第084話 一人です
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十一月二十七日 二十時五十分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 旧市街 二丁目。
> 第一声 ──「一人です」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「一人です」
尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「旧市街二丁目です。うちの、台所の」
「お名前を教えてください」
「野々村です。野々村 タキ」
「野々村さん。今、何が起きているか教えてください」
「床が抜けました。片足が下に落ちて、抜けません」
尾花は右の欄へ、床 抜け落ち、下肢 挟まれ、と書いた。
「野々村さん。痛みはありますか」
「痛くはないです。挟まってるだけで」
「動かせますか」
「膝は動きます。足首から下が、下に出てます」
「頭を打たれましたか」
「打ってません。しゃがんだところで抜けたので」
尾花は書いた。書いてから、その下に、意識 清明、と足した。
「ご家族はおられますか」
「一人です。うち、一人なんです」
二度目になる。第一声と同じ言葉が、もう一度出た。同じ言い方が二度出る時、それはその人が一番先に言いたかったことになる。三年、尾花はそこを見ている。
尾花は、その二度目を書いた。書く欄はある。第一声の欄の下に、通報者 単身、と書く欄になる。
「野々村さん。電話は、そのまま繋いだままで待っていただけますか」
「置きっぱなしなら、できます。手は届くとこにあるので」
「切らないでください。こちらから話しかけます」
「はい」
「それから、抜こうとしないでください。抜こうとすると、木が割れます」
「動かないでいます」
「隊が出ます。着くまで、そのまま座っていてください」
「座ってます」
尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは三つになる。
三つのうちの一つは、切れないままになる。切らないと決めた回線は、その日の間、塞がり続ける。塞がった分を、ほかの誰かが待つことになる。
*
十一月二十七日の三階は、窓を閉めていた。十一月の終わりで、夜は五度まで落ちる。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十一月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。十か月目に入った。
夜の当直で、椀は朝の分を残してある。残す量は、いつも同じになる。十一月の五丁のうち、二丁が朝へ回る。
寺尾剛が鍋の火を落とした。落としてから、蓋を斜めに掛ける。
「まあ待て。旧市街の床は古い。乗る場所を先に決める」
二文で言って、寺尾は板を二枚、袋の外へ出した。出した板は、人の体重を分けるための板になる。
灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「索は四本、乾いています」
言ってから、一本目を袋の上へ入れ替えた。家の中へ入る日は、一本目を上にする。決めたのは一昨年になる。
七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。
桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。
「待たせている間、話し続けてもらえますか」
「七尾 ひかりさん。待てる人には、何をしますか」
「話が切れると、待つ時間が長くなります」
「長くなると」
「痛くないところが、痛くなってきます」
奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。
逢坂澪は受信席の裏で、旧市街二丁目の建物の表を出していた。野々村の家のところに、印が一つ入っている。
「旧市街二丁目。木造の平屋です。建ったのは五十六年前になります」
「床下は」
「布基礎で、床下の高さは四十五センチ。土のままです」
「一人で住んでいるのは」
「二丁目で三十一世帯です。市の名簿では、そうなります」
久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
「三十一のうち、繋がるのは」
「分かりません。固定電話がある家の数までしか、こちらには来ません」
澪は言ってから、表の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
覚知の音が鳴った。
須永が地下三層から上がってきた。手に、メディックの担架の受けを持っている。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。
「受けは、まだ二台とも同じにはなりません」
「宮ヶ瀬さん。奥の一台、留めの位置が違います」
