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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第073話 数が合わない

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 九月十四日 十六時十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 川沿い 三丁目。

> 第一声 ──「数が合わない」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「数が合わない」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「川沿い三丁目の、小学校の体育館です。避難所になってます」


「お名前を教えてください」


「大河内です。大河内 ふみ。自治会でやってます」


「大河内さん。何の数が合わないか、教えてください」


「人です。名簿は八十四人。三回数えて、三回とも八十三でした」


 尾花は右の欄へ、川沿い三丁目、避難所、名簿八十四、現在八十三、と書いた。四つ並べてから、差 一名、と足した。


「三回とも同じ数でしたか」


「同じです。数える人を替えても、八十三でした」


「名簿の中で、顔を確認出来ていない方を教えてください」


「分かります。神谷さんです。神谷 隆さん。七十八」


「その方の家は、何処ですか」


「家は坂の上です。避難所には来てます。来て、名前を書いてます」


 書いてから、いなくなっている。


「大河内さん。神谷さんが最後に見られたのは、いつ頃ですか」


「三十分前です。二時間前に来て、荷物を置いて、それから」


「荷物が残っているか、教えてください」


「残ってます。上着も、袋も」


 尾花はそこで秒を書いた。書いてから、次を訊く順を変えた。


「大河内さん。神谷さんを探しに、体育館から人を出さないでください」


「出しません」


「隊が出ます。着くまで、名簿を持って待っていてください」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 二つ目が光った。三つ目も光った。台風の翌日で、市内はまだ濡れている。


*


 九月十四日の三階は、窓を開けていた。台風が抜けて、北から乾いた風が入っている。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。九月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。七か月目に入った。


 昨日は置きに来られなかった。道が冠水していたからになる。今朝は、置いてある。数は五丁で、変わらない。


 寺尾剛は右の肩を回していた。回してから、椀を六つ並べる。


「まあ待て。台風の次の日は、増えた分が出る」


 二文で言って、寺尾は六つ目を端へ置いた。置く手は左だった。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本。昨日で二本濡らしました」


 言ってから、四本目を出して、結び目を一度解いた。解いてから、また同じように結び直す。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、毛布を五枚にした。


 増やしたのは、台風の次の日だからになる。濡れた人が出る日は、上げてから冷える。ひかりは、そこを毎回、道具の数で言う。


 桐島奏が、その横で自分の袋を締めていた。締めてから、腰の道具の位置を確かめる。七尾ひかりが、その手を見た。


「先に名前を訊いてもらえますか」

「七尾 ひかりさん。名前を訊いてから、次に何を訊きますか」

「痛いところです。順番は変えません」

「順番があるんですね」

「変えると、答えの方が変わります」


 奏は頷いた。頷いてから、自分の順番を口の中で三度繰り返した。


 名前、痛いところ、動かせるところ。三つを続けて言うのに、四秒掛かる。四秒を短くする方法は、まだ教わっていない。


 逢坂澪は受信席の裏で、川沿いの図を出していた。三丁目のところに、河川敷の畑の区画が入っている。


「川沿い三丁目の河川敷は、市の占用で畑が四十二区画あります」


「畑に建物は」


「小屋があります。図では十一棟。実際は、それより多いです」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「水は」


「昨日の増水で、河川敷まで上がりました。今は引いています」


 澪は言ってから、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 戸倉が地下三層から上がってきた。手に、クレーンの四本目のアウトリガーの部品を持っている。


「宮ヶ瀬さん。四本目、半拍のままです。直しますか」


「直しません。直すと、三本目の合わせが変わります」


 宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


「三年、直さないままで合っています。合っている理由は、まだ書けていません」


 言ってから、宮ヶ瀬は部品を棚へ戻した。棚には、同じ部品が三つ並んでいる。三つとも、使っていない。


 三つ作ってあるのは、直す気があったからになる。直さないと決めたのは、三つ目を作り終えた後だった。


 佐波悠が、その横を通った。通りながら、三つの部品の並びを見た。三年、同じ場所になる。


 澪が川沿いの図を机へ広げた。広げてから、河川敷の畑の区画に指を置いた。


「川沿い三丁目、河川敷。避難所の名簿と現在数の差が一名。行き先は不明です」


「畑は」


「四十二区画。堤防の内側から、川まで八十メートルあります」


「昨日は」


「全部、水の下でした。今日の午前に引いて、午後から人が入っています」


「入るなと言ってあるか」


「市が張り紙をしています。張り紙は、堤防の上の四か所です」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「河川敷の小屋の数を」


