第082話 かかりません
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十一月九日 十時二十五分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 三丁目。
> 第一声 ──「かかりません」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「かかりません」
尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「商店街三丁目です。三丁目の、東の消火栓のところ」
「お名前を教えてください」
「桝田です。桝田 昌代」
「桝田さん。何がかからないのか、教えてください」
「水です。訓練で繋いだんですけど、出ないんです」
尾花は右の欄へ、消火栓 出水 不良、訓練中、と書いた。
「桝田さん。今、火は出ていますか」
「出てません。訓練だけです。十時からやってて」
「分かりました。火は出ていないということですね」
「はい。出てません。だから、急ぎじゃないかも知れないんですけど」
「急ぎです。消火栓が出ないのは、こちらで見ます」
尾花はそう言った。言い方を変えない。
「よかった。掛けてよかった」
「桝田さん。ほかの消火栓は試されましたか」
「隣の、西の方はまだです。今から行こうかと」
「行かないでいてください。二つ目を試すのは、こちらが着いてからにしてください」
「はい」
「それから、繋いだ管は外さないでいてください。そのままにしておいてください」
「そのままにします」
「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」
「切ります」
尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。
*
十一月九日の三階は、窓を閉めていた。十一月の朝で、外は十度になる。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十一月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。十か月目に入った。
寺尾剛は椀を六つ並べていた。並べてから、六つ目の椀の縁の欠けを親指で確かめる。
「まあ待て。今日は訓練の日だ。街の方が先に動く」
二文で言って、寺尾は火の当番の札を裏返した。十一月の十五日まで、この札は裏のままになる。裏の面には、去年の十月の日付が鉛筆で入っている。書いたのは寺尾で、消していない。
灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「索は四本、乾いています」
言ってから、二本目の端の輪を指で開いて、また閉じた。九月の山で付いた土は、まだ端に残っている。
七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。
桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。
「慌てている人には、何をしてもらいますか」
「七尾 ひかりさん。座って、七つ数えてもらいます」
「はい。七つで戻ります」
「八つでは」
「戻りません。八つ数える人は、十まで数えます」
奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。
逢坂澪は受信席の裏で、市の消火栓の表を出していた。商店街三丁目のところに、印が四つ入っている。
「商店街三丁目の消火栓は、四基です。東、中、西、北」
「四基とも生きているか」
「表の上では、四基とも生きています」
「表の下では」
「分かりません。表は、繋いだ日のことしか書きません」
久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
「前に繋いだのは」
「去年の十一月です。同じ訓練の日になります」
澪は言ってから、表の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
覚知の音が鳴った。
戸倉が地下三層から上がってきた。手に、クレーンの四本目のアウトリガーの受けを持っている。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。
「削っても、半拍のままです」
「宮ヶ瀬さん。四本目、削った分が効いてません」
「効いていません。効く削り方は、まだ分かっていません」
宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。二十六時間になる。二十六時間起きていて、それを誰にも言わない。
佐波が市の配水の図を持って、その横に立った。立ってから、商店街三丁目の欄を指で押さえた。
「三丁目は、去年の春に本管を替えてます。替えた区間の端が、東の消火栓です」
替えた区間の端になる。端は、いつも最後に確かめられる。最後に確かめられるものは、確かめられないまま次の年に入ることがある。入ったかどうかは、次の訓練の日に分かる。
