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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第081話 戻ってこない

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 十一月二日 零時四分。

> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 中央駅前 四丁目。

> 第一声 ──「戻ってこない」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「戻ってこない」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「中央駅前四丁目の、五号ビルです。私は管理人室にいます」


「お名前を教えてください」


「岡です。岡 康夫」


「岡さん。何が戻ってこないのか、教えてください」


「昇降機です。五階で止まったまま、呼んでも下りてきません」


 尾花は右の欄へ、昇降機 停止、五階、と書いた。


「岡さん。中に人がいるかどうか、教えてください」


「分かりません。表示は五階のままで、こっちからは中が見えないんです」


「呼び出しの通話は、繋がりますか」


「押しました。押しても、何も鳴りません」


「岡さん。分からないままで構いません。隊が出ます」


 尾花はそう言った。分からないままで構わない、と言うのは、この人の言い方になる。分かってから掛けてもらうと、分かるまでの時間がまるごと遅れになる。三年、そこを詰めてきた。


「保守の会社にも掛けた方がいいですか」


「掛けてください。ただ、待たずに開けるのは止めてください」


「開けません」


「それから、昇降機の扉を手でこじ開けないでください。階段の側で待っていてください」


「待ってます」


「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」


「切ります」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。


*


 十一月二日の零時の三階は、窓を閉めていた。十一月に入って、夜の気温が七度になる。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十一月は五丁のままになる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。十か月目に入った。


 夜の当直で、椀は朝の分を残してある。残す量は、いつも同じになる。同じ量を残すのは、減り方を見るためではない。決めた量を決めたとおりに残すのが、この人の型になる。


 寺尾剛が汁の鍋の蓋を斜めに掛けていた。掛けてから、火を落とす。


「まあ待て。十一月は五丁だ。十二月がいくつになるかは、十二月に分かる」


 二文で言って、寺尾は札を一枚めくった。月の頭に必ず言う。誰も先に言わない。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています」


 言ってから、三本目を袋の上へ入れ替えた。狭いところへ出る日は、三本目を上にする。決めたのは去年になる。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。


 桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。


「見えない場所の人には、何をしてもらいますか」


「七尾 ひかりさん。音を出してもらいます」


「はい。叩くか、蹴るか、どちらでも構いません」


「返事が無い時は」


「三十秒、待ちます。待ってから、もう一度頼みます」


 奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。三十秒という数字を、この人は書かずに覚える。


 逢坂澪は受信席の裏で、中央駅前四丁目の建物の表を出していた。五号ビルのところに、印が二つ入っている。


「中央駅前四丁目の五号ビル。八階建てです。昇降機は一基」


「一基だけか」


「一基です。三十一年前の建物で、二基目の穴はありません」


「中の人は」


「夜間は、事務所が三つ残っています。八階に二人、六階に一人」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「五階は」


「空きです。去年の秋から、借り手がいません」


「押したのは誰だ」


「分かりません。押した記録は、盤に残らない型になります」


 澪は言ってから、表の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 須永が地下三層から上がってきた。手に、レスキューの巻き取りの軸を持っている。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。


「軸は、まだ真っ直ぐになりません」


「宮ヶ瀬さん。軸、二十分の一だけ振れてます」


「振れています。振れない軸は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。二十二時間になる。二十二時間起きていて、それを誰にも言わない。


 梅木が昇降機の点検の表を持って、その横に立った。立ってから、五号ビルの欄を指で押さえた。


「五号ビルは、法定の点検は通ってます。先月です」


 通っている。通っていて、止まっている。二つは別の話になる。点検で見るのは、その日に動くかどうかになる。翌月に動くかどうかを見る欄は、表に無い。


 澪が建物の表を机へ広げた。広げてから、昇降路の断面に指を置いた。


「昇降路は、地下一階から八階まで。深さは三十メートル」


「下は」


「地下一階の底に、四メートルの穴があります。落ちた時に受ける場所になります」


「扉は」


「各階に一枚ずつ。九枚です。手で開くのは、鍵を使った時だけになります」


「音は」


「昇降路は音が上へ抜けます。八階まで届きます」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「五号ビルの昇降機を」


