第068話 増えてます
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 八月三日 十六時二十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 丘の上 四丁目。
> 第一声 ──「増えてます」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「増えてます」
尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「丘の上四丁目です。造成地の、下の家。うちの裏が、切った斜面になってます」
「お名前を教えてください」
「吉岡です。吉岡 誠」
「吉岡さん。何が増えているか、教えてください」
「水です。斜面の土留めの隙間から、水が出てます。朝は三か所でした。今、十一です」
尾花は右の欄へ、丘の上四丁目、造成斜面、湧水 十一箇所、と書いた。三つ並べてから、朝 三箇所、と足した。
「数えていただいて、助かります」
「毎朝、数えてます。去年の秋からです」
「今、雨が降っているか教えてください」
「三十分前まで降ってました。今は止んでます」
「斜面から離れた場所へ移れますか」
「移れます。表の道に出れば、四十メートル離れます」
「では、表の道へ出てください。裏の窓は開けないでください」
「開けません」
「近くに何軒あるか、教えてください」
「三軒です。うちと、隣と、その隣。隣は留守です。その隣は、お年寄りが一人」
尾花はそこで秒を書いた。書いてから、次を訊く順を変えた。
「そのお年寄りの家へ、声を掛けられますか」
「掛けられます。行きます」
「行く前に、一つだけ。斜面の側を通らないで行ってください」
「はい」
「隊が出ます。着くまで、表の道で待っていてください」
「表から回ります」
尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
*
八月三日の三階は、夕立が上がったところだった。窓を開けると、下の道の匂いが上がってくる。濡れたアスファルトと、埃の匂いになる。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。八月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。六か月目に入った。
「まあ待て。八月は五丁だ。九月がいくつになるかは、九月に分かる」
寺尾剛が二文で言って、椀を六つ並べた。六つ目の場所は、この日から端になっている。
六つ目を端へ寄せたのは、当人がそこに座ったからになる。誰も指示していない。最初に座った場所が、そのまま席になる。三年前も、そうやって五つの並びが決まった。
灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「索は四本、乾いています。土の日は、二本目が汚れます」
言ってから、二本目だけを袋の外へ出した。出してから、また戻す。
七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中を並べ直した。
桐島奏が、その横に立っていた。並べ直す順を見ている。
「七尾 ひかりさん。この順番には、決まりがありますか」
「使う順です。上から順に、先に要るものが入ってます」
「覚えます」
奏は袋の中を、上から順に指で追った。追ってから、自分の腰の袋も同じ順に並べ直す。
並べ替えるのに、四分掛かった。ひかりは待った。待っている間、袋の口を開けたままにしておく。閉めると、もう一度開ける手間が要る。
四分は長い。長いが、現場で探す時間より短い。ひかりは、その比べ方を口に出さない。
逢坂澪は受信席の裏で、丘の上の図を出していた。四丁目のところに、去年の秋からの造成の線が入っている。
「丘の上四丁目の造成地は、去年の九月から止まっています」
「止まった理由は」
「事業者が替わりました。替わった先が、まだ工事に入っていません」
久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
「土留めは」
「仮のままです。仮のまま、冬と春と、梅雨を越しました」
澪は言ってから、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
覚知の音が鳴った。
戸倉が地下三層から上がってきた。手に、レスキューの器具箱の蓋を持っている。七つ目の蓋になる。
「宮ヶ瀬さん。七つ目、また歪みました。三度目です」
「歪みました。歪まない蓋は、まだ作れていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
「三度とも、同じところが歪んでいます。中に入れているものが、規定より重いです」
言ってから、宮ヶ瀬は蓋を戸倉へ返した。中に入っているのは、蒼汰の索の予備になる。規定には無い。
規定に無いものを載せると、蓋が歪む。歪むと、戸倉が叩く。叩けば直る。直る間は、載せたままになる。
