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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第076話 見間違いかも

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 十月五日 十七時四十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 中央駅前 二丁目。

> 第一声 ──「見間違いかも」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「見間違いかも」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「中央駅前二丁目の、高架の下です。あの、見間違いかも知れなくて」


「見間違いでも構いません。見えたものを教えてください」


 尾花は言い方を変えなかった。三年、この言い方を変えていない。


「人が、倒れてたように見えたんです。柱の陰に。でも自転車かも知れなくて」


「お名前を教えてください」


「藤野です。藤野 慧」


「藤野さん。それは、何分くらい前ですか」


「二分です。通り過ぎてから、戻ろうか迷って、それで掛けました」


 迷った時間が入っている。用紙に、迷った時間を書く欄は無い。二分のうち、歩いていたのが何秒で、立ち止まっていたのが何秒かも書けない。書けるのは、覚知の時刻だけになる。


「藤野さん。今、その柱は見えていますか」


「見えてます。三十メートルくらい先です」


「近付かないでいてください。そこから見えていることだけ、教えてください」


「動いてないです。ずっと同じ形で」


「明るさはどのくらいか、教えてください」


「暗いです。あの、下の灯りが、今日は点いてなくて」


 尾花は右の欄へ、高架下 照明 消灯、と書いた。書いてから、その下に、視認 不確実、と足した。


 不確実、と書いても、出場は変わらない。確実と書いた回と、同じ数の人間が同じ速さで出る。書いた欄が変わるだけで、出る側の手順は一つも変わらない。


「藤野さん。隊が出ます。着くまで、そこで待っていてください」


「あの、違ってたら」


「違っていても、こちらが行きます」


 尾花はそう言った。それ以上のことは言わなかった。違っていた場合にどうなるかを言うと、言った分だけ、次に掛ける人が迷う。三年、この人はそこを説明していない。


「電話は切っていただいて大丈夫です。何かあったら、また掛けてください」


「切ります」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 切れたあと、その枠が消えた。三年、切ったあとに残るものは無い。


*


 十月五日の三階は、窓を細く開けていた。十月に入って、風が乾いた。乾いた風は、豆腐の水の匂いを外へ出す。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。十月は五丁のままになる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。九か月目に入った。


 寺尾剛は椀を六つ並べていた。並べてから、湯を沸かす。


「まあ待て。十月は五丁だ。十一月がいくつになるかは、十一月に分かる」


 二文で言って、寺尾は椀の位置を直した。六つ目の位置は、もう動かない。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています」


 言ってから、二本目を袋の外へ出した。九月の山で付いた土が、まだ端に残っている。落ちないものは落とさない、と決めたのは去年になる。


 落とさないと決めたあとも、蒼汰は毎回それを出す。出して、端を見て、また戻す。見て確かめる回数だけが、去年より増えている。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を上から順に並べ直した。


 桐島奏が、その横で同じ順に並べていた。並べ終わってから、袋の口を三度確かめる。


 三度確かめるのは、この人の癖になる。一度目は口、二度目は紐、三度目は袋の底になる。底を確かめる人は他にいない。


 逢坂澪は受信席の裏で、市の街路灯の表を出していた。中央駅前二丁目のところに、印が一つ入っている。


「中央駅前二丁目の高架下は、灯りが十四基です。八月から、四基が点いていません」


「直さんのか」


「高架の下は市の管理ではありません。上を通しているところの持ち物になります」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「どっちが直す」


「決まっていません。三年、決まっていません」


 澪は言ってから、表の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 須永が地下三層から上がってきた。手に、メディックの後ろの扉の受けを持っている。持ち方が、去年より雑になった。慣れた分になる。宮ヶ瀬佳代が、その手元を見た。


「まだ入っていませんね」

「宮ヶ瀬さん。扉の受け、まだ半分しか入りません」

「半分しか入りません。全部入る受けは、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 言ってから、宮ヶ瀬は腕の内側の時計を見た。二十時間になる。二十時間しか起きていない日は、めずらしい。それも誰にも言わない。


