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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第071話 静かすぎる

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 八月二十四日 十七時三分。

> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 中央駅前 一丁目。

> 第一声 ──「静かすぎる」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「静かすぎる」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「中央駅前一丁目です。そちらの、向かいの事務所」


「お名前を教えてください」


「井坂です。井坂 弓子」


「井坂さん。何が静かか、教えてください」


「そちらです。第七支部さん。五時のサイレンが、鳴りませんでした」


 尾花は書く手を止めなかった。止めないまま、壁の時計を見た。十七時三分になる。


「三分前に鳴ったはずです。こちらでは鳴りました」


「鳴ってません。うちの窓、開いてます。三年、毎日聞いてます」


 尾花は右の欄へ、中央駅前一丁目、第七支部庁舎、外部への吹鳴 確認出来ず、と書いた。三つ並べてから、庁内では鳴動、と足した。


「井坂さん。ほかの音は聞こえていますか。車とか、人の声とか」


「聞こえます。うちの前の道は、いつもどおりです」


「そちらの建物の中の音は」


「聞こえます。うちの中は、普通です」


 聞こえないのは、こちらだけになる。庁舎の音が、庁舎の外へ出ていない。中の音は、中で普通に鳴っている。


「窓を閉めていただけますか。そのまま、事務所の中にいてください」


「閉めます」


「電話は切らないでください。切れたら、また掛けてください。こちらから折り返すまで、そのまま待っていてください」


「切りません」


 尾花はそこで秒を書いた。書いてから、受信席の椅子の上で、一度だけ後ろを向いた。誰もいない。向き直ってから、何も言わなかった。


 三年、この席で後ろを向いたことは無い。向く用が無いからになる。用の無いことを一度やって、それを記録に書く欄も無い。


 枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。二つ目は、まだ光らない。


*


 八月二十四日の三階は、窓が開いていた。三時の風が入っていて、十七時にはもう止んでいる。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。八月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。六か月目に入った。


 三階の食堂は、この時刻が一番落ち着く。当直が入れ替わる前で、出場が無ければ、誰も喋らない三十分がある。


 寺尾剛は椀を六つ、布の上に伏せていた。伏せてから、乾き具合を指の腹で見る。


「まあ待て。今日は湿ってる。伏せる向きを変える」


 二文で言って、寺尾は六つとも縁を少し浮かせた。浮かせた分だけ、下の空気が通る。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本。今日はまだ乾いたままです」


 言ってから、四本目を出して、結び目を一度解いた。解いてから、また同じように結び直す。出ていない日でも、やる。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の口を締めた。


 桐島奏は、二階の受信室の壁の前に立っていた。


 壁に紙が一枚貼ってある。名乗りの紙になる。七行分の枠が引いてあって、六行に字が入っていた。


 六行目の字だけ、色が濃い。書かれてから、まだ一月経っていない。


 奏は、その紙を見ていた。見ていることを、尾花は知っている。知っていて、何も言わない。書いたのが誰かも、言っていない。


 紙の前に立つのは、この一月で四度目になる。四度とも、同じ長さだけ立って、同じ側へ歩いていった。


 逢坂澪は受信席の裏で、市内の地図を出していた。出しただけで、まだ広げていない。広げる前に、掛かってきた場所を聞いてしまった。


 五時のサイレンは、三分前に鳴った。庁舎の中では、全員が聞いている。聞いていて、外で鳴らなかったことを、誰も知らない。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 鳴った音は、庁舎の中では普通に聞こえた。


 澪が市内の地図を机へ広げた。広げてから、指を置く場所を探して、置かなかった。


「発信地は、この建物の向かいです」


「距離は」


「二十二メートル。道を挟んで、真向かいになります」


「出るのか」


「出る先が、ここになります」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「所要は」


「零分です」


 澪はそう言ってから、地図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。線を引く先が無い。


「アンサー」


> ── はい。


「五時の吹鳴の記録を」


> ── 十七時ちょうどに、庁内の系統から出力しています。記録では、外部の吹鳴器へも同じ信号が出ています。


「出ているのに」


> ── 鳴っていないという通報があります。両方が正しい場合、途中で音が消えていることになります。……音が消える経路は、記録にありません。


「今、庁内に何人いる」


> ── 分かりません。


 久遠寺は、そこで一度、掲示板から目を離した。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 この日は、その一言の意味が違った。分からないと言われる場所が、いつもは外にある。この日は、この建物の中になる。


