第078話 消えました
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十月十九日 十四時三十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 湾岸 三丁目。
> 第一声 ──「消えました」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「消えました」
尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「湾岸三丁目です。板金の作業場の、外に出たところで」
「お名前を教えてください」
「大西です。大西 治」
「大西さん。何が消えたのか、教えてください」
「音です。中の音が、全部」
尾花は右の欄へ、音 消失、作業場内、と書いた。
「大西さん。機械は止まっていますか」
「止まってません。回ってます。回ってるのに、音がしないんです」
「けがをされている方がいるか、教えてください」
「いません。みんな、普通にしてます。喋ってるのに、聞こえないだけで」
喋っている。聞こえない。二つを分けて言えている。分けて言える人は、そう多くない。だいたいは、聞こえないことを喋っていないことにして掛けてくる。
「大西さん。今、その中におられますか」
「外です。外に出たら、音が戻りました。だから掛けられました」
「中に何人おられるか、教えてください」
「九人です。今日は九人」
尾花は書いた。書いてから、その下に、区画内 九名、と足した。
「大西さん。中へ戻らないでいてください」
「戻らないと、みんなに伝えられません」
「伝えなくて大丈夫です。隊が出ます。外で待っていてください」
尾花はそう言った。言い方を変えなかった。
「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」
「切ります」
尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。
*
十月十九日の三階は、窓を開けていた。十月の午後で、風は海の方から来る。海の方から来る風は、湾岸の匂いを連れてくる。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。九か月目に入った。
寺尾剛は椀を六つ並べていた。並べてから、六つ目を少しだけ手前へ寄せる。
「まあ待て。今日は風がある。海側は寒い」
二文で言って、寺尾は上着をもう一枚、袋の外へ出した。出した一枚は、誰の分とも決めていない。
灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「索は四本、乾いています」
言ってから、袋の口を締めた。締めてから、締め具合を親指で確かめる。
七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。
桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。七尾ひかりは、その手を見てから口を開いた。
「声が出せない人には、何から訊きますか」
「七尾 ひかりさん。手を、見ます」
「はい。手が動くなら、返事は取れます」
「動かない時は」
「目です。閉じるのを一回、開けるのを二回にしてもらいます」
奏は頷いた。頷いてから、自分の順番へもう一つ足した。
逢坂澪は受信席の裏で、湾岸三丁目の図を出していた。区画が六つ入っている。
「湾岸三丁目は、小さい作業場が並んでいます。板金が三軒、木工が二軒、あとは倉庫です」
「音は」
「昼の間、この一帯は市内で一番煩い区画になります」
「今日は」
「分かりません。外からは分かりません」
久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
「アンサーは」
「聞き取れないと思います」
澪はそう言った。三年、この人はそこを言い切る。言い切った後で、図の縁を指で押さえた。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
覚知の音が鳴った。
速水が地下三層から上がってきた。手に、ウイングの尾の板を持っている。持ったまま、扉の手前で一度止まって、持ち直した。
「宮ヶ瀬さん。尾の板、まだ鳴ります。あ、いえ、鳴るのは板じゃなくて留めの方でした」
「留めの方です。鳴らない留めは、まだ作れていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。三十三時間になる。三十三時間起きていて、それを誰にも言わない。
須永が湾岸の中継の表を持って、その横に立った。立ってから、三丁目の欄を指で押さえた。
「三丁目の中継は、生きてます。数字も出てます」
中継は生きている。音だけが無い。二つは別の話になる。中継が落ちた回は、この夏に二度あった。二度とも、表の欄に印が入った。今日は入っていない。
澪が湾岸三丁目の図を机へ広げた。広げてから、六つの区画に順に指を置いた。
「作業場は六軒。人が入っているのは四軒です」
「四軒は」
