第079話 何も起きてない
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十月二十三日 十五時五十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 丘の上 二丁目。
> 第一声 ──「何も起きてない」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「何も起きてない」
尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「丘の上二丁目です。あの、まだ何も起きてないんですけど」
「お名前を教えてください」
「関です。関 順子」
「関さん。今、見えているものを教えてください」
「隣の解体してる建物の、足場です。揺れてるんです。風、無いのに」
尾花は右の欄へ、解体足場 動揺、風 無し、と書いた。
「関さん。足場の下に人がいるか、教えてください」
「います。四人くらい。中で作業してます」
「足場の高さは、どのくらいか教えてください」
「三階建てです。上まで組んであります」
「その高さと同じだけ離れたところに、人がいるか教えてください」
「離れて、というのは」
「足場が倒れた時、届く範囲になります。その範囲に人がいるか、教えてください」
「うちの前の道に、いつも子どもが通ります。三時半から四時の間に」
三時半から四時の間になる。今は三時五十分だった。三十分のうちの、後ろの十分に入っている。前の二十分に何人通ったかは、この用紙には出ない。
尾花は書いた。書いてから、その下に、通学路 隣接、と足した。通学路の欄は、用紙の右の下にある。三年で、この欄に字が入ったのは十九回になる。
「関さん。ご自分は、その範囲の外に出てください」
「うちの中は」
「窓から離れて、反対側の部屋で待っていてください」
「はい」
「隊が出ます。子どもが来ても、外へ出て止めに行かないでください」
「行きません」
「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」
「切ります」
尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは二つになる。
切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。
*
十月二十三日の三階は、窓を閉めていた。十月の終わりで、風は北へ回った。北へ回ると、豆腐の水の匂いが窓の内側に残る。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。九か月目に入った。
寺尾剛は椀を六つ並べていた。並べてから、汁の鍋の底を掌で確かめる。
「まあ待て。十月の終わりは番線が縮む。締めた時と長さが違う」
二文で言って、寺尾は工具の袋から番線の切りを一本出した。出してから、また入れた。使う場面が今日あるとは、まだ誰も言っていない。
十月の終わりに番線の話をするのは、三年で三度目になる。三度とも、その日のうちに使ったことは無い。
灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「索は四本、乾いています」
言ってから、四本目の結び目を解いて、また結び直した。同じ形に結び直す。三年、この人が使う結び方は一つになる。
結び直したことに、本人は気付いていない。気付かないまま、三年で何度やったかも数えていなかった。
七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。
桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。
「高いところの人には、下から声を掛けてもらえますか」
「七尾 ひかりさん。上から下ろす方が速くありませんか」
「速いです。ただ、上から下ろすと、その人は下を見ます」
「下を見ると」
「足が止まります。自分で下りられる人は、自分で下りてもらいます」
奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。
逢坂澪は受信席の裏で、市の解体届の表を出していた。丘の上二丁目のところに、印が一つ入っている。
「丘の上二丁目の解体は、届が出ています。着工は先週の月曜です」
「足場は」
「枠組の足場で、十四スパン。三階までです」
「番線は」
「届には書きません。組んだ人にしか分かりません」
久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
「風は」
「零です。市内のどこでも、今日は一メートルを超えていません」
「なら、揺れているのは風ではない」
「風ではありません。中で何かをしているか、留めが外れているかになります」
澪は言ってから、表の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
覚知の音が鳴った。
梅木が地下三層から上がってきた。手に、クレーンの吊りの当てを持っている。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。
