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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第083話 圏外です

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 十一月十六日 十五時四十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 三ツ木(坂の中腹)。

> 第一声 ──「圏外です」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「圏外です」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「山側の三ツ木です。集落から坂を下りて、五分ほど来たところ」


「お名前を教えてください」


「室谷です。郵便の」


 尾花は右の欄へ、山側三ツ木、通報者 移動済み、と書いた。


「室谷さん。今、圏外なのは、どちらですか」


「集落の中です。三ツ木は全部。だから、ここまで下りてきました」


「何が起きているか、教えてください」


「共同のアンテナが傾いてます。柱ごと。今朝は真っ直ぐでした」


 尾花は書いた。書いてから、その下に、共同受信 支柱 傾斜、と足した。


「室谷さん。倒れる先に、人がいるかどうか教えてください」


「柱の下は畑です。人はいません。倒れる先に、集会所があります」


「集会所に人はいますか」


「今日は、いません。金曜だけ開くところなので」


 尾花は書く手を止めなかった。止めないまま、要救助者 無し、と書いた。


「室谷さん。集落の中へ戻らないでいてください」


「戻らないと、みんなに伝えられません」


「伝えなくて大丈夫です。隊が出ます」


「じゃあ、ここで待ってます」


「その場所は、繋がりますか」


「繋がります。ここは繋がるんです」


 尾花は、そこを書かなかった。書く欄が無い。発信地の欄はある。掛けた人がそこまで何分歩いたかを書く欄は、三年、作られていない。


「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」


「切ります」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。


*


 十一月十六日の三階は、窓を閉めていた。十一月の半ばで、山側の朝は三度まで落ちる。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十一月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。十か月目に入った。


 寺尾剛は椀を六つ並べていた。並べてから、袋の中の毛布を五枚から六枚にした。


「まあ待て。山側は市街より四度低い。毛布は多い方だ」


 二文で言って、寺尾は六枚目を袋の口の近くへ入れた。取り出す順番が、そこで決まる。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています」


 言ってから、四本目の結び目を解いて、また結び直した。同じ形に結び直す。三年、この人が使う結び方は一つになる。


 解いて結び直すまでに、九秒掛かる。九秒が三年、変わっていない。数えたのは佐波で、数えたことを本人には言っていない。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。


 桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。


「山側では、着いてから何を先に確かめますか」


「七尾 ひかりさん。帰る道が一本かどうかを確かめます」


「はい。一本なら、そこを塞がない置き方にします」


「二本あれば」


「置き方を変えません。ただ、両方見てから決めます」


 奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。


 逢坂澪は受信席の裏で、山側の中継の図を出していた。三ツ木のところに、印が一つ入っている。


「山側三ツ木は、十九戸です。市の中継からは、尾根を一つ挟みます」


「電話は」


「集落の中は、三年前から圏外です。共同のアンテナで、テレビと電話を一緒に受けています」


「一本で両方か」


「一本です。柱が倒れると、十九戸が両方とも切れます」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「代わりの中継は」


「ありません。三ツ木のために建てた柱が、その一本になります」


 澪は言ってから、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 梅木が地下三層から上がってきた。手に、ウイングの尾の座金を持っている。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。


「座金は、まだ鳴ります」


「宮ヶ瀬さん。座金、替えても同じところで鳴ってます」


「同じところです。鳴らない座金は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。三十一時間になる。三十一時間起きていて、それを誰にも言わない。


 速水が山側の道の表を持って、その横に立った。立ってから、三ツ木の欄を指で押さえた。


「三ツ木までは、市道が一本です。あ、いえ、途中から林道になります。番号が変わるだけで、道は一本です」


 言ってから、速水は自分の言い方に気付いて、口の中でもう一度数え直した。答えは変わらない。


 澪が中継の図を机へ広げた。広げてから、柱の位置に指を置いた。


「柱は、集落の東の畑の縁にあります。高さは十六メートル」


「傾きは」


「分かりません。図には、建てた時の角度しか入っていません」


「倒れる先は」


「集会所です。柱から十四メートル。倒れると、届きます」


「人は」


「今日は、いません。開くのは金曜だけになります」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「三ツ木の共同受信を」