「違います。二台とも同じにする留めは、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。二十八時間になる。二十八時間起きていて、それを誰にも言わない。
戸倉が旧市街の建物の表を持って、その横に立った。立ってから、二丁目の欄を指で押さえた。
「二丁目は、床の抜けが三年で四件です。四件とも冬になります」
四件とも冬になる。冬は乾く。乾いた木は、縮んで痩せる。痩せると、釘の頭が抜けてくる。抜けた釘は、床の上からは見えない。
澪が建物の表を机へ広げた。広げてから、台所の位置に指を置いた。
「台所は北の側です。土間から一段上がったところになります」
「抜けたのは」
「一段上がった側です。根太が三本、五十六年入っています」
「入る道は」
「玄関から真っ直ぐ。廊下の幅は八十センチ。担架は、そのままでは通りません」
「床下は」
「四十五センチです。人は入れます。入って向きを変えるのは、無理になります」
久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。
「アンサー」
> ── はい。
「野々村さんの通話を」
> ── 繋がったままです。切れていません。
「聞こえるか」
> ── 聞こえます。息の間隔は一定です。……痛みがあるかどうかは、こちらでは分かりません。
「時計を」
> ── 覚知から、十一分が経っています。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
澪が表の縁から指を離した。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
旧市街二丁目の野々村の家の前に着いたのは、二十一時ちょうどになる。所要は十分だった。
十一月の夜で、旧市街の路地は五度になる。土間の戸は、開いていた。
中は、灯りが一つだけ点いていた。台所の、流しの上の一つになる。ほかの部屋は消してある。消したのは、抜ける前になる。
野々村タキが、床の抜けたところに座っていた。七十九になる。右の足首から下が、床の下に出ている。
電話は、床の上に置いてあった。受話器が外れたまま、こちらへ向いている。
ひかりが土間から上がった。上がる前に、寺尾が板を二枚渡した。
「まあ待て。二枚は乗る場所だ。抜けたとこの周りは、もう痩せてる」
二文で言って、寺尾は板を根太の上に渡した。渡してから、自分は土間に残った。
ひかりが板の上を歩いた。歩いてから、野々村の横でしゃがむ。
「野々村さん。痛いところを教えてもらえますか」
「無いです。挟まってるだけで」
「足の指を、動かしてもらえますか」
「動きます。冷たいですけど」
冷たい。床下は四十五センチで、土のままになる。十一月の終わりの土は、五度より低い。低い場所に足首から先だけを置いて、この人は三十分いた。
ひかりが足首の周りを見た。木が割れている。割れた端が、足首の内側に当たっている。
当たっているだけで、食い込んではいない。食い込む前に止まったのは、この人が抜こうとしなかったからになる。抜こうとした人の足首は、こうならない。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黄。要救助者、待機可能。急がずに済ませてください。
黄が出た。待てる。
待てる、というのは、待つ人が待てるということになる。この日、待っている人は一人になる。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
「急報 ── 通報!」
奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。
> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。
> ── 回線、残り 一本。市内 受信可能 八。
一本になった。八本のうち、一本は野々村の家に繋がったままになる。
繋がったままの一本は、塞がっている。塞がっているのは、切らないと決めたからになる。決めたのは尾花で、決めた時刻は用紙に入らない。入るのは、切った時刻だけになる。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。
台所の灯り一つの下で、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだのを、床に座った人が下から見ている。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
> 名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声が土間の天井の低いところで一度返って、床の下へ落ちた。落ちた先の四十五センチに、まだ何もいない。
禍体は、床下から立った。
人の形をしていない。乾いた木が縮み続けて、縮んだまま形になっている。動くと、床が一枚ずつ痩せる。
音は、木が木を擦る音だった。一か所ずつではなく、台所の六畳分が同じ拍で鳴る。
迅がギアの柄を回した。噛む音が、擦る音の下から出てくる。
「斧!」
斧が、縮み続ける向きを横から割った。割った先で、床が一枚だけ元に戻る。