「当ては、まだ薄いままです」
「宮ヶ瀬さん。吊りの当て、薄いところが二枚あります」
「二枚あります。全部同じ厚さの当ては、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。二十四時間になる。二十四時間起きていて、それを誰にも言わない。
戸倉が通学路の表を持って、その横に立った。立ってから、丘の上の欄を指で押さえた。
「二丁目は、三時半から四時です。人数は五十人くらい」
五十人になる。時間は、あと十分になる。
通学路の表は、市の側が作って毎年配ってくる。配られた分を、戸倉が三年、棚の二段目へ入れている。入れているだけで、開いたのはこれが四度目になる。
澪が解体届の表を机へ広げた。広げてから、足場の並びに指を置いた。
「足場は道の側に八スパン。隣家の側に六スパンです」
「道の幅は」
「四メートル二十。足場の高さは八メートル」
「倒れたら」
「道を越えます。越えた先が、関さんの家の塀になります」
「中の人は」
「四名。解体は内側から進めています。今日は二階の床を落とす日です」
久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。
「アンサー」
> ── はい。
「丘の上二丁目の足場を」
> ── 図面はありません。届出に足場の図は要りません。
「揺れの記録は」
> ── ありません。……揺れているかどうかも、こちらでは分かりません。
「学校へは」
> ── 市の教育の窓口へ、こちらから伝えられます。伝えるかどうかは、そちらで決めてください。
「伝えろ」
久遠寺はそう言った。言ってから、上着を取った。
澪が表の縁から指を離した。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
丘の上二丁目の解体現場の前に着いたのは、十五時五十七分になる。所要は七分だった。
十月の終わりの午後で、日は西に低い。低い日が、足場の縦の材に線を作っている。
風は無い。旗も、洗濯物も、動いていない。二軒先の物干しに、白い布が三枚下がっている。三枚とも、下がったまま垂れている。
足場だけが動いていた。
一番上の段が、道の側へ二センチ出て、戻る。出て、戻る。同じ幅で繰り返している。
関順子が、道の反対側の家の玄関から顔を出した。三十八になる。外へは出てこない。
「あそこです。上の、あそこ」
言ってから、関は玄関の内側へ半歩戻った。戻ったのは、言われたとおりにしているからになる。言われたとおりにする人は、そう多くない。だいたいは、出てくる。
迅が足場の下へ入った。入ってから、上を見た。足場の下は、日が届かない。届かない場所の温度が、道の上より二度低い。
見上げた先で、番線が一本、緩んでいた。緩んだ番線の端が、材と材の間で振れている。
「下がれ」
誰かがそう言った。中の作業員の一人になる。
迅は下がらなかった。下がらずに、足場の脚の一本に掌を当てた。
当てた掌に、揺れが伝わってくる。上で二センチ動く分が、下では紙一枚分になる。
その紙一枚分を、迅は指で数えた。二秒に一度、掌が押される。押される間隔が、さっきより短い。短くなっていることを、迅は口に出さない。
寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、道の舗装を足で二度踏む。
「まあ待て。倒れる向きは道だ。足元から見れば分かる」
二文で言って、寺尾は道の側の脚の並びを目で追った。追った先の一本が、地面から二センチ浮いている。
「浮いてる一本がある。ここが先に抜ける」
澪が道の反対側からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「四名。建物の中に四。足場の上は零。撃てる」
撃った。低い音が足場の材を通っていく。通った音が、上の形を返してきた。
「緩んでいる番線は、上から二段目に三か所。四か所目が、今、緩みかけています」
四か所目。緩みきる前に、中の四人を出す。四か所目が緩みきるまでに何分あるかは、誰にも分からない。分からない時は、分からないまま急ぐことになる。
ひかりが建物の入口へ回った。回ってから、中へは入らない。入口の外から声を掛ける。
「中の皆さん。七尾です。今いる場所から、山側の出口へ出てもらえますか」
返事が四つ返ってきた。四つとも、声が出ている。
自分で歩ける人は、自分で歩いてもらう。上から下ろすと、下を見る。下を見た人は、足が止まる。止まった足を動かすのに、下ろすより時間が掛かる。
中から四人が出てきた。出た先は、足場の高さより離れた側になる。
誰も担架を使わなかった。四人とも、袋を抱えたまま出てきた。持ってきた道具を置いていく人は、この三年で一人もいない。
斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりは四人を出して、一度も斬らなかった。
道の東の端から、子どもの声がした。
三時半から四時の間になる。五十人が、この道を通る。
奏が道の東へ走った。走ってから、棒を出して先を広げる。
「盾」
一語だけ言って、道の真ん中に立った。立った先に、子どもが六人来ている。六人とも、鞄を背負ったまま足を止めた。