> ── 五階で停止。呼び出しの信号は届いています。応答が返ってきません。


「中の人は」


> ── 分かりません。籠の中の通話は、こちらへ繋がっていません。……重さの記録も、ありません。


「重さが分かれば人数が出る」


> ── 出ます。この建物の型には、その記録が付いていません。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 澪が表の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 中央駅前四丁目の五号ビルの前に着いたのは、零時十二分になる。所要は八分だった。


 十一月の夜で、ビルの表の灯りは半分落ちている。落ちていない側が、玄関の口だけを照らしていた。玄関の内側の床は、拭いたばかりで濡れている。零時に拭く決まりになっている。


 岡康夫が玄関の内側に立っていた。六十七になる。手に、鍵の束を持っている。


「五階のままです。ずっと」


 言ってから、岡は表示の盤を指した。盤の数字は、五で止まっている。数字の下に、上下の矢印が二つ並ぶ。二つとも消えていた。


 迅が階段を上がった。二段飛ばしで、五階まで上がる。上がる音が、昇降路の中へ入って、上の階から返ってきた。返ってきた音の方が、上がっている音より速い。


 五階の扉の前で、足を止めた。


 扉は閉まっている。閉まった扉の隙間から、灯りが漏れていない。籠の中の灯りが消えている。


 灯りが消えていることは、外からは分からない。分かるのは、扉の前まで来て、隙間を見た人だけになる。


 ひかりが、その後ろへ来た。来てから、扉に掌を当てる。


「中の方。七尾です。聞こえていたら、扉を叩いてもらえますか」


 返事は無かった。


 三十秒、待った。待ってから、もう一度頼んだ。三十秒という数字は、三年前に決めてある。決めた日から、短くも長くもしていない。


「もう一度お願いします。手でも、足でも構いません」


 返事は無かった。手も、足も、何も鳴らない。


 澪が階段の踊り場からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「零名。籠の中は零。八階に二、六階に一。撃てる」


 撃った。低い音が昇降路を通っていく。通った音が、下の形を返してきた。


「籠の中は空です。人は乗っていません」


 空だった。誰も乗っていない。乗っていないことを、六人はこの日、初めて聞いた。三年、この形の報告は無かった。無かったものが出た時、六人は手順を変えない。変える手順が無いからになる。


 誰も乗っていない籠が、五階で止まって、下りてこない。空の籠を呼び続けていたことになる。呼んだ回数を、岡は数えていた。十四回になる。


 岡が階段を上がってきて、その後ろで立ち止まった。


「誰も乗ってないんですか」


「乗ってない」


 迅がそう言った。五文字になる。理由は付けなかった。


 岡は、その場に座り込まない。座り込まずに、鍵の束を持ち直した。


「よかった」


 誰にも向けていない。言ってから、岡は続けた。


「乗ってたら、私が押した時に鳴ってたと思うんです」


 鳴らなかった。だから乗っていない。この人は、それを八分間、考え続けていた。考えたうえで、確かめには行かなかった。行くなと言われたからになる。


 昇降路の中で、金が金を擦る音がした。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。


 黒が出た。誰もいない。


 誰もいないことが分かるまでに、八分と、ソナー一発が要る。八分の間、六人はいると思って走った。いると思って走ったことは、いなかったからといって戻らない。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


> ── 回線、残り 一本。市内 受信可能 八。


 一本になった。夜の零時で、残っているのが一本になる。深夜の空きは、昼より重い。掛かる件数が少ない分、塞がった時に代わりが無い。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 五階の廊下で、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだ先の扉の向こうに、誰もいない。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声が昇降路の中へ入って、八階まで一度に抜けた。抜けた先の六階と八階で、事務所の扉が三枚開いた。


 禍体は、昇降路の中から立った。


 人の形をしていない。籠を吊る綱の縒りが同じ向きに回り続けて、回ったまま形になっている。動くと、籠が上がって、下りなくなる。


 音は、金が金を擦る音だった。一か所ずつではなく、三十メートル分が同じ拍で鳴る。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、擦る音の切れ目に入った。