佐波悠が、その横を通った。通りながら、蓋の歪んだ場所を見た。三年、同じ場所になる。
澪が丘の上の図を机へ広げた。広げてから、四丁目の造成地の線に指を置いた。
「丘の上四丁目、造成斜面。高さ十二メートル、勾配四十度。下に三軒あります」
「湧水は」
「十一か所。朝の時点で三か所でした。四時間で八か所増えています」
「増える速さは」
「一時間に二か所です。増え方が、時間で揃っています」
「揃うと」
「中で水が繋がっています。一つの水の道が、出口を探しています」
久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。
「アンサー」
> ── はい。
「四丁目の造成の記録を」
> ── 去年の九月に事業者が替わりました。仮設の土留めは、その時点のままです。……本設の予定日は、記録にありません。
「越した季節は」
> ── 冬、春、梅雨の三つです。仮設の耐用は、記録では一季になります。
「三倍か」
> ── 三倍です。……三倍で保つかどうかは、分かりません。
「上に何がありますか」
> ── 平場です。造成の途中で止まっているので、建物はありません。雨水を集める桝が一基だけ据えてあります。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
尾花の席で、二本目が光った。同じ四丁目の、別の番号になる。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、同じ斜面ですね。隊が向かっています。表の道側へ出てください」
置いてから、用紙へ書き足した。この日は、保留にならなかった。
澪が図の縁から指を離した。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
丘の上四丁目に着いたのは、十六時三十分になる。所要は十分だった。
斜面は、下から見上げると土の壁になっていた。高さ十二メートル。上の縁が、空を切っている。
土留めは板と杭で組んである。仮のものになる。板と板の間から、水が出ていた。一枚の長さが二メートルで、横に六枚、縦に四段。杭は板の継ぎ目ごとに打ってある。
出ている場所を、下から数えられる。十一ではなく、十四になっていた。
三つ増えたのは、通報から十分の間になる。増える速さが、途中から上がっている。
吉岡誠は表の道に立っていた。四十六になる。手に、紙を一枚持っている。
紙には、日付と数字が縦に並んでいた。去年の秋から今日までの分になる。字は小さい。一日一行で、三百行近く入っている。
三百行のうち、数の動いた日は少ない。ほとんどの日は、前の日と同じものが書いてある。同じ数字を書き続けるのが、一番長い仕事になる。
迅がその紙を覗いた。
「十一まで来た」
「朝は三つでした。出る前に数えたら、十一で」
言ってから、吉岡は紙を差し出した。差し出す相手を決めていない。
奏が受け取った。受け取ってから、上から下まで一度読んだ。
「吉岡 誠さん。この十一月のところ、数字が飛んでいます」
「入院してました。二週間」
「戻られてから、また数えておられます」
「数えました」
奏は紙を返した。返してから、両手で持ち直させる形にした。
隣家の年寄りは、もう表に出ていた。吉岡が声を掛けて、表から回って連れてきている。
連れてくるのに、七分掛かった。斜面の側を通れば、二分で済む道になる。吉岡は回った。回ったことを、本人は言わない。
迅が斜面の下へ入った。入ってから、板の隙間へ手の甲を当てる。
冷たい。土の中を通ってきた水になる。八月の外気より、十度は低い。深いところを通っている。
蒼汰が索を斜面の上の立木へ投げた。投げてから、二重に取る。
「上、任せろ。板は二十四枚。上から六枚目が反っています」
澪が道の反対側からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「零。斜面の中に人はいません。上の平場にも零。撃てる」
撃った。低い音が土の中を通っていく。通った音が、水の道の形を返してきた。
「水は一本です。上の平場の、北の隅から入っています」
入口は一つで、出口が十四ある。中で分かれている。分かれた先が増えていくのは、通り道が広がっているからになる。広がる先は、土しかない。
寺尾がハンマーを担いで、斜面の裾へ回った。回ってから、足で三か所を踏む。
「まあ待て。裾が緩い。二歩下がって打つ」
二文で言って、寺尾は二歩下がった場所へ柱を四本打ち込んだ。四本を横に並べて、頭を斜面の側へ倒す。
「流れてくる分を、ここで止める」
打ち込んだ柱は、抜かない。街に一つ増える。
上から六枚目の板が、外れた。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
「急報 ── 通報!」
奏がダイヤルに指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。三度目に、九を回した。
> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。回線、増設。