澪が消火栓の表を机へ広げた。広げてから、四つの印に順に指を置いた。
「東の消火栓は、本管の端から二メートル。分岐は一つです」
「水は来ているのか」
「来ています。市の側の圧の記録は、今朝も正常です」
「では出るはずです」
「出るはずです。出ないなら、本管と消火栓の間になります」
「その間は」
「二メートルです。二メートルの中に、弁が一つあります」
久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。
「アンサー」
> ── はい。
「商店街三丁目の東の消火栓を」
> ── 市の記録では、圧は正常です。出水の記録は、こちらへ来ていません。
「弁は」
> ── 弁の開閉は、記録に残らない型です。……開いているかどうかは、分かりません。
「去年は出たのか」
> ── 去年の十一月九日、同じ消火栓で出水の記録があります。所要 ── 四十秒。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
澪が表の縁から指を離した。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
商店街三丁目の東の消火栓の前に着いたのは、十時三十六分になる。所要は十一分だった。十一分は、この秋で二番目に長い。アーケードの入口までは車が入れない。
十一月の午前で、アーケードの下は風が通らない。通らない分だけ、外より一度高い。屋根の波板は、九年前に替えたものになる。替えていない区間が、東の口の手前に二十メートル残っている。
人が十四人いた。商店街の側の人になる。全員、上着の上に同じ色の帯を掛けている。帯は、三年前に配られたものになる。色が抜けている帯と、抜けていない帯がある。
管が繋いである。消火栓から、二十メートル先の筒先まで。筒先を持っているのは、三十くらいの人になる。
桝田昌代が消火栓の横に立っていた。五十七になる。手袋をしたままでいる。
「開けたんです。開けたのに、来ないんです」
言ってから、桝田は消火栓の蓋を指した。蓋は開いている。開いた口に、管の口金が入っている。口金は、正しく噛んでいた。噛んでいることを、迅が指で二度確かめた。
迅が消火栓の前へ入った。入ってから、しゃがまない。立ったまま、管の口金に掌を当てた。当てる前に、周りの人を二歩下がらせている。
当てた掌に、何も伝わってこない。
水が来ている管は、触れば分かる。中で動くものが、掌へ来る。三年、この人は繋いだ管に必ず一度、掌を当てる。当ててから次を決める。
来ない。何も来ていない。
「来てない」
迅がそう言った。四文字になる。理由は付けなかった。
寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、アーケードの舗装を足で二度踏む。
「まあ待て。ここは下に管がある。打つのは端だ」
二文で言って、寺尾は舗装の継ぎ目を目で追った。追った先の二メートルが、去年の春に切り直された跡になる。
澪が消火栓の横からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「十四名。アーケードの下に十四。管の中は零。撃てる」
撃った。低い音が舗装の下を通っていく。通った音が、二メートルの中の形を返してきた。
「弁の中に、何か入っています。弁は開いています。開いているのに、通っていません」
開いている。通っていない。二つは別の話になる。弁を開ける人と、通っているかを見る人は、同じ人になっていない。三年、そこは分かれたままになる。
筒先を持っていた人が、筒先を下ろした。下ろしてから、両手を離した。
「訓練でよかった」
誰にも向けていない。言ってから、その人は続けた。
「これ、火が出てたら、二十メートル向こうで待ってました」
二十メートル向こうで待つ、というのは、この場の全員に分かる長さになる。管の長さと同じになる。二十メートルは、繋いだ本人たちが今朝、自分の足で歩いた長さでもある。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。
黒が出た。誰もいない。
誰もいない場所で、水だけが来ない。人がいないから黒になる。人がいる日に同じことが起きたら、色は変わらないまま、意味だけが変わる。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
「重装 ── 換装!」
寺尾が肩の受けを起こした。起こした分だけ、腕が一回り太くなる。
「急報 ── 通報!」
奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。
> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。
> ── 回線、残り 三本。市内 受信可能 九。
増やした。三本ある。増やした先は、この街の全部になる。重装が一人分で、二本を持っていく。持っていった分を、奏が一本だけ戻した。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。
