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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第一巻

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第007話 挟まりました

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 五月十一日 十時二十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 北町 二丁目。

> 第一声 ──「挟まりました」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「挟まりました」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。何が挟まりましたか」

「手です。左手」


 声は落ち着いていた。落ち着いているのに、息が短い。二語言う度に息を継いでいる。


「場所を言えますか」

「北町二丁目、岸田印刷。工場の一階です」


 尾花は書いた。北町、二丁目、岸田印刷、一階。四つを行を変えずに並べる。


「何に挟まりましたか」

「折り機です。紙を折る機械です」

「機械は動いていますか」

「止まりました。自分で止めました」

「あなたのお名前は」

「桑野です。桑野実」


 尾花はそこで一度だけ顔を上げた。上げてから、また下を向いた。


「桑野さん。周りに人はいますか」

「二十メートル先に工場長がいます。まだ気付いていません」

「先に呼ばれたんですね」

「はい。かけてから、大声を出します」


 尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。機械、停止、遠くで送風。三語だけになる。


「そのまま動かさないでください。引き抜かないでください」

「引きません」


 通話は切れなかった。切らないでくださいとは言っていない。この人が切らなかった。


 十時二十分の三階は明るい。


 五月の窓は、朝より昼前の方が白くなる。前の週に雨が続いて、その後は晴れが四日続いていた。乾いた風が北から入ってくる。乾いた風の日は火の件が増える。増えるのは分かっているのに、この日の一件は火ではなかった。


 武藤徳三が来ていた。豆腐を届ける時刻ではない。この人は毎朝六時に来る。十時に上がってくることは、三年で無かった。


「遅れた」


 それだけ言って、平箱を卓に置いた。中に十二丁ある。


「暖簾が間に合わん」


 武藤の店は、正面を直している最中になる。看板はまだ立っていない。暖簾も掛かっていない。掛かっていない店で、豆腐は作れていた。


 寺尾剛が受け取った。受け取ってから、人数分より一つ多く皿を出した。多く出すのは癖で、余った一つは自分が食べる。


「班長」

「何だ」

「これ、十二ある。五人だ」

「十二だ」


 武藤はそう言って帰った。丁とは言わない。三年、この数え方で通している。


 寺尾は十二を五つに分けた。分けきれない。分けきれない分を、自分の皿へ寄せた。


 灰谷蒼汰は索を巻いている。乾いた日の索は硬い。硬い索は結び目が滑る。結んでから、一度だけ引いて確かめる。


「三日で戻りましたね」

「何が」

「太さです。雨の時、二ミリ太くなってた」

「測ったのか」

「測りました」


 寺尾は返事をしなかった。返事の代わりに、皿を一つ蒼汰の前へ滑らせた。


 七尾ひかりが手帳を閉じた。輪ゴムを掛ける。掛けてから、息を七つ数えた。長さは変えない。三年、数え方が一度も変わらない。


 火群迅は窓の前に立っていた。右腕を上げる。肩の高さより少し上で止まった。八日前の朝に焼いた腕になる。焼いた場所は前腕の内側で、包帯はもう外れている。


 逢坂澪は二階から降りてこない。この人は席にいる。


 二階の受信席の隣で、速水が地図を出していた。出したのは丘の上の三区になる。


「速水」

「はい」

「北町だ」

「北町ですか」

「北町だ」


 速水は丘の上の地図を巻いた。巻いてから、手が止まる。下に北町の地図が既に敷いてある。自分で先に敷いて、その上へ別の区を広げていた。


 澪は何も言わない。言わずに、上の一枚だけを取り除けた。



 久遠寺修司が地図の前に立った。


「工場です」


 尾花が言った。声の調子は普段のままになる。


「機械に手が挟まっています。通報したのは、挟まった本人です」


 久遠寺は壁の紙を見た。五月の数字が並んでいる。


 未着 累計 ── 零。


> 候補、三点ございます。第一、北町二丁目 十四番。第二、同 十五番。第三、北町三丁目 二番。


「二です」


 澪は候補を見ずに答えた。


「岸田印刷の登記は十五番。工場の建屋は十四番と十五番にまたがっています。事務所が十四で、機械は十五」

「入口は」

「北側の一つだけ。トラックが入る幅があります」

「風は」

「北から。毎秒四メートル」


 久遠寺は指を地図に置いた。置いてから、動かさなかった。北町は工場が並んでいる区画になる。並んでいる建屋の壁は、どれも薄い。


 澪が付箋を一枚めくった。


「座標、出た」

「第七支部 ── 出場!」


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は寝ている。四時間寝たと本人が言っている。誰も確かめていない。