「こちらの道は、今、通れません。北の坂を回ってもらえますか」
六人のうち一人が、後ろを向いて、後ろの子に同じことを言う。
その子の右手が、耳の高さまで上がった。掌が、外を向いた。
誰も教えていない。
誰かの前に立った回を数える。この日で、二十回目になる。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 緑。要救助者、自力で退出可能。壊さずに逃がしてください。
緑が出た。壊さない。
壊さずに逃がすのは、倒すより時間が掛かる。掛かるのに、今日はその余裕が無い。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
「急報 ── 通報!」
奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。
> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。
> ── 回線、残り 三本。市内 受信可能 九。
増やした。三本ある。増やした先は、この街の全部になる。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。
足場の下で、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだ上で、材が二センチ動いて、戻る。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
> 名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声が足場の材に当たって、上の段まで一度に上がる。上がった先で、材の揺れが一度だけ止まった。
禍体は、足場の上から二段目に立った。
人の形をしていない。緩んだ番線の輪が同じ場所で回り続けて、回ったまま形になっている。動くと、締めたところが緩む。
音は、鉄が鉄を擦る音だった。一か所ずつではなく、十四スパンが同じ拍で鳴る。
迅がギアの柄を回した。噛む音が、擦る音の下から出てくる。
「鉤!」
鉤を投げて、引いた。引いた先で、浮いていた脚の一本が地面へ戻る。
戻った一本の上に、荷重が乗った。
「脚が着いた」
蒼汰が索を隣家の側の柱へ投げた。投げてから、二重に取る。
「上、任せろ。八スパン、道の側です」
張った索が、足場と道の間を斜めに通った。通した先で、道の側へ出る二センチが索に当たって止まる。
止まった分だけ、道が残る。残った道の幅は、二メートル六十になる。子どもが二列で歩ける幅になる。蒼汰は毎回、そこまでを残す。
寺尾が道の舗装へ、柱を四本打った。四本を横に並べて、頭を足場の側へ倒す。
「道へ来る分を、ここで止める」
打ち込んだ柱は、抜かない。街に四つ増える。四本のうち二本が、通学路の白線の上に立った。白線は、来年の春に引き直すことになっている。
澪が二度目のソナーを構えた。
「零名。建物の中は零。道に八。撃てる」
撃った。音が材の中を通って、上の段で返ってきた。
「緩んでいるのは、二か所に減っています。索の内側です」
迅が足場の縦の材へ手を掛けた。掛けてから、上を見ない。掌の側だけを見る。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、回り続ける輪を横から断った。断たれた先で、番線が同じ場所を回れなくなる。
輪は、ただの番線になって材の上に残った。残った番線は、締め直さないと使えない。締め直すのは、明日ここへ来る人になる。
足場は倒れなかった。二センチの動きが、そこで止まる。
壊していない。緩んだままになる。
*
関順子が、玄関から出てきた。出てから、道の東を見た。
子どもは、北の坂を回っていった。六人が、その後ろの四十人ぶんを止めている。
「何も起きなかったですね」
誰にも向けていない。言ってから、関は続けた。
「起きてから掛けた方が、よかったですか」
迅が、その前に立って答える。
「今でいい」
四文字だった。理由は付けなかった。
関は、それ以上訊かない。訊かずに、玄関の戸を開けたまま、道の側を見ている。
道の西の端に、人が立っていた。
十月の夕方で、風が無い。それでも、その人の手元の紙だけ動いていない。
立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。迅が、そちらへ体を向けた。
「そこだ」
「起きる前に掛かってきた通報は、市内で年に八十七件です。八十七件のうち、実際に何かが起きた件は十一件になります」
「八十七件と言った」
「残る七十六件は、何も起きていません。七十六回、この隊は何も起きない場所へ出ています」
声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。誰も言い返さなかった。
「七十六だ」
「七十六です。今日の一件は、十一の方に入ります」
言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、足場の方を見なかった。
十一と七十六を、この人は分けて数えている。分けて数えたうえで、どちらへ出るかは決めていない。
