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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第五巻

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第069話 錆びてます

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 八月十日 十時五分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 湾岸 二丁目。

> 第一声 ──「錆びてます」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「錆びてます」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「湾岸二丁目の、古い桟橋です。先の方。海に六十メートル出てるやつ」


「お名前を教えてください」


「寺内です。寺内 巧」


「寺内さん。何が起きているか、教えてください」


「床が抜けました。下の鉄が、錆びてます。手で触れて崩れるくらい」


「落ちた方はいますか」


「一人、脚が落ちました。今は上がってます。脛を切ってます」


 尾花は右の欄へ、湾岸二丁目、旧桟橋、床板脱落、負傷一名、と書いた。四つ並べてから、先端 取残し、と足した。


「今、桟橋の先に何人いますか」


「七人です。ぼくを入れて七人」


「岸まで戻れますか」


「戻れません。抜けたところが、途中にあります。幅が二メートルくらい」


「跳べそうか、教えてください」


「跳べる人もいます。でも、跳べない人がいます」


「では、誰も跳ばないでください。全員、先の方で待っていてください」


「はい」


「切っているところを教えてください。脛のどのあたりですか」


「膝の下です。血が出てます」


「押さえられるものはありますか。タオルでも、上着でもかまいません」


「あります」


「では、その上から強く押さえてください。手を離さないでください。持ち上げないで、押さえたままでいてください」


「押さえます」


 尾花はそこで秒を書いた。書いてから、次を訊く順を変えた。


「寺内さん。桟橋の板を、これ以上踏んで確かめないでください」


「確かめません」


「隊が出ます。着くまで、七人一緒に待っていてください」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 二つ目が光ったのは、そのすぐあとになる。


*


 八月十日の三階は、朝から風が無かった。海側の窓を開けても、入ってこない。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。八月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。六か月目に入った。


 寺尾剛は椀を洗っていた。六つある。洗うのは早い。乾かすのは遅い。


「まあ待て。海の日は、手袋を先に見る。錆は指の腹から入る」


 二文で言って、寺尾は手袋を六組並べた。並べてから、六組目の指先を裏返して見る。新しい分になる。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています。海の日は、四本目を使いません」


 言ってから、四本目を袋の外へ出した。出してから、また戻す。使わないと言ったものを、いつも持っていく。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、止血の当てを袋の上へ移した。


 上へ移したのは、海だからになる。海で切ると、傷が濡れる。濡れた傷は押さえにくい。ひかりは、そこを毎回、道具の置き場所で言う。


 桐島奏が、その手元を見ていた。見てから、自分の袋の同じ場所へ、同じものを入れる。


「七尾 ひかりさん。押さえる時は、どのくらいの強さですか」


「離してはいけない強さです。強さは、手が覚えます」


 ひかりは自分の掌を、奏の掌の上へ一度重ねた。重ねてから、離した。


 奏は自分の掌を見た。見てから、握って開いた。開いた形が、重ねられた時の形と少し違う。違うことは、自分では分からない。


 逢坂澪は受信席の裏で、湾岸の図を出していた。二丁目のところに、古い桟橋の線が点線で入っている。


「湾岸二丁目の桟橋は、供用が止まっています。止まったのは十二年前です」


「止まっているのに」


「柵が外れています。外れたのは、いつか記録がありません」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「人は入るか」