「一号から五号、出場!」


 言ってから、無線を切らずに続けた。


「左手はまだ開かない。開く手は作れなかった」

「聞いた」

「聞いただけだろう」


 迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。


 サイレンファイヤーの真空引きが鳴った。鳴りきる前に、車体は動き出している。三年、この人は音を待たない。


 北町までは五分掛かる。昼前の道は混んでいた。混んでいるところを、サイレンレスキューが先に入って割る。


「回線、五本使います」


 澪の声が耳に入った。


「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です」


 その一本が、桑野実の通話になる。尾花はまだ切っていない。


 岸田印刷の入口は、トラックが二台停まって塞がっていた。荷台に紙の巻が積んである。巻の直径が人の背丈ほどある。


 迅はファイヤーを停めた。停めた場所から工場の入口まで、四十メートルあった。


「行くぞ。先に着く」


 走った。走る途中で、紙の巻の間を抜けた。抜けた先に工場長が立っている。


「一階の奥です」


 工場長が言った。息が上がっている。二十メートル先で気付いてから、走って戻ってきた人になる。


「機械の止め方は」

「私が知ってます」

「一緒に来てください」


 工場長は付いてきた。付いてきながら、上着の内側から鍵の束を出した。



 折り機は、部屋の真ん中に据えてあった。


 高さは人の背丈ほどある。上から紙が入って、下から折られたものが出てくる。入るところと出るところの間に、押さえの板が並んでいた。


 桑野実はその横に立っていた。五十を過ぎている。左手が、二枚の板の間に入っている。手首までは出ていた。


 右手に携帯電話を持っている。まだ繋がったままになる。


「桑野さん」


 迅が呼んだ。呼んでから、返事を待った。


「はい」

「切っていいです。俺たちが来ました」

「はい」


 桑野は電話を切った。切ってから、右手を下ろした。下ろした腕が震えた。震えたのはそこで初めてになる。


 ひかりが左側へ回った。指を三本、桑野の手首に当てる。


「脈、あります」

「痛いですか」

「痛いです。さっきより痛い」

「痛いのはいいです」


 ひかりはそう言って、息を七つ数えた。数えてから、桑野にも同じ長さで吸わせた。


 寺尾が電源盤の前に立った。工場長が鍵を回す。主電源が落ちた。


「まあ待て」


 寺尾が言った。盤の前から動かない。


「落としただけじゃ足りない。誰かが上げに来る」


 工場長は鍵を抜いて、自分の胸のポケットへ入れた。寺尾はさらに、盤の扉に自分の札を掛けた。


「これが掛かってる間は、誰も触らない」


 蒼汰が機械の裏へ回った。板を留めている軸を探す。軸は六本あった。


「六本です。四本は緩みます。上の二本は荷が掛かってて回らない」

「荷は何だ」

「押さえの板そのものです。板が下がって、そこで止まってる」


 迅は板の間を見た。桑野の左手は、二枚の板の間で潰れきってはいない。板と板の間に、指一本分の隙が残っている。隙が残っているのは、桑野が自分で止めたからになる。


「持ち上げる」

「持ち上げたら、下がります」

「下がる前に抜く」


 迅は板の下へ手を差し入れた。手甲の側を上にする。上にした手甲で、板の重さを受けた。


 板は動かない。動かないまま、迅の腕へ荷が乗る。前腕の内側が、板の縁に当たった。八日前に焼いた場所になる。


 迅は腕を抜かなかった。


「グリーン」

「入れる」


 寺尾がハンマーの柄を、板と板の間へ横に入れた。てこにする。柄が撓む。撓んだ分だけ、隙が広がった。


 指一本分が、指二本分になる。


「イエロー」

「四本、外しました」


 蒼汰が下の軸を四本抜いた。抜いた軸を床へ置かずに、袋へ入れる。投げたものも外したものも、必ず持って帰る。


「ピンク」

「抜けます」


 ひかりが桑野の左手首を持った。持ってから、引かなかった。


「桑野さん。自分で抜いてください」

「自分でですか」

「その方が、痛いところで止まれます」


 桑野は自分で抜いた。抜けるまでに四秒掛かった。


 左手は残っていた。指も五本ある。中指と薬指の付け根が黒くなっていて、そこだけ形が変わっていた。


「骨は」

「二本、行ってます」


 ひかりが言った。言いながら、添え木を当てる位置を指で決めている。


「動きます。半年で戻ります」

「半年」

「半年です」


 桑野は自分の左手を見た。見てから、工場長を見た。


「機械は」

「機械はいい」

「紙が」

「紙もいい」


 工場長は、それだけ言って壁の方を向いた。



