が言った。
「籠が二十五メートルで止まっています。中に二人」
久遠寺は壁の紙を見た。五月の数字が並んでいる。
未着 累計 ── 零。
> 候補、三点ございます。第一、東雲町四丁目 六番。第二、同 九番。第三、東雲町五丁目 一番。
「一です」
澪は候補を最後まで聞かずに答えた。第二が読み上げられている途中で口を開いている。
「東雲町四丁目六番。市営の集合住宅です。外壁の塗り替えが先月から入っています。工期は今月末まで」
「棟は」
「三棟。工事に入っているのは南側の一棟だけ」
「風は」
「東から。毎秒二メートル。弱いです」
久遠寺は指を地図に置いた。集合住宅の南側は、道が細い。細い道の先に公園がある。公園には遊具が三つあって、この時刻には子どもがいる。
「公園に人が出ている」
「出ています。十四人。半分が就学前です」
澪は付箋を一枚めくった。
「座標、出た」
「第七支部 ── 出場!」
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は寝ていない。二日と半分と本人が言っている。半分の数え方は誰も訊かない。
「一号から五号、出場!」
言ってから、無線を切らずに続けた。
「二十五メートルまで届く梯子は、まだ作れない。ウイングで行け」
「行く」
「風は弱い。弱いからといって降ろすな」
迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。
東雲町までは六分掛かる。昼過ぎの道は空いていた。空いている道を、五機が縦に並んで走る。
「回線、五本使います」
澪の声が耳に入った。
「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です」
その一本が、立石亮の通話になる。尾花はまだ切っていない。
集合住宅の南側に着くと、作業車が見えた。車体は道に停まっている。腕が斜めに伸びて、その先の籠が壁の高さの半ばで止まっていた。
籠の中に二人いる。一人は手すりを掴んで下を見ている。もう一人は座り込んでいた。座っている方が年上になる。
迅はファイヤーを停めた。停めた場所から作業車まで、二十メートルあった。
「行くぞ。先に着く」
走った。走って、作業車の運転席に付いている操作盤へ手を掛ける。盤は死んでいた。表示が全部消えている。
「電源が落ちてる」
「非常降下は」
「弁が動きません」
地上で作業員が三人、盤の前に集まっていた。そのうちの一人が手を離さずに言った。
「二回試しました。二回とも降りません」
「もう試さないでください」
「はい」
迅は上を見た。籠の底に、塗料の缶が四つ並んでいるのが見える。缶は縛ってあった。縛った人がちゃんと縛っている。
「イエロー」
「上がります」
蒼汰はワイヤーを構えた。構えてから、索先の鉤を一度だけ握り直した。投げる前に必ず入る動作になる。
鉤は屋上の手すりへ飛んだ。噛んだ。噛んでから、蒼汰は一度だけ引いた。結んだあと一度引くのは、この人の癖になる。
手すりは塗り替えの途中で、上塗りが乗っていない。乗っていない鉄は滑らない。蒼汰は噛ませる場所を選んでいる。選ぶのに掛けた時間は二秒ほどで、選んだことは誰にも言わない。
蒼汰は壁を蹴って上がった。二十五メートルを十四秒で上がる。上がった先で、籠の外側の枠に足を掛けた。
「立石さん」
「はい」
「先に親方さんを下ろします」
「はい」
座り込んでいた男が首を振った。六十を過ぎている。
「若いのが先だ」
「順番は決めてあります」
「決めたのは誰だ」
「俺です」
蒼汰は言い切ってから、男の胴へ帯を回した。回してから、留め金を二度確かめた。一度目は自分の指で、二度目は男の指を留め金の上へ置かせて確かめさせる。触らせておくと、降りる途中で人は暴れない。
男は黙って掴まった。掴んだ手の甲に、塗料が乾いてこびりついている。灰色だった。この日の塗り替えの色になる。
降ろすまでに四十秒掛かった。地上でひかりが受けた。息を七つ数える。数えてから、同じ長さで男にも吸わせた。
「どこも痛くないですか」
「膝が」
「いつからですか」
「二十年前から」
「じゃあ今日のじゃないですね」
「今日のじゃない」
ひかりは膝を触らずに、座る場所を作る。作った場所は日の当たらない側で、道具箱を二つ並べただけになる。男はそこへ座った。
蒼汰はもう一度上がる。二度目は十二秒になった。一度目に足を掛けた枠の位置を覚えているからで、覚えているのは本人だけになる。
立石亮は二十四歳だった。籠の中で、電話をまだ握っている。
「切っていいです」
「切っていいですか」
「俺たちが来ました」
立石は電話を切った。切ってから、手すりを掴み直した。掴んだ手が白くなっている。
「怒られますか」
「誰にですか」
「親方に」
蒼汰は帯を回しながら答えた。
「知りません」
二人は同時に降りた。降りきる手前で、籠が一度揺れた。揺れた理由が、そこでは分からなかった。
*
籠が上がり始めたのは、その後になる。
電源は落ちている。盤の表示も消えたままになる。それでも腕が伸びた。二十五メートルが三十になり、三十五になった。
伸びきったところで、腕が割れた。割れた中から、細い金物が出てくる。人の形は取らない。作業車の腕と同じ形をした格子が、幾本も束になって伸び上がった。
格子は上へだけ伸びた。下へは戻らない。伸びる度に、集合住宅の外壁を擦っていく。擦られた場所の塗料が剥がれて、下へ落ちた。