「入ります。釣りの人が、毎週入っています」


 澪は言ってから、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 覚知の音が鳴った。


 地下二層で、宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。盤の右の隅に、赤い点が一つ出ている。


「湾岸の中継が一つ落ちています」


 言ってから、宮ヶ瀬は奏の方を見た。


「増やす先が、今日はありません」


 宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


「直せますか」


「直せません。市の設備です。こちらからは触れません」


 奏は頷いた。頷いてから、コーラーを腰から外して、掌に載せる。円盤の数字は、いつもと同じ並びになっている。


 増やせない日でも、回すことは出来る。回した先が、増えないだけになる。


 梅木が地下三層から上がってきた。手に、ウイングの脚の受けを持っている。


「宮ヶ瀬さん。海側は今日も塩です。拭いても、次の日には白くなります」


「白くなります。塩の乗らない受けは、まだ作れていません」


 速水が受信席で、湾岸の図を広げた。広げてから、桟橋の線を指でなぞる。


「六十メートル。あ、いえ、六十二です」


「どっちだ」


「六十二です。図の縮尺で測りました」


 言ってから、速水は定規を落とした。落とした定規を拾って、もう一度測る。同じ数字が出た。


 澪が湾岸の図を机へ広げた。広げてから、桟橋の線に指を置いた。


「湾岸二丁目、旧桟橋。全長六十二メートル。先端に七名、うち一名が負傷しています」


「抜けたのは」


「岸から四十メートルの地点です。幅二メートル。床板が三枚、落ちています」


「下は」


「海です。水深四メートル。潮は上げ潮になります」


「船は」


「入れません。桟橋の下は、杭が密です。船が寄れる幅がありません」


「上からは」


「ウイングを下ろす場所がありません。桟橋の幅が三メートルです」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「桟橋の点検の記録を」


> ── 最後の記録は十二年前です。供用停止の判断は、その時に出ています。……停止のあとの記録は、ありません。


「柵は」


> ── 記録では、二か所に設置されています。現在あるかどうかは、分かりません。


「錆の進み方は」


> ── 海水面と空気の境で、一番速く進みます。潮の上げ下げで濡れて乾く帯になります。……何処が残っているかは、叩いてみるまで出ません。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 尾花の席で、二本目が光ったままになっていた。取るまでに、二分四十四秒あった。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、同じ桟橋ですね。隊が向かっています。岸から桟橋へ入らないでください」


 置いてから、三本目を取る。三本目も湾岸からになる。


 置いてから、保留の時間を用紙へ書いた。書いた数字に、線は引かない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 湾岸二丁目に着いたのは、十時二十分になる。所要は十五分だった。


 湾岸の道は、朝の荷役で詰まる。詰まった分だけ、時間が伸びた。十五分は、この夏で一番長い所要になる。


 伸びた五分の間に、桟橋の上では何も起きていない。何も起きないことは、着くまで分からない。


 桟橋は、岸から真っ直ぐ海へ出ている。手前の柵は、片方だけ立っていた。もう片方は根元から折れて、横に倒してある。


 倒したのは、誰かになる。いつかは分からない。


 柵の内側の板には、踏まれた跡が付いていた。真ん中だけ色が薄い。毎週、同じ場所を歩いている人がいる。


 四十メートル先で、床が抜けていた。抜けた場所の向こうに、七人が固まっている。


 七人のうち一人が座っていた。二十八になる。膝の下を、連れが両手で押さえている。


 押さえているのは寺内巧で、三十一になる。押さえたまま、顔だけこちらへ向けた。押さえはじめてから、十五分になる。掌の位置を一度も変えていない。


 迅が抜けた場所の縁で足を止めた。


「離すな」


「離してません。ずっと押さえてます」


「離さないでいてくださって、助かります」


 ひかりがそう言った。一度返してから、頼む型で続ける。


「そのまま、あと少しだけ持っていてもらえますか」


 寺内は頷いた。掌の下が、赤く濡れている。上着で押さえていて、その上着の袖の方まで色が変わっていた。


 下の鉄骨が見える。断面が、粉になっていた。手を触れる前から、崩れているのが分かる。


 蒼汰が索を岸のビットへ取った。取ってから、二重に回す。


「上、任せろ。桁は二本。左は生きてます」


 澪が岸からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「七名。桟橋の先に七。海中に零。撃てる」


 撃った。低い音が鉄の中を通っていく。通った音が、残っている場所の形を返してきた。


「生きているのは、左の桁だけです。右は四十メートルから先が全部抜けています」


 左の桁は、幅が二十センチしかない。七人が渡る幅ではない。片足を置ける。両足は置けない。


 寺尾がハンマーを担いで、抜けた場所の手前まで出た。出てから、足で三か所を踏む。


「まあ待て。ここから先は片側だ。俺が二本立てる」


 二文で言って、寺尾は生きている左の桁の上へ柱を二本打ち込んだ。二本の頭を横へ倒して、板を渡す場所を作る。


「幅を作る。二人ずつ渡す」


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に一つ増える。


 海の側から、音が上がった。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


 増設は言わなかった。増やす先が、この日は無い。


> ── 回線、残り 二本。


 六人になって、街の側は一本減った。誰も、そのことを口に出さない。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 桟橋の幅は三メートルしかない。六人の手が、二列で並んだ。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声は海の上へ出た。返ってくるものが無い。返らないまま、先の七人へ届いた。