「鉤!」


 鉤を五階の扉の合わせ目へ掛けて、引いた。引いた先で、扉が三十センチ開く。


 開いた先に、籠の床が見えた。五階の床より二十センチ高いところで止まっている。跨げる高さになる。跨がずに済ませるための高さでもある。


「二十センチ高い」


 蒼汰が索を扉の枠へ取った。取ってから、二重に回す。


「上、任せろ。三十メートルです」


 張った索が、昇降路の口を横に塞いだ。塞いだ分だけ、落ちる先が無くなる。塞いだ索の高さは、膝より少し上に来る。跨げる高さで、跨ぐと落ちる高さになる。


 寺尾がハンマーを五階の廊下の床へ下ろした。下ろしてから、打たずに持ち上げる。


「まあ待て。ここは打てん。下に穴がある」


 二文で言って、寺尾は扉の枠を肩で押さえた。押さえている間だけ、開いた三十センチが閉じない。押さえる場所は、枠の上から三分の一のところになる。そこが一番、力が要らない。


 ひかりが六階と八階へ上がった。上がってから、事務所の三人を階段へ回す。


「昇降機は使えません。階段で下りてもらえますか」


 三人が階段へ入った。入る時、一人が扉の前で足を止めて、右手を耳の高さへ上げた。


 掌が、外を向いた。誰も教えていない。


 斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりは三人を下ろして、一度も斬らなかった。下ろした三人は、八階から一階まで、百二十八段を歩いた。


 奏が棒を出した。先を広げて、昇降路の口へ向ける。


「盾」


 一語だけ言って、岡と昇降路の間に立った。誰かの前に立った回を数える。この日で、二十一回目になる。


 澪が二度目のソナーを構えた。


「零名。昇降路の中は零。階段に四。撃てる」


 撃った。音が昇降路を通って、地下一階の底で返ってきた。


「綱の縒りは、二段目まで解けています。索の内側です」


 迅が扉の隙間へ体を入れた。入ってから、下を見ない。綱の縒りだけを見る。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、回り続ける縒りを横から断った。断たれた先で、綱が同じ向きに回れなくなる。


 縒りは、ただの綱になって籠の上に残った。残った綱は、もう吊れない。吊れない綱を吊ったままにしておくのは、次に来る人の仕事になる。


 籠は、二十センチ下がって、五階の床と高さが揃った。


 揃っただけで、動きはしない。動かない籠の中で、天井の灯りが一度だけ点いて、また消えた。点いた時に、床の隅の埃が見えた。埃の厚さから、この籠が空で動いていた時間が分かる。分かるのは、見た人だけになる。