> ── 図面では十一棟です。昨年の航空写真では十九棟あります。……差の八棟は、届出の記録がありません。


「昨日の増水で」


> ── 流れたものがあります。何棟かは、分かりません。上流から来た木も混ざっています。


「上流は」


> ── 堰が二つあります。二つとも、昨日の夜に放流しています。放流の記録は、市に届いています。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 尾花の席で、二本目を取った。取るまでに、二分二十秒あった。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、同じ河川敷ですね。隊が向かっています。堤防から下りないでください」


 置いてから、三本目を取る。四本目と五本目は、まだ光ったままになる。


 置いてから、保留の時間を用紙へ書いた。書いた数字に、線は引かない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 川沿い三丁目に着いたのは、十六時二十二分になる。所要は十二分だった。


 堤防の上から見ると、河川敷は泥になっていた。昨日まで水の下にあった分だけ、草が全部倒れている。


 倒れた向きは、下流を向いている。倒れた向きの中で、一か所だけ、上流を向いている場所があった。


 上流を向いているのは、人が歩いた跡になる。歩いた向きに、草が起きている。


 大河内ふみが堤防の上に立っていた。六十一になる。手に、名簿を持っている。澪が、その名簿の縁を横から見た。


「八十三です。四回目も数えました」


 言ってから、名簿を胸の前で持ち直した。両手で持っている。


 奏がその横へ来た。澪は名簿から目を離さない。


「大河内 ふみさん。神谷 隆さんの荷物は、体育館の何処に置いてありますか」

「入って右の、壁際です。三番目の場所」

「置いてあるのは、上着と袋だけですか」

「それと、長靴が無いです。履いてきた長靴が、無い」


 長靴が無い。荷物は置いてある。行った先が決まった。


 置いていったのは、戻るつもりだったからになる。戻るつもりの人は、そう長くは行かない。


 迅が堤防を下りた。下りた先が泥で、足が二十センチ沈む。


 蒼汰が堤防の天端から見た。見てから、索を堤防の欄干へ取る。二重に回す。


「小屋は十九です。図より八つ多い」


 澪が堤防の上からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「一名。河川敷に一。川の中は零。撃てる」


 撃った。低い音が泥の中を通っていく。通った音が、位置を返してきた。


「上流から四つ目の区画。小屋の中です。図に無い八棟のうちの一つになります」


 図に無い小屋の中にいる。図に無いので、市の張り紙も貼られていない。


 張り紙のある四か所は、堤防の上になる。堤防の上まで戻れば読める。戻れる人は、そもそも入っていない。


 寺尾がハンマーを担いで、堤防の内側の法面へ回った。回ってから、足で三か所を踏む。


「まあ待て。法面が緩い。二歩内へ入って打つ」


 二文で言って、寺尾は二歩内へ入った場所へ柱を三本打ち込んだ。三本を横に並べて、頭を川の側へ倒す。


「戻る道を作る。ここを掴んで上がる」


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に一つ増える。


 上流の堰から、二度目の放流の音が来た。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黄。要救助者、待機可能。搬送を優先してください。


 黄が出た。待てる。


 待てるのは、水がまだ小屋まで届いていないからになる。届くまでの時間は、放流の量で決まる。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


 増設は言わなかった。増設の信号は、市の系統へ出る。台風の翌日で、市の系統はまだ切り替えの途中になる。


> ── 回線、残り 二本。


 六人になって、街の側は一本減った。誰も、そのことを口に出さない。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 河川敷は広い。六人の手が、泥の上で横一列に並んだ。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声は堤防に当たって、上へ抜けた。抜けた先で、体育館の窓が順に開いた。