> ── 信号は来ています。今も来ています。傾きは、こちらでは分かりません。


「圏外の範囲は」


> ── 三ツ木の十九戸のうち、十九戸全てが携帯の圏外です。三年前からになります。


「三年前に何があった」


> ── 記録にありません。……市の中継が一基、止まった年になります。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 山側三ツ木の坂の中腹に着いたのは、十五時五十七分になる。所要は十七分だった。


 十七分は、この秋で一番長い。林道の幅が三メートルしかない。三メートルの道を五機で上がると、対向は出来ない。上がる間、下りてくるものが無いことを祈ることになる。


 室谷が坂の途中の路肩に立っていた。六十くらいになる。郵便の車を、道の山側へ寄せて止めてある。


 立っている場所は、坂の中腹の、木が一本だけ切られた場所になる。


「集落は、この上です」


 言ってから、室谷は自分の携帯を上着の内へ入れた。入れる前に、画面を一度見た。


 見た画面には、線が三本立っている。


 二歩下がると、線は消える。二歩上がっても、消える。四歩の幅しかない場所になる。四歩の中の何処に立てば一番強いかを、この人は足の裏で覚えている。


 室谷はそこを動かない。三年、この人はこの一点で掛けている。


 誰も、そのことを訊かなかった。訊けば答えたと思う。訊かなかったのは、今日ここへ来た用が、それではないからになる。用が済んだあとで訊く人も、この六人にはいない。


 坂を上がると、集落があった。十九戸で、道の両側に並んでいる。


 東の畑の縁に、柱が立っていた。十六メートルの柱が、上の三分の一から東へ傾いている。


 傾いた先に、集会所の屋根がある。集会所は平屋で、瓦が載っている。載っている瓦は、去年、十九戸で葺き替えたものになる。


 迅が柱の下へ入った。入ってから、上を見た。


 上で、支線の一本が外れている。外れた端が、風も無いのに振れていた。


「下がってください」


 室谷がそう言った。上がってきていた。


 迅は下がらなかった。下がらずに、柱の根本に掌を当てた。


 当てた掌に、上の振れが伝わってくる。上で三十センチ動く分が、下では紙一枚分になる。紙一枚分が、二秒に一度来る。来る間隔は、上がるほど広くなる。


 寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、畑の土を足で二度踏む。


「まあ待て。畑は柔い。打っても効かん」


 二文で言って、寺尾は畑の縁の砂利道へ回った。回った先の路盤を、踵で叩く。


「ここなら効く。四本立てる」


 澪が畑の反対側からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「二名。畑に二。集会所の中は零。撃てる」


 撃った。低い音が柱の中を通っていく。通った音が、上の形を返してきた。


「支線は四本のうち二本が外れています。三本目が、今、緩みかけています」


 三本目。緩みきると、上の三分の一が東へ倒れる。倒れるまでに何分あるかは、誰にも分からない。分からない時は、分からないまま急ぐことになる。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。


 黒が出た。誰もいない。


 誰もいない場所で、十九戸分の電話が傾いている。十九戸のうち、この日そこに人がいたのは十四戸になる。十四戸とも、傾いていることを知らない。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。


> ── 回線、残り 三本。市内 受信可能 九。


 増やした。三本ある。増やした先は、この街の全部になる。


 三ツ木の十九戸は、その全部の中に入っている。入っていて、掛けられない。増やした一本は、掛けられる側にしか届かない。それでも増やす。増やさない理由が無いからになる。


 柱が倒れれば、その一本の意味も無くなる。倒さないために来ている。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 畑の縁で、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだ先に、傾いた柱がある。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声が尾根に当たって、返ってこなかった。返す壁が、東の側に無い。