アーケードの下で、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだ横で、帯を掛けた十四人が同じ形をした。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
> 名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声がアーケードの屋根に当たって、東の口から外へ抜けた。抜けた先で、通りの向かいの店の戸が二枚開いた。
禍体は、舗装の下の二メートルから立った。
人の形をしていない。弁の中で止まった水の面が同じ場所へ寄り続けて、寄ったまま形になっている。動くと、通る道が一本ずつ減る。
音は、水が水を押す音だった。一か所ずつではなく、二メートル分が同じ拍で鳴る。
迅がギアの柄を回した。噛む音が、押す音の下から出てくる。
「筒先!」
水を出した。出したのは、自分の側の水になる。街の水ではない。
出した水を、迅は舗装の継ぎ目へ当てた。当てた分だけ、下の形が浮き上がる。
「形が出た」
蒼汰が索をアーケードの柱へ取った。取ってから、二重に回す。
「上、任せろ。二メートルです」
張った索が、消火栓と管の間を斜めに通った。通した先で、管の口金が動かなくなる。
動かない分だけ、繋いだままで済む。外さずに済ませるのは、次に通った時のためになる。外して繋ぎ直すと、繋ぎ直したところが新しくなる。新しくなったところは、その日に確かめたことにならない。
ひかりが桝田の横へ来た。来てから、しゃがませる。
「桝田さん。座って、七つ数えてもらえますか」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
「七つで大丈夫です」
「あ、はい」
桝田が十まで数えた。数え終わってから、手袋を外した。外した手が、少し震えている。震えているのは、寒さの分だけではない。ひかりは、そのことに触れなかった。
斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりはまだ斬っていない。
奏が棒を出した。先を広げて、消火栓の側へ向ける。
「盾」
一語だけ言って、十四人と消火栓の間に立った。誰かの前に立った回を数える。この日で、二十二回目になる。
寺尾がアーケードの東の口の外へ、柱を三本打った。三本を横に並べて、頭をアーケードの側へ倒す。
「外へ出る分を、ここで止める」
打ち込んだ柱は、抜かない。街に三つ増える。三本のうち一本が、来年の訓練でここに立つ人の目に入る。目に入っても、誰が打ったかは分からない。
澪が二度目のソナーを構えた。
「十四名。アーケードの下に十四。弁の中は零。撃てる」
撃った。音が舗装の下を通って、本管の側で返ってきた。
「寄っている面は、一メートルに縮んでいます。索の内側です」
迅が消火栓の口へ手を掛けた。掛けてから、下を見ない。掌の側だけを見る。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、寄り続ける向きを横から断った。断たれた先で、水の面が同じ場所へ寄れなくなる。
寄っていた面が、順に外れた。外れた先から、管の中で音が動きはじめる。
管が膨らんだ。膨らんだ先の筒先から、水が出た。出るまでに、四十一秒掛かった。去年より一秒だけ長い。
二十メートル先で、アーケードの舗装が濡れた。濡れた範囲は、三メートル四方になる。訓練で狙うことになっていた的の位置と、ほぼ重なっている。
*
筒先を持っていた人が、慌てて筒先を拾い上げた。拾い上げてから、上へ向けないで、横へ向けた。
横へ向けた先に、誰もいないことを確かめてから向けている。確かめたのは、今朝の説明で言われたからになる。言った人は、この場に立っている。
桝田昌代が、その水を見ていた。手袋は、まだ外したままになる。
「去年は、四十秒で出たんです」
誰にも向けていない。言ってから、桝田は続けた。
「今年は、出ないままになるところでした」
去年の四十秒と、今年の出ない分の差を、この人は数えている。四十秒は、去年の紙に書いてある。書いたのは、この人自身になる。
数えているのは、去年もここに立っていたからになる。
アーケードの西の口に、人が立っていた。
十一月の午前で、風がアーケードを抜けない。それでも、その人の手元の紙だけ動いていた。
立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。迅が、そちらへ体を向けた。
「そこだ」
「訓練の日に見つかる不具合は、市内で年に二十二件です。二十二件とも、火の出ていない日に見つかっています」
「二十二件と言った」
「訓練をやらない区画で見つかった件は、零になります。零というのは、無いという意味ではありません」
声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。誰も言い返さなかった。
「零だ」
「零です。見つけていないだけの区画が、市内に百六十四あります」
言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、水の出ている筒先の方を見なかった。
百六十四という数字を、この人は毎年、同じ場所で持っている。持っているだけで、何処にも渡していない。