戻った一枚を、寺尾が板で押さえた。
「まあ待て。急ぐな。黄だ」
二文で言って、寺尾は板の位置を五センチずらした。ずらした先が、野々村の膝の下になる。
急がない。急がないのは、急ぐと木が割れるからになる。割れた先に足がある。割ってからでは、順番が戻らない。
蒼汰が索を柱へ取った。取ってから、二重に回す。
「上、任せろ。根太は三本です」
張った索が、台所の梁と柱の間を通った。通した先で、痩せる分が索の位置で止まる。
止まった分だけ、床が残る。残った床の上に、六人のうち三人が乗っている。三人分の体重を、寺尾が渡した二枚が根太へ配っている。
奏が棒を出した。先を広げて、床の上へ向ける。
「聴」
一語だけ言って、先を床下へ向けた。
誰かの前に立った回を数える。この日で、二十四回目になる。
「野々村 タキさん。桐島と申します。今から、足の下の木を一枚ずつ外します。二十分ほど掛かります」
「二十分」
「はい。長くなります。その間、私が数を言い続けます」
「数」
「外した枚数です。一枚外すごとに、言います」
二十分になる。待つ側に、二十分の形を渡した。長さを先に言うのは、この隊の手順に無い。無いことを、奏はこの日、自分で足した。
足したことを、誰も止めなかった。止める理由が無いからになる。
澪が土間からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「一名。台所に一。床下は零。撃てる」
撃った。低い音が床下を通っていく。通った音が、根太の形を返してきた。
「割れているのは、三本のうち真ん中の一本です。両端の二本は、まだ生きています」
真ん中の一本。外すのは、その一本の周りの板になる。周りの板は十一枚ある。十一枚のうち、足首に掛かっているのは四枚だけになる。
ひかりが野々村の背中へ手を回した。回してから、上体を起こさせない。
「今の角度のままでいてもらえますか」
「動かないでいます」
斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりは板を一枚も斬らずに、一人を出すことになる。
迅が一枚目を外した。外してから、奏の方を見る。
「一枚」
迅が二枚目を外した。
「二枚」
三枚目のところで、木が鳴った。鳴った音が、床下の擦る音と重なった。
重なった先で、床の柱が一気に太くなる。
迅が板の上から降りて、抜けた穴の縁へ足を掛けた。
「下がってください」
野々村がそう言う。座ったまま、そう言った。
迅は下がらなかった。下がらずに、穴の縁に立って、下を見た。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、縮み続ける向きを横から断った。断たれた先で、木が同じ向きに縮めなくなる。
縮んでいた分が、順に戻った。戻った先は、五十六年分の痩せた木になる。
直ってはいない。縮むのが、そこで止まっただけになる。止まった木は、来年の冬にまた縮む。縮むことを止める方法は、この家に無い。
「四枚」
奏が言った。四枚目が外れて、足首の周りが空いた。
ひかりが足を引いた。引いた先で、足首が上がってくる。
上がった足の裏に、土が付いていた。四十五センチの下の、五十六年分の土になる。ひかりは、その土を払わなかった。払う前に、足首の色と温度を見た。
*
野々村タキは、板の上に座り直していた。毛布が一枚掛かっている。
掛けたのは七尾で、六枚のうちの六枚目になる。山側へ持っていくために増やした一枚が、旧市街で出た。ひかりが、その端を直した。
「毛布を、肩まで上げてもらえますか」
「二十分でしたね」
誰にも向けていない。ひかりは毛布から手を離した。
「そのままにしていて大丈夫です」
「十九分だったかも知れない」
数えていた。二十分と言われてから、この人は自分でも数えている。
奏が、その横に立っていた。ひかりが場所を空ける。
「桐島さんに代わってもらえますか」
「野々村 タキさん。所要は、こちらの記録では十九分四十秒になります」
「合ってましたね」
「合っていました」
合っていた、とだけ言った。それ以上は言わなかった。合っていなかった場合に何と言うかは、この人はまだ決めていない。
電話は、まだ繋がっている。床の上で、受話器が外れたままになっていた。
尾花律子は、その一本をまだ切らない。
切らない一本の分、市内の受信は七本になる。七本の間に、二件が待った。
路地の東の端に、人が立っていた。
十一月の夜で、風が北へ吹いている。その人の手元に、紙を挟んだ板があった。
立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。迅が、そちらへ体を向けた。
「そこだ」
「一人で住んでいる世帯からの通報は、市内で年に四百十一件です。四百十一件のうち、通話を繋いだままにした件は三十九件になります」
「三十九件と言った」
「三十九件は、切らなかった件です。切らないと、こちらの回線が一本減ります。減った分は、ほかの人が待つ分になります」
声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。誰も言い返さなかった。