「数えられないのか」


> ── 数えられます。数えた結果が、名簿と合っていません。……差が一名です。


「何処だ」


> ── 分かりません。数の差だけが出ています。場所を出す仕組みが、こちらにありません。


 庁舎の中の人数を数える仕組みは、三年前に入れてある。入れたのは、出場中の残り人数を出すためになる。多い側を数える想定が、無い。


 尾花の席で、二本目が光った。取るまでに、一分十二秒あった。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、同じ建物ですね。今、こちらで確認しています。中へは入らないでください」


 置いてから、保留の時間を用紙へ書いた。書いた数字に、線は引かない。


 澪が地図から指を離した。指を離した先に、線は引かれていない。


「座標、出た」


 三年で、一番短い座標になる。ここ、としか言えない。言った先で、誰もポールへ向かわなかった。向かう先が下ではなく、同じ建物の中になる。


*


 地下二層は油の匂いがする。三年、この匂いだけが季節に関わらない。


 佐波悠は、レスキューの器具箱の前にしゃがんでいた。七つ目の蓋の留め金を、片方だけ外している。


 地下二層には、この時刻、四人いる。宮ヶ瀬と、梅木と、佐波と、戸倉になる。名簿でも四人になっている。


 この階の人数は、日によって変わらない。夕方の当直に入る前が、一番少ない時刻になる。


 佐波は工具を落とした。十九の時から数えて、六十七本目になる。落とした本数を数えている人間が、この階に一人いる。


 鉄の床に当たって、二度跳ねた。二度目の音の方が高い。


 三人が振り向いた。四人目は、振り向かなかった。


 佐波は、そこで動かなくなった。しゃがんだまま、目だけを上げる。上げた先で、数える。三人と、その向こうで一人になる。


 数えるのは、三年やってきたことになる。工具の本数を数え、蓋の歪んだ回数を数え、予備の箱の中身を数えてきた。数えた結果を言わないことにも、慣れている。


 この日は、言った。


 四人目は、二番目の作業台の向こうに立っていた。背丈は人と同じになる。顔に、送話口が無い。


 黒い。全身が黒くて、光を返さない。地下二層の灯りが、その形の縁で消えている。


 消えている、というのが正しい。影が落ちていない。影の代わりに、光の方が無くなっていた。


 この階の灯りは天井に十二ある。十二とも点いている。点いているのに、その一角だけ、明るさが足りない。


 足りない分を、誰も測れない。測る道具が、この階に無い。


 佐波は声を出さなかった。出さずに、落とした工具をそのままにして、立ち上がった。三年、この階で声を出したことがほとんど無い。数える係は、声を使わない。


 立ち上がる音で、三人がまた振り向いた。


 四人目は、まだ振り向かない。


「宮ヶ瀬さん」


 佐波の声は、それだけになった。


 宮ヶ瀬佳代が振り返って、そちらを見た。見てから、盤の縁の非常の釦へ手を伸ばして、押さなかった。


「押すと、音が出ます。音を出さない方が、こちらは動けます」


 宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 言ってから、無線の押し釦を一度だけ叩いた。二回で、地下二層。決めてある符号になる。


 一回が一階、二回が地下二層、三回が地下三層。四回は屋上で、五回は無い。五回を決めなかったのは、五回叩く余裕のある事態を想定していないからになる。


 三年で、一度も使ったことがなかった。決めたのは三年前で、決めた日から誰も触っていない。触らないものが庁舎の中に幾つあるかを、宮ヶ瀬は把握している。把握しているものが今日、一つ減った。


 叩いた音は、地下二層の中でしか鳴らない。上の階では、盤の隅の灯りが二度点くだけになる。


*


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


 増設は言わなかった。増やすと、市内の系統へ信号が出る。この日は、庁舎の中で何かが音を止めている。出した信号が、そこで消える見込みがあった。


 消えた信号は、増えたことにならない。増えたことにならないまま、一本使う形になる。


> ── 回線、残り 二本。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。地下二層の天井は低い。六人の手が、機体の間で並んだ。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声は自分の建物の壁に当たって返った。返った先が、自分たちの背中になる。壁が近い分だけ、返りが速い。