 梅木が街路灯の表を横から見た。見てから、四基の欄を指で押さえた。


「八月からです。俺、七月に一回、点いてるの見ました」


 言ってから、梅木は自分の記憶を疑う顔をした。疑ってから、そのままにした。


 見たかどうかを確かめる方法が、この場に無い。表には八月からとしか書いていない。書いた人は、七月に通っていない。


 澪が街路灯の表を机へ広げた。広げてから、高架下の柱の並びに指を置いた。


「中央駅前二丁目の高架下。柱が二十二本。間隔は八メートルです」


「柱の陰は」


「歩道の側から見ると、二十二本とも陰になります。奥行きは一メートル六十」


「人は」


「この時間で、通行は一時間に八十人ほどです。今日は、雨の予報が出ています」


「雨の日は」


「増えます。屋根があるので、傘を畳んで通る人が多くなります」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「高架下の柱を」


> ── 二十二本のうち、十一本目から十六本目までが、灯りの届かない位置にあります。


「倒れている人は」


> ── 分かりません。音が返ってきません。……そこに何かがあるかどうかも、分かりません。


「音が返らんのは」


> ── 分かりません。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 久遠寺は、それ以上訊かなかった。訊かないまま、上着を取った。


 澪が表の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 中央駅前二丁目の高架下に着いたのは、十七時四十六分になる。所要は六分だった。


 高架の下は、上を通る音で満ちていた。十月の夕方で、上の線を走るものが二分に一度通る。通る度に、柱の根本の砂利が鳴る。


 柱が二十二本ある。手前の十本には、上からの灯りが落ちていた。十一本目から先が、黒い。黒い側の柱は、根本だけが白く見える。白いのは、貼り紙の剥がれた跡になる。剥がれてから何か月経っているかは、貼った側にしか分からない。


 藤野慧が、手前から三本目の柱のところに立っていた。十七になる。鞄を胸の前で抱えている。迅が、その前で足を止めた。


「藤野 慧さんか」

「あの、あそこです。十四本目くらいの」


 指した先は、黒い側になる。指した腕は、肘から先しか出ていない。鞄を抱えたまま指すと、そういう形になる。


 迅が先に入った。入ってから、足を止めた。止めたのは、砂利の踏み心地が変わったからになる。手前の十本までは踏み固められていて、十一本目から先は、誰も歩いていない厚さがある。


 柱の陰に、自転車が倒れていた。前の輪が外れている。籠が潰れている。人はいない。


「人はいない」


 言ってから、迅は自転車の横を通り過ぎて、次の柱まで行った。次の柱の陰にも、人はいない。藤野が、その後ろで立ったまま、鞄を抱え直している。


「自転車が倒れてる」

「すみません。自転車でした」

「呼んでよかった」


 四文字だった。理由は付けなかった。


 ひかりが藤野の横へ来た。来てから、灯りを足元へ向ける。顔へ向けない。


「藤野さん。けがはありませんか。それだけ教えてもらえますか」


「無いです」


「分かりました。ここから下がってもらえますか」


 藤野が下がった。下がってから、もう一度、黒い側を見た。


 見た先で、砂利の音が変わった。


 上を通る音とは、拍が違う。柱の根本の砂利が、上の音と関係なく鳴っている。


 寺尾がハンマーを担ぎ直した。担ぎ直してから、十一本目の柱を掌で叩いた。


「まあ待て。柱は生きてる。上が乗ってる」


 二文で言って、寺尾は柱から二歩離れた。離れた場所の砂利を、足で踏み固める。


 澪が歩道の側からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「一名。歩道に一。柱の陰は零。撃てる」


 撃った。低い音が柱の列を通っていく。通った音が、奥の形を返してきた。


「十四本目から十六本目の間です。柱と柱の間に、何か入っています」


 人ではない。音が返ってこなかったのは、人ではないからになる。


 人がいれば、返る。返らないものが柱の間に入っている。返らないものを見に来る仕事は、返るものを見に来る仕事と、手順が同じになる。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、無し。倒してください。


 黒が出た。誰もいない。


 誰もいないことを確かめるために、六人が来た。それは無駄ではない。


 いなかったことを確かめるのに掛かった六分は、いた場合に掛かる六分と同じ長さになる。長さが同じなら、出るか出ないかを迷う必要が無い。迷わないために、迷わない側の決まりが要る。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。


> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。


 増やした。九本になる。増やした先は、この街の全部になる。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 高架の下で、六つの掌が同じ高さに並んだ。上を通る音が、その上を横切っていく。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声が柱の列を抜けて、二十二本目の向こうで消えた。返ってこない。返す壁が、そこから先に無い。


 禍体は、柱と柱の間から立った。


 人の形をしていない。柱の陰の形が同じ場所に溜まり続けて、溜まったまま形になっている。動くと、陰が伸びて、その先が見えなくなる。


 音は、砂利が砂利を押す音だった。一か所ずつではなく、六本分が同じ拍で鳴る。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、上を通る音の切れ目に入った。


「筒先!」


 水を出した。出した水は、陰の中ではなく、歩道の縁石へ当てた。当たった水が跳ねて、柱の下半分を濡らす。


 濡れた分だけ、陰の縁が見えるようになる。


「陰の縁が出た」


 蒼汰が索を十本目の柱へ投げた。投げてから、二重に取る。


「上、任せろ。柱は二十二本です」


 張った索が、柱の列の内側に一本通る。通した先で、伸びる陰が索を越えられなくなった。


 越えられないのは、索が濡れているからになる。濡らしたのは、さっきの水になる。


 ひかりが藤野の前に立った。立ってから、後ろへ半歩下がらせる。


「藤野さん。柱二本ぶん、下がってもらえますか」


「はい」


 斬った回数と、助けた回数を数える。この日、ひかりはまだ斬っていない。


 奏が棒を出した。先を広げて、歩道の側へ向ける。


「盾」


 一語だけ言って、藤野と柱の間に立った。誰かの前に立った回を数える。この日で、十八回目になる。


 寺尾がハンマーを振り下ろした。歩道の縁石の外側へ、柱を二本打つ。


「上から来る分を、ここで止める」


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に二つ増える。


 澪が二度目のソナーを構えた。


「一名。歩道に一。陰の中は零。撃てる」


 撃った。音が陰の中を通って、二十二本目で返ってきた。


「陰は、四本ぶん縮んでいます。索の内側までです」


 迅が陰の縁へ入った。入ってから、上を見ない。足元だけを見る。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、溜まり続ける向きを横から断った。断たれた先で、陰が同じ場所に溜まれなくなる。


 陰は、ただの暗がりになって柱の陰に残った。


 残った暗がりの中に、自転車がある。前の輪が外れたまま、そこにある。


*


 藤野慧は、歩道の縁石に座らされていた。座ったまま、鞄をまだ抱えている。ひかりが、その横で毛布を広げた。


「肩へ掛けてもらえますか」

「自転車でした」


 誰にも向けていない。ひかりは毛布の端を押さえた。


「そのままで大丈夫です」

「あんなに人が来ると思わなかったです」


 六人で来た。六人で来て、人はいなかった。人がいなかったことを、この高校生は自分の落ち度だと思っている。思っていることを、誰も否定しなかった。否定は、言葉ではやらない。


 奏が、その横に立っていた。ひかりが場所を空ける。


「桐島さん」

「藤野 慧さん。通報の内容に誤りがあった場合でも、こちらに不利益は生じません。以後も同様に願います」


 硬い。硬すぎる。


 藤野が、少し笑った。笑ってから、口を閉じる。迅が、その横に立っていた。


「笑っていい」

「怒られると思ってました」

「怒られません」


 迅がそう言った。六文字だった。


 藤野は、それを聞いてから鞄の抱え方を変えた。胸の前から、横へ移す。移してから、両手が空いた。空いた手を、何処にも置かなかった。


 高架の柱の列の向こうに、人が立っていた。


 十月の夕方で、風が北へ吹いている。その人の上着だけ、動いていない。


 立っているのは〈自力〉になる。迅が、そちらへ体を向けた。


「そこだ」


「見てから呼べばよかった。三十メートル歩けば、自転車だと分かった」


「三十メートルと言った」


「三十メートル歩いていれば、この六人は別の場所にいられた。今日、別の場所で誰も呼んでいないのは、たまたまになる」


 声はそう言った。誰にも向けていない。誰も言い返さなかった。


 言い返さなかったのは、それが通っているからになる。


 迅は、数を繰り返しただけで、何も言わなかった。言わずに、藤野の横へ戻った。


 戻った先で、高架下の灯りが一列消えた。


 手前の十本に落ちていた灯りが、根本から順に落ちていく。十四基のうち、点いていたのは十基になる。それが、二基まで減った。


 二十二本のうち、二十本が黒くなった。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「高架の下には立てません。上が通っています。駅前広場の、舗装のある側だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが駅前広場の舗装の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が広場の点字の並びを避けた。避けた分だけ、置ける場所が狭くなる。