 禍体は、柱の上から三分の一のところに立った。


 人の形をしていない。外れた支線の張りが同じ向きに戻り続けて、戻ったまま形になっている。動くと、残った支線が一本ずつ外れる。


 音は、鉄の線が鳴る音だった。一か所ずつではなく、四本分が同じ拍で鳴る。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、線の音の下から出てくる。


「鉤!」


 鉤を外れた支線の端へ掛けて、引いた。引いた先で、端が地面まで下りる。


 下りた端を、寺尾が砂利道の路盤へ打った柱へ回した。


「まあ待て。仮でいい。仮でも、今日は保つ」


 二文で言って、寺尾は柱を四本打った。四本を東西に二本ずつ並べて、頭を柱の側へ倒す。


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に四つ増える。


 蒼汰が索を集会所の梁へ投げた。投げてから、二重に取る。


「上、任せろ。柱は十六メートルです」


 張った索が、柱と集会所の間を斜めに通った。通した先で、東へ倒れる分が索に当たって止まる。


 止まった分だけ、集会所が残る。索は集会所の梁へ取ってある。倒れる分を、屋根を守るものが受けている。受けきれない量ではない、と蒼汰は先に測った。


 ひかりが室谷の横へ来た。来てから、畑の外へ回らせる。


「室谷さん。柱の高さの分だけ、離れてもらえますか」


「十六メートルですね」


「はい。十六メートル、下がってください」


 室谷が下がった。歩数で測っている。二十一歩で止まった。この人の一歩は、七十五センチになる。郵便の道を三十年歩いて、そこで決まった幅になる。


 斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりはまだ斬っていない。


 奏が棒を出した。先を広げて、集落の側へ向ける。


「呼」


 一語だけ言って、先を道の上へ向けた。声が、圏外の側へ入っていく。


「三ツ木の皆さん。桐島と申します。東の畑には出ないでください。家の中でお待ちください」


 届いた。圏外の区画の中で、その声だけが鳴った。三年、この集落へ外から声が入ったのは、防災の無線の試験だけになる。試験は月に一度、正午に鳴る。


 鳴った先で、道の両側の戸が、順に閉まっていった。閉まる音が十四回した。十九戸のうち、五戸は音がしない。留守か、もともと閉まっているかになる。


 誰かの前に立った回を数える。この日で、二十三回目になる。数えているのは本人になる。


 澪が二度目のソナーを構えた。


「二名。畑の外に二。柱の上は零。撃てる」


 撃った。音が柱の中を通って、上の先端で返ってきた。


「支線は、二本に戻っています。索の内側です」


 迅が柱の根本へ体を寄せた。寄せてから、上を見ない。掌の側だけを見る。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、戻り続ける張りを横から断った。断たれた先で、支線が同じ向きへ戻れなくなる。