> ── 回線、残り 三本。市内 受信可能 九。
増やした。この回は、増やす回になる。増やすと言うのに、二秒掛からない。二秒で一本増える。増やさない回もある。どちらにするかは、その場で決まる。
下の三軒のうち、二軒に人がいる。その二軒が、掛けられる側に残った。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。
斜面の下は狭い。六人の手が、道の幅いっぱいに並んだ。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
> 名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声は土の壁に当たって、返ってこなかった。土は音を返さない。返らない代わりに、道の側へ全部残った。
禍体は、斜面の中から立った。
人の形をしていない。土と水が同じ向きへ動き続けて、動いたまま形になっている。出口が十四あるので、十四本の腕のように見える。
音は、水が土を押す音だった。一か所ずつではなく、十四か所が同じ拍で鳴る。
迅がギアの柄を回した。噛む音が、土の音の下から出てくる。
「筒先!」
水を出した。出した水は、斜面へは当てない。裾の側から押して、下の道へ流れる筋を作る。
作った筋の外へ、土が出ない。筋は道の低い側へ向いている。向いた先は、側溝になる。
奏が棒を出した。先が広がって、そこで止まる。
「呼」
一語だけ言って、先を三軒の方へ向けた。
「表の道の、東側へ寄ってください。斜面から離れてください」
声が、三軒の前まで届いた。届いた先で、吉岡が年寄りの腕を取って、東へ動いた。
届く声が要るのは、走って伝える人が要らなくなるからになる。誰も、その説明をしない。
三年、伝えるのは走る人の仕事だった。走る人がいない現場では、伝わらないまま終わっている。
蒼汰が索を張った。張った索が、上から六枚目の板を押さえる。
「上、任せろ。板は二十四枚。押さえられるのは三枚までです」
三枚を押さえた。残りの二十一枚は、押さえられない。押さえない二十一枚のうち、どれが先に外れるかは読めなかった。読めないので、下に人を置かない。
寺尾が四本の柱で受けた。受けた四本が、下から三十センチのところまで埋まる。
「まあ待て。埋まる分は計算に入れてる。あと二十センチは持つ」
二文で言って、寺尾は柄を握り直した。
ひかりが吉岡と年寄りの側へ回った。回ってから、年寄りの脈を取る。
「少し速いです。座って、七つ数えてもらえますか」
七つ数えた。二度目の方が、間が揃っていた。
斬った回数と、助けた回数を数える。ひかりはこの日、一度も斬らなかった。
澪が二度目のソナーを構えた。
「零。斜面に零。上の平場に零。撃てる」
撃った。音が土の中を通って、上の平場の北の隅で返ってきた。
「入口が広がっています。北の隅の、桝の底が抜けています」
桝は去年の九月に据えたものになる。据えたまま、繋いでいない。繋ぐ先の管は、平場の隅に置いてあった。一年、置いたままになる。
迅が斜面の裾へ入った。入って、十四本の真ん中に立った。立った先は、寺尾の柱の外側になる。受けていない側になる。
押された。二度、三度と続けて、同じ肩に来る。当たる音が、土の音の下で鈍く鳴る。
迅は引かなかった。位置を変えなかった。変えないまま、後ろで三軒の人が東へ動いていく。
動ききったところで、初めて足を出した。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、水の道を横から断った。断たれた先で、土が水を含めなくなる。
土は、ただの土になって裾へ落ちた。落ちた先で、寺尾の柱四本が受けている。
蒼汰が索を解いて、手繰った。二本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。
*
吉岡誠は、表の道の東の端に立っていた。手に、まだ紙を持っている。
年寄りは、隣で座らされていた。八十を越えている。名は、奏が訊いていた。
「奥山 ミツさん。もう少しだけ、そこに座っていていただけますか」
「座ってますよ」
奥山はそう答えて、吉岡の方を見た。
「あんた、毎朝、あの裏で何しとるんかと思ってた」
吉岡は何も返さなかった。返さずに、紙を折って、胸のポケットへ入れた。
入れてから、右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。上げた手の指が、少し曲がっている。
誰も教えていない。この人は、電話を切ったあと、そのままの形で表の道へ出てきていた。
道の西の端に、人が立っていた。
八月の夕方で、日が斜めに入っている。その人は、日の当たる側に立っていた。
立っているのは〈自力〉になる。
〈自力〉は、斜面の板を一枚、下から押し上げた。押し上げた板が、そこで止まる。
「自分の土地は、自分で止めろ」
声はそう言った。誰にも向けていない。
「止められない土地を買うな。買った者が止める。それだけだ」
誰も言い返さなかった。
この斜面を買ったのは、去年の九月に替わった事業者になる。この場所には来ていない。来たことがあるかどうかも、記録に無い。