「板金が二軒、木工が一軒、倉庫が一軒。合わせて二十二名」
「音の無い範囲は」
「分かりません。大西さんの作業場が中にあることだけ、分かっています」
「外との境は」
「作業場の戸のところです。外へ出ると戻る、と通報にあります」
久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。
「アンサー」
> ── はい。
「湾岸三丁目の音を」
> ── 聞き取れません。
「聞こえないのか」
> ── 何も返ってきません。……無いのか、こちらが取れないのかは、分かりません。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
尾花の席で、二本目が光った。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです」
> 第一声 ──「────」
尾花は書いた。第一声の欄に、六つ分の罫を引いた。引く長さは、聞こえた息の長さで決める。三年、この人はそう決めている。
「もう一度、お願いします」
> ──「────」
尾花は用紙の位置を直した。直してから、次の欄へ移った。二度訊いて返らない時は、三度訊かない。三度目に使う時間で、発信地の方を確かめる。
「発信地は湾岸三丁目です。こちらから伺います。切らずにいてください」
尾花は切らなかった。切らないまま、用紙を綴じずに机へ置いた。繋がったままの通話は、枠の一つを塞ぎ続ける。塞いだままにするかどうかは、取った人が決める。三年、この人は塞いだままにしてきた。
澪が図の縁から指を離した。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
湾岸三丁目の作業場の並びに着いたのは、十四時四十分になる。所要は十分だった。
海の方から風が来ていた。十月の午後で、風は冷たい。
通りの手前までは、音があった。トタンの継ぎ目が鳴っている。遠くで船の汽笛が鳴っている。
三軒目の作業場の前で、音が切れた。
切れたのは一歩分だった。前の足が音の中で、後ろの足が音の外にある。境目には何も無い。糸も、線も、匂いの変わり目も無い。あるのは、耳の側の変化だけになる。
大西治が、通りの真ん中に立っていた。四十一になる。作業着の袖を捲ったままでいる。
「ここです。ここから先が」
言ってから、大西は自分の作業場の戸を指した。戸は開いている。開いた中で、機械が回っていた。
回っている。音がしない。
中で、九人が動いていた。板を運ぶ人がいて、二人で押さえる人がいて、口を動かしている人がいる。
音が、一つも無い。
迅が戸の口へ入った。入ってから、足を止めた。
止めた足の音が、自分の耳に返ってこない。
迅は口を開いた。開いてから、閉じた。
声は出ている。喉は動いている。届かない。届かないものを出し続けるのは、疲れる。中の九人は、それを二十分やっていた。
中の九人のうち、二人がこちらを見た。見てから、手を上げた。
上げた手が、耳の高さで止まる。掌が、外を向いた。
誰も教えていない。この形は、三年の間に街の側へ落ちていった。落とした側は、落としたことに気付いていない。
迅が同じ形を返した。右手を耳の高さへ上げて、掌を外へ向ける。
それで通じた。九人のうち、七人が同じ形を返してきた。
ひかりが戸の外から中を見た。見てから、外へ半歩戻る。
「大西さん。中の方の様子を、外から教えてもらえますか」
「みんな、普通です。困ってはいます。でも、けがはしてないです」
困っている。けがはしていない。二つを分けて言える人になる。
寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、戸の枠を掌で叩いた。叩いた音が、外の側にだけ出た。
「まあ待て。境は戸じゃない。空気の方だ」
二文で言って、寺尾は戸から二歩下がった。下がった先の舗装を、足で二度踏む。
澪が通りの側からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「二十二名。四軒に二十二。通りに二。撃てる」
撃った。低い音が作業場の壁を通っていく。返ってきた音が、外の側にだけ届いた。
「音の無い範囲は、三軒分です。手前から三軒目、四軒目、五軒目」
三軒分。中に十四人いる。十四人とも、自分の作業場が音の外にあることを知らない。知っているのは、外へ出た一人だけになる。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。
黒が出た。中に人はいる。だが、閉じ込められてはいない。戸は開いている。床も抜けていない。人が出られない理由が、この場には一つも無い。
歩いて出れば、音は戻る。出ないのは、出る理由を誰も伝えられないからになる。伝えるには声が要る。声が要るところで、声だけが無い。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
「重装 ── 換装!」
迅とひかりが肩の受けを起こした。二人ぶんで、四本になる。
「急報 ── 通報!」
奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。
> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。
> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。
二本になった。重装が二人ぶんで、四本を持っていく。増やしても、増やした分がそのまま持っていかれる。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。
音のある側の通りで、六つの掌が同じ高さに並んだ。並んだ先の三軒には、その音が届かない。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
> 名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声が三軒目の戸の手前で切れた。切れた先で、中の九人が同じ形の手を上げた。声は届いていない。形だけが届いた。
禍体は、三軒目と四軒目の間から立った。
人の形をしていない。音の切れ目の面が同じ場所へ重なり続けて、重なったまま形になっている。動くと、切れ目が外へ広がる。
音は無い。無いことが、この場では音の代わりになる。
迅がギアの柄を回した。噛む音が、切れ目の外側でだけ鳴った。
「斧!」
斧が、重なった面の端を横から割った。割った先で、切れ目が一軒分だけ戻る。
戻った一軒から、機械の音が出てきた。
「一軒、戻った」
蒼汰が索を四軒目の梁へ投げた。投げてから、二重に取る。
「上、任せろ。三軒分です」
張った索が、三軒の前を横に通った。通した先で、外へ広がる切れ目が索の位置で止まる。
止まった分だけ、通りの側に音が残る。残っている音の中に、六人が立っている。立っている場所と、助ける相手のいる場所とで、聞こえるものが違う。
ひかりが戸の口へ入った。入ってから、中の一人ずつに手の形を見せた。
右手を耳の高さへ上げて、掌を外へ向ける。それから、通りの側を指す。
九人が順に動きはじめた。動いた先で、戸を抜けたところから声が戻る。
戻った声で、最初に出たのは笑い声だった。笑ったのは、一番奥にいた人になる。奥にいた分だけ、戻るのが遅かった。
斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりは九人を出して、一度も斬らなかった。
奏が棒を出した。先を広げて、戸の外へ向ける。
「呼」
一語だけ言って、先を四軒目へ向けた。声が、音の無い側へ入っていく。
「四軒目の皆さん。桐島と申します。通りの側へ出てください」
届いた。音の無い区画の中で、その声だけが鳴った。
鳴った先で、四軒目から五人が出てきた。出てきた五人のうち三人が、通りへ着いた瞬間に耳を押さえた。戻ってきた音が、思っていたより大きかったからになる。
寺尾が通りの舗装へ、柱を二本打った。二本を横に並べて、頭を作業場の側へ倒す。
「外へ広がる分を、ここで止める」
打ち込んだ柱は、抜かない。街に二つ増える。
澪が二度目のソナーを構えた。
「十四名。三軒に十四。通りに八。撃てる」
撃った。音が切れ目の中を通って、五軒目の壁で返ってきた。
「切れ目は、二軒分に縮んでいます。索の内側までです」
迅が切れ目の縁へ入った。入ってから、上を見ない。面の重なりだけを見る。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、重なり続ける向きを横から断った。断たれた先で、面が同じ場所へ重なれなくなる。
重なっていた面が、順に外れた。外れた先から、音が戻ってくる。
三軒分の音が、いっぺんに通りへ出てきた。
機械の音と、板の音と、人の声が同時に鳴った。煩い。市内で一番煩い区画に戻った。
*
大西治は、通りの縁石に座っていた。座ったまま、袖を捲り直している。
「煩いですね」
誰にも向けていない。言ってから、大西は続けた。
「二十年、煩いと思ってました」
二十年、この人はここで働いている。二十年、煩いと思っていたものが、二十分だけ無くなった。無くなっている間、この人は外にいた。中にいた九人は、まだ何も言っていない。
九人のうちの一人が、大西の横へ来た。来てから、右手を耳の高さへ上げて、掌を外へ向けた。
上げてから、下ろした。下ろしてから、笑った。
誰も、その形の名前を言わない。呼び名が無い。呼び名が無いものは、覚えるのに理屈が要らない。見た人が、そのまま手でやる。
通りの東の端に、人が立っていた。
十月の午後で、風が海から吹いている。その人の手元に、紙を挟んだ板があった。
立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。迅が、そちらへ体を向けた。
「そこだ」
「音が無くなった区画からの通報は、市内で年に四件です。四件とも、外へ出た人が掛けています」
「四件と言った」
「四件のうち、中にいた人が掛けた件は零になります。中からは掛けられない、のではありません。掛けても、こちらへ声が届かない」
声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。誰も言い返さなかった。