公園にいた十四人が、南側の道へ出てきた。就学前の子どもが七人いる。
「公園の人を北へ」
迅が言った。作業員の三人が走った。走って、子どもの手を引いて北の道へ回した。
迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
五階の窓が二つ、同時に開いた。
迅がブレスを格子へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒だ」
サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。噛む音が二度に分かれて鳴る。噛みが浅い日の鳴り方になる。
「斧!」
迅が根元へ打ち下ろした。当たった。金物が一本切れる。切れた上で、二本が新しく伸びた。
「増えます」
澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「この建屋に人はいません。北へ回した十四名は道の向こうです。回線、残り三本」
撃った。音が格子の束を通る。通って、上から返ってきた。
返ってきた音は、行きより遅い。遅いのは、通る道が真っ直ぐでないからになる。澪は盤の上でその遅れを見て、格子の中の太さの変わり方を読んだ。読み方を説明する人はここにいない。
「下は詰まっていません。詰まっているのは上です」
「上に何がある」
「重さです。上へ行くほど太くなっています」
迅は上を見た。格子は根元が一番細い。細いところの上に、太いものが積み上がっていた。
「上へ行くほど重いのか」
「重いです。折れません。折れないのは、まだ真っ直ぐだからです」
寺尾がハンマーを持ち直した。持ち直してから、前へ出た。
「まあ待て」
「待てない」
「待てる。こいつは自分で倒れる」
寺尾は根元から三歩離れた場所に柱を打ち込んだ。一本目。二本目を、そこから斜め前に打つ。三本目を、二本目の先に打った。
打った三本は、格子の伸びる先へ向かって並んでいる。
「レッド。こいつは上へ伸びるしか出来ない。伸びる先に物があれば、そこへ寄る」
「寄ってどうなる」
「真っ直ぐじゃなくなる」
格子は柱に触れた。触れた場所へ寄って、そこから上へ伸びた。伸びた先が、少し傾いた。
傾いたところに、上の重さが乗った。
「イエロー、引け」
「何処へ」
「傾いた側だ。横じゃない。斜めに」
蒼汰はワイヤーを投げた。索が格子の中ほどへ噛む。噛んでから、斜め下へ引いた。
格子は倒れなかった。倒れずに、また上へ伸びた。伸びた分だけ、傾きが増える。
増えた傾きに、また上の重さが乗った。
「もう一本」
「投げます」
二本目の索が上へ噛んだ。蒼汰は二本を同時に引かない。片方を張ったまま、もう片方を緩める。緩めた側へ格子が寄った。
寄った先に、寺尾の三本目の柱がある。
格子の重心が柱を越えた。
越えたところで、上から折れた。折れた場所は根元ではない。全体の三分の二の高さになる。折れた上半分が、公園とは反対の側へ落ちた。
落ちた先は、工事のために空けてある駐車場だった。車は一台も停まっていない。工期の間は使わないことになっている。
「掛かりました」
「掛けたのは寺尾さんです」
「掛けたのは、こいつ自身だ」
寺尾はハンマーを肩へ戻した。戻してから、柱を三本とも抜かずに置いた。柱は残る。街に増えていく。
三本のうち一本は、駐車場の白線の上に立った。線が読めなくなる。読めなくなった線を引き直すのは、この工事が終わってからになる。
*
残った下半分が、駐車場の中で起き上がった。
起き上がりながら太くなる。二十五メートルが四十になり、それ以上へ伸びた。折れた分を、下から作り直している。
「上げろ」
迅が言った。言ってから、集合住宅の壁を見た。塗り替えの終わっている面と、終わっていない面が、真ん中で分かれている。
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。
「三番からだ」
「分かってる」
「三度目だ。数えとけ」
迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。
「五機、連結!」
サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。
その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。
ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。
「特災合体 ── サイレンオー!」
集合住宅のベランダから、それが見えた。
三棟のうち、南側の一棟は空になっている。北側の二棟に人がいた。四階の一室で、洗濯物を取り込みかけた人が手を止めている。取り込みかけた洗濯物が、竿から半分ずり落ちたままになっていた。
五階のベランダには、七十くらいの男が出ている。手すりに肘を乗せて、上を見た。首を反らせる角度が足りずに、一度後ろへ下がってから見直した。
サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。
格子は、そこからさらに伸びた。四十メートルを越える。サイレンオーの頭より上へ出た。
「越されました」
「越させろ」
迅は追わなかった。追わずに、右腕を下げたまま待つ。