 張りは、ただの線になって畑の上に落ちた。落ちた線は、拾わずに置いてある。拾うのは、柱を直しに来る側の仕事になる。


 柱は倒れなかった。上の三分の一の傾きが、そこで止まる。


 止まっただけで、直ってはいない。直すのは、柱を建てた側の仕事になる。建てた側は、三年前に建てて、それきり来ていない。


*


 室谷が二十一歩分、歩いて戻ってきた。戻ってから、柱を見上げた。


「これ、三年前に建てたやつです」


 誰にも向けていない。言ってから、室谷は続けた。


「建てた年に、市の中継が一つ止まりました」


 三年前になる。この人は、その年から坂の一点で掛けている。掛けた回数は、この人の頭の中にしか無い。訊けば出るのだろうが、誰も訊いていない。


 迅が、その横に立った。


「あの場所は」


「切ってあるとこですか。あそこだけ、木が無いんです」


 木が無いところで繋がる。この人は、それを三年、口に出していない。


 誰も、地図を見せろとは言わなかった。見せるものが無い。頭の中にしか無いものを、この人はまだ誰にも渡していない。渡せと言われた日に、渡すかどうかも決めていない。


 室谷が郵便の車の方へ歩き出した。歩き出してから、一度だけ止まって、坂の上を指した。


「上にもう一つあります。奥の墓の前。あそこも繋がる」


 言ってから、また歩き出した。


 もう一つある、とだけ言った。何処にいくつあるかは、言わなかった。


 畑の西の縁に、人が立っていた。


 十一月の夕方で、山側の風が下りてくる。雨は降っていない。それでも、その傘は開いている。


 差しているのは〈遠慮〉になる。


 傘は、集会所の方へ傾いていた。傾いた先に、屋根がある。


「ご迷惑ですから」


 声はそう言った。誰にも向けていない。


 言ってから、傘の柄を持ち替えた。持ち替えた先で、傘が柱の側へ二センチ寄る。


 寄っただけで、畑には入らない。


 入らないまま、坂を下りていった。歩いた先の土に、足跡が残らない。


 残らない足跡の上を、室谷の車が下りていく。通った跡だけが残る。


 柱の上で、三本目の支線が外れた。


 外れた先で、上の三分の一が、いっぺんに東へ二メートル寄った。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「畑の上には立てません。土です。集会所の前の、砂利のある側だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが砂利の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、背の座金が一度鳴った。替えたばかりの座金になる。


> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。


 道の両側の戸が、また順に開いた。十九戸のうち、十四戸から人が出て、見上げている。


 見上げているのは、道の両側と、坂の上の墓の前からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は柱と集会所の間へ立てた。


 立てた腕が、東へ倒れる分を受け止める。受けた内側に、集会所の屋根が残る。


 線の柱は、受け止められた腕の外側から、道の側へ回ろうとした。回った先には、十四人がいる。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、張りが薄くなる。


 薄くなった中から、共同受信の引き込みの線が出てきた。十九戸へ分かれていく一本になる。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、引き込みの線を避けて、柱の芯だけを横から断った。


 断たれた先で、柱が形を保てなくなる。張りは、ただの線になって畑の上へ落ちた。


 落ちた音のあと、共同受信の柱は立っていた。


 立っていて、上の三分の一が東へ二メートル寄ったままになる。


 テレビは映る。電話も繋がる。傾きだけが残った。傾いたままの柱を、十九戸は毎日見ることになる。見ているうちに、傾きは景色になる。


 直す日は、決まっていない。


*


 地下三層で、梅木がウイングの尾の座金を見ていた。まだ鳴る。


「三つ目を試します。今度は厚みを変えます」


「厚みです。厚みで消える鳴りかどうかは、まだ分かっていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。三十四時間になる。


 速水が山側の道の表へ、三ツ木の欄を書き足した。書き足してから、梅木に言った。


「あの人、下がれって言われて下がりませんでした。柱の下で」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。速水は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。十一月の椀は、五丁分になる。


 毛布は、六枚目だけが袋の口の近くに残っている。使わなかった。使わなかった分を、寺尾は袋から出さない。次に山側へ出る日まで、そこに入れておく。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は一件だった。一分二十秒になる。


 用紙の一枚目には、通報者 移動済み、と書いてある。その下に、線を引いていなかった。


 三年で、この欄に字が入ったのは八十七回になる。八十七回とも、掛けた人が何処まで歩いたかは書かれていなかった。


 室谷の歩いた距離は、坂を五分ぶんになる。五分ぶんを歩ける人が三ツ木に何人いるかは、この用紙の外にある。


 六人は、この人に礼を言わない。言わせない。


 尾花は、坂の中腹の番号へ掛け直した。三度目で繋がった。繋がったのは、その人がまだ同じ場所にいたからになる。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十五時五十七分。所要 ── 十七分。

> 保留 ── 一件。最長 一分二十秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 判定 ── 黒。破壊 ── 中。

> 損壊 ── 山側三ツ木 共同受信 支柱 上部 東へ 二メートル 変位。支線 三条 破断。

>     畑 十四平米 踏み荒らし。集会所 雨樋 四メートル 破損。

> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── なし。

> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。

> 通報 ── 発信地 移動後。移動 ── 徒歩 五分。

> 市内 携帯の圏外になる集落 十一か所 ── 代替の受信 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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