「零だ」
「零です。今日、こちらへ届かなかった一件が、その零に入ります」
言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、作業場の方を見なかった。
尾花律子の机の上に、綴じていない用紙が一枚置いてある。
その一枚の第一声の欄には、六つ分の罫が引いてある。
通りの上で、防災無線の柱が鳴った。
鳴ってから、途中で切れた。
柱の上のスピーカーが、四つのうち一つ、下を向いた。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「作業場の上には立てません。屋根が薄いです。岸壁の、舗装のある側だけ使えます」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが岸壁の舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
立つ時、尾の留めが一度鳴った。鳴ることに、乗っている側は気付いていない。
> ── 回線、残り 一本。市内 受信可能 九。
通りの側から、二十二人が見上げていた。作業着の人が多い。手を止めている。
見上げているのは、通りの縁石の上と、四軒目の屋根の上からになる。屋根の上にいるのは、さっき最後に出てきた人になる。出てから、まっすぐ梯子を上がった。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は三軒の並びの前へ立てた。
立てた腕が、通りと作業場の間に壁を作る。作った壁の外側に、音が残る。
切れ目の柱は、壁の上を越えて岸壁の側へ伸びようとした。伸びた先には、防災無線の柱がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、切れ目が薄くなる。
薄くなった中から、防災無線の柱が出てきた。スピーカーが四つ付いていて、一つが下を向いている。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、柱の芯を横から断った。
断たれた先で、柱が形を保てなくなる。切れ目は、ただの空気になって通りの上から消えた。
消えた先で、防災無線の柱が傾いた。
傾いた柱の、下を向いていたスピーカーが一つ落ちた。落ちた先は、通りの舗装になる。
残る三つは、まだ付いている。三つとも、海の方を向いている。海の方には、人が住んでいない。三つが海を向いた理由は、四十年前の書類にしか無い。
*
地下三層で、速水がウイングの尾の留めを見ていた。まだ鳴る。
「明日には替えます。あ、いえ、替えるのは留めじゃなくて座金の方でした」
「座金の方です。鳴らない座金は、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。三十六時間になる。
須永が湾岸の中継の表へ、三丁目の欄を書き足した。書き足してから、速水に言った。
「あの人、中で先に手を上げました。教わってないのに」
「本人に言え」
「言いません」
それで終わった。須永は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。
三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。十月の椀は、五丁分になる。
袋の外へ出した上着は、そのまま出したままにしてある。誰の分とも決めていない。決めていないものが袋の外にあると、次に寒い日、誰かが黙って持っていく。三年、そうしてきた。
尾花律子は受信席に残った。この日、保留は四件だった。最長は二分五十八秒になる。
机の上の一枚は、まだ綴じていない。
尾花は、その番号へ掛け直した。呼び出しの音が三回鳴って、繋がった。
繋がった先で、声が出た。
尾花は、第一声の欄の罫の下に、二行目を書いた。
書いた字は、用紙を綴じる時に内側になる。
六人は、この人に礼を言わない。言わせない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十四時四十分。所要 ── 十分。
> 保留 ── 四件。最長 二分五十八秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 判定 ── 黒。破壊 ── 中。
> 損壊 ── 湾岸三丁目 通り 舗装 十八平米 破損。作業場 三軒 外壁 トタン 十二枚 変形。
> 防災無線 柱 一基 傾斜。拡声器 四個のうち 一個 脱落。
> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── 十四名。
> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。
> 覚知 ── 二件。うち一件 第一声 判読 不能。処理 ── 継続。
> 市内 拡声器が全方向を向いていない防災無線 四十一基 ── 向き 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