吉岡は毎朝、数えていた。数えた紙を、何処へ出すかは決まっていない。出す先が無いまま、十一か月分ある。
〈自力〉は、押し上げた板を手で押さえたままにしていた。押さえている間、その一枚からは水が出ない。
手を離した。離した先から、また出る。
離してから、〈自力〉は道の西へ歩いていった。
斜面の上で、平場の土が動いた。動く前に、音が変わった。押す音から、崩れる音になる。
動いたのは、桝の周りの分になる。底の抜けた桝へ、上の平場の水が全部集まっている。
集まった土が、斜面の縁を越えて、そこで立った。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「斜面には立てません。裾も持ちません。道の下の、擁壁のある側だけ使えます」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが道の下で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
立つ時、四本の脚が擁壁の天端に揃った。揃った分だけ、斜面の側へ荷重が行かない。
> ── 回線、残り 二本。市内 受信可能 九。
表の道の東の端から、吉岡と奥山が見上げていた。三軒目は留守のままになる。
見上げているのは、道の東の端と、坂の下の三軒からになる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は法面へ寝かせた。
寝かせた腕が、斜面の中ほどを横に一本切った。切った上から下りてくる土が、そこで横へ逃げる。
逃げた先は、家の無い側になる。
土の柱は、寝かせた腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、三軒がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、土が薄くなる。
薄くなった中から、桝が出てきた。据えたまま繋がれていない桝で、底が抜けている。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、桝を横から抜いた。抜けた先で、柱が形を保てなくなる。
土は、家の無い側へ落ちた。落ちた土は、そこで動かなくなる。
落ちる音のあと、斜面から出ていた水が、順に止まっていった。十四か所が、下から順に止まる。止まるのに、二分近く掛かった。
最後に止まったのは、上から六枚目の板の隙間だった。反っていた一枚になる。
*
地下三層で、戸倉が七つ目の蓋を叩き直していた。叩く場所は、三度とも同じになる。
「四度目も、ここでしょう」
「ここです。ここが歪まない蓋は、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いて、それ以上は足さなかった。
佐波が索の予備を、蓋の内側へ入れ直していた。入れてから、戸倉に言った。
「あの人、紙を返す時、両手で持たせてました」
「本人に言え」
「言いません」
それで終わった。佐波は蓋を閉めて、留め金を二つ掛けた。
三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。八月の椀は、五丁分になる。
六つ目の椀は、端に置いてある。置いた場所へ、当人が座った。座ってから、汁の量を見て、少し多いことに気付いた。気付いても、何も言わない。
座ってから、奏は袋の中をもう一度並べ直した。上から順に、先に要るものが入っている。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日、保留は出なかった。
九本あった。二本目も三本目も、待たせずに取れている。
三本目は、坂の上の家からになる。斜面が見えているという内容だった。用件としては何も起きていない。それでも取った。取れた。
第一声の欄には、増えてます、と書いてある。漢字のままにした。この人は、何が増えているかを名指し出来ている。
朝から数えていた人になる。数えていたことを、六人のうち誰も訊かなかった。訊いたのは、紙を受け取った一人だけになる。訊いたのは、飛んでいる二週間の理由だった。
六人は、この人に礼を言わない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十六時三十分。所要 ── 十分。
> 保留 ── なし。
> 未着 累計 ── 一。
> 損壊 ── 丘の上四丁目 造成斜面 仮設土留め 板 二十四枚 全損。杭 十八本 傾斜。
> 上部平場 集水桝 一基 脱落。道路 擁壁 天端 一部 破損。
> 救助 ── なし。搬送 ── 一名。避難 ── 二名。
> 仮設 ── 支柱 四本 設置。撤去 ── 未定。
> 受信 ── 回線 増設 一。市内 受信可能 九本。
> 市内 造成中の斜面で仮設のまま一季を越えたもの 十六か所 ── 本設予定 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