> ── 回線、残り 一本。市内 受信可能 九。


 駅前広場の南口から、帰る人が見上げていた。傘を持っている人が多い。降ってはいない。


 見上げているのは、南口の階段の上と、歩道橋の途中からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は高架の側へ回した。


 回した腕が、高架の下の口を横から塞いだ。塞いだ内側に、陰が残る。


 陰の柱は、塞がれた口の外側から伸びようとした。伸びた先には、駅前広場と、傘を持った人がいる。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、陰が薄くなる。


 薄くなった中から、消えた灯りの列が出てきた。十四基の支柱が、点かないまま並んでいる。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、支柱の列を避けて、陰の芯だけを横から断った。


 断たれた先で、柱が形を保てなくなる。陰は、ただの暗がりになって高架の下へ落ちた。


 落ちた先は、さっきと同じ場所になる。灯りは点かない。


 傘を持った人たちが、そのまま高架の下を通っていった。二基だけ点いているところを選んで歩く。


 選んで歩けるのは、二基が点いているからになる。二基のうち一基は、明日の朝に切れる。切れることを、この場の誰も知らない。表に書く欄は、まだ空いたままになる。


*


 地下三層で、須永がメディックの後ろの扉の受けを見ていた。半分は、まだ半分のままになる。


「あと二日だと思います」


「二日です。全部入る受けは、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、腕の内側の時計を見た。二十三時間になる。


 梅木が街路灯の表へ、高架下の欄を書き足した。書き足してから、須永に言った。


「七月に点いてたの、やっぱり見てました」


「書いとけ」


「書きます」


 それで終わった。梅木は表を畳んで、棚の二段目へ入れた。


 三階の食堂で、六人が揃った。十月の椀は、五丁分になる。


 寺尾が六つ目の椀を最後に置いた。置いてから、湯を足す。


 久遠寺が入口から入ってきて、七つ目の椀を自分で出した。出してから、立ったまま食べる。三年、この人は座らない。椅子はある。四つある。四つとも、一度も引かれていない。


 宮ヶ瀬が地下から上がってきて、椀を受け取った。受け取ってから、腕の内側の時計を見ない。食べている間だけ、見ない。


 尾花律子だけが受信席に残った。残ったまま、椀を膝の横へ置いている。


 六人が食べた。武藤の豆腐は、切り口が今日も揃っていない。揃っていないのは、包丁が古いからになる。


 蒼汰が索の二本目の話をした。誰も聞いていない。聞いていないのに、最後まで話す。


 澪は椀を持ったまま、街路灯の表をもう一度見ていた。見てから、伏せる。


 迅が三口で食べ終わった。食べ終わってから、二人目が食べ終わるのを待つ。


 待っている間に、覚知の音が鳴った。


 六人のうち、四人の椀が残っている。


 尾花律子は受信席で受話器を取った。この日、保留は一件だった。四十八秒になる。


 用紙の一枚目には、視認 不確実、と書いてある。その下に、処理 完了、と書き足してある。


 不確実のまま完了した一件は、三年で百二十六件目になる。


 その百二十六件を数えているのは、この人だけになる。


 百二十六件のうち、掛けた人が二度目を掛けた件は、九十一件ある。掛けなかった三十五件が誰なのかは、用紙の上では分からない。


 六人は、この人に礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十七時四十六分。所要 ── 六分。

> 保留 ── 一件。最長 四十八秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 判定 ── 黒。破壊 ── 小。

> 損壊 ── 中央駅前二丁目 高架下 柱 三本 表面剥落。歩道 縁石 六メートル 破損。

>     放置自転車 一台 全損。駅前広場 点字舗装 二枚 割れ。

> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── なし。

> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。

> 照明 ── 中央駅前二丁目 高架下 十四基のうち 十二基 消灯。復旧予定 記録なし。

> 市内 管理者が決まっていない照明 三百四基 ── 復旧予定 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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