渡す先が無いのではない。渡してくれと言った者が、まだ現れていないだけになる。
アーケードの東の消火栓の口が、そこで一度、鳴る。
鳴ってから、水が細くなった。細くなって、止まった。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「アーケードの中には立てません。屋根が低いです。東の口の外の、舗装のある側だけ使えます」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが東の口の外の舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
立つ時、左腕の四本目が半拍遅れて着いた。削った分は、まだ効いていない。
> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。
アーケードの中から、十四人が見上げていた。帯を掛けたままの人が多い。筒先は、下ろしてある。
見上げているのは、アーケードの東の口と、向かいの店の二階の窓からになる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅はアーケードの東の口へ横に渡した。
渡した腕が、口の下半分を塞いだ。塞いだ内側に、十四人がいる。
水の柱は、塞がれた口の上から外へ抜けようとした。抜けた先には、向かいの店の二階の窓がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、面が薄くなる。
薄くなった中から、消火栓の立ち上がりの管が出てきた。去年の春に替えた区間の、端の一本になる。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、立ち上がりの管を避けて、柱の芯だけを横から断った。
断たれた先で、柱が形を保てなくなる。水は、ただの水になって舗装の上へ落ちた。
落ちた先で、東の消火栓の蓋が外れた。外れた蓋が、二メートル転がって、側溝の縁で止まる。止まった蓋を、帯を掛けた一人が拾いに出てきた。
消火栓は、その後、出なくなった。避けた管の側ではなく、その先の弁が閉じたままになる。
三丁目の四基のうち、一基が使えない。残りの三基は、まだ試していない。試すのは来年の同じ日になる。それまでの間に火が出るかどうかは、誰にも分からない。
*
地下三層で、戸倉がクレーンの四本目の受けをもう一度外していた。半拍は、まだ半拍のままになる。
「今度は、削らずに足してみます」
「足す方です。足して消える半拍かどうかは、まだ分かっていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。二十九時間になる。
佐波が市の配水の図へ、三丁目の欄を書き足した。書き足してから、戸倉に言った。
「あの人、街の水じゃなくて自分の水を出しました。訓練の管を外さないで」
「本人に言え」
「言いません」
それで終わった。佐波は図を畳んで、棚の二段目へ入れた。
三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。十一月の椀は、五丁分になる。
六つ目の椀の縁の欠けは、朝と同じ場所にある。欠けたのは去年の冬で、替えていない。替えないのは、欠けても使えるからになる。使えるものを替える決まりが、この食堂には無い。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は一件だった。五十二秒になる。
用紙の一枚目には、訓練中、と書いてある。その下に、火 無し、と書き足してある。火 無しの欄は、書いても線を引かない。引く欄ではないからになる。
火の無い日に掛かってきた件は、三年で千八百二十九件になる。千八百二十九件のうち、次の火の日に効いた件がいくつあるかは、用紙の側では分からない。
分からないまま、この人は千八百二十九枚を綴じてきた。綴じた束は、抽斗の三段目にある。三段目は、三年で二度、入りきらなくなった。
六人は、この人に礼を言わない。言わせない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十時三十六分。所要 ── 十一分。
> 保留 ── 一件。最長 五十二秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 判定 ── 黒。破壊 ── 中。
> 損壊 ── 商店街三丁目 アーケード 舗装 二十二平米 破損。東の消火栓 蓋 脱落。
> 立ち上がり管 一本 変形。屋根 波板 九枚 破損。
> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── なし。
> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。
> 消火栓 ── 商店街三丁目 東 使用 不能。復旧予定 記録なし。
> 市内 訓練で繋がれていない消火栓 千二百四基 ── 出水の確認 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