 折り機が動き出したのは、その時になる。


 主電源は落ちている。鍵は工場長のポケットにある。札は寺尾が掛けた。それでも、押さえの板が動いた。


 上から下へ、下から上へ。紙を折る動きになる。折る紙は入っていない。


 板が跳ね上がった。跳ね上がった板が、天井の梁を突いた。梁が鳴る。


 機械の中から、白い塊が出てきた。人の形は取らない。折り目の付いた紙が、幾重にも重なった塊になる。重なった面が全部同じ向きを向いている。


 塊は、床に降りてから同じ動きを繰り返した。上から下へ。下から上へ。


「桑野さんを外へ」


 迅が言った。工場長が桑野の右腕を取って、二人で出ていった。出ていく足音が、機械の音に混じって遠くなる。


 迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 機械の止まった工場の中で、五つ分の声だけが鳴った。


 迅がブレスを塊へ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「黒だ」


 サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。噛む音が短い。乾いた日の噛み方になる。


「斧!」


 迅が塊の上から打ち下ろした。当たった。折り目の一枚が割れる。割れた下から、同じ折り目がまた出てきた。


「重なってます」


 澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「この建屋に人はいません。三十四名、全員が駐車場です。回線、残り三本」


 撃った。音が塊の中を通る。通って、跳ね返った。


「面が七十枚あります。一枚ずつです」

「七十回か」

「七十回です」


 寺尾が下がらずに、前へ出た。出てから、動きを見ている。


「まあ待て」

「待てない」

「待てる」


 寺尾はハンマーを地面に置いた。置いてから、指で数え始めた。


 塊は上から下へ動く。下から上へ戻る。戻ったところで一度止まる。止まってから、また上へ行く。


「八つだ」

「何が」

「八つ数えると、同じところへ戻る。折り機と同じ拍だ」


 迅は塊を見た。上から下。下から上。止まる。


 七つ目で、塊の面が一番開く。開いた面の奥に、軸が見えた。折り目の全部が、その一本に集まっている。


「レッド。七つ目だ」

「見えた」

「一拍しかない」

「一拍で足りる」


 迅は斧を持ち替えた。持ち替えてから、蒼汰を見た。


「イエロー、投げろ」

「何処へ」

「七つ目の奥だ。軸がある」


 蒼汰はワイヤーを構えた。構えてから、索先の鉤を一度だけ握り直した。握り直す動作は、投げる前に必ず入る。


 数える。一つ、二つ、三つ。


 塊が下へ降りる。四つ、五つ、六つ。


 上がる。七つ。


 面が開いた。開いた幅は、朝に折り機の板が空けていた幅と同じになる。


「サイレンワイヤー ── 急救斬ッ!」


 索が飛んだ。開いた面の奥へ入って、軸を一巻きした。巻いてから、蒼汰が引いた。


 引いたのは横ではない。上へ引いた。軸が抜ける。


 七十枚の面が、順番を失った。上から下へ行くはずの面が、下から上へ動いた。ぶつかった。


 塊は自分の折り目で潰れた。潰れる音は紙の音で、遠くまで届かない。


 潰れて、白い粉になって、床へ落ちた。落ちた粉は紙の粉になる。掃けば取れる。


 蒼汰は索を回収した。焦げていない。乾いた日の索は焦げにくい。


「一本も減ってません」

「初めてじゃないか」

「初めてです」


 建屋の屋根が破れたのは、その後になる。


 破れた穴から、白いものが出てきた。同じ塊が、二十倍の大きさで立ち上がっている。


 工場の壁が押されて、北側へ倒れた。倒れた壁の向こうが駐車場になる。三十四人がそこにいた。


「上げろ」


 迅が言った。言ってから、破れた屋根の穴を見上げた。穴の縁が内側へ折れている。押し上げられたのではなく、押し出された形になる。


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。


「三番からだ」

「分かってる」

「二度目だぞ。慣れるな」


 迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。


「五機、連結!」


 サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。


 四本目が、半拍遅れて張られた。


 その半拍で、メディックとウイングが脚に入った。レスキューが右腕になる。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にした。