決めるのは、掛ける側になる。掛けるかどうかを決める人の手元に、この数字は無い。数字を持っている側は、掛けない。
足場の上から二段目で、番線がもう一本、外れた。
外れた先で、道の側の八スパンが、いっぺんに二十センチ出た。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「足場の上には立てません。掴めません。道の東の、舗装のある側だけ使えます」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが道の東の舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
立つ時、四本の脚が通学路の白線を跨いだ。跨いだ分だけ、置ける場所が狭くなる。
> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。
北の坂の途中から、子どもが見上げていた。五十人のうちの何人かになる。止まったまま、動いていない。
見上げているのは、北の坂の途中と、関の家の二階の窓からになる。坂の途中の子どもは、六人に止められた側になる。止められてから、動いていない。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は足場と道の間へ差し入れた。
差し入れた腕が、出てきた二十センチを受け止める。受けた内側に、道が残る。
番線の柱は、受け止められた腕の外側から、隣家の側へ回ろうとした。回った先には、関の家の塀がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、輪が薄くなる。
薄くなった中から、浮いていた脚の一本が出てきた。地面へ戻したばかりの一本になる。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、脚の一本を避けて、輪の芯だけを横から断った。
断たれた先で、柱が形を保てなくなる。番線は、ただの鉄になって足場の下へ落ちた。
落ちた音のあと、足場は立ったままだった。倒れる向きに寄っていた分が、そこで止まっている。止まっているだけで、直ってはいない。
立ったまま、道の側へ二十センチ出ている。出たままになる。
直っていない。倒れてもいない。明日、組み直すことになる。組み直す日を、この現場はもともと来週に決めていた。一週間、前へ動いた。
*
地下三層で、梅木がクレーンの吊りの当てを見ていた。薄いところは、まだ二枚ある。
「明日には一枚、厚くなります」
「一枚です。全部同じ厚さの当ては、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。二十七時間になる。
戸倉が通学路の表へ、丘の上二丁目の欄を書き足した。書き足してから、梅木に言った。
「あの人、下がれって言われて下がりませんでした」
「本人に言え」
「言いません」
それで終わった。戸倉は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。
三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。十月の椀は、五丁分になる。沸かす前に、鍋の底をもう一度掌で確かめる。朝と同じ手つきになる。誰も見ていない。
番線の切りは、袋に入れたままになる。今日は使わなかった。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は一件だった。一分五秒になる。
用紙の一枚目には、通学路 隣接、と書いてある。その下に、市の教育の窓口へ伝えた時刻が入っている。
時刻は、十五時五十四分になる。子どもが道へ来たのは、十六時二分だった。伝えた先が動いたかどうかは、こちらの用紙には出ない。
八分ある。八分を数えているのは、この人だけになる。
三年で、この八分に当たる数字は二百四十六回書かれている。二百四十六回とも、後ろの数字の方が大きい。大きくなかった回が、この三年で一度だけある。
六人は、この人に礼を言わない。言わせない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十五時五十七分。所要 ── 七分。
> 保留 ── 一件。最長 一分五秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 判定 ── 緑。破壊 ── 最小。
> 損壊 ── 丘の上二丁目 解体現場 枠組足場 十四スパンのうち 八スパン 道側へ 二十センチ 変位。
> 番線 四本 破断。道路 舗装 六平米 破損。通学路 白線 十二メートル 摩滅。
> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── 四名。
> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。
> 通報 ── 発災前。関係機関へ 十五時五十四分 連絡済。
> 市内 通学路に面した解体現場 二十九か所 ── 足場の図 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