 禍体は、上流から流れてきた木の中から立った。


 人の形をしていない。流れてきたものが同じ場所に寄り続けて、寄ったまま形になっている。木と、板と、畑の支柱が混ざっている。


 音は、木が泥を擦る音だった。一本ずつではなく、寄った分が同じ拍で鳴る。


「重装 ── 換装!」


 寺尾の肩と脚が厚くなった。厚くなった分だけ、動きが遅い。


> ── 回線、残り 零。


 空きが無くなった。台風の翌日に、市民の回線が全部塞がる。塞がっている間も、掛けてくる人はいる。掛けた側では、何も鳴らない。


 尾花の席では、四本目と五本目が保留のままになっている。


 寺尾は遅くなった体で、上流から四つ目の区画の前へ歩いた。歩いてから、そこに立った。


 立った先が、流れてくるものの正面になる。


「まあ待て。ここで受ける。後ろは小屋だ」


 二文で言って、寺尾は動かなくなった。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、木の音の下から出てくる。


「斧!」


 振り下ろした先は、禍体ではなく、寄ってくる木の束の一本になる。束を割って、割った先を下流へ流す。


 流した分だけ、寺尾の正面が薄くなる。


 ひかりが小屋の戸へ回った。戸は内側から押さえてある。押さえているのは、中の人になる。


「神谷 隆さん。七尾です。開けますね」


 返事は無い。ひかりは戸を引かなかった。引かずに、横の板を一枚外した。


 外した穴から、中が見えた。七十八の人が、床に座っている。両手で戸を押さえている。


「痛いところを、教えてもらえますか」


 名前の次は、痛いところになる。順番を変えない。


「無い」


 答えは短かった。短くても、答えは答えになる。


 斬った回数と、助けた回数を数える。ひかりはこの日、板を一枚斬って、一人を出した。


 澪が二度目のソナーを構えた。


「一名。小屋の中に一。上流に零。撃てる」


 撃った。音が河川敷を通って、上流の堰の下で返ってきた。


「二度目の放流が来ています。八分で、ここまで届きます」


 八分ある。八分のうちに、一人を堤防の上まで上げる。歩ける人になる。歩ける人は、担がない。担ぐと、こちらの足が泥へ沈む。


 蒼汰が索を小屋の前まで下ろした。下ろしてから、輪を作る。


「上、任せろ。堤防まで四十二です」


 迅が禍体の腹へ入った。入る前に、後ろを一度だけ見た。


 見た先で、ひかりが神谷を立たせている。立たせてから、寺尾の柱三本の方へ歩かせている。


 見てから、迅は前を向いた。向いてから、動かなくなった。


 押された。二度、三度と続けて、同じ肩に来る。当たる音が、木の音の下で鈍く鳴る。


 迅は引かなかった。位置を変えなかった。変えないまま、後ろで神谷が柱を掴んだ。


 掴んで、堤防の上まで上がりきった。


 上がりきったところで、初めて足を出した。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、寄る向きを横から断った。断たれた先で、木が木に寄れなくなる。