「待った分は」
「今日は二件です。合わせて四分十九秒。二件とも、あとで取れています」
言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、家の中を見なかった。
取れている。取れているのに、四分十九秒は残る。残った秒は、用紙の右の欄に入る。入った先で、誰も読まない。
残った四分十九秒を、この日、誰も返せない。返せないものを数えるのが、この隊の三つ目の数字になる。三つ目は、所要でも保留でもない。
台所の床が、そこでもう一枚沈んだ。
沈んだのは、外した四枚の隣の板になる。隣の板は、まだ誰も乗っていない板になる。乗っていない板から沈む家が、この街に何軒あるかは分からない。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「路地には立てません。幅が二メートル四十です。二丁目の広場の、舗装のある側だけ使えます」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが広場の舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
立つ時、右の脚の担架の受けが一度鳴った。奥の一台の留めが、まだ違う位置にある。
> ── 回線、残り 零本。市内 受信可能 八。
広場の周りの家から、人が出て見上げていた。十一月の夜で、上着を羽織っただけの人が多い。
見上げているのは、広場の縁と、二丁目の路地の口からになる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は野々村の家の屋根の上へ寝かせた。
寝かせた腕が、屋根を上から押さえる。押さえた内側で、縮む力が行き場を失う。
木の柱は、押さえられた腕の外側から、隣の家の側へ伸びようとした。伸びた先には、同じ造りの平屋が四軒ある。
右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、木が薄くなる。
薄くなった中から、電話の引き込みの線が出てきた。野々村の家へ入っている一本になる。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、引き込みの線を避けて、柱の芯だけを横から断った。
断たれた先で、柱が形を保てなくなる。木は、ただの木になって床下へ落ちた。
落ちた音のあと、引き込みの線は繋がっていた。
線の先で、受話器はまだ外れている。
外れたままの受話器から、指令センターの側の音が、六畳の台所に流れ続けていた。紙をめくる音と、椅子の軋みだけになる。
*
地下三層で、須永がメディックの担架の受けを見ていた。奥の一台は、まだ違う。
「奥の一台、明日で合わせます」
「明日です。二台とも同じにする留めは、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。三十一時間になる。
戸倉が旧市街の建物の表へ、二丁目の欄を書き足した。書き足してから、須永に言った。
「あの人、二十分って先に言いました。言ってから、数を全部読みました」
「本人に言え」
「言いません」
それで終わった。戸倉は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。
三階の食堂で、寺尾が汁の火を入れ直した。十一月の椀は、五丁分になる。
板は二枚とも、土の付いたまま袋の外に置いてある。乾かしてから戻すことになる。乾かすのは一晩で足りる。土は落とさない。落とすと、次に渡す時、滑る。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は四件だった。二分四十秒になる。
用紙の一枚目には、通報者 単身、と書いてある。その下に、通話 継続、と書き足してある。
継続の欄には、終わった時刻が入る。この日の時刻は、二十一時二十三分になる。
覚知から三十三分になる。三十三分、この一本は塞がっていた。
塞いだのは、この人の判断になる。判断した記録は、用紙の何処にも残っていなかった。
六人は、この人に礼を言わない。言わせない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 二十一時ちょうど。所要 ── 十分。
> 保留 ── 四件。最長 二分四十秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 判定 ── 黄。破壊 ── 中。
> 損壊 ── 旧市街二丁目 木造平屋 台所 床板 十一枚 撤去。根太 一本 破断。
> 隣接四軒 外壁 モルタル 剥落 合計 八平米。広場 舗装 六平米 破損。
> 救助 ── 一名。搬送 ── 一名。避難 ── なし。
> 受信 ── 通話 継続 三十三分。継続中の受信可能 七本。待機 二件 合計 四分十九秒。
> 市内 一人で住む世帯のうち 固定電話の記録が無い世帯 ── 件数 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