格子は上へ行くほど太くなる。太くなった先が、また傾いた。傾く先は決まっている。一番近い高いものへ寄る。
一番近い高いものが、サイレンオーだった。
格子はサイレンオーの肩へ寄る。寄って、そこへ乗った。
「乗った」
「支えるぞ」
サイレンオーは、乗ってきた重さを右肩で受けた。受けてから、膝を折らずに立っている。足元のアウトリガーの跡が四つ、地面へ食い込んだ。一つだけ入り方が違う。半拍遅れて張った方になる。
「イエロー、下へ」
「入りました」
「グリーン、根元」
「押さえる」
格子は自分の重さで、根元が浮きかけた。浮いた足を、サイレンオーの左腕が押さえる。開かない拳を、その脇へ押し込んだ。
押し込まれた側は動けない。上は乗ったまま。真ん中だけが伸び続ける。
伸びた真ん中が、内側へ曲がった。
「胸だ」
迅が右腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が刃の形で出た。斬るのではない。曲がった真ん中を、外から押し切る形になる。
格子は真ん中で分かれた。上に乗っていた重さが、支えを失って落ちる。落ちた先は駐車場の中で、そこから外へは出なかった。
落ちて、砕けて、細い金物の粉になった。粉は塗料の色をしている。灰色と、その下の水色と、さらに下の白が混じっていた。三度塗り替えた壁の色になる。
五階のベランダの男が、手すりから肘を上げた。上げてから、下の道を見た。
子どもが七人、北の道からこちらへ戻ってくるところだった。作業員の三人が、まだ手を離していない。
*
外へ出ると、日が傾き始めていた。
十三時十二分に着いて、終わったのが十三時四十分になる。所要は六分五十秒だった。
東雲町四丁目の道に、作業車が残っていた。腕は折れている。籠は地面に降りていた。降りたのは、格子が抜けたあとに自分で落ちてきたからになる。
塗料の缶が四つ、籠の中で立ったままだった。縛った人がちゃんと縛っている。
立石亮はその横に立っていた。座り込んでいた親方は、道具箱の前で工具を数えている。数え終わってから、蓋を閉めた。
立石が何か言いかけた。言いかけて、口を閉じた。
親方は道具箱を持ち上げて、車の方へ歩いた。歩きながら、一度だけ立石の方を見る。見てから、また前を向いた。
「行くぞ」
それだけ言って、親方は歩き出す。立石は付いていった。
誰も、五人に礼を言わなかった。
寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。
「今日も間に合ったな」
「間に合った」
迅はそう答えた。答えてから、駐車場に残った柱を見た。三本とも立っている。抜くのは道路課の仕事になる。抜きに来るのがいつになるかは、誰も知らない。
*
地下二層は油の匂いがする。
戸倉健がウイングのローターの根に掌を当てていた。温度と震えを見る。この人は音で診ない。手で診る。
「班長」
「何だ」
「二番目の羽が、朝より半度ずれてる」
「ぶつけたか」
「ぶつけてない。乗せられた」
宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。
「四十メートルのものが、上から乗る前提で作ってない」
「作りますか」
「作れない。乗せられない立ち方を教える方が早い」
戸倉は掌を離した。離してから、次の機体へ移る。移った先で、また掌を当てた。
当てる場所は機体ごとに違う。ファイヤーは吸管の付け根、レスキューは巻き上げの軸、クレーンは四本目のアウトリガー。決めたのは戸倉で、決めた理由を書いた紙は無い。
速水が地下へ降りてきた。二階の地図を三枚持っている。持ってきた三枚のうち、二枚は東雲町ではなかった。
「速水。それは」
「先に出しておきました」
「何を先に出した」
「来週の分です」
戸倉は手を止めずに笑った。笑ってから、三枚とも受け取って壁に留めた。留めた位置が、東雲町の隣になる。
宮ヶ瀬は図面を広げていた。作業車の腕の断面が描いてある。市の建築課から借りてきたものになる。
「上へしか伸びないものは、市内に千二百ある」
誰にともなく言って、図面を巻いた。
「千二百分の押さえ方は、まだ作れない」
二階では、澪が付箋を書いていた。八枚目になる。五月十九日、東雲町。
通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、七枚目の下になる。七枚目が北で、八枚目が東になった。
八枚は、真ん中を空けて外側へ並んでいる。真ん中は市の庁舎がある区画で、そこに貼った付箋はまだ一枚も無い。
庁舎の区画には、消防の本部と、市の水道と、電話の中継の建屋が固まっている。人が住んでいる数は一番少ない。件数が出ないのは当たり前になる。当たり前のものを、澪は八回続けて見ていた。
澪はその空きを、暫く見ていた。見てから、指で一度だけ触った。触ってから、席へ戻る。
二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十三時十二分。所要 ── 六分五十秒。
> 保留 ── 一件。最長 ── 十八秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 東雲町四丁目 高所作業車 一台。集合住宅 外壁塗装面。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