 木は、ただの木になって泥の上へ散った。散った先で、下流を向いて止まる。


 寺尾の重装が、そこで解けた。


> ── 回線、残り 二本。


 蒼汰が索を解いて、手繰った。四本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。


*


 神谷隆は、堤防の上に座らされていた。七十八になる。長靴が泥で重い。ひかりが、その横にしゃがんでいる。


 大河内ふみが、その前に立っていた。名簿は、まだ両手で持っている。


「八十四になりました」


 言ってから、大河内は名簿の神谷の行に、印を付けた。付けてから、また数え直した。


 四回目まで数えて、八十三だった。五回目で、八十四になる。


 数え直したのは、印を付けたあとになる。付けてからでも、数え直す。三年、この人は自治会でそうしてきた。


「畑を見に行った」


 神谷はそう言った。誰にも向けていない。言ってから、続けた。


「二十年やってる。水が引いたら、見に行くもんだと思ってた」


 誰も、それを否定しなかった。二十年やってきたことを、否定する立場に誰もいない。


 河川敷の畑は、市の占用になる。占用の書類には、水が引いたあとのことは書いていない。


 体育館の入口に、子どもが二人立っていた。上の子が七歳くらいで、下の子はもっと小さい。


 上の子が、右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。


 誰も教えていない。この子は、体育館の窓から堤防の上を見ていた。


 下の子が、それを見て真似した。高さが合っていない。耳より下で止まっている。


 上の子は直さなかった。直す言葉を持っていない。持っていないまま、自分の手を少し下げた。


 堤防の下流の端に、人が立っていた。


 九月の夕方で、風が北へ吹いている。その人の手元に、紙を挟んだ板があった。


 立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。迅が、堤防の上からそちらを見た。


「堤防の下流に立ってる」

「避難所で数が合わなくなる件は、市内で年に十九件です」

「年に十九件と言った」

「十九件のうち、十七件は自分で戻ってきています。二件が、こちらから探しに行った件になります」


 声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。迅は数を繰り返しただけで、何も言い返さなかった。


「二件はこっちが行った」

「二件とも、見つかっています。見つからなかった件は、記録にありません」


 言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、体育館の方を見なかった。


 記録に無いのは、無かったからになる。無かったのか、書いていないのかは、板の紙には出ない。


 二件のうちの一件を、この街の隊が数えている。数えている紙は、板の紙とは別のところにある。


 〈統計〉は、堤防の道を下流へ歩いていった。歩いた先の泥に、足跡が残らない。


 上流の堰から、二度目の放流が来た。


 来たのは、水だけではない。八分で届くはずのものが、六分で届いている。


 届いた水が、河川敷の高さを越えて、そこで立った。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「河川敷には立てません。泥です。堤防の天端の、舗装のある側だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが堤防の上で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、クレーンの四本目のアウトリガーが、半拍遅れて張った。三年、直していない。


> ── 回線、残り 一本。


 堤防の内側から、八十四人が見上げていた。体育館の窓が全部開いている。


 見上げているのは、体育館の窓と、堤防の内側の坂からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は堤防の天端へ寝かせた。


 寝かせた腕が、堤防の上に一本の線を作った。


 線の内側が体育館で、外側が河川敷になる。線が引かれると、数えられる。


 水の柱は、寝かせた腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、体育館がある。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、水が薄くなる。


 薄くなった中から、畑の支柱が出てきた。四十二区画分の支柱が、束になって回っている。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、束を横から抜いた。抜けた先で、柱が形を保てなくなる。


 水は、川へ落ちた。落ちた水は、下流へ行く。


 落ちる音のあと、体育館の窓から声が上がった。八十四人分の声になる。上がった声の中に、堤防の上に座っている一人の分も入っている。


*


 地下三層で、戸倉がクレーンの四本目のアウトリガーを見ていた。半拍のままになる。


「今日も半拍でした」


「半拍でした。半拍を直した形は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いて、それ以上は足さなかった。


 佐波が索の泥を落としていた。四本とも河川敷へ下ろしている。落としてから、戸倉に言った。


「あの人、動く前に一度、後ろを見ました」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。佐波は索を巻き取りへ戻して、口を締めた。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。九月の椀は、五丁分になる。


 右の肩は、まだ回りきらない。左手で鍋を持って、右手は添えるだけにしてある。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、二分二十秒になる。件数は五件だった。


 台風の翌日で、五件になる。五件のうち三件は、同じ河川敷からだった。三件とも、堤防の上から掛かっている。


 残る二件は、丘の上と山側になる。どちらも、待たせた。


 第一声の欄には、数が合わない、と書いてある。漢字のままにした。この人は、何が合わないかを名指し出来ている。


 三回数えて、三回とも同じ数だった人になる。数える人を替えても、同じだった。


 六人は、この人に礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十六時二十二分。所要 ── 十二分。

> 保留 ── 五件。最長 ── 二分二十秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 損壊 ── 川沿い三丁目 河川敷 小屋 六棟 全壊。畑 三十一区画 冠水。

>     堤防 天端 舗装 一部 破損。占用地 支柱 多数 流出。

> 救助 ── 一名。搬送 ── なし。避難 ── 八十四名。

> 仮設 ── 支柱 三本 設置。撤去 ── 未定。

> 市内 河川敷占用地のうち 図面に無い建物がある区画 八か所 ── 届出 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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