*


 岡康夫は、五階の廊下の壁にもたれていた。鍵の束を、まだ持っている。


「三十一年、一度も止まらなかったんです」


 誰にも向けていない。言ってから、岡は続けた。


「私が来てからは、一度も」


 三十一年になる。この人がここへ来たのは、二十六年前になる。


 二十六年、一度も止まらなかったものが、この日、止まった。止まったこと自体は、直せば済む。直すまでの間、この建物には階段しか無い。


 ひかりが階段の口から戻ってきた。戻ってから、岡の横に立つ。


「岡さん。座って、七つ数えてもらえますか」


「数えます」


 岡が座って、七つ数えた。声に出して数えた。数え終わってから、鍵の束を膝の上へ置いた。


 置いた束の中に、昇降機の鍵が入っている。三十一年、一度も使っていない鍵になる。使い方は、引き継ぎの紙に書いてある。紙の折り目は、開いた跡が付いていない。


 廊下の東の端に、人が立っていた。


 十一月の夜で、風が北へ吹いている。その人の上着だけ、動いていない。


 立っているのは〈自力〉になる。迅が、そちらへ体を向けた。


「そこだ」


「階段がある。八階までなら、誰でも上がれる」


「八階と言った」


「八階まで上がれない人は、この建物に入っていない。入っていないのだから、誰も困っていない」


 声はそう言った。誰も言い返さなかった。


「困ってない、と言った」


「言いました。上がれない人が入らなくなった建物は、上がれない人がいない建物になります」


 言ってから、〈自力〉は廊下の東の窓へ向き直った。向き直ってから、階段の方を見なかった。


 この建物に、上がれない人は入っていない。入っていない理由を、この人は言わなかった。


 六階の事務所には、去年まで別の会社が入っていた。移った先は、昇降機が二基ある建物になる。移った理由を、誰も表に書いていない。


 昇降路の中で、綱がもう一段、緩んだ。


 緩んだ先で、籠が五階から下へ、いっぺんに二階分落ちた。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「ビルの上には立てません。八階です。前の通りの、舗装のある側だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが通りの舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、右腕の巻き取りの軸が二十分の一だけ振れた。振れた分は、動きに出ない。


> ── 回線、残り 零本。市内 受信可能 八。


 通りの向かいの歩道から、人が見上げていた。夜の零時半で、七人いる。事務所を出た三人と、岡と、通り掛かった三人になる。


 見上げているのは、歩道の縁と、五号ビルの向かいの非常階段の踊り場からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅はビルの壁面へ縦に添えた。


 添えた腕が、昇降路の外壁を上から下まで押さえた。押さえた内側で、綱の縒りが行き場を失う。


 綱の柱は、押さえられた腕の外側から、通りの側へ抜けようとした。抜けた先には、七人がいる。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、縒りが薄くなる。


 薄くなった中から、非常の呼び出しの線が出てきた。籠から管理人室まで通っている一本になる。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、線の一本を避けて、柱の芯だけを横から断った。


 断たれた先で、柱が形を保てなくなる。綱は、ただの綱になって昇降路の底へ落ちた。


 落ちた音のあと、非常の呼び出しの線は、途中で切れていた。


 避けた側で切れた。押した側ではない。


 押さなくても切れる線が、三十一年、そこに通っていた。


 通っていたことは、点検の表に載っている。載っているのは、線があることだけになる。繋がっているかどうかを見る欄は、無い。


*


 地下三層で、須永がレスキューの巻き取りの軸を見ていた。振れは、まだ二十分の一ある。


「明日には十分の一に落とせます。あ、いえ、落とすんじゃなくて、振れを半分にする話でした」


「半分です。振れない軸は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。二十五時間になる。


 梅木が昇降機の点検の表へ、五号ビルの欄を書き足した。書き足してから、須永に言った。


「あの人、七つ数えさせてから鍵を膝へ置かせました」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。梅木は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。


 三階の食堂で、寺尾が汁の火を入れ直した。十一月の椀は、五丁分になる。


 夜の当直の分は、朝に減っている。誰が食べたかを、誰も訊かない。訊かないのは、減り方が三年、同じだからになる。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は三件だった。二分十二秒になる。


 用紙の一枚目には、中に人がいるかどうか 不明、と書いてある。その下に、乗員 零、と書き足してある。


 不明のまま出た件は、三年で四百二件になる。四百二件のうち、乗っていた件は百九十件ある。


 乗っていなかった二百十二件も、同じ速さで走っている。


 その二百十二を数えているのは、この人だけになる。


 六人は、この人に礼を言わない。言わせない。


 用紙は、綴じると右の欄が内側になる。内側になった数字は、次に開くまで誰も見ない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 零時十二分。所要 ── 八分。

> 保留 ── 三件。最長 二分十二秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 判定 ── 黒。破壊 ── 中。

> 損壊 ── 中央駅前四丁目 五号ビル 昇降路 内壁 十二メートル 変形。昇降機 主索 全断。

>     籠 二階分 降下。非常呼出線 一条 切断。復旧予定 記録なし。

> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── 三名。

> 受信 ── 回線 増設 なし。市内 受信可能 八本。

> 覚知 ── 乗員 不明のまま出場。結果 ── 乗員 零。

> 市内 昇降機が一基しかない建物 百四十七棟 ── 停止時の避難経路 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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