 ここで名乗ったのは、三年で初めてになる。名乗るのは、着いた先でやることだった。着いた先が自分の建物になる日を、誰も想定していない。


 四人目は、動かなかった。


 奏が一歩前へ出た。出てから、棒を出さずに立った。迅が半歩下がって、場所を空ける。


「そっちに任せる」

「お名前を教えていただけますか」


 誰も止めなかった。奏は、要救助者に必ずそう訊く。訊く相手を、この日は間違えていない。目の前にいるものが何なのかを、まだ誰も決めていない。


 返事は無かった。迅は、そのまま動かない。


「聞こえてないだけだ」

「聞こえていましたら、手を上げていただけますか」


 返事は無かった。手も上がらない。動くものが一つも無い。


 三度目は訊かなかった。訊かなかったのは、返事が無いからではない。二度訊いて返らない時は、それ以上の時間を使わないと決めてある。決めたのは、この人自身になる。


 奏は棒を出して、先を広げた。


「盾」


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、地下二層の天井で二度返る。


「斧!」


 振り下ろした先は、四人目ではなく、その足元の床になる。床の鉄板が鳴った。


 鳴った音で、初めて四人目が動いた。動きは速くない。歩く速さで、機体の間を抜けてくる。


 寺尾がハンマーを持った。持って、そのまま構えない。


「まあ待て。打つと上が抜ける。上は指令室だ」


 二文で言って、寺尾はハンマーを床へ置いた。置いてから、素手で機体の間へ入る。


 柱は打てない。打つ床の下に、三層がある。三層には、五機が伏せている。伏せている上へ柱を通すことは出来ない。


 寺尾が三年で初めて、ハンマーを置いた側に立った。


 蒼汰が索を天井の梁へ掛けた。掛けてから、二重に取る。


「梁は八本。三本目だけ配管です」


 配管を避けて張った。張った索が、機体と機体の間を塞ぐ。塞いだ分だけ、通れる道が一本になる。


 一本にするのは、追い込むためではない。ほかの道へ行かせないためになる。行った先に、階段がある。階段の上は、指令室になる。


 澪はソナーを構えなかった。構えると、壁の向こうまで音が抜ける。抜けた先は、指令室になる。


「零。周りに人はいません。撃たない」


 三年で、初めて撃たない側を言った。撃つ前に人数を言うのは、撃つためだった。この日は、人数を言ってから撃たない。


 言った先の人数は零になる。零でも、壁の向こうに指令室がある。


 ひかりが機体の陰から、佐波と梅木を後ろへ下がらせた。下がらせてから、自分が前へ立つ。


「ここから先は、私の後ろにいてもらえますか」


 佐波は下がった。下がりながら、落とした工具を拾った。六十七本目になる。拾って、腰の袋へ戻した。戻す場所は決まっている。


 通れる道は一本しかない。その一本の先に、迅が立った。立った場所の後ろに、五人と、整備班の四人がいる。


 三年で、後ろに九人いる現場は初めてになる。


 殴られた。二度、三度と続けて、同じ肩に来る。当たる音が、鉄の床の下で鈍く鳴る。


 迅は引かなかった。位置を変えなかった。変えないまま、後ろで四人が壁際へ寄っていく。


 寄りきったところで、初めて足を出した。


 斧は使わない。使うと、機体に当たる。


 迅は素手で四人目の襟の高さを掴んで、通路の奥へ引いた。引いた先は、車両を出した後の空きになる。


 空きは、幅が六メートルある。六メートルの中でなら、振っても機体に当たらない。上に何があるかは、澪が先に言っていた。空きの上は、一階の出場口になる。人はいない。


 空きの真ん中まで来たところで、蒼汰の索が上から下りた。


「上、任せろ」


 索が四人目の胴へ二重に回った。回してから、蒼汰が引く。引いた先で、四人目の足が床から二十センチ浮いた。浮いた分だけ、床に力が掛からない。


 迅がギアの柄をもう半回転させた。噛む音が、今度は一度で止まる。


「筒先!」


 水を出した。出した水は、四人目へは当てない。床へ当てて、油の膜を流す。流れた床の上で、四人目が立ち直せなくなる。


 斬った回数と、助けた回数を数える。ひかりはこの日、一度も斬らずに二人を後ろへ下げた。


 迅が肘で、四人目の胸の高さを一度だけ押した。振らない。振れば、後ろの機体に当たる。押すだけの一手になる。


 押した先で、形が崩れた。崩れる時、何も言わなかった。


 三年、この戦闘員は一度も何も言っていない。消える時も、何も言わない。ほかの現場で消えたものは、消える前に空気が動いた。この日は、それも無かった。


 地下二層に、油の匂いだけが残った。


 残った匂いの中で、十二の灯りが同じ明るさに戻っている。戻ったことに気付いたのは、この階にいた四人だけになる。


*


 外の吹鳴器が鳴ったのは、それから二分後になる。