 禍体は、桟橋の下から立った。


 人の形をしていない。錆が同じ場所で膨らみ続けて、膨らんだまま形になっている。触れたところから、鉄が粉になる。


 音は、鉄が鉄から剥がれる音だった。一か所ずつではなく、六十二メートルが同じ拍で鳴る。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、剥がれる音の下から出てくる。


「筒先!」


 水を出した。出した水は、錆へは当てない。左の桁の上から流して、粉を海へ落とす。


 落とした分だけ、掴む場所が残る。残す側に水を使うのは、三年で二度目になる。


 奏が抜けた場所の縁に立った。棒を出して、先を細くする。


「聴」


 一語だけ言って、桁へ当てた。当てた先で、目を閉じる。


「左の桁、二十二メートル先まで音が通ります。その先は、返りが変わります」


 二十二メートルまでは渡れる。その先は、分からない。分からない側へは、誰も出さない。


 ひかりが寺尾の作った板の上を渡った。渡ってから、座っている男の横へ入る。


「岸さん。手はそのままで、私が上から重ねます。離すのは、私が言ってからにしてもらえますか」


 岸は頷いた。ひかりは寺内の掌の上へ自分の掌を重ねて、そのまま位置を確かめた。


 確かめてから、当てを差し入れる。差し入れる時だけ、寺内の手が一秒離れた。


「もう一度、上から」


 寺内が押さえ直した。ひかりが上から巻いて、締める。


 締めてから、脚の下へ座布団ほどの厚みを入れた。心臓より高くする。


「痛いところが、動かした時だけなら大丈夫です。じっとしていてもらえますか」


 岸は動かなかった。血の色は、上着の袖から先へは行かなかった。


 斬った回数と、助けた回数を数える。ひかりはこの日、一度も斬らずに一人へ当てを入れた。


 二人ずつ渡した。板の幅は五十センチしかない。渡る人は横を向いて、腰の索を持ったまま足を送る。


 四人渡ったところで、板の下の桁が鳴った。


 蒼汰が索を張り直した。張った索を、渡る人の腰へ回す。


「上、任せろ。一人ずつなら持ちます。二人だと二十センチ沈みます」


 残りの三人を、一人ずつ渡した。最後が岸で、担架のまま板の上を通った。


 通ったところで、板の下の桁が四十センチ沈んだ。


 迅が桁の上へ乗った。乗って、そこに立った。


 沈んだ分を、体で押さえている。押さえられるのは、四十センチのうち十センチになる。


 押された。二度、三度と続けて、同じ肩に来る。当たる音が、鉄の音の下で鈍く鳴る。


 迅は引かなかった。位置を変えなかった。変えないまま、後ろで担架が岸へ着いた。


 着いたところで、初めて足を出した。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、膨らむ向きを横から断った。断たれた先で、錆が錆を掴めなくなる。