 開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。


 ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗る。


「特災合体 ── サイレンオー!」


 駐車場の三十四人が、一斉に首を反らせた。


 工場の作業着を着た人が三十四人いて、そのうち十二人が上着を着ていない。急いで出てきた人になる。腕まくりのままで、みんな同じ角度に首を上げている。


 桑野実もそこにいた。左手を胸に当てたまま、右手で工場長の袖を掴んでいる。


「うちの機械が」

「あれは機械じゃない」


 工場長がそう言った。言ってから、自分でも分からない顔をした。


 サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。


 白い塊が、同じ動きを始めた。上から下へ。下から上へ。二十倍になっても、拍は変わらなかった。


「八つだ」


 寺尾の声が入った。声の後ろで、指を折る音がしている。


「同じか」

「同じだ。大きくなっても、折り方は変わらない」


 迅は待った。三年、待ったことが無い人が、この日は八つ数えた。


 一つ、二つ、三つ、四つ。


 塊が下へ降りる。五つ、六つ。


 七つ。


 面が開いた。


 迅は斬らなかった。斬る形を作らずに、左腕を出した。


 開かない拳を、開いた面の間へ入れる。差し込んだところで止めた。


 塊は八つ目へ行こうとした。行けない。拳が挟まっている。


 折り目が全部、同じ場所で止まった。


「動くな」


 迅が言った。左腕は動かない。動かないものを、動かないままで使った。


 右腕が上がる。掌が開いて、塊の上を掴んだ。掴んでから、押し下げた。


 押し下げた先が、破れた屋根の穴になる。塊は自分の作った穴へ押し込まれた。


 押し込まれたところで、折り目が全部いっぺんに開いた。開ききった面は、もう折り目ではない。ただの紙になる。


「胸だ」


 迅が右腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 水が刃の形で出た。斬るのではない。開ききった紙を、上から下へ一度に押し切る形になる。


 七十枚が、押された順に消えていく。消える速さは、折り機が一枚を折る速さと同じだった。


 紙は白い粉に変わって、工場の中へ落ちた。


 駐車場から見上げていた人たちの上に、粉が少し降った。降った粉を、誰も払わなかった。


 サイレンオーの左腕は、まだ上がったままになっている。拳は開かない。


「戻せ」

「戻す」


 左腕が下がった。下がる途中で、拳の縁に紙の粉が付いているのが見えた。



 外へ出ると、日が高くなっていた。


 十時四十分になる。所要は五分四十秒だった。


 北町二丁目の道に、紙の巻が二台分積んだままになっている。荷は無事になる。工場の屋根に穴が一つ空いて、北側の壁が一枚倒れた。それだけになる。


 桑野実は救急の車へ乗る前に、一度戻ってきた。左手を吊っている。


「あの」

「はい」

「呼ぶのが先で、よかったですか」


 迅は答えるまでに間を置いた。


「よかったです」

「工場長より先にかけました」

「それでいいです」


 桑野は頷いた。頷いてから、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 六人ではない。五人が、そこにいた。五人とも、返事をしなかった。


 工場長が車へ付き添った。付き添う途中で、寺尾の掛けた札を思い出して戻ってくる。札を外して、寺尾に渡した。


「これ」

「持っててください」

「うちのじゃないです」

「その盤に掛けるものです。次があるかも知れない」


 工場長は札を持ったまま、車へ戻った。


 寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。


「今日も間に合ったな」

「間に合った」


 迅はそう答えた。答えてから、右腕を上げた。肩の高さより少し上で止まる。止まる場所は、朝と同じだった。



 地下二層は油の匂いがする。


 梅木あかねがクレーンの左の拳を見ていた。紙の粉が入り込んでいる。指の隙間ではなく、拳の縁の合わせ目に入っていた。


 面を上げる。上げるのが速い。


「班長」

「何だ」

「粉が入りました。合わせ目の奥です」

「取れるか」

「取れます。ただし、開けた方が早い」

「開けるな」


 宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。梅木も、それ以上訊かなかった。


 梅木は細い刷毛を持ってきた。合わせ目に沿って、外から掻き出す。掻き出した粉を紙の上に集めた。集まった量は、掌に乗るほどしか無かった。


 佐波悠が工具を並べていた。この日も落とさなかった。三回続けて落としていない。


「先輩」

「何だ」

「三回続きました」

「数えてんのか」

「数えてます」


 梅木は刷毛を止めずに答えた。


「四回目で落とすやつを、俺は何人も見た」


 佐波は工具の並びを一つ直した。直してから、手を止めた。


 宮ヶ瀬は図面を広げていた。折り機の断面が描いてある。工場から借りてきたものになる。


「同じ拍で動く機械は、市内に四百台ある」


 誰にともなく言って、図面を巻いた。


「四百台分の止め方は、まだ作れない」


 二階では、澪が付箋を書いていた。七枚目になる。五月十一日、北町。


 通報 一件。書いてから、地図に貼った。


 貼った位置は、六枚目の右上になる。六枚のうち五枚が旧市街と川沿いに寄っていて、七枚目だけが北へ離れた。


 澪はその離れ方を、暫く見ていた。見てから、席を立った。


 速水が北町の地図を巻こうとしている。


「置いといて」

「置いておきますか」

「置いといて」


 速水は巻きかけた地図を、また広げた。広げてから、その上に丘の上の三区を重ねた。


 澪は今度は取り除けなかった。


 二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十時二十六分。所要 ── 五分四十秒。

> 保留 ── 一件。最長 ── 二十二秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 損壊 ── 北町二丁目 工場一棟。屋根と外壁。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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