 試験の時刻ではない。十七時十一分になる。宮ヶ瀬が手で鳴らした。


 向かいの事務所の窓が開いて、井坂弓子が顔を出した。三十八になる。電話は切っていない。


「鳴りました」


 尾花は、その声を受信席で聞いた。聞いてから、用紙の欄へ、外部吹鳴 確認、と書いた。


 書いてから、切ってくださいとは言わない。井坂の方が先に切った。切る前に、ありがとうございました、と言っている。


 その言葉は、用紙のどの欄にも入らない。入らないので、書かない。三年、この人は書かないままにしている。


 地下二層では、佐波が二番目の作業台の向こうに立っていた。


 立っていた場所を、床から見ている。何も落ちていない。跡も無い。油の膜が流れた分だけ、床の色が変わっている。それは自分たちが流した水になる。


 三人が振り向いて、一人が振り向かなかった。それだけが起きたことになる。


 梅木が、その横に来た。面を上げるのが速い。


「何本目でした」


「六十七本目です」


「数えてたの、俺だけだと思ってました」


 梅木はそう言って、面を下ろした。下ろす前に、一度だけ二番目の作業台の向こうを見ている。


 庁舎の外の歩道に、傘を差した人が立っていた。


 八月の夕方で、雨は降っていない。それでも、その傘は開いている。


 差しているのは〈遠慮〉になる。


 立っているのは、道の向かい側だった。庁舎の側ではない。二十二メートルある。


 傘の下には、誰も入っていない。


「ご迷惑ですから」


 声はそう言った。誰にも向けていない。庁舎の方も見ていない。


 言ってから、〈遠慮〉は傘を持ち替えた。持ち替えた先で、傘の柄が庁舎の側へ二センチ寄る。


 寄っただけで、道は渡らない。渡らないまま、駅の方へ歩いていった。


 歩いた先の歩道が、そこだけ音を返していなかった。誰も、その音を聞いていない。聞いていないので、誰も気付かなかった。


*


 地下二層で、宮ヶ瀬が二番目の作業台の脚を見ていた。


 脚の根元に、擦れた跡が一つある。鉄の床の塗装が、そこだけ薄くなっていた。薄くなっている形は、細い。何かが立っていた分の幅になる。


「削れています」


「削れました。削れない床は、まだ作れていません」


 言ってから、宮ヶ瀬は自分で言い直さなかった。作れていないものを一つ言う。それだけになる。


 戸倉が、その跡を指の腹で撫でた。撫でてから、手を離す。


「いつからだ」


「分かりません」


 答えたのは佐波になる。分からないと言えるのは、この階では機械だけではない。


 三年、この階の記録は毎日付けている。付けている記録に、床の色の欄が無い。


 梅木が、二番目の作業台の位置を測り直していた。測っても、図と同じ場所にある。動いていない。


 動いていないのに、脚の根元が削れている。削れる向きは、図には書いていない。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。八月の椀は、五丁分になる。


 伏せた六つを起こして、並べ直した。並べ直す順は変えていない。この日は、六つとも使われないまま棚へ上がった。上がる前に、寺尾は六つ目の縁を指の腹で一度撫でている。


 二階の受信室の壁で、名乗りの紙の六行目が、まだ濃い。


 七行目の枠は、白いまま薄くなっている。その下に、細い線が一本ある。消した跡になる。誰も見ていない。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、一分十二秒になる。件数は一件だった。


 所要の欄には、零分、と書いた。三年で初めて書く数字になる。書いてから、線を引かなかった。


 第一声の欄には、静かすぎる、と書いてある。漢字のままにした。この人は、何が起きているかを名指し出来ている。


 名指し出来ていたのは、外にいた人だけになる。中にいた者は、誰も名指し出来なかった。


 六人は、この人に礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十七時三分。所要 ── 零分。

> 保留 ── 一件。最長 ── 一分十二秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 損壊 ── 第七支部 庁舎 地下二層 床 鉄板 一部 変形。天井 配管 一本 破損。

>     二番目の作業台 脚 擦過。外部吹鳴器 異常なし。

> 救助 ── なし。搬送 ── なし。避難 ── なし。

> 出場 ── なし。機体 五機 地下三層 待機。

> 第七支部 庁舎 侵入 一件 ── 侵入経路 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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