 錆は、ただの粉になって海へ落ちた。落ちた先で、水の色が一度だけ茶色くなる。


 蒼汰が索を解いて、手繰った。三本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。


 四本目は、使わなかった。使わないと言って持ってきた分になる。


*


 岸に上がった七人は、荷役の道の縁に座っていた。八月の日が、真上から来ている。


 岸は担架のまま、日陰へ移された。移してから、ひかりが巻いた上を一度触った。血は、上着の袖から先へ行っていない。


 寺内巧が、その横に立っていた。掌を見ている。乾いて、色が変わったままになっている。


「洗ってきてもらえますか。海の水ではなく、道の水道でお願いします」


 ひかりがそう言った。寺内は行かない。行かずに、担架の横へ座った。


 奏が、その横へ来た。


「寺内 巧さん。あの柵は、いつから倒れていましたか」


「知りません。行きはじめた時から、あの形でした」


「何年になりますか」


「四年、五年」


 奏は書かなかった。書くものを持っていない。持っていないまま、覚えた。


 四年か五年になる。その間に、この桟橋の記録は一行も増えていない。増えていないことと、人が入っていたことは、別々の場所に書いてある。


 桟橋の付け根に、傘を差した人が立っていた。


 八月の午前で、雨は降っていない。日は真上にある。それでも、その傘は日を遮る向きに開いていない。


 差しているのは〈遠慮〉になる。


 傘の下には、誰も入っていない。入れる場所はある。七人は道の縁にいて、そこまで十メートルある。


 〈遠慮〉は、そのまま立っていた。


「ご迷惑ですから」


 声はそう言った。誰にも向けていない。


 言ってから、傘の柄を持ち替えた。持ち替えた先で、傘の下の影が二十センチ動く。


 動いた先に、誰もいない。


 〈遠慮〉は傘を畳まない。畳まずに、桟橋の方へ向き直った。


 桟橋の下で、海が持ち上がった。


 持ち上がったのは、杭の間に溜まっていた分になる。十二年、誰も浚っていない。溜まっているのは、砂と、貝と、落ちた鉄になる。


 持ち上がった水が、桟橋の高さを越えて、そこで立った。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「桟橋には乗れません。杭が保ちません。岸壁の、荷役の敷石の上だけ使えます」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが岸壁で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が敷石の目地を跨いだ。跨いだ分だけ、割れる場所が減る。


> ── 回線、残り 一本。


 荷役の道の縁から、七人が見上げていた。岸は担架の上から見ている。


 見上げているのは、道の縁と、倉庫の庇の下からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は桟橋の下へ差し入れた。


 差し入れた腕が、六十二メートルのうち四十メートルを下から支えた。


 支えた分だけ、杭が抜けない。


 水の柱は、支えた腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、荷役の道がある。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、水が薄くなる。


 薄くなった中から、桟橋の桁が出てきた。右の桁になる。四十メートルから先が、断面ごと粉になっている。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、右の桁を横から抜いた。抜けた先で、柱が形を保てなくなる。


 水は、海へ落ちた。落ちた水が、また海になる。


 落ちる音のあと、桟橋の先の三十メートルが、そのまま海へ下りた。


 下りた先で、波の音だけになった。三十メートル分の桟橋が、海の底へ並んで沈んでいる。潮が引けば、また見える。


*


 地下三層で、梅木がウイングの脚の受けを拭いていた。拭いた先から、また白くなる。


「明日も、ここです」


「明日もです。塩の乗らない受けは、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いて、それ以上は足さなかった。


 速水が湾岸の図を畳んでいた。畳んでから、桟橋の点線を消しゴムで消そうとして、途中でやめる。


「消していいのか、分かりません」


「消すな。記録は残す」


 梅木がそう言った。速水は消しかけたところを、そのままにした。半分だけ薄くなっている。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。八月の椀は、五丁分になる。


 手袋は六組とも、流しの縁に伏せてあった。六組目だけ、指先が新しいままになっている。使われた形が付くのに、あと何回か掛かる。


 地下二層では、奏が自分の掌を見ていた。見てから、握って開く。


 強さは、手が覚えるという。この日、覚えたかどうかは分からない。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、二分四十四秒になる。件数は三件だった。


 増やせない日になる。増やせない日は、六人になった分だけ、街の側が減る。


 減った一本のところへ、三本目が入った。二分四十四秒、待たせている。待たせた先は、荷役の道の倉庫からだった。用件は、桟橋が見える、というものになる。


 第一声の欄には、錆びてます、と書いてある。漢字のままにした。この人は、何が起きているかを名指し出来ている。


 六人は、この人に礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十時二十分。所要 ── 十五分。

> 保留 ── 三件。最長 ── 二分四十四秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 損壊 ── 湾岸二丁目 旧桟橋 右桁 四十メートル以遠 全損。床板 十四枚 脱落。

>     先端 三十メートル 沈下。岸壁 敷石 目地 一部 破損。

> 救助 ── 七名。搬送 ── 一名。避難 ── なし。

> 仮設 ── 支柱 二本 設置。撤去 ── 未定。

> 受信 ── 中継 一基 停止。回線 増設 不可。

> 市内 供用停止のまま柵の外れている構造物 九か所 ── 点